12-5
関係各所に危機感を煽った後、何故か俺はのじゃ子神居と三者面談をすることになった。
綾香とキッドマンは忙しい身なので職場へ帰ってしまった。
よし子さんは綾香の下で召使のようになっているのでここにはいない。自由に動けるようになったよし子さんは最近俺に近づいてこない。
何でも関わりたくないんだとか。まあどうでもいい。
テイラー氏は、知らない。興味がない。
そんな訳で三者面談が始まったのだが、何があるでもなく無言のまま時間が無為に浪費された。
お母様に合わせろとすごい勢いだった神居だがいざ会話の出来る状況になったら尻込みをしてしまったようでもじもじとしている。
のじゃ子の方は緊張しているわけではないのだが何故か無言のまま。
なんだかバツが悪そうだ。
別に自分が助かるために神居を見捨てたわけでもなければ自由にしていた間神居が不幸だったわけでもない。のじゃ子がバツが悪くなる理由は無いのだが、まあどうでもいい。
そんな母娘にお節介をする理由は俺にないので放置した。
明日も学校があるので早く帰りたいのだが何かをしてやる義理も義務もないのでただただ時間を無為に過ごした。
母がようやく口を開いたのは面談が始まってから1時間程過ぎた頃だった。
「……そういえば、前々からお主に言うべきことがあったんじゃが、今日こそ話させてもらうぞ」
のじゃ子から発せられたのはまさかの逃げの一手だった。
話し相手は娘ではなく何故か俺。
しかものじゃ子は娘の前だからなのかのじゃ子に戻っている。そこのところを指摘しても面白そうだったのだが、色々と面倒なので流すことにした。
どうせそのうち化けの皮が剥がれるだろうし。
それにしてものじゃ子からの告白か。
なんだろうか、修羅場か? 遂に修羅場が完成したのだろうか。それならバッチこいだ。
ま、それはいいとして。
「なんですか急に。それは今じゃなければいけないんですか」
「別に急にじゃなかろう。前々から言っておったお主の力のことじゃよ。それにこうして面と向かわなければお主は儂の話を聞かんじゃろうに」
ネタ展開かと思ったらまさかの真面目話らしい。
のじゃ子が科学者の顔をしており何とも面倒なことだ。
感動の再開を期待していただろう神居もポカンとしている。完全に会話の選択を間違えている。
第一妖気か魔力かよくわからない俺の力だが使い方だけは何とかなるので詳細とか今更どうでもいい。
原理が分からなくても使えるなら問題はない。
火をつけるために態々チャッカマンの仕組みを知ろうとは思わないだろう。
そういうのと同じだ。
そんなことよりさっさと感動の再開を済ましてほしい。
ホント何のための会談なのかわからない。
癪だがさっさとお膳立てして感動してもらうとしよう。
「ああ、そんな話しありましたっけ? 取りあえず、そんなことより」
「そんなこととはなんじゃ! そんなこととは! 大事なことじゃろうに! それもほぼ毎日連絡しておるだろう! 綾香から聞いておらんのか!」
何故か激高気味ののじゃ子。
そんなに怒ると脳血管がパァンしそうで心配だ。見た目は幼女だがその実は一世紀近く生きているのだしもう少しご自愛してほしい。
ま、それはいいとして。
それにしてものじゃ子は何を驚いているのだろうか。
別に嫌がらせとか悪ふざけとかでもなく本当に何も聞いていないのだが。
知らないものは知らないので仕方がない。
仕方がないので素直に認めて話を進める。
「知りませんよ。聞いてませんし、そんな話」
「う、嘘をつくな嘘を!」
「いや、本当に知らないんですが。真面目に」
「え? 嘘、ホントか? 冗談とか話をはぐらかしたいから言っているんじゃなくて本当に何も聞いていないの? 本当に?」
「ええ。なんにもですよ」
「そう……ですか。……あれだけレポートを綾香に送ったというのに、何故……」
どうやら俺が何も知らないという事が衝撃だったらしい。のじゃ子の口調が素に戻っている。
口ぶりからするとおそらくだがのじゃ子は俺の能力に関してそれなりに頑張って調べたのだろう。勿論個人的な趣味が第一だろうけれどそれなりに配慮もあったのだろう。だがそれが全く人目に触れていないのがショックだったのだろう。
どうでもいいことだ。
それにしても綾香に送ったか。
たぶん綾香がもみ消したのだろう。その手の話を回されたところで俺は取り合わないことを知っているだろうし。
流石綾香大明神だ。分かってらっしゃる。
ロリババアをあやす気もないので放置していると黙り込んでいた神居が口を開いた。
「あの、お母様。斎藤の能力について何か知ってらっしゃるのですか。以前教えて頂いた知識にはなかったと思うのですが」
何故か神居はのじゃ子の話を拾ってしまった。
それもかなり乗り気だ。お母様の安否とか色々言っていた癖に。
この人も非合法組織に長くいたので知識欲が強いのだろう。あるいは遺伝かもしれない。
のじゃ子は取り乱していたが娘がいる事を思い出して体裁を作り直した。
誰も興味を示してくれなかったものに初めて食いついてくれたということも大きかったのだろう。
「あ、ああ。こやつの力はの、一般的に人外あるいは外道と呼ばれる力じゃ」
神居のおかげで自尊心が保たれたのだろう。口調がのじゃ子に戻っている。
だが邪魔するのも無粋なのでこのまま静観することにしよう。
このまま仲良くしてくれれば俺の出る幕はないし。
「人外、外道、ですか。初めて聞きます」
「まあ滅多に聞かないものじゃからな。儂も改めて調べるまでほとんど知らんかったくらいじゃ。と言ってもそれ程分かったことは無いのじゃがな」
「それで外道というモノは何なのですか。私には斎藤が何なのか理解できないのですが。レオ、竜泉寺とはまた別の強大な何かとしか分からなくて」
「そうじゃな。人外あるいは外道とは人の身に余る願いを求めすぎて道を外れていったものじゃな。ひとではないナニカ、俗にいう天使や悪魔、あるいは神から力を奪い自らの願いの為だけに特化した力を持つものじゃ。その力は強大だがその在り様は歪。そのモノは次第に人間性を失い、当初の願いすらも自分で壊す始末。世界で知られていないのはその殆どが害悪として討伐されるからじゃな」
「天使や悪魔ですか。そんなものを人間が自分のものに出来るのでしょうか」
「勿論、普通は出来んはずじゃ。じゃがどうしてか、そやつの素質かあるいは不運かいずれにしても不相応な力を手にしてしまうようじゃ。そのこと如くは尋常じゃない存在になるそうじゃ」
「私は斎藤を詳しく知りませんが年明け前に見た時は精々普通ではない程度という評価でした。ですが今は力が強大で歪になっているように思えます。つまり今の斎藤はヒトではない、と。そういう事ですか」
「どうじゃろうな。外道の多くは人間性を失い獣になることもある。じゃが何事も例外はある。世界には数少ないが理性を保ったままの外道もいるという。こやつがこのまま理性を保てるか獣に堕ちていくかはこれから次第じゃ。じゃから話を聞けと言っておるのじゃが」
「お母様の話が確かなら斎藤は危険な状態に入りかけているという事ですよね。大丈夫なのでしょうか」
「……分からんのじゃ。データが少なすぎるということもあるのじゃがどうすれば理性を保てるのかさっぱりじゃ。力が強ければ暴走するとも限らんのじゃ。じゃからより気を付ける必要があるのじゃが」
「お母様は斎藤に生きていてほしいのですね。それは何故ですか。情ですか?」
「いや、100%打算じゃぞ。こやつはある程度協力すれば儂に自由をくれるからの。今の環境は研究所よりずいぶんマシじゃ。その生活を維持するためにはこやつが必要なだけじゃ」
「そう、お母様は満足なのですね」
その後も母娘の知識談議は続いた。
それなりに重要な話の気もするけれど興味がない。
設定とかそういうのは別にいらない。
このままいても加わるつもりもないし母娘2人きりの方が良いだろうから俺はお暇させていただくことにしよう。気配を消してぬるりと退室した。
学者気質の2人は討論に夢中のようで気付かれることは無かった。
気付いたとしても会話が出来た以上俺の存在など不要だろうけれど。