2-1
中間テストを間近に控えた金曜日の朝。
昼行燈で寄生虫なチヤがほざいた。
「ボクもじゅんじゅんの学校に行ってみたいぞ」
普段から働かず動かず唯文化に勤しんでいたチヤだが先日自分で買った本が余程気に入ったのか食事以外のすべてを読書に費やすというダメ生物化に拍車がかかっている。
一応、本人の主張通り人外であるので睡眠も排泄も不要らしく1日のうち22時間ほど読書に費やしている。
そんな状況の中で読み終えていない本があるにもかかわらずそんなことを言いだすとはこの先面倒が待っていることは明白なので出来れば遠慮していただきたい。
だが処理班系登場人物として抵抗は無意味だと理解しているので承諾する。
「別にいいですが珍しいですね」
「現状この街で自由に歩き回ることは難しいからね。出歩けるときに出歩いておかないと所謂ストレスがたまっちゃうからね」
「と、なると今日もレオちゃんはお休みですか」
「キミにも分かるんじゃないかな? 意識を広げてみれば周辺に何もないのが分かるよ」
そういわれて目を瞑り何となくの感覚で周囲に意識を向けてみる。
生憎未だ超常的な力を使いこなせない。日々の生活で便利なことにしか使っていない。そもそもうまく使いこなすつもりもさほどない。
俺に流れているのは妖気で竜泉寺たちが使うのが魔力という設定とかもあまり理解していない。理解したところで使い道がないので無視している。
さて、気配探知だがチヤは簡単に言うがそう簡単に出来ない。
お兄様のような精霊の目とかは難しい。
だが竜泉寺やヒロインクラスに限定すればある程度分かる。意識的に技術的には上手く理解できないが本能として感覚として何となく感じられる。
あれらは異常というか正直気持ち悪い。
情報の圧が強いしその形態も不規則で不気味。
チヤに言われた様に意識を外に伸ばしていくと何となくで物の気配が分かる。
やはり具体的に誰がどこにいてというのは分からないがこの街とその周辺の街に不気味な塊を感じることが出来ない。
彼ら5名はこの街周辺にはいないらしい。
もっともここ1週間ほど帰ってきていないわけだが。
正直詳しいことは理解出来ていないので隠れているだけということもあるのだがチヤが言うならそうなのだろう。
本人曰く、逃げる、隠れる、生き延びる、という方面には強いらしいという事なのでそれにかけるしかない。
力も知識も何もないのだからどうあがいたところで出来ることは無い。
ならば考えるのも無駄というモノだ。
「まあチヤが大丈夫というなら大丈夫なんでしょう。せせこましい生き物ですし、態々自分の身を危険にさらすことはしないでしょうし。普段何もせずぶうたれている身で何を言ってんだと思わなくもないけれど、そんなことも言えないので引き受けるとしましょう。面倒だけど」
「言えないなら言わないでくれるかなっ!?」
「いやはや言う気はなかったんですど、つい」
始めこそはいつ殺されるか分からないとおびえていたのだがダメ生物というのが分かれば遠慮もなくなる。恐怖に脅かされ過ぎて開き直っているともいうが。
それにひと月炊事洗濯などなどを一切手伝わずその癖カネの無心をされ日々ネタにつき合わされれば扱いも悪くなる。
まあネタは悪くなくもないのだが面倒事が面倒なのだ。
「それでどうやって学校に行くんですか? あれらがいないからといって転校という形にすれば後々面倒になりますし。透明化していくとかですかね? それとも俺の体を使ってとか?」
「最近分かって来たけどじゅんじゅんは話の切り替えというか物事の切り替えがあっさり過ぎると思うんだよ」
「悲しいかな処理班係体質の性ですよ」
細かいことに執着していては色々とやっていられない。
それはそれこれはこれ、やるべきことはしっかりやる。出来ることはさっさとやる。
主人公様のおかげで得てしまったスキルである。
「ま、そこがじゅんじゅんの面白いところだけど。確かにじゅんじゅんの身体を使うのは面白い気もするけれど遠慮しておくよ。変に気付かれても困るからね。今回はこれで我慢するよ」
そういうとチヤは格好つけて指を鳴らす。すると不可思議な煙が上がりチヤの姿が消える。
煙が流れていき視界が開くとそこには全長20センチもない小さなネコが現れた。
紺の艶々とした毛並みの子猫。ロシアンブルーという名前だったか。
『これなら文句はなかろう? とても可愛らしいと思わないか?』
実に可愛らしいネコから問いかけられるのだがなんというか何と言うかだ。
確かにネコ自体は非常に可愛らしいのだがそのしぐさはどこか猫らしくなく少し不気味。
おそらく猫の動きになれていないのだろう。二足歩行とかしているし。
それに加えてその子猫がチヤだと思うと、日々ぐうたらで創作に浸っているダメ生物だと思うと可愛いと思うのは非常に負けた気がする。
なににって話だが。
「ま、可愛いかどうかは置いておくとしてそれなら大丈夫でしょう。妖気やら魔力やらの類はわかりませんが。そっちも問題ないんでしょう?」
『そうだね、今のボクはただの猫だよ。多分あれらにもバレない。バレるとしたらまともな抵抗できない程に強い相手だから気にしても無駄かな』
最後に実に不安なことを吐かれたのだが確かに気にしても無駄なことなので流しておく。
可能性だけで怯えていても仕方がないので分かることだけ聞くことにしよう。
「それで目的は何ですか? 見学が目的というなら態々自分に何かを言う必要はない。勝手に見ればいい。そうしないことには何か訳があるんでしょう?」
『やだなーじゅんじゅん。何事においても訳があるなんてことは無いんだよ? ただ本当に学校に言ってみたいだけだよ』
「あっ、うっぜぇ」
『そんな素直な感想はやめて下さい』
そんなこと言われたってウザいものはウザい訳で、私怒ってますアピールとか構って下さいアピールとか正直面倒なのだ。
というかウザい奴にウザいと言って何が悪い。
「で、本当のところどうなんです。面倒事は真面目に困ります。こちらの対応を色々と考えなければならない程に、ね?」
『ほ、本当に何がある訳じゃないんです。ただ一応というか備えというか……。だ、だからお小遣いは削らないでくだしゃい』
一度2万の豪遊を経験してしまったチヤはお金という概念から逃れられない。
最近ダメ生物ぶりが面倒になってきたので餌として使用させていただいている。やはりお金は正義である。
『そ、それにボクが何かをしたいわけじゃないですし』
「それでも何があるのか言わないんですね」
『その方が御話的には正しいかなーと』
あくまではぐらかすチヤにため息が漏れる。
正直後々の事を考えるとしっかりと聞いておきたいところだが吐かせるのも面倒なので少し自分で考えてみる。
ポイントはチヤの言った御話的にというところである。
現在主人公様御一行はこの街を離れている。
物語の核が移動したのであればそれを含めた諸々も移動したのだろう。もしかしたらどこか異国でたった1人の少女の為に巨大な組織や国家を敵に回しているのかもしれない。そしてその周りは1人の少年にかき乱されているのかもしれない。
やばい、面倒くさそう。
だが俺が考えるべきはそちらではない。
着目するのは主役が移動してその拠点が空白になったという事だ。
現実というのは礼儀正しくないわけで事件が列をなして待ってくれるなんてことは無い。ひとつの事件が起きている時、周りは大人しくしているなんてことは無く寧ろそれを良しとして襲ってくるものだ。
要するに下衆で卑劣な輩は主人公不在を良いことに策を弄する可能性があるという事だ。
そう考えるとチヤの急な行動の変化も頷ける。たぶん。
問題はチヤがどのような立場に立つかというところだ。
やはりこんなのでも人外、主人公にたてつく生き物なのだろうか。普段のダメ生物ぶりからすると想像できないがそういうことなのだろうか。
個人的な感想で言えばその可能性は薄いと思う。これが態々未読の山を放置してまで面倒事に走るとは思えない。
ま、あくまで主観的な意見なので考え違いなのかもしれないが。
仮に陰謀や闇をチヤが求めていなかったとしてもそれならそれで平穏を放置してまでもしなければならないことなのだろう。
いずれにせよ面倒事がいよいよやって来たということだろうか。
となると真面目にOHANASHIする必要がありそうだ。ネコを拾い上げてじっと視線を送ると懇願した様な声色で訴えてくる。
『いや、その、確かに、確かにですねあらかじめ教えておいた方が色々と合理的だということは分かるんですけどね。やはりこういうのはもったいぶって黙ってこそこそしておいた方が良いと思いましてね。ほらラノベの中の人って大体そうじゃないですか』
何なんだろうなこの莫迦な生き物は。
完全に毒されていやがる。
いつぞやは下手に遊んでこれ以上面倒を引き起こすのも馬鹿らしいからねなどといってサクッと心臓を握りつぶしたくせに。
腐っていやがる。いや、俺のコレクションに腐らせる系のものは無いけど。
しかしこれである程度の予測は立った。
結局のところいつもと同じだ。知らないうちに面倒事に巻き込まれるのだろう。それも脇役として。
詳細が知らされないのは気に食わないのだが聞かされたところで俺にできることはそんなにないので諦める。何かがあると心構えが出来ることだけで満足するとしよう。
それに高校生の朝はそんなに余裕があるものではなくあまり時間をかけてはいられない。朝っぱらからボルトダッシュとか勘弁したい。
「はいはい、これ以上グダっても面倒なので大人しく従いますよ。一応はチヤの方がご主人さまな訳ですし。一応敬わなければいけませんしね」
『それ絶対思ってないよねっ!?』
そりゃそうだ。こんなダメ生物さんにそんなこと思う訳もない。
「それじゃあ学校内では言うこと聞いてくださいよ。面倒は本当に避けてくださいね」
『さっきボクが主とか敬うとか言ってたよね!?』
「あーはいはい。大人しくしないとマンガもラノベも買いませんよ」
『はい、大人しくしてもすっ』
そういってダメ生物さんは愛らしく敬礼する。
画して面倒ではあるのだけれど子猫と学校に登校する羽目となった。