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1-3


 中間テストが来週となったある日。

 文殊高校は静寂に包まれていた。


 理由は至極簡単。

 親愛なる知人、竜泉寺とそのヒロインたちが何故か揃って欠席したからである。

 正確には竜泉寺、早乙女、キャロル、九重、神居の5名が休んだ。


 御幸は何故か居残り。

 別に一緒でなければならないわけでもないけど。



 あれらが学校を休んだだけでいつものように起きていた不可思議な事件が起こることはなくなった。普段は酷く五月蠅いのに主役がいないとこれだ。いつも騒いでいるクラスメイト達も大人しい。

 主人公補正というのは周囲にも影響を及ぼすのだろうか。



 なんにせよ主人公がいなければ平穏で静かで楽な時間だった。

 いや、これで普通に戻ったというべきだろう。


 俺も主人公様がいなくなったからといって助長することもなく淡々と授業に向かった。こういた日くらい落ち着いていないと巻き込まれる側はやっていられない。


 社畜に与えられた半年ぶりの休暇のような気分で一日を過ごし学校を後にすると別種の面倒事が校門で待っていた。



「お、来た来た。待っていたよじゅんじゅん」



 男だか女だかわからない同居人が中学の校章が入った体操服、それも半袖半ズボン、という服装でいた。

 こんな寒い時期に半袖半ズボンとかどこの腕白小僧だという気分だ。



 服装だけでも目立つのだがそれも見ようによっては可愛らしい女の子なので視線も集めてしまっている。

 救いがあるとすれば年齢は相応に見える、華麗に着こなしていることくらいだろうか。すれ違っていく男子生徒の視線が集まっているのが嫌と言うほどわかる。



 確かにまあ中性的で可愛らしくも見えるので分からないでもない。

 が、俺には分からない。

 分かってはダメな気がする。


 とは言え俺が今気にすべきはそんなジェンダー問題ではない。


 今の心情を例えるなら、半年ぶりに得た休日に会社から電話があったくらいの気分なのだ。働いたことないけど。


 そんな意味不明な妄想をしつつ取りあえずため息をついて現実に向き合う。



「色々と言いたいことはありますが、取りあえず寒くないですかその格好は」

「あ? んーボクらに寒さとかいう概念はないからねぇ。その辺は妖気でちょちょいっとさ。便利なものだよねぇ。すごいだろう?」

「便利ですねぇ。ですが見ているこっちにはいい迷惑ですよ」



 見ているこちらが寒くなるし周囲からの視線が色々と面倒なので上着を貸すべきか考える。

 主人公様なら素直に上着を貸すところだろうが別に服が破れているわけでもないし上着を脱ぐととても寒いので大丈夫という言葉を信じて貸さないでおく。

 寒いの嫌いだし。



「ま、それは良いとして。どこへ行くか知りませんが取りあえず離れましょう。ここで立っているのは目立ちますし」

「そうかい? ボクとしては学校というのに興味があったりするんだけどなぁ。ま、こうして学生諸君を見れただけで満足しておくよ。本来の目的は別だからね」



 逃げる、隠れる、生き延びるが本性という割に今日のチヤは特に隠れようとする様子もなく堂々と歩く。


 別に外に出ないでほしいとか贅沢なことは言わないのでもう少し周りを見て頂きたい。にやけ顔で周囲をじっくり舐めるように見るとか不審者過ぎる。

 おそらく物語に出てくる学校というモノに興味があるのだろうがちょっとは自重してほしい。

 そう言う情報があるなら服装とかも気にしてほしい。


 こちらの心情を全く気にしない呑気な同居人の御所望は本屋であった。



「いつもはじゅんじゅんの本を読んでいるけど偶には自分で選んでみたいなーって思ってさ。でもでもボクはお金とか持ってないからさ」

「あーなるほど。お財布兼案内人ですか。分かりました」

「理解が早くて助かるよ。文句を言わないところも高評価だねぇ」



 確かに文句が出そうな場面だが悲しいかな振り回されるのは慣れている。

 修羅場の後処理やらなんやら他人の尻拭いなど日常茶飯事だ。

 誰か特定の1人の所為だけど。


 そんな日々の鍛錬で文句や抵抗は無駄だと理解している。

 どんなにあがいても無理なことは無理。

 言うことを聞かない奴は聞かない。

 折れることが出来る人が、柔軟な方が何とかしなければならない。


 そんな日常に比べれば本屋への案内など容易い。

 お金を出すといっても本は共有財産みたいなものなので痛くないし食料や家賃は俺もちなので今更だったりする。



 面倒な方の要望を叶えるべく学校近くの複合施設に向かう。

 目的は大手書店。いつもの個人書店では品ぞろえが違うので探索ならやはり大きい方が良い。


 それと複合施設に来たのは別に理由もある。



「しっかりと本屋には案内するので取りあえず服屋に行きませんか? その服装で外に出るのは色々と面倒ですから」

「そうかい? これはこれで動きやすいんだけどな」

「まあ体操服ですからね。ですが体操服ですから。取りあえず見て回りましょう。普通の服が嫌ならジャージという手もありますし。勿論今後どこにもいかない外に出ないというのであれば必要ないですが」

「んー、それもそうかなぁ」



 生憎俺にはおしゃれというスキルは無い。その為同居人にまで貸せるほどの服を持っていない。贈れるほどの感性もない。

 というか男物を買うべきなのか女物を買うべきなのかも定かではない。

 色々気を遣って回るより本人にお願いした方が早いという判断だ。


 チヤはというと本屋の方が優先だと多少不機嫌になったのだが実際服屋を見て回れば嬉々として買い込んでいた。その様は普通の女子であった。

 なんだかんだで2時間ほど選んでいた。

 お会計は4万円程。



 購入した服に着替えると本来の目的である本屋へ向かった。


 子供のように目をキラキラと輝かせたチヤに軍資金2万円を渡し保護者のように見守った。服よりも少ないとごねられたが無限の中で買っても面白くないだろうと宥めた。


 他人の買い物にただ付き合うだけなら退屈で仕方がないのだが本屋ともなれば別だ。何も用事がなくとも買う気がなくても1人でかなりの時間を簡単につぶせる。


 2時間ほどの買い物を終えたチヤの収穫は紙袋2つ。


 それを我が子のように抱えるホクホク顔の同居人と帰路につく。

 勿論自分の分の本も購入した。3000円分だけだけど。


 個人的に読みながら帰るという金次郎スタイルは好きではない。それはチヤも同じらしく表紙を眺めるだけで止めている。


 ただぼんやりと歩くのも手持無沙汰なので何となく気になったことを尋ねることにした。



「そう言えば、普通に出歩いていて大丈夫なんですか?」

「おや? ボクを心配してくれるのかい、じゅんじゅん」

「いや、ここで超電磁砲やら血の王子様やらに出くわすと面倒ですからね。自分が」



 そう偽悪ぶってみるとチヤはくすくすと笑った。



「そうだねぇ。じゅんじゅんは右手で幻想を壊すこともできなければ魔法術式を解体することもできない。仮に何か出てきても簡単にピチュンされちゃうもんね。どうせ震えて動けなくなるだろうし」

「悲しいかな凡人なんですよ」



 馬鹿にしたような口調だが事実なので特に否定しない。

 事実だからといって指摘され腹は立たないという事は全くないわけではないが騒いでも無意味なので流す。


 生憎そんなところに自尊心は無い。



「それで心配とかそう言うのではなくて確認で聞きますが外に出ていても大丈夫なんですね? 街中は別に普段と変わらない気がしますが」

「そうかな? 今日はとっても風が煌めいているようだけど。どうやら風が悪いものを運んできたらしいよ」

「あ、そういうのはいらないです」

「……あい」



 しゅんとなるチヤはちょっぴり可愛らしく可哀想な雰囲気を醸し出すが無視する。

 生憎凡人は少女に弱いなんてことは無い。基本自分優先だ。


 それに女性っぽいしおらしさなど偽物だと思う。

 単なる偏見だけど。

 だって女子怖いし、ヒロインどもは怖いし。

 女か知らんけど。



 案の定、その素振りに効果がないと見るとしおらしさはさっくり捨てられる。

 やはり女子は怖い。



「じゅんじゅんは普段と変わらないとかいうけれど大きく変わっているんだよ。確かそれはじゅんじゅんにも関係していたはずだけど。まさかの鈍感ニブちんキャラなのかい?」



 キャラがころころと変わるチヤはお姉さんのような口ぶりをするが受け流し考える。

 今日は平穏で平凡な日常だった。特筆すべきことは無い。

 やはり考えても特に何もない。



「そう言われましても今日は珍しく平穏無事な日でしたし……」



 と、口にところでチヤの表情がにやけ顔になったことで嫌な予感がする。


 確かにそれについて考えればいつもと違う。

 確かにことあるごとにそう評価してどこか馬鹿にしてはいたがそんなことが現実なはずがない。

 確かに物語に出てくるような出来事は何度もある。人間関係、それも女性関係に限ればそれであるといって過言は無い。

 それでもやはりそんもののはずがない。

 いくら「の様」であっても本人ではない。


 そんな人間が身近にいるとは思えない。思いたくない。

 


 だってそんなのが身近にいれば面倒この上ないから。


 しかし同居人はそんな俺の心情を知らず、というよりは知って尚いやらしく笑みを浮かべて事実を突きつける。



「キミの友人、竜泉寺零王がいないからボクはこうして自由にいられるんだよ。あれが動いたからそのお付や監視も移動してしまっているので羽が伸ばせるといった方が正しいけど」

「正気ですか?」

「正気も何もそれが事実だよ。あれは世界を容易に動かすことのできる唯一無二の能力を持った御仁だよ」

「まじかー」

「まじだー」



 突き付けられた現実にどっと疲れが襲う。

 本能的に現実を拒否したくなるところをぐっとこらえて確認を続ける。



「つまりあれですか、俺が変な出来事に巻き込まれるのも普段あれこれ立ち回りさせられるのもよくわからない戦闘に巻き込まれたのも、理不尽な事件事故に巻き込まれたのもあれが本当に主人公だからというわけですか」

「そうなるね」

「なんだかんだやっても俺には良いことが何んも起きないのは脇役だからですか」

「じゅんじゅんが何を求めているかは置いておくとして、少なくともキミが主役ではないのは確かだね。勿論ボクもメインどころではないんだけどね」



 何というか何となく理解していたとはいえ改めて現実を知らされるというのはなんかやるせない気持ちになる。


 いや、さ。別に脇役でいいけどさ。

 どうせ友人Aだけどさ。

 そんなのは分かり切っていたことなのでさっさと切り替えよう。

 割り切ろう。


 あれが本物の主人公となると今日の欠席は単なる風邪というわけではなく今も世界のどこかで駆けまわっているのだろうか。たった一人の女性の為に。

 そしてヒロインもそのドタバタに付き合っているのだろう。


 今はそのドタバタにまでつき合う立ち位置では無かったことを喜んでおこう。


 後はまた転校生が来るのかもしれないと心づもりをしておこう。

 これ以上の修羅場は修羅場過ぎる。



「ではチヤがこうして外に出たのは主人公様がいない間にあれこれ策を廻らすためだったりするんですか?」



 何も物事は正面からぶつかるだけではない。交渉や搦め手だって手段の一つ。

 主人公様がいない間に策を弄するのも正しいことだ。

 そんな物語脳で問いかけるが登場人物様はあっけらかんとした様子で否定する。



「まさか。そんな唯一無二に立ち向かうなんて気概はボクにないよ。確かに逃げる、隠れる、生き延びる事に関しては世界でも一級品だと自負している。けど戦闘になれば別。ボクの戦闘力はそうだね、精々岐阜県一位程度だよ。だから全国レベルになれば埋もれてしまうし世界レベルの相手なんかできるわけがない」



 いやその説明は何というか何というかだ。

 精々お山の大将と言いたいんだろうが地方を馬鹿にし過ぎだ。


 岐阜県だって世界に誇れることだってあるはずさ。合掌造りとか関ヶ原とか。

 白地図を見てどこと言われても探し出せる自信はないけど。



「取り敢えずは平穏に暮らせればそれだけでいい。あ、その平穏にちょっとのマンガとアニメとラノベがあればいいかな」

「30冊以上のまとめ買いがちょっとですか」

「ちょっとだよ? これでも泣く泣く削ったものだってあるわけだし」



 確かに欲しいと思いだしたら止まらないので満足しないのは共感できる。だがその毒された感覚というのは世間様とはかけ離れているので気を付けた方が良い。

 マンガラノベの自宅在庫が1500冊を超えたのでそろそろ多くなって来たなーと思っていたらドン引きされたことがあるので注意すべきだ。

 まだまだこれからも増えていく予定だけど。

 それはいいとして。



 戦略的に見れば好機ではあるのだがそんな気は無いらしい。

 戦意がないのは御話的には面白くないところだが実際問題それはそれで楽なので良しとしておこう。

 脇役には世界の闇とかとか陰謀とかお呼びではない。


 そんなものに巻き込まれたら今度こそ本当にピチュンされかねない。

 死にたくないし。死にそうにもなりたくない。



「じゃあさっさと帰りますか。家に帰ってからが忙しい様ですし」

「そうだねぇ。早く読みたいよねぇ。えへへぇ」



 ただ平穏に時間を過ごし、本を買い、物語に浸る。

 これが俺の日常。




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