12-3
北陸に向かうための足はテイラー氏を使う事にした。
「今日は教師としての仕事があるの。補習の生徒を見ていないと」
なんて言っていたが勿論却下だ。
補習と聞いてどういう魂胆なのか簡単に想像できたので少し御話をして車を出してもらった。
そもそもテイラー氏はALT。単位に関わるような仕事は割り振られないし本来の仕事は教師などではない。
擬きくんの時もそうだったがテイラー氏の感情は軽すぎやしないだろうか。まあテイラー氏のことなどどうでもいいのだが。
ハマーに揺られるその道中では神居からあれこれ問いただされた。
「もう一度聞くけれど、お母様は無事なのでしょうね」
「大丈夫ですよ。少なくとも自分は何もしてませんよ。行動の制限もかけていないので何をしているのか自分も把握してませんけどね」
「そう。その言葉が嘘だったら容赦はしないわよ」
「ご自由にどうぞ。」
神居の口調からするに今回の接触は本当にお母様の安否確認のようだ。
勿論、そう装っているという可能性も考えられる。誰かからの、何かからの指示を受けて強制的に従わされているということも考えられる。あるいは無意識のうちに操られている、なんてこともある。
面倒なのは神居が自らの意思で謀を考えている場合。
主人公様の為を思っていらぬお節介に走っているとなると面倒極まりない。
万全を期すなら呪術などで本意を探るべきなのだろうが、ここはしない方が良いだろう。
神崎とは違い神居は新参ではあるが主人公様のヒロイン。
下手なことをすれば主人公様から不評を買う。
それくらい大勢側も分かっているだろう。
神居の真意は置いておくとして、今日のところはキャロルについて色々と情報を流して身動きを取れないようにするべきか。仮に策謀の意思もなく純粋な心配で行動しているなら巻き込むことになるのだが、それは俺に関係ないことだろう。それにすでにヒロインとして関わっているので今更だろう。
一先ず神居本人の意思としてどういう立場なのか探りを入れるとしよう。
神居からの指摘を躱すために一先ず適当に話題を変える。
「そういえば神居は緊張しているんですか? 猫を被らなくてもいいんですよ、別に。いつものように痴女お姉さんで自分は困らないので。あ、それだと面白くないんですかね」
「べ、別に私は痴女なんかじゃない!」
冗談のつもりで猫かぶりを指摘したのだが意外にも神居は面白い反応をする。
好奇心と悪戯心が顔を出したのでもう少し掘り起こしてみる。
「そうなんですか? いつもは大胆で思わせぶりな発言をしているじゃないですか。竜泉寺は困っているようでうれしがっているようですが」
「あれはっ! あれは、その、レオが、レオがそんな私を必要としているように、思うから」
「へえ。ではあれは作っている仮面だと。ヒロインというのもなかなか大変なんですね。自分を偽ってまで主人公の気を引かなければならないとは」
「別に完全に偽っているわけじゃないし。ただ、ちょっと誇張したり意識したりしているけど。別に無理なんかしていない!」
「ならやっぱり痴女お姉さんじゃないですか」
「痴女ではないよ!!」
神居の弁では普段のお姉たまは演技らしい。
演技といっても無理にしているわけではなく自分にあるひとつの側面を強調しているとのこと。
ヒロインもまた主人公様の都合によって動かされているということだろう。
神居の反応を興味深く面白がっていると神居からも指摘を受ける。
「そ、それを言うなら斎藤だって普段と違うだろうに。いつもの軽薄そうな口調は何処へ行ったのよ。それに前にあった時よりずいぶん可笑しな雰囲気になっているし!」
「神居と同じですよ。自分も主人公様に振り回されている身なんですよ。それっぽい性格を作っているだけ。ま、雰囲気については自分では理解出来ないですが」
神居は鬼の首を取ったように指摘してくるがあっさりと肯定して受け流す。俺の場合はある程度作っている、というよりそうしなければならないと強迫観念に似た何かを抱いている。そう自覚して、それから逃げられずいるので神居のように反論しない。
それが何なのかは今のところ不明だが。
指摘を軽く受け流していると神居は急に真顔になる。
「……本当に気付いていないの?」
「何がですか?」
「気付いていないのね。なら気を付けた方が良いわよ。今のあなたは変だから。何がどうとは言えないけれど」
本気の忠告なのか単なる恥ずかしさを誤魔化すためなのかは不明だが比較的強い口調で言われる。仮に誤魔化しであってもその感情の幾らかは本物なのだろう。自分の変化というものには気づきにくいモノなので少しは変わっているのだろう。
もっとも、他人からの評価など個人的に興味は無いので気にしない。
それより真顔になったことをこれ幸いと真面目な話に移行する。
「ではその変な人間に関わって大丈夫なんですか? 下手をすれば色んなことに巻き込まれるかもしれませんよ。例えば竜泉寺と交渉するための人質にされる、とかさ」
少し本気をにじませて神居に語り掛ける。
勿論その言葉に本気などないのだけれど力を垂れ流してきな臭さを滲ませる。
竜泉寺のように単純ではなく複雑さ歪さを伝えておく。
だが神居はその言葉を軽く受け流した。
「大丈夫よ。そのあたりは理解しているつもりだから。レオのように何も考えず唯救ってくれる。その方が可笑しいってくらいはね」
「意外ですね。もっとあれに陶酔していると思ったんですが」
「恩義もある。情もある。けれど何かが可笑しいって思えるくらいには普通でいるつもりだから。他の3人はどうか分からないけどね」
ヒロインとしての歴史が短いためかあるいは立ち位置としてそれほど重要な場所にいないためか、いずれにしても神居は主人公様の洗脳は浅いらしい。
もっともその洗脳が誰によるもので何を目的としているのか不明だが。
神居の言葉が事実ならやはり協力してもらうのが最良だろう。
もともと神居には依存する組織がない。心情的に頼りそうな人物に関しては俺が持っているので主人公以外で何処かに寄与することは考えにくい。
ヒロインの中で唯一俺でも十分影響力を持つことが出来る人物だ。
そしてヒロインという立場は俺にとってかなり意味のあるものだ。
問題は俺と価値観を共有できるかに尽きるだろう。
ヒロインである以上主人公周りの面倒は是が非でも排除したいだろうし。
そのあたりは共有できるはず。
現状では俺が秘匿すべき情報はない。手の内を明かしたところでこちらには敵対する意思はないので損害はない。寧ろのじゃ子という交渉材料がある。
とはいえ俺から意図的に働きかけるのは面倒を生むので適当に種をまくことにする。
「といっても自分は大それたことをするつもりはないですよ。あれに積極的に協力するつもりはありませんが敵対するつもりもありません。面倒事を避けたいだけ、我が身大事が自分の本分ですよ」
「我が身大事、ね。じゃあ自分が助かるために誰かを犠牲にするのはいとわないと?」
「それが最善の判断なら仕方がないと思いますよ。自分は落ちてくるものを全て助けたい、なんて思うような人間ではないですから。少数を切り捨てて大多数を助けられるならそれは良いことでしょう? すべてを救える力があるなら別ですが、そんな力は誰も持っていないんですから」
「そう、ね」
意外にも神居は嫌悪的な反応は示さなかった。普通でいるつもり、という自己評価は案外ずれていないのかもしれない。これが主人公様なら「それでも俺は……」とか言うのだろう。
もっとも多少の犠牲に目を瞑るのが普通なのかは判断に分かれるところだろうが。
「取り敢えずお母様の方は自由に見て判断してくれればいいですよ。こちらも色々あるので話し合いがありますからそれを邪魔しなければ、ですが。こちらも色々と面倒なんですよ」
「何かするつもりなの?」
「まさか。自分からは何もしませんよ。ただ周りで何かが起きそうなのでね。……神居はキャロルの帰国が普通のモノだと思ってるんですか?」
「っ! まさかマリーに何か!? 」
「さあ? 何かあると決まったわけではないですが何もないとも限らないでしょう? 何かあった時、必ず誰かが助けてくれる保証などないわけですから。何もなければいいんですけどね」
そこで勿体つけて間を置き神居に考えさせる。
ここでは具体的に何かあると言わない方が得策だろう。例を挙げない方が勝手に最悪を考えてくれる。
案の定あれこれ考えた様子の神居は俺に提案してくる。
「私もその話し合いに参加させて。勿論邪魔はしない。寧ろ協力させてもらうから」
ほうら。計画通り。




