0-3
放課後。
ヒロインは様々な思惑を持ちより竜泉寺を連行していった。
年内の学校行事が終わり、11月になった今日この頃。
前後期の二期制である文殊高校は来月に後期中間テストがある。前期の中間をぶっちして期末を悲惨な結末で済ました主人公様は早速留年候補となっている。
ここで悲惨な結果となればおそらく留年だろう。
そうさせない為の勉強会だ。少なくとも名目上は。
進級が危ないのは事実なので勉強はするのだろうがヒロインの目的は竜泉寺とともにいることとあわよくば自分を売り込むことである。ぎりぎりの追い込みではなく前もっての勉強なあたり色々と思惑がうかがえる。
加えてヒロインズたちにとってお邪魔虫も登場したので危機感もあったのだろう。
自宅に招き両親に紹介しようとする思惑さえ聞こえたのは流石に引いた。
勉強が嫌なのか竜泉寺は俺を巻き込もうとしていたがそんなものは知らない。何が楽しくて他人のハレムを間近で見なければならないのだ。
それに竜泉寺たちについていけば必ず大なり小なり面倒なことが起きる。
力も気骨もない人間を面倒に巻き込まれても困る。
親友でも相棒でもない俺はそんな面倒まで見てやる義理も義務もないので放置して帰る。
というか同行すればヒロインから邪魔者扱いされるのでさっさと退散する。
主人公を修羅場に放置した後は特にやることもないので本屋やコンビニなど寄り道をしてのんびりだらだらと自転車を漕いで帰る。
部活をしていれば毎日することもあるだろうが帰宅部にはそうそうやることは無い。
その部活にしたって文殊高校には普通のモノしかない。
奉仕したり隣人を愛したり自らを演出するような部活などありはしない。勿論世界を大いに盛り上げる奴もない。
そもそもそんな部活を作ろうにも認可されるはずもない。
悲しいかな現実は厳しいのだ。
そんな現実にうちひしがれているとかなりの音と爆風を浴びる。それは雷が近くに落ちた時のような体の内側がしびれるような衝撃で、それでいて雷が優しいものだと思える程恐怖を煽るものだ。
その未体験の衝撃に驚愕しながら田んぼへダイブする。
何故だ。主人公と行動していないのに。
そんな恨みごとが漏れる。
しかし深く考えても仕方がないので現実に向き合う。悲しいかな処理班系登場人物とは切り替えが早いのだ。
一先ず散らかった荷物を拾い自転車を引き起こす。土が水分を含んでいたため少し湿ってしまったが冬場でよかったとしよう。水が張って合ったらもっと悲惨なことになっていた。
面倒な作業をすることで動揺もほぐれて現実の異常さが良く分かる。
衝撃は止まることなく響いている。最初の程ではないがそれでも落雷以上だ。
しかし遠くに見える下校中の生徒は普通に自転車を漕いでいる。百メートル程先では老人が普通に畑仕事をしている。
距離からして確実に届いているはずなのだが一切気にした様子がない。
異常で異様。
それなのに誰も気にかけていない。
そんな状況を正しく理解しても上手く飲み込めずにいるとそれまでの衝撃とは異なるドカッという爆発音が響く。反射的に身をかがめ音の方へと視線を向けると天を突くような火柱が昇っていた。
「ふはっ」
許容し難い現実の連続に笑みがこぼれてしまう。
主人公様のおかげで色々と体験したが、……ホント色々とあったよな。
俺も俺で良く生きている。
それは良いとして。
非日常に頻繁に出くわしたがファンタジーに出会ったことは無かった。
そんないつもと違う超常的な展開につい笑みがこぼれてしまった。
それは男子高校生なら仕方がないことだと思う。主人公様のおかげで自分が特別で選ばれた人間だなんて思うはずもないが憧れはある。名家とか血筋とかは無いだろうが契約とか秘術とか異世界転生とかチートとか。
取りあえず浮かれていた。自分の凡庸さも忘れて。
爆発音と衝撃が続く中、竦む体を引きずり音源へと向かう。行きついた先は何の変哲もない少しさびれた公園。その公園の至る所に穴が穿たれ火柱が猛っていた。
そしてその悲惨で異常な公園の真ん中。
少年の様な少女の様な何かが漂っていた。
「君もか」
異様な状況に飲み込まれてしまい唯呆けているとその何かは心底面倒そうつまらなそうに呟いた。
声につられてそれに目を向けてしまうと目が合った。
合ってしまった。
そしてそれだけで何も出来なくなる。
端的に言えば怯えた。
慄いた。
恐怖した。
どれだけ創作的な御話が好きであっても実際に超常的な出来事に巻き込まれてみれば無意識あるいは本能的な怯えが足を縛り喉を凍りつけていた。
美少年の様な美少女の様なそれは何も言えずただ茫然としている俺を見て嘲るように笑う。
「おや? どうしたんだい。これは……、何とも残念な奴だねぇ」
残念。確かにそうだ。
なんせ意気揚々と首を突っ込んでみたがこのザマだ。
異常な状況を前に混乱することも慌てることもできず唯呆けるのみ。
それに嗤われ理解する
おそらくだが俺の物語はここで終わるのだろう。呆気なく。
動けず無様な様子を晒す中、ふと思う。
俺の位置に竜泉寺がいたらどうだろうか。
あの主人公様なら動けただろうか。あるいはあれに気軽に声を掛けられただろうか。あれの下で死んだように倒れている文殊高校の女子生徒を助けに行けただろうか。それとも本当に主人公のように何か力を覚醒させただろうか。
いずれにせよ主人公様なら自分の危機にも異常な恐怖にも立ち向かい現状を打破してしまうだろう。
たとえ力があろうとなかろうとその意思で行動で示すだろう。
今更考えても仕方がないが、やはり俺はどうしようもなく凡人だという事だ。
そんなことわかっている。分かっていたさ。
だが、けどさ、こういう事は竜泉寺の守備範囲だろうになぜ俺に回ってくる。他所でやっていてくれ。こっちに回ってくるのだからもしかしてとついそんなことを思ってしまうだろうに。
しかしそんな愚痴を吐いても現実は変わってくれない。
「ま、何でもいいかな。ボクには関係ないし。それに下手に遊んでこれ以上面倒を引き起こすのも馬鹿らしいからね」
それは凄惨で残酷な笑みを浮かべるとすっと近寄る。
吐息が聞こえそうな程近づいたそれは微かに口が動いたが声は聞こえない。
それを不思議に思うより先にブスリとした感触が胸のあたりに響く。
不自然な焦りと不気味な悪寒が拒絶を示すが感触の詳細を確かめるために視線を下げる。
すると、それのか細い右腕が俺の心臓を穿っていた。
「かっ、ふっ」
現実を理解すると体の反応が加速する。
痛みが全身を支配し虚脱感が襲ってくる。
遠のく意識の中で浮かんだのは悲しみでもなく心残りでもなく謝罪でもなく。
愚痴だった。
いや、だってさ呆気なさすぎるだろう。普通こういうところではもっと色々あるだろう。これを対処するための死神やら魔法少女やらが出てきてそいつが敵と交戦してピンチになったところで俺の隠された何かが覚醒してというのが定番でしょうに。私のヒロインはどこ行ったんだよ。はい、既に死に体でした。公園の中央でボロボロになってます。じゃあじゃあ、不明な何かさん私と契約とか取引とかしましょうよ。そうでなくとももっと会話をしましょうよ。それが物語というモノでしょうに。下手に遊んでこれ以上面倒を引き起こすのも馬鹿らしいからね、じゃねえよ。もうちょっと人生を楽しみましょうよ。人かは知らんけど。取りあえずもっとこう、なんかあるだろうよ。無言でズボッはねえでしょうに。これじゃあ完全なる雑魚じゃん。モブじゃん。ゴミじゃん。ま、これも仕方のないことか。所詮は主人公の友人A。人知れず余白部分で行間で処理される。それが定めか。しかしながら俺の人生も中々ひどいものだったな。見せ場もなく盛り上がりもなく取り立てて内容は無い。多分このまま死神様に走馬燈を見られたら『備考無しDeath』とか言われるだろう。いや絶対。一応一般人とは違う出来事もあったがそれだって俺自身に関係するモノじゃない。主人公様について回っていただけだ。そこでどれだけ頑張ろうと必死になろうと最後は全て主人公様が持っていく。俺が何をしても成果を出しても残ることは無い。
結局は友人A。
どこまで行っても友人A。
頑張っても友人A。
そんな人生だった。
だからここで散るのだろう。
そう諦めて目を閉じて力を抜く。
虚脱感が増しいつどこで意識が途絶え自分が終わるのかと怯える。だがその終わりはいつになっても訪れることは無くただただ不安と恐怖が渦巻く。
ああ、死ぬのは怖いな。
最近の小説では一度死んでから異世界に、とかあるらしいからそれに期待をしよう。
次の人生は自由に生きる。
そして願わくば主人公なんぞに引っ掻き回されない人生を。
あるいは主人公に、補正や設定に反逆を。