表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/123

11-1


 日が進み文殊高校の始業式が来た。


 正月明けということもあって学校全体の雰囲気は緩く怠くほんわかとしている。

 生徒たちの気持ちが緩んでいるのは卒業まで大した行事がないという事もあるのだろうがそれ以上に始業の日が平穏だからだろう。


 そう、平穏なのだ。



 急に主人公の隣のクラスに美少女の幼馴染が転校してきて「毎日あたしの酢豚を食べてくれる?」とか言いだしたりしていない。


 急に綺麗な顔した男の子がスカートをはき女子生徒として「改めて、よろしくお願いします」とヒロインに進化したりしていない。


 急に銀髪の美少女が主人公様に対して「お前は私の嫁にする! 決定事項だ! 異論は認めん!」とか言って接吻なんかしていない。


 女性しか使えない戦闘機が男で俺だけが使える! なんてこともない。


 そういった物語的な何かが起きていないのだ。

 今日の主人公様は大人しく5人のレオインズとわいわいしている。誰かが主人公にアピールして誰かが誰かの足を引っ張る。

 いつもの光景だ。


 いや、それだって、冴えない男子を5人のぜっしの美女が取り合うなど普通の事ではないのだが。

 休み明けにヒロインを増やしてこないだけで大人しいと思ってしまうこの異常さ。

 俺も大概だ。



 兎も角、一般的には騒がしく慣れてしまった身としては平穏な時間で授業が終了した。


 そんな日常の中に俺もごく自然と混ざっていた。


 クリスマスに何もなかったように。そもそも非日常なんてなかったように。

 まるで真面目にやったあれこれが無意味であったかのように。


 その辺は気にするだけ無駄なので気にしないことにする。これは勝ちとったものだと無理に納得する。



 冬休み明けの始業式など大したものと判断せず通常通りの授業で始まる高校もあるようだが我が校は別段進学校というわけでもないので午前中の授業だけで終わった。

 もっとも試験をサボりまくったどうしようもないお方には未だに補習というモノがあるので午前中で帰ることは出来ない。


 勿論そんなものに付き合ってやる義理は無いのでさっさと帰宅する。

 薄情と思うことなかれ、俺がいなくとも5人ほどずっと待っている人たちがいるのだ。

 まあそれがあれにとって気楽かは不明だが。


 部活や遊びに出ていくクラスメイトや同級生に声を掛けることなく見送った俺は1人学校の駐車場に向かった。

 残念ながら1年も終わりそうというのに俺には連れ立って帰る友人はいないのだ。



 のんびりとした足取りで駐車場にたどり着くと待ち受けていた人物が少し怒っていた。



「斎藤、出かけると言ったのはあなたでしょう。なぜそんなにのんびりしているの」



 彼はせっかちなのだろうか。のんびり歩いたと言っても寄り道をしていたわけではない。急いできたとしてもせいぜい数分しか変わらないだろうに。

 心の狭い人物なのだろうなと呆れて見せるとその人物はムスッとしたようで無言のまま傍にあった車に乗り込んだ。

 別に反応や何かを欲しかったわけでもなかったので特に弁明をすることもなくハマーに乗り込んだ。



 そう、ハマーである。

 いかついアメ車のハマーである。

 地方都市の高校の職員駐車場にハマーである。

 車種や細かいことは全く分からないが取りあえずハマーである。

 かなり場違いである。


 そして何を隠そうこのハマーの所有者はテイラー氏である。

 精々20代前半、それも西洋風の顔立ちだからこそそう見えているだけの華奢な格好のいい女子風であるテイラー氏が所有者である。



 何故テイラー氏がここにいるかと言えば一応文殊高校の教員だからだ。


 呪術を応用して物質変換の能力を失った、完全にではないが、テイラー氏は現在オセアニアさん家でお世話になることにしたらしい。

 能力を失っても面倒から完全に解き放たれるわけでもないので妥当なところだ。


 そしてオセアニアさんは本格的に俺に協力してくれることになり直接的な交渉役としてテイラー氏が抜擢されたらしい。

 抜擢というより押し付けられたとテイラー氏は言っている。

 どうやらオセアニアさんは高野山で見せたあれこれで怯えきってしまったらしい。そこで新参者で適当に理由付けが出来そうなテイラー氏に御鉢が回って来たらしい。


 もっとも細かい連絡は綾香に任せているので俺に対しての交渉役など不要なのだが。



 その綾香大明神だが現在のじゃ子と病院であれこれ暗躍してもらっている。

 本当のところは暗躍などではなく世界情勢を伺ってみたり生き延びるための保険をあれこれ考えてもらっているだけだ。


 ついでによし子さんもそちらで協力してもらっている。

 ザマス眼鏡との交戦で色々と能力を使ってしまったので更に汎用性が高く、器用貧乏に磨きがかかってしまい依代とか気にすることなくよし子さんを自由にすることが出来るようになのだ。



 さて下っ端としてこき使われているテイラー氏だが何もせずのうのうと生きられるわけもなく仕事に着く必要があった。

 もっとも、テイラー氏本人にはそこそこの財力があるので数年くらいならニートに進化できるらしい。

 ハマーもその日のノリで一括で購入したというし。

 勿論オセアニアさんにも1人くらいニートを抱える財力は在る。


 ただ、組織として新人の下っ端を野放しにするのはよろしくないらしい。

 そこで俺の交渉役兼ご機嫌伺いで文殊高校にALTとして赴任することになったとのこと。


 勿論そんなに簡単に就職できるはずもないので何かしらが動いたのだろう。

 たぶんオセアニアさんがザマス眼鏡と取引をしたのだと思う。どうせ彼らは学校自体を取り込んでいるだろうしオセアニアさんも彼らと面識を持っておきたかっただろうし。

 その辺は綾香大明神に聞けば分かるだろうが特に気にするところでもないので聞いていない。


 兎も角、テイラー氏は縁もゆかりもない土地で教師なぞやらされる羽目になった。

 そんな哀れな男の娘を買い物に誘ったというわけだ。


 今時ネットで店など調べられるだろうが見知らぬ土地で1人というのも大変だろうという判断だ。

 勿論俺自身も買い物がしたく、それが大荷物になると予測されるので車を出してもらおうという算段だ。


 いかつい車に全く似合わない華奢な運転手が問いかけてくる。



「それでどこへ向かうの」

「取りあえず自分は本屋によってもらえば構わないのでテイラー氏の希望に合わせますよ」



 そう俺が車を必要とする買い物とは本屋である。


 無駄に色々と苦労をして日常に戻って来たが多くは何も変わっていなかった。


 住んでいた家が焼き討ちにあっていた。

 俺がいたという痕跡がなくなっていた。

 犯罪者に仕立て上げられていた。

 という事は一切なかった。


 殆ど変わらない。

 変わっていたと言えば、家にあったはずの4桁台のマンガやラノベが消え去っていたことだ。

 ただそれだけだった。


 しかし頑張って帰ってきた結果がそれではあまりにもあまりにもだったのでつい本気で壁ドンしてしまった。そしてうっかり壁一面を壊してしまった。

 何故なくなったのかは置いておくとして、一先ずなくなってしまったものは仕方がないので補充することにした。


 というか犯人なぞ分かっている。どうせあのダメ私物だ。ホント今度会ったら懲らしめる。



「何もそこまで起こる必要はないんじゃないの。どうせ読み終わった本なんでしょう。処分してくれたと思って新しい本を買えばいいと思うんだけど」



 思いだし怒りをしていると日本人の魂を知らないオーストラリア人がそんなことを言う。

 確かに人によっては買ってすぐに売ることもあるだろう。

 別にそんなのは個人の価値観なのでさらりと受け流す。



「一応言っておくがこの世に読み終わった本などないからな。読んだとしても終わるなんてことは無い。いいか、本というのは一度読んだだけで終わり、なんてことは無いんだ。何度も読み返したり、時間をおいて懐かしむように読む。他の作品を読んでから読み返すと違った見方も出来て面白かったりするんだよ。一度読めればそれでいいなどと勘違いするなよ阿呆が」

「ご、ごめんなさい。私が悪かったです。だからそんなに威圧しないでください。本当に怖くてちょっと、も、も……」



 あら残念。

 流そうと思ったのだが流すことが出来なかった。

 どうやら俺はすでに手遅れらしい。病気だわ。


 怯えてフルフルと何かを我慢する男の娘に若干グッときているあたり重症だわ。


 兎も角そんな訳で俺はレベル0から再度成長しなければならないのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ