7-4
綾香の合図からおよそ10秒後。
本殿を包んでいた重い空気が一部かき消える。
それと入れ替わるようにしてドロドロとした気味の悪い何かがミイラから垂れ流れてくる。
いよいよかと気を引き締めていると苦悶の表情をしたミイラの口角が上がる。
そして歯が震えカタカタと音を立てる。
その音は何故か歓喜の声に聞こえた。
不気味だ。
実に不気味。
それも理性や感覚ではなく感情や本能に語り掛けてくるような不気味さ。
その気味悪さに衝動を駆られて長刀を出し一歩踏み出す。
が、脇に立つ幼女に服を掴まれ動きを止められたことで我に返る。
危うく雰囲気に呑まれて下策を取るところだった。
幼女でさえしっかりと状況を確認しているというのに情けないことだ。
総合評価B+という事で侮っていたのかもしれない。
主役様方よりは劣っているとはいえ一般的に見れば強者。
呪術に至っては日本最高峰。
友人Aが侮っていい相手ではない。
それを考えると幼女の行動は流石は年の功というべきか。
なんて考えて脇を見たがどうやらそうでもなかったらしい。
幼女は足を震わせ、歯を震わせてがちがちと音を鳴らしている。顔色は白を通り越して青く見える。
失禁するんじゃないかと思うほどの怯え具合だ。
その癖、瞳だけは爛々と輝かせている。
おそらく俺を止めるために服を掴んでいたのではなく掴んだまま動けなかっただけなのだろう。
そして体は恐怖で動けないが理性は好奇心だけが暴走しているのだろう。
まあそんな悲しい事実は良いとして。
カタカタと笑うミイラに再度向き直る。
武器は出してしまったが結果として行動はしていない。
ここからが重要なのでどう動くべきか悩んでいると向こうから語り掛けてきた。
「私の封印を解いたのはお主らかえ」
不気味さに浮足立っていたはずなのだが、何というか、冷めた。
本来ならここでシリアスモードに突入して駆け引きなんかするところなのだろうがミイラの口調の所為で醒めてしまった。
いや、ミイラ自体は悪くないのだが先ほどのじゃっ子の真実を聞かされてしまったので特殊口調娘になんか悲しいものを感じてしまう。
別にミイラもキャラに苦労しているわけでもないのだろうが何だか悲しくなってしまう。
ミイラだけでも十分にキャラだというのに。
当然だがそんなことは口にも出さず落ち着けたのをこれ幸いとさっさと本題に入る。
「ええ、自分が首謀者です。ちょっと交渉したいので起きてもらいました。それで駆け引きが面倒なので単刀直入に言いますが自分たちに協力してください。こちらが出せるモノはあなたの自由。協力してもらえるなら封印を完全に解きましょう」
当然だが封印は何重にもかけられている。
そしてこれまた当然だがその封印は全て解いているわけではない。
5つあるうちの1つを外した程度。
意識が戻り会話が出来る程度にしか解いていない。
いくら囚われているからと言って簡単に連れ出したりしない。
封印されているのにはそれなりの理由があるはずなので容易に自由にするはずもない。
もっとも見た目が少女ではないので主人公様でもそこまで節操無しではないだろう。
「ふむ。悪くない提案ではあるがそれは交渉とは違うのではないかえ? お主の言う通りにしなければ私は自由になれんのだろう?」
「別に今自由になる必要はないでしょう? 自分たち以外にもあなたの封印を解きに来る人もいるかもしれませんし。こちらとしても是が非でもあなたの協力を取りつけたいわけでもないので無理にとは言いませんが」
「それが脅しだというのだが」
何やら不満、あるいは呆れ気味のミイラだが考える余地はあるようで悩み始めた。
こちらとしてはこれ以上の手札は無いので待つしかない。
返答待ちの時間も無駄に出来ないので幼女に確かめるべきことをさっさと済ます。
「ミイラから煙のようなものが立ち上がってますが、どういう状況か分かりますか」
「多分だけど、ミイラは呪術師の本体じゃない。ミイラは依代か契約者か、おそらく何らかの方法で協力関係にあったのだと思う。魔力を渡す代わりに力をもらうとかね。その渡すものがなくなって依代の肉体自体が代償として昇華されているんだと思う。血肉が昇華された結果残ったのがあれ、ということなのだろう」
流石は研究者というべきか。恐怖に縛られても観察や考察は出来るらしい。
とは言え瞳に涙を溜めはじめているのでそろそろ限界だろう。
このままではロリババアの失禁が披露されてしまうかもしれない。
それは良いとして。
どうやらミイラは普通にミイラらしい。
呪術師とミイラの関係をサブカル的な知識で補完すれば等価交換や王の力を授ける代わりに1つだけ願いをかなえてもらうとかなのだろう。
それで契約不履行で生きたままミイラ化してしまったと。
それでも足りないから骨の髄まで吸い上げていると。
契約者を吸い殺すとはやはりピーキーだ。
「因みにミイラを破壊するとどうなると思いますか?」
「恐らく呪術者は自由になるんじゃないかな。推測だけどミイラが呪術師を繋ぎ止めている枷のひとつだ。封印が完全なら多少は抑え込めるだろうけど今壊すとなると完全に解き放つことになると思う」
となるとあまり長話も出来ないのだろう。
時間が経てばミイラはミイラですらなくなるだろうし。
そうすれば呪術者は解き放たれて自由に動き回れるようになってしまう。
それに幼女の限界も近いだろうし。
「これも致し方のないことかの。お主の言葉に乗ってやるか」
状況把握をしている間にミイラもとい呪術師の考えはまとまったらしい。
そして意外にもあっさりと肯定の言葉がもらえた。
「お主に協力してやる。だからほれ、さっさと解かんか」
呪術師がさも当然のように解放を促すがそんなことをするはずもない。
言質を取ったところでそれだけで何とかなるほど世界は優しくない。
俺なら普通に嘘はつくし自由になったらこれ幸いと逃げる。
だから何かしら明確なもので縛らないといけないのだが、そうなるとここで取れる行動などひとつくらいだ。
もとよりそのつもりだけど。
「その前に自分と契約しませんか? どのみちミイラのままではそう長く持たないでしょうし」
「それは、そうか、そうかのう。して、どういう契約にするかえ?」
「その契約というのをあまり知らないので軽く説明してもらえますか?」
「よかろう」
そういうと呪術師は滔々と説明した。
契約者が代償を払うことで呪術師が力を貸し与える。代償は自由に選べその大きさで貸し与える力は変化する。ただし契約内容の変更は出来ない。
契約不履行があった場合、不履行者は一切の権利を失う。
契約は直接接触で行い契約者の体に契約印を印すことで完了とする。
契約は一度結ぶと一方が消滅するまで続く。
まとめるとこんなところらしい。
「因みにですが大きな代償となるモノは例えば何ですか?」
「人間の場合感情や記憶かのう。その辺の判断は私の気分次第さ」
「因みについでですがそのミイラは何を代償にしたんですか?」
「確か憎しみ以外の感情と恋人以外の記憶だったかの。面白そうだったからそれなりの力を渡した覚えがあるのう。ま、結局欠落した感情の所為で狂ってしまったがの。惜しいことをした」
哀れなミイラを憐れむミイラ。
ま、どうでもいいな。
そんな事よりは何を代償にするかだが、まあ考えるのは面倒なので放り投げるとしよう。
「それじゃああなたが欲しいものをあげましょう。その代り可能な限り力をください」
破れかぶれ感が酷いがこれが比較的楽な解決方法だ。
交渉は面倒だが出来るだけ力は欲しい。
ならば相手の言うことに従うのが楽というモノ。
そんな申し出に呪術師は一蹴止まりるがニヤリと口角をあげる。
「面白い。ならばお主の喜の感情、喜びをもらうとしよう。前のそれは殆どの感情を奪ってしまったから狂ってしまったからのう。これくらいなら大丈夫だろう」
俺の提案が気に入ったようで交渉成立らしい。
「契約はお主に私の魔力を通わせて結びつきをつけることで締結とする。私の手に持触れてもらえぬか?」
呪術師に促されてミイラの手に触れる。
ごつごつした触感に背筋がぞわりとするが諦めて耐える。
耐えていると干物手からドロドロした何かが流れてくる。
そしてその何かは俺の内部に入ると力を残していく一方で俺の中から別の何かを奪い去っていく。
恐らくこの内部での交換が契約の効果なのだろう。
こちらに残る力はそれなりの量がある。
もっとも奪う量もかなりあるのだが。
「ほう、私の力を理解するか。ならばしっかりとお主に力を渡しているのが分かるだろう」
「ええまあ。すっごいドロドロしているので脳梗塞とか心筋梗塞とか心配になりそうですが」
「はえ? 何を言っているか分からんがお主が私の魔力を受け入れることで契約は完了だ」
別に難しいことを言ったつもりもないのだが理解されなかったものは流すとしてさっさとことを進めよう。
流れ込んでくるものを肯定して受け入れる。
するとその繋がりは強固となりあっさりと固定された。
固定された繋がりは待っていたかのように急速に内部から大量のモノを奪っていく。
これで契約完了なのだろう。
折角の契約なのだが残念ながら無意識の世界やらに接続されることは無かった。
魔女との接吻もないのだから当たり前か。
それでいくと仮にあったとしてもこの状況ではミイラとの接吻なのでなくていいけれど。
そんなことは良いとして。
「さて、これで問題はなかろう。さっさとこの煩わしいものを外してくれんかの」
表情がないはずのミイラに期待を膨らませた表情で懇願されているような気がする。
ナマズの次はミイラですか。
マジカオスだ。
しかしそんなものを着にするのも無駄なのでさっさと約束を果たすために踊り回るミイラに長刀を向け意識を集中させる。
集中して暫くするとミイラの周りを守る殻が浮かび上がる。
そこをめがけて長刀を一振り。
一瞬戸惑ってみせたミイラだがそれが封印を破るためのものだと理解すると咆哮をあげた。
その咆哮と共にミイラの魔力が膨れ上がり本殿内がドロドロとした気味の悪いもので包まれた。
そしてついに幼女の限界が訪れて気を失った。
彼女の名誉の為に言うが粗相はなかった。
頑張ったのだろう。
さて、ここからが第2ラウンドだ。




