12-1
平穏な日々が過ぎ日曜日。
何でもない様な事が幸せであることを噛み締めつつ本日もレベルアップの為に学校近くの複合商業施設内にある大手書店にやって来た。
単純に本を買うだけなら自宅近くの個人書店でもいいのだが本日の目的は新規開拓。
おすすめやフェアの商品は本屋によって店舗によって違う。またPOPなんかがなくても表紙が見えるだけで色々と楽しめる。
そして売り場の広い大手であればその数も多い。
個人書店ではピックアップやおすすめというのがあまりなく、表紙を見せている物も少ないので開拓には向いていないのだ。目的のモノを買うのなら問題はないのだけれど。
何でもない日だと呑気に3時間ほどかけてレベルを10ほど上げた帰りそれを見つけてしまった。
立ち並ぶショップの中、男子高校生が最も近寄りたくそれでいて近寄りたくない場所女性ものの下着売り場の前で挙動不審な男がいた。
その男は可もなく不可もなくの容姿でパッとしない印象。おそらく人ごみに紛れれば見つけるのは簡単ではない様な平凡な男。
それでいて俺が最も危機感を抱く人物。
物語の主人公。
竜泉寺零王その人だ。
まだ距離がある。人もそれなりにいる。
あれに気付かれる前に逃げなければ。
何かに駆り立てられるようにその場を後にしようとして。
「あ、おい。潤! 潤じゃないか!」
あっさりと見つかってしまった。見つかってしまった。
これでは主人公を助けに来た友人になってしまうではないか。
しかし考え方を変えてみよう。
何故あれが下着売り場の前にいるのか。勿論そういう性癖ではないであろうから店内に誰かいるのだろう。1人か2人か、それは不明だがツレがいるという事。ならば俺があれに長時間つき合わされるという事もないだろう。精々ツレが店外に出てくるまで。
そう考えれば少しは気が楽になる。もっとも、それまでに何もなければいいのだけれど。
数瞬のうちに納得できる理由を何とか見つけ出して友人としての体裁を作りそれに近づく。
「竜泉寺か、こんなところでどうしたんだ? まさかと思うが」
「ち、違う! 勘違いするな潤! 俺はただマリーを待っているだけで!」
軽い言葉だけで面白いように慌てる主人公様。
あれやこれやと必死に弁明しているが本気で疑っているわけでもないので適当に流す。
今日は珍しくキャロルと2人きりだとのこと。
勿論近くに気配はあるので正妻様は監視しているのだろうけれど。
何でもキャロルは明日から一時的に本国に帰るとのこと。身内に不幸があってという事らしいのだが、それについては一先ず置いておく。
祝い事ではないけれど久しぶりに本国に帰るという事でお土産を買うために荷物持ちとして竜泉寺が呼び出されたらしい。
何故竜泉寺が選ばれたのかは言うまでもないだろう。
その流れでキャロルが下着売り場に入ってしまいここで待っているとのこと。
恐らくだが始めは店内に連れていかれてからかわれたのだろう。
つまりキャロルとのイベント中のようだ。
「そういうことなら仕方がないがあんまり不審なことをするなよ。見つけた時はどこぞの変態かと驚いたぞ」
「いや、だって仕方がないだろ! こんなところに一人で待たされれば……。潤は随分普通そうだけど」
「まあ、所詮布だからな」
そう大人ぶって主人公様の暇つぶしに付き合う。
冬休み中の出来事、正月またしても面倒に巻き込まれたらしい話を聞いたり補習の大変さを聞かされた。
キャロルの下着選びは本気らしくかなりの時間を無駄話でつないだ。
話が途切れたところでふと気になったことを尋ねてみた。
「そう言えば竜泉寺。俺と戦わなくていいのか?」
クリスマスの日。俺も非日常の住人であり竜泉寺とは同じ立場ではないと伝えた。
そして本気ではないけれど戦闘もした。
そんなことがあったけれど年が明け始業式で顔合わせた時は何もなかったようにいつもの日常が始まった。それはそれで嬉しいことなのだが怖いところでもある。
勿論これに聞いたところで何かが分かるわけではないが聞かないわけにはいかなかった。
少し真面目に殺意をにじませて見せるがそれは笑ってみせた。
「なんでさ。なんで俺と潤が戦うんだ?」
「言っただろ。俺も非日常の住人で別の立場だって。もしかしたら竜泉寺や他の子たちに何かするかもしれないだろ」
「ははっ。まさか、それは無いだろう」
「そうとも限らないぞ」
更に敵意を増してみせて脅すが主人公様は動じない。
寧ろ脅せば脅すほど一層強い意志のこもった瞳で見つめ返してくる。
「それは無いよ。それは無い。潤はそんなことをしない」
真顔で真面目に、証拠もないのにそれが事実であるかのようにいうから可笑しい。
そしてそう言われると本当にそんなことをする気が失せていくのだから本当に可笑しな話だ。
もっとも俺は主人公に取って代わることが目的ではないので始めからそんな気は無いのだけれど。
それにしても何というか何というかだな。
信用というものとは少し違うだろうが色々と面倒ではあるので忠告だけしておく。
「ま、俺がとは限らないけれど何かをしようとする奴らは少なくない。だから竜泉寺も気をつけろよ、という事だ」
「ああ、分かってるよ」
のんきな返事だがそこには確固たる意志が宿っているようだった。
そこから何かを感じそうだったが、それが何かを考える前にあっさりと打ち切った。俺はテイラー氏とは違うのでこれから何かを感じることは無い。
しばらくするとキャロルが店から出てきたので何か言われる前に退散する。
主人公様は折角のイベントなのに俺に同行を求めてきたが当然断った。
同行すれば幾人から喜ばれるだろうが1人に激しい憎悪をもらいそうなので固辞した。
主人公から外れ彼らが俺抜きで物語を始めたところで先程の会話を思い返してみる。
キャロルは本国に帰るらしい。
勿論身内の不幸など偶然起きることなのでそれについてあれこれ詮索すべきではないだろうが処理班系登場人物としての勘がどうも面倒な雰囲気をかぎ取っている。
本当に身内なら、例えば親や兄弟なら直ぐに帰国するはず。それが日にちを指定して余裕を持って帰国するあたりが気になる。
確かキャロルの親は企業の経営者なので親戚付き合いというのもあるのだろうが主人公様と引き離す必要があるかと考えると怪しい。
となると本国で何かしらの動きがあってキャロルがそれに巻き込まれたということも考えられる。
例えば政略結婚が決まり帰国させたところで拘束されるとか。
あるいはメンテナンスと言って体に何かしらのバグを埋め込まれて実験台にされるとか。
勿論俺の思考が毒されている問うことも考えられるのだが、予想通りだと大変面倒なことになる。
綾香に頼んで少し探ってもらうとしよう。
積極的に何かをしようというつもりは無いが主人公様に巻き込まれた時の為の予防は大切だ。
何でもない日というのにまた面倒なことになりそうなことを聞いてしまった。
しかし確定してもいない目の前にもないことに気を割いても仕方がないので切り替える。
折角トレジャーハンティングをしたのだから気分を高めて行こう。
そう切り替えた矢先、またしても気付きたくなかったものに気付いてしまった。
何かから隠れ物陰から誰かを観察しているような怪しい人影が2つ。
その服装は英国の探偵を偏見で固めたようなモノ。更にサングラスにパイプというかなりの不審者。
出来れば関わりたくないので下手に視線を逸らさず何も見ていないかの様に通り過ぎようとする。
が、2人の内小さい方に胸ぐらをつかまれ引き込まれる。
「小僧、さっき、なにをはなしてた」
言うまでもなく早乙女である。
相変わらずの拙い言葉だが言いたいことは分かる。
正妻として浮気は見過ごせません、ということなのだろう。
かなり面倒なことに巻き込まれたのだが下手に抵抗しても面倒になるだけなので素直に答える。
「竜泉寺はキャロルが一時的に帰国するからその御手伝いだと。当人の感じだとキャロルに引っ張り回されている感じだったけど」
「それで、わたしに許せと」
「それは俺に言われても困るんだが」
正妻様は嫉妬心が強いようで憤慨中らしい。
勿論主人公様が正妻認定しているわけでもなく自分から女性と出歩いているわけでもないので感情をぶつける方向に困っているのだろう。
それを俺に向けられては困るのだが。
正妻様の怒りを何とか流し意識をどうにか主人公様に向けさせるともう1人が声を掛けてきた。
「斎藤くん、マリーさんが帰国ってどういう事? 私そんなこと聞いてないよ?」
意外にも正妻様のお付は最大のライバルだった。
まあ他のレオインは基本ポンコツだし妥当と言えば妥当か。
「意外だな。御幸が竜泉寺のストーキングをするなんて。しかもその格好」
「こ、これは乙女ちゃんが準備を。そ、それに私は偶然この近くて買い物をしていてそれで乙女ちゃんに無理やり……」
「無理やりというなら付き合う必要はないんじゃないかな。あれだったらトメちゃんの相手は俺がするし、用事があるならそっちに行っても大丈夫だよ」
「そ、それは」
いい感じに動揺してくれる御幸。
誰もが御幸ほど普通人ならどれほど楽だろうか。
もっとも、御幸の様な人物は物語には数少ないので仕方がない。
御幸の立ち位置は言うなればぽっと出の暴力系ヒロインに主人公を奪われる同級生。
あるいは知らない間に主人公と誰かが困難を乗り越えてしまい出番をなくしていく幼馴染。
はたまた父親を殺され記憶を書き換えられそれでもなお主人公を好きになり共に戦おうとして偽物の弟に殺されてしまう不幸少女。
そんな立ち位置のヒロインだ。
やべ、なんだか泣けてきた。
ま、そんなことは良いとして。
面倒な予兆を感じ取って直ぐに早乙女に出会えたのは幸運と取るべきなのだろうか。
主人公様が何かに巻き込まれるとなれば正妻もそこにいるはず。まだ何かが起きると決まったわけでもないだろうが注意を促しておくのもいいかもしれない。
問題は御幸。
この場で下手なことを言えば彼女も巻き込まれる、あるいは自ら関わっていくかもしれない。そうなれば本当に不幸街道をまっしぐらしそうだ。
私はレオが好き。何度生まれ変わってもまたレオを好きになる。これって運命だよね。
とか言って死んでしまいそうだ。
俺個人としては主人公様の御目付け役として正妻に働いてもらいたいところだが今日のところは自重しておこう。
彼女たちも俺自身にはそれ程興味があるわけでもなかったので無理につき合わされることなくその場を後にした。




