10-7
意識が戻ると直径10メートル、深さ4メートルほどのクレーターの様な地形が出来上がっていた。その周囲も木々がなぎ倒されかなりの衝撃があったことが推測される。
隕石でも落ちたんじゃないかと思うほど酷い状況だ。
その状況を離れた場所、正確には誰かさんに蹴り飛ばされる前にいた駐車場で眺めていた。
「っくしゅ。生きているのは良いけれどこれも考えておかないとまずいよな」
1月の冷たい風にさらされて自分の状態のまずさを考えさせられる。
現在俺は全裸である。
そう、1月に、陽が沈んでいるのに、公共の場なのに、全裸である。
いくら命があったとしてもこの状態では社会的に死にかねない。
生憎俺には露出の癖は無い。羞恥心も正常に機能している。
命の危機が迫っているので文句はないのだがちょっと、というかかなり泣きたい。
それについてはその内どうにかするとして今は目の前の事を考えよう。
取りあえず近くに捨てられている蓑虫に使っている蜘蛛の糸から物質変換で服を作る。
細かいところまで作っていられないので全身を覆えるワンピースで済ませる。
状況を考えると少しでも魔力消費は避けたいところだが仕方がない。SAN値を削られてはやっていられない。自業自得だけど。
作った服を着て人前に出られる状態になったところでザマス眼鏡がやって来た。
「しっかり踏みつぶした感覚はあったのだけれどね。まあ、あのまま踏みつぶされるとは思っていなかったけれどそこまで余裕でいられると流石にボクも困るな」
その足取りは取り立てて早くもなく遅くもない。口調にも取り立てて乱れはない。
俺が生きている事に対して驚いて少しは驚いてくれているようだが焦ってはいないらしい。
相手の予想を裏切れなかったことは非常に残念だ。
だが下手に暴れられるよりは平静でいてくれる方がこちらとしても助かるので時間稼ぎに雑談で応じる。
「普段の相手が相手ですからね。それにあなたは所謂ところの-超えられない壁-というのを超えられていないんじゃないですか。そこに転がっている9人よりは強いかもしれませんがうちのレオチャンとかその姫君とは数段落ちるんですね」
「最初から言っているだろうボクは事務官だって。それに竜泉寺君や早乙女さんと比較するのは止めた方が良いよ。彼らに勝てるのは世界に数えられるくらいしかいないから」
やはり主役様方は格が違うらしい。
-超えられない壁-というのは超えられないからこそそう名付けられているのだろう。
友人Aに使うような駒がそこを超えられているわけもないか。
超えられるような輩に来られても困るのだが。
「さて、無駄話はもういいかな」
時間稼ぎも長く続くはずもなく結末を求められてしまう。
時間を稼いだところで策は無いのだけど。
「さっきのはどうやったのかな。どうやってボクの攻撃を避けたのかな」
ザマス眼鏡が眼鏡をクイッと上げ本格的に凄んでくる。
敵に情報を迫られる。
さっきの阿呆どもの事を考えれば何も言うべきではないのだろうがここは違う。想定外の事はたくさんあるがこの状況は願ってもないモノ。
出来るだけ飄々と言葉を紡ぐ。
「どうやったも何もしっかり踏みつぶされましたよ。あそこから何かをする力は自分にありませんから。それはもうしっかりと確かに踏みつぶされましたよ。何してくれるんですか」
「それでも斎藤くんは生きているだろう」
「そこは能力の使い様というやつですよ。因みにですが人の意識、あるいは心と言ってもいいですがそれは何処にあると思いますか? 神経が多く集中している脳ですか。それとも心臓、あるいは腸ですか」
「それは斎藤くんが生き延びたことと関係あるのかな」
「ありますよ。おおいに。クイズにするのも面倒なので言ってしまいますが自分は人の意識や心と言われる類は魔力にあると推測します。幽霊や神、そういった実体を持たない存在がいる以上そう考えるのが妥当。つまり実体がなくとも個々の魔力や妖気と呼ばれる何かさえあれば問題ないという事ですよ」
意識や心というよりは魂といった方が分かりやすいかもしれない。魂や人間の在り方は宗教や思想によって違うのだが少なくともそういった実体の無い何かがある。
俺はそれを経験則で知っている。
知能があり意思を持つ尋常ではない大きさの自称土地神の魚を知っている。
実体がなくとも魔力的な繋がりだけで現実に関わり続けている少女を知っている。
人であるはずのそれが猫に化け、それでもなお人としての意識を残していたことを知っている。
欠損した肉体を魔力で作り出せることも知っている。
これだけ経験すればそれが事実だと納得できる。
そしてこう考えられる。
魔力残滓さえあれば生きられると。
実体がなくなっても魔力残滓さえあれば生きられると。
脅威に対抗できる力を持たない俺としては生き延びられる可能性、死なないというのは実に魅力的だ。
問題はどうやってそれを残すか。
一番いいのは欠片を世界中にばら撒くこと。そしてそれを守るギミックをつくる。
某名前の言ってはいけないあの人の作戦。
しかしそれは俺には出来なかった。
出来ない理由は単純でそういった能力がない。
俺は大体のことは出来るが自分の魔力を欠片にすることは出来なかった。
しかし出来ないからと言って諦めることもできない。
自分で出来ないなら別のもので代用すればいい。
切り離すことが無理なら自分以外の何かと結び付ければいい。
まず目をつけたのが呪術。
呪術は術者と他人を魔力的なつながりを作り相手から奪うことを基礎としている。
制限が多く戦闘や日常には使い勝手が悪い。だが逃げるための経路さえ作れれば構わない。
そして他人の力を求める俺にとっては多少の不自由があっても呪術は必須でもあった。
俺には呪術の技術も知識もないがそこは器用貧乏。能力的に可能なことなら出来ないことは無い。
事実物理的距離のある相手とも能力的な繋がりは構築できた。
逃げ道は呪術で確保できた。
だが、当然ではあるが道がある作るだけではダメだ。
だが呪術で出来るのは魔力のつながりを持ちその中で魔力を移動させることだけ。
よし子さんは実体を魔力に変換したのではなく実体がなくなったがなくなっただけに過ぎない。実体がなくなっても尚魔力だけ残りそこに意識があっただけ。
そこに呪術の影響はない。
そして実体をなくしても意識が残り続けることが普通ではないとは容易に想像できた。
よし子さんがそうであったのが呪術師であったからというわけでもないだろう。魔力があれば出来るという事でもないだろう。
少なくとも俺が同じようになる保証はない。
そんな不確かな状況で実体を消し飛ばしてみるという事は躊躇われた。
呪術で出来るのは俺の魔力を移動させることは出来ても実体を魔力に変換できない。
そして俺自身の実体を魔力に出来なければ俺を移動させることは出来ない。
そこで次に求めたのが実体を魔力に変えられる能力、物質変換。
テイラー氏は自身の体験、記憶がトラウマになっていたこともあり能力を上手く使いこなせていなかったようだが能力の性能だけは反則級。
等価交換や質量保存など関係ない。
おそらく極めれば無から有を作り出せるような代物だ。
流石に俺の器用貧乏では極めることは出来ないが実体を魔力に変え、魔力から実体に変換するのは難しくない。
問題は本当に意識や心が壊れないかということ。
人が猫になれることや実体をなくしても尚意識を持つものが存在している以上問題ないはず。
器用貧乏の感覚としても大丈夫なのは分かっていたが未知に対する恐怖があったので試していなかった。
というより試している時間もなかった。
しかし本当に死の恐怖が迫れば未知に対する恐怖など何とかなる。
ザマス眼鏡に踏みつぶされると同時に自分を魔力に変換し手近な中継地、山田さんの元へ移動したというわけだ。
流石に服まで変換する余裕はなかったので全裸となった。
そうべらべら喋るのだがザマス眼鏡の顔色は特に変わらない。
「斎藤くんの言うことが確かならかなり高位な能力だね。だけどそれが出来る程の力は残っていなかったはずだけれど」
「その辺は能力の使い様ですよ。変換の手順や仕様の指定だけ自分でして実行に必要な魔力は外から補えばいい。幸いこの辺に転がっているのは能力だけは優れていますから」
実体を魔力に変換して呪術的繋がりに乗せ移動させ再度実態に戻す。
ザマス眼鏡の言う通りかなり面倒なことでそれなりというより相当魔力を消費する。
当然乱発できるはずもなく瀕死の中で容易に使えるものでもない。
そこまで都合よくはない。
が、呪術では他人の魔力を奪うこともできる。
当然個人で保有することのできる量は決まっているので溜め込むことは出来ない。けれどその瞬間に使用する量を肩代わりさせるくらいは難しくない。
もっとも今回肩代わりしてもらった山田さんは顔を真っ青にして気絶している。
極限まで能力を吸い取ったので仕方がない。
「理屈は理解したよ。けれどそこにいる奴らで泡を吹くというなら中継地になることのできる人物は限られるよね。おつむはあれだけどこれだけの魔力を持っているのは他に日本ではそういない。逃げ切られるとしてもその行き先が分かっていれば怖くないよ」
「そうとも限らないですよ。払えなければその他で回収し干からびるまで吸い上げるのが呪術ですから」
よし子さんが取り憑いていた即身仏がそうだったように呪術では死しても尚吸い上げられる。そしてそれは魔力の代わりとされている。
その理屈からいけば全く魔力がない人物でも呪術をかけてさえあれば中継に出来る。
そんな事をすれば中継になった人物がどうなるのかは言うまでもないが。
「他人を傷つけるつもりは無いですが自分が助かるためなら絶対はない。人命が大事というならそういう事を自分にさせないでくださいね」
「そういう人の命を盾にするのは竜泉寺君の不評を買うのではなかったのかな」
「生憎自分は我が身大事ですからね。それにあなた方が何もしなければ問題ない話でしょう?」
彼らが肉親を人質にしたように俺も無垢な人々を盾にする。
当然そんなものが盾に人質になるとは思っていない。
これはあくまで形式美、御約束というモノだ。
本来いうべき言葉は別にある。
「自分は積極的に何かをするつもりはありません。けれどあなた方が自分に自分の周りで何かするならその限りではない。徹底的に排除するというなら俺も徹底的に抵抗させてもらう。けど考えてみてください。自分にそこまでこだわる価値はあるんでしょうか」
そこで会話が途切れザマス眼鏡が考え込む。
当然それは人命に対する考慮ではないだろう。俺の言ったことの真偽、そこから考えられる選択肢を導き出しているのだろう。
稚拙だが、これが俺の考えた生き延びる方法だ。
結局俺は物語には必要のない人物だ。
彼ら、物語を主導している側からしてみれば使えるなら使うし邪魔なら排除するが、使えないなら代用品を用意するし邪魔をされても困るほどの力を持っていない。
絶対的にどうかしたいものでもない。
俺はその程度の人間だ。
唯一の親友や相棒という立ち位置も絶対ではない。
そういう人物を必要としない主人公もいる。
それ故にその立ち位置に拘ったとしても使える費用は決まっている。
戦力や時間をそう多く投資してこないだろう。
彼らも阿呆ではない。費用対効果を考えるはず。
こちらが決定的な行動を取らなければ本気にならないだろう。
多少煩わしくてもムキになることもない。
容易に力で押さえつけられないなら十全は諦めて妥協してくれるはず。
俺を討ち取ることの面倒くささを示せば交渉のテーブルに対等に座れるはず。
と言ってもこれは願望の入った展開。
当然費用対効果など無視して打ち取りに来る展開も考えられる。というかその可能性の方が高い。
出来ることなら病院に戻り色々と能力を理解して策を弄してから交渉につきたかった。
だがそこまで世界は甘くない。
物質変換を手に入れるまで待ってもらえただけでも幸運か。
ま、ここで妥協が得られなければ本気で逃げるのみ。
彼方さんの判断を待つとしよう。




