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結局時間がそれなりに過ぎたこととアッシーであるテイラー氏もなんだかんだですることがあるらしいので日帰りは諦めることにした。
まだ終電前なので電車を乗り継いで帰ることも出来るしその気になれば走って帰ることも出来るのだけれど面倒なので止めた。
主人公様のように毎日のようにほっつき歩いているわけではないので一日くらい休んでも問題はない。
というより今の俺に、学校そして日常に帰る意味はない。
現在綾香主導でのじゃ子たちと非日常の組織が出来つつある。
その組織はまだまだ貧弱だが形だけは出来つつあるようでそれなりの金銭を生み出しているらしい。現在俺の生活費はそこから出ているのでここで暮らしても生活に困らない。
実務は任せっきりだが組織内でそれなりの重要人物になっているので普通の会社員などよりはもらっている。本当の事を言えば俺が組織の首魁みたいなものなのでその気になれば自由に使えるのだが、面倒なのでそこまでかかわってない。
普通の人なら身内や友人が日常にいるからそこから離れられないのだろうが生憎俺にはその繋がりも無い。
親や親族に対しては名前を知っている有名人程度の感情しかないし、友人知人もましてや恋人なんてものもない。
親友なんてものもない。断じていない。
俺自身も別に日常非日常にこだわりはない。
面倒なことに巻き込まれず自由に生きられてそこにサブカルがあれば問題ない。
ならば本当に帰る必要なんてないのだけれど、そこが不思議なところだ。
特段こだわりはないのだがただ漠然とそこにいなければならないという強迫観念のようなものがある。
あの街に帰りあの学校で日々を過ごす。そうしなければ落ち着かない。
そんな強迫観念めいたものがある。
もっとも、是が非でも何に代えてもというようなものではない。
日常を離れて非日常に走ることも出来るし多少離れたところで荒んだり焦燥感もない。
その強迫観念のような何かが俺の最終的な敵のような気もするが、今はどうでもいい。
兎も角、学校や日常にこだわりは無いけれど特にすることもないのでそこを定位置としているだけだ。
今日中に帰ることを諦めた俺は適当に時間を潰すことにした。
時間潰しとは勿論本屋廻りと読書だ。
泊まることになった組織のホテル近くの本屋に入り適当に店内をうろついて表紙買いタイトル買いアニメ化買いを繰り返す。
1月は変わり目なのでつい夢中になってしまい合計金額が3万を超えてしまったが大丈夫だろう。
この量もどうせ数日で消化するし。
寧ろ今日中に読み終えてみせる。
帰ったらこの本を読み切るんだ、俺。
と、ホクホク顔で店を出ると嫌なものに出くわした。
「やあ斎藤君。奇遇だねぇ」
ポンチョにハット。
線の様に細い目と三日月のような口。
張り付けられた欺瞞に満ちた笑顔。
世界のメキシカン。伊勢谷様のご登場だ。
奇遇も何もない。完全に待ち構えていただろうに。
胡散臭い伊勢谷だが下手に取り合うと面倒なので細かいことは気にしないでおこう。さっと帰ってマンガを読みたいし。
「何か用ですか」
「いやいや見ないうちに随分進んだね。会話が出来ているからまだまだ余裕なのだろうけれど。それにしてもこの前はあんなに怯えていたのにね。強がっちゃってまあ」
「……まあ色々とありましたからね」
そういわれれば伊勢谷の言う通り今日の俺はどうやら落ち着いているらしい。
前回は一目見ただけで負けを悟ったのだけれど今はそこまでの圧を感じない。
単純に伊勢谷が力を抑えているという可能性が高いのだが。
それにしても口ぶりからするに伊勢谷は俺の事を俺以上に知っているのだろう。チヤとも古い知り合いという事だから人外というモノにも詳しいのかもしれない。あるいは世界とも渡り合えているので伊勢谷本人も人外なのかもしれない。
ま、そんなことはどうでもいいけど。
「それで本当に何の用ですか」
「その淡白さは相変わらずだね。私も私で忙しい身だから好ましいけどね」
それならさっさと本題に入れよ。
とか思うけれど面倒なので言わないでおく。
「今日来たのは今後のキミの方針を聞こうと思ってね。キミは一応私の配下ということになっているからね。下手なことをされると少々困るんだよ」
伊勢谷はさらりと重要情報をこぼす。
俺は伊勢谷の配下に入った覚えも意思もないのだがどういうことだろうか。
ま、気になる点は多いが面倒なので気にしないことにする。
「別に隠すことでもないですが、今後っていうのはどの範囲での話ですか?」
「いやいやそこは驚こうよ。それかせめて何か反応しようよ。面白くない人間だね!」
忙しいとか淡白さが好ましいと言ったのは誰だよ。面倒くさいな。
それにこいつはこんなに面倒な人間だっただろうか。世界的に活躍しているのかもしれないが単純にうっとおしいだけの人間じゃないか。
色々と思う事はあるのだが気にするのも面倒なので放り捨てる。
「別に驚くことでもないですから。前回貴方が接触してきたことがまず不自然でしたし少し頑張って力を集めただけで世界をリードしているような人たちに対抗できるとは思いませんから。寧ろ貴方のおかげと言われればしっくりも来ますよ」
面倒だったということも一因だが伊勢谷の言葉に驚かなかったのはそれが事実なら納得できると思ってしまったこともある。
真偽は定かではないし定めることも出来ないので気にしないけれど。
そんな俺の反応が面白くないのか伊勢谷はブスッとした顔を作る。
「折角キミがせせこましく動いて死にかけたのに骨折り損でした、なんて聞けば盛大に落ち込んでくれると思ったんだけれどね。あーあ、残念だ」
「まあ骨折り損なんて主人公様で慣れてますからね。今回は骨折り損かもしれませんが結果として自分に都合のいいものが得られたのなら文句はありませんから。普段は自分の努力は報われず誰かの手柄となって終わるだけですから。これくらいならマシですよ」
「何それ。こわっ」
処理班系登場人物の苦労を知った伊勢谷は大げさに怯えて見せる。
大きなリアクションにくどいほどの感情だが面倒なので受け流す。
じっくりと冷めた状態で待っていると面白くなかったのか伊勢谷は咳払いして態度を改めた。
「……ごほん、っと。取りあえず私が知りたいのはキミが探りを入れていることにどう対処するかだね」
少しだけ真面目な伊勢谷に問われたので少し考えてみる。
綾香たちに色々と指示を出しているけれど別段何かをしたいわけではない。主人公様の露払いなんて考えていないしヒロインを守りたいなんてこともない。
強いて言えば面倒の回避くらい。
それも自分自身の為にで、誰かの策を事前に潰したいというモノではなく取りあえずどうにかなればいいという場当たり的な軽いものだ。
そんな自分の感情を自分で確かめながら答える。
「今のところは巻き込まれないように、ですかね。誰かが何かすることは構いませんが、そこの中に自分を含められると面倒ですから。あとはその場その場で適当に、ですかね。面倒になりそうなら何かしますがそうでなければ何もしませんよ」
「意外とやる気がないんだね。てっきり策を廻らせているかと思っていたのだけれど」
「まさか。そんな面倒なことはしませんよ。目の前で起きれば対処するでしょうけど自分に降りかかってこないならどうでもいいですから。自分に降りかかってこない悲劇なら、見聞きしても面白いですし」
「竜泉寺くんが聞いたら怒りそうだね。いいのかい?」
「まあこれが本音ですから」
俺には主人公様のような正義はない。
他人が不幸だろうが他人は他人だ。俺じゃない。
そんなことを言ったら竜泉寺に本気で殴られるだろうがそれが本音だ。
あれの前では色々と対処しているけれどそれは別に誰かを思っての行動ではない。全て自分の為だ。
今回も動いているように見せているのはあれが追い込まれると面倒なことになるからだ。
放っておくとあれが面倒だからで、その面倒に自分が巻き込まれる可能性が高いから行動しているだけだ。
今度は俺の反応が興味深いようで伊勢谷はうんうんと頷いている。
何がどう興味深いのか知らないが。知りたくもないけれど。
「成程ね。取りあえず彼らの邪魔をするつもりは無いと」
「そうですね、誰が何かをするのか知らないですし知るつもりもありませんが。その口ぶりだとやっぱり何かあるんですね。この後」
「世界は常に動いているからね。そして今のところ世界の中心はキミの親友だからね」
親友ではない。ただの友人あるいは知人だ。
断じて違う。
「兎も角下手に関わるつもりは無いですよ。探っているように見せているのは竜泉寺の背後組織への警告のようなものですし。自分を巻き込んで何かするなよって、巻き込むようなら勝手に動くぞってね。一応自分は彼らとは別枠の立ち位置のつもりですから」
「確かに彼らもキミに動かれると厄介だからそのうち接触してくるだろうね。これから彼らがすることは大掛かりになっていくからね」
面倒から逃げることは諦めているが改めて面倒が降りかかってくると宣告されるとやる気がそがれる。
それも大掛かりとか本当に止めて欲しい。
そう落ち込んでいると伊勢谷が良い笑顔でずいっと顔を覗き込んでくる。
「あれだったら彼らが何をしようとしているか教えてあげようか? その方が交渉も上手くいくだろう」
伊勢谷の思惑が全く分からないがここは素直に断っておこう。
「それは止めておきます。そもそもその気がないですし下手に知っていると色々と面倒ですから」
「そういうモノかね。私としては情報はあっても困らないと思うのだけど」
「知ってて見て見ぬふりするとあれが面倒なんですよ。あれは理不尽に立ち向かう癖に他人に理不尽を押し付ける矛盾した存在ですから」
「そういうものかね」
「そういうモノなんですよ」
伊勢谷がそれなりに納得を見せたので会話を切り上げてホテルへの帰路についた。
何故か伊勢谷があれこれ情報をちらつかせて会話を続けようとしてきたけれどそこに真剣さは見られなかったので無視を決め込んだ。
必須じゃないなら雑談などしていられない。
俺にはマンガを読むという大義があるのだから。




