8-2
現実にうちひしがれても現実は留まることなく進む。
世界は優しくないのだ。
客人と呼ばれた人物は躊躇いなくこちらに近づいてくる。
日も落ち始めているので遠目には陰にしか見えず次第にはっきりする。
ポンチョにハット、典型的なメキシコのイメージを集めたような服装だ。
完全に季節感があっていないのだが気にした素振りは無い。
「やあ、キミが斎藤君だね。はじめまして」
客人は軽薄そうに言う。
暗がりにかすかに見える表情。
線の様に細い目。
三日月の様な口。
張り付けられたような欺瞞に満ちた表情に背筋がゾクリとする。
ふざけた妄想など吹き飛んで思考が加速する。
こいつが誰で何をしたいのかは考えても仕方がないのでまず放置。
かなり異様で不安を煽るような、もっと言えば生命の危機を煽るような気配を醸し出しているのにナマズがのんびりしているのも気になるが一先ず放置。
問題はどう行動を取るかだ。
気配の感じは呪術師のそれとは比較ならない。
衝動的に斬りかかろうという気も起きない。そもそも動けないし、出来れば逃げ出したい。
恐らくキャロルや九重よりも面倒。
早乙女なんかと圧量は同じだが面倒くささからすると断然こちらの方が嫌だ。
つまり勝てない。
何をやっても無駄。
下手な行動を取れば直ぐに首が飛ぶ。
御遊びで死ねる。
その程度の力の差がある。
異能者を圧倒して1つの組織を手に入れても俺の力は所詮その程度。
主役級から見れば雑魚でしかない。
ホント自分の平凡さを理解させられる。
ではそこまで考えた上でどうするか。
それについては悩む必要はない。
仮面を張り付けたような客人に両手をあげて意思を伝える。
「どうも。自分なんかに何用ですか?」
緊張を解き出来るだけ気怠そうに降参を示すと客人は一瞬驚いたように固まり笑い出した。
「いや、いいね斎藤君。その反応は予想していなかった。参考までにどんな事を考えてその反応になったか教えてくれないかな」
客人の驚きと笑いは人を馬鹿にしたものだと理解できたが気にならないので流す。
そんなところで無駄なことはしない。
それに考えといっても大したものではないので素直に話すことにした。
「特にないですよ。たぶんあなたは自分を簡単に殺せる。片手間で、何もさせずに。それ程の力量差がある。そこには奇跡の余地もない。確定された現実だ。ならば緊張しても警戒しても無駄。取りあえず敵意が無いのを示して会話に持ち込めればいいかなと」
「なるほど。強いものには巻かれる、というやつかな」
「いや」
いい感じに勝手に解釈してくれているところについ否定の言葉が出てしまう。
無駄なことを言わず穏便に済ませばいいものを。
案の定客人は興味深そうに観返してくるので言い逃れは出来ない。
色々と諦めて素直に白状する。
「残念ながら自分は強いものに巻かれて事なきを得たいわけじゃないんです。それでいいならそもそもこうなっていないですよ。敵対も抵抗も出来ないなら会話によってどうにかするしかない。そうやって逃げ道を探しているだけです」
客人が何者かは不明だがここにきている以上俺のあれこれは知っているだろう。
自惚れかもしれないが俺以上に俺のことを知っているに違いない。
「なるほど。それじゃあその会話でもどうにもならないときはどうするんだい? キミの言い分では会話でどうにもならないならキミには抗う術がない。結局は力あるものに従うしかないと思うけど」
客人は面白半分で嫌なことばかり聞いてくる。
これもまた会話のひとつなのだろうからはぐらかすわけにもいかない。
幸か不幸かここには手駒が少ないので素直に吐き出す。
「その時は諦めますよ。自分の思い通りにならない。誰かの傀儡になるのなら自分は生を諦めます。ただ心臓が動いているだけを生きているとは思いませんから」
生憎俺には執着がない。
勿論無駄に消費するつもりもないが何に代えても、泥水をすすってもという気概は無い。
ある程度可能性があるなら駒を使って生きようとするだろうが我武者羅にボロボロになってまで、という事は出来ない。
そこは誰かさんと違うところだ。
そう白状すると客人は俺を興味深そうに観察する。
「なるほどね。チヤ君の子どもというから見に来たけれどどうしてどうして」
その顔には奇妙な表情は無く唯の人間の表情があった。
しかしその表情も直ぐに引っ込み仮面のような欺瞞に満ちた笑みに戻る。
何かを納得したような客人は少しばかり気配を薄めて見せた。
「驚かせてすまなかったね斎藤君。キミがそこまで敏感だとは予想外だったよ。それでも私としては面白いものが見られたからよかったけど」
気配が薄まったから余裕が増えたのだろうか。
この客人が面倒でうっとおしい人種に思えてきた。
たぶん知り合いの名前が出てきたのも関係がある。
とはいえそんなことを表に出すわけにいかないので努めて真面目に問いかける。
「それでどちら様で何用ですか」
問いかけに対して客人はハッとしたような表情を作り仰々しく格好をつけてお辞儀して見せた。
やはりこいつは面倒な人種だ。
「これはこれは申し遅れました。私の名前は伊勢谷。情報収集家をしております。以後お見知りおきを」
何とも面倒な大物の登場である。




