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目が覚めるとそこには見知った天井があった。
天井や周囲のモノからするとここは自分の部屋らしい。
睡眠以外の気絶の後に見る天井は見知らぬ天井が御約束だろうに、と長いまどろみの後でさえも思ってしまうあたり俺は人生を腐らせすぎているのだろう。
そんなどうでもいい事を考えつつも自分の状況を思い出す。
確か死体を見て無様に失神したのだった。情けない。
主人公なら吐き気を催しつつも耐えられるだろう。脇役でも倒れるのは虚弱な女性だろうに。いや、流石は俺という事だろう。特異な力があっても所詮平凡で凡庸。
「ようやく起きたのね」
現実にうちひしがれつつ現状を確認していると声が聞こえる。
首をひねり声の方へ向けるとそこには黒髪ストレート、地味眼鏡、着崩しのない制服、委員長ルックの神崎がいた。
神崎が自室にいる理由に心当たりはない。何か面倒なことでもあるんじゃなかろうかと起き抜けに嫌な気分になる。
だが侵入を許してしまった以上大人しくしよう。これぞ処理班系登場人物のスキル、諦めだ。
「何か用かな?」
「……何か用って、あんたが倒れたなんていうから来たに決まっているじゃない」
「いや、だろうとは思うけど。別に死にかけたわけじゃないし態々見に来るほどのモノでもないんじゃないか。それにクラスメイトが学校を休んだ程度で見舞いに来るようなタマじゃないだろうに。で、他に用事があるんじゃないかと」
高々失神しただけでお見舞いとか。それに態々家に押しかけるなど主人公とヒロインじゃあるまいし。そう理解出来れば態々家に来る理由があると考えるのが普通だ。
そんな気構えでいると神崎は心外そうな表情でため息をついた。
「あなたみたいな普通じゃない人間が学校を休めば気になりはするわよ。それもこちらが把握していない事情となれば尚更ね」
それもそうか。この体では怪我も病気もない。風邪で休むなんてことはまずない。それでも休むとすれば余程なことが起きているということだろう。
だが今のところ余程なことは起きていない。それなのに学校を休んだとなれば気になりもするか。流石処理班系登場人物だ。
だがしかし、俺の身には特別な事情が起きたわけでもなく唯々不甲斐ないだけだ。
「それも気になって見に来てみればただ寝ているだけ。本当にどうしてここによね」
それはどうもご愁傷様だ。
「で、結局何があったのよ。あなた、丸2日寝ていたそうよ」
「別に何もないよ。ただ、その、酷い死体を見て、だと思う」
「死体を見て、どうしたの? まさかそれだけで寝込んだわけじゃないでしょうね」
「悪かったな。俺は平凡で凡庸なんだよ。目の前でポンポン死体に出てこられ普通でいられるか。十分トラウマだよ」
それにしても2日か。どうりでからだがだるいわけだ。
そして2日だ。創作で気を失う虚弱な女性であっても数十分あるいは数時間で起きるというのに。某ヒロインは死体なんぞより血のついた自分の洋服を気にするほどに進化してしまったというのに本当に情けない。
だがしかし、2日だ。2日過ぎた。つまり今日で学校は終わったという事だ。このまま寝てもいいだろうか。良いよな、もう学校は無いわけだし。
どうせ平凡で凡庸な友人Aなど物語にお呼びではない。
不貞寝をし始めた俺に神崎は再度ため息を漏らす。が、特に咎めることなく自分の荷物を持ち部屋を出ていく。
部屋を出ていく神崎はさらっと不思議なことを言っていく。
「まあ何でもいいけど大丈夫そうなら私は帰るね。それとあなたが助けた子はそちらで管理しろって。こちらに協力する限りは問題ないって。一応あなたの遠縁ってことにしてあるわ。細かい話は決めておいてね。それに合わせて設定を作るから」
それだけ言うと本当に部屋を出て行った。あっけない感じだが仕方がない。所詮友人Aと委員長だ。何かあるわけでもない。
そんな事よりは現実だ。
「助けた子ってなんだ。面倒な予感しかしないぞ」
どうやらお布団とはさよならいなければならないらしい。