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本屋の帰り、街の火柱は無くなりいつもの何でもない街中を2人で歩いていた。
「にしても買いも買ったな。だが、2000円しか貸ていないんだがどうしてそんなに買えてるんだ。軽く万は超えているだろう?」
チヤはお買い上げした本を大事そうに抱えているチヤの表情はだらしない。
金欠といった癖にチヤは競馬雑誌のほかに何故か某有名中国戦争マンガを大人買いした。その風貌はまさに王様である。
「いやー遊びに使える分のお金がなかったんだよ。ボクだって考えているからね。全部競馬につぎ込んでいるわけじゃあない。マンガやラノベを買うお金くらい残してるさ」
「ならその金で雑誌を買えや」
「嫌だよ。そんな事したら今月買う予定の本が買えないじゃないか。すでに今月何を買うのか、いくら使うのか決まっているんだよ」
「じゃあお得意のお馬さんにどうにかしてもらえ」
「いや、だからそのために雑誌をだねぇ」
そんなくだらないことを話しながら街を歩く。
今日向かった本屋は街の中心部にあるため暗く寒い中でも人気が多く賑やかだ。だが我が街は都会というわけではないので自宅に近づき住宅街に入ると人気は薄れてまだまだ夕方だというのに何処か寂しい感じが立ち込めてくる。
その気になれば数瞬で自宅に帰れるはずのチヤが何故一緒に歩いているかというとこの買って家で読むのをワクワクしている感じが好きとのことだ。
分かってらっしゃる。
「しっかし人外の類は暇なのかね。今日も今日とてやってくるしで、どれだけの零王ちゃん好きだっての」
先週は主人公不在の為アタックは少なかったが帰ってきた途端の襲撃だ。
いてもいなくても本当に迷惑な方だ。
もっとも本人の責任ではないのだろうけど。
「まー腐っても世界で唯一無二だからねー。何処の誰でも喉から手が出るほど欲しいだろうねー。あれを手籠めにすれば大体の願いは叶うだろうし、そりゃ必死にもなるよ。ま、ボクにとっちゃそんなのよりとあるの新刊や劣等生の新刊の方が重要なんだけどね」
一方我が契約者様はこれである。人外としての本能を捨てまでのマンガとラノベを愛せるとかホント恐れ入る。
面倒を見るのも少々面倒だがお金で平和が帰るなら我慢しよう。
因みに本日やって来た人外さんはあっさり撃退されている。
それにしても特別なことの無い、あったとしても俺には関係なくよそで起きている、至って普通の日常。これこそが日常だ。
そんな日常の一コマとして歩いていると不気味な感覚が体に走る。
そしてそれは体中の熱を奪い体の制御を奪っていく。
その感覚はどこか懐かしくそして忘れられない感覚。ノコノコと身もわきまえず出しゃばったが故にあっという間に排除された記憶。改めて自分が凡庸で平凡だと思い知らされた現実。
チヤに出会った時のそれに似ている。
だがその時よりは幾分マシで全く何も出来ないわけではない。
わずかに残る感覚でどうにか自分の状況把握に努める。
しかし周りには可笑しなものは無く歩いてきた道のりと大して変わらない街並み。勿論火柱など上がっていない。落雷もない。
気の所為かと安心しかけた時、少し真剣でそれでいてどうでもよさそうなチヤの声が響いた。
「違うよ、下だよ下」
無意識のうちにその声に促され下を向く。
向いてしまう。
おあつらえ向きに外灯の真下にあったそれをまざまざと見てしまう。
そこには『何か』が転がっていた。
赤と黄と白と。
『何か』であったはずの『何か』があった。
『何か』も分からなくなった『何か』があった。
マンガやラノベでは頻繁に出てくるそれ。本来本能的な恐怖を掻き立てる凄惨なモノだがどこか見慣れてしまった物。創作では登場人物が簡単に克服できるトラウマ。
だが、そんなものが目の前に、現実にあればどうなるか。
嫌悪と悪寒が走り体を縛り上げる。
やはり創作と現実はかけ離れている。
「これ、ど、いう、じょ、たい?」
「どういうって……ああ、うんそうか、そうなんだね。流石だよ」
現実が理解できなくて、理解したくなくて声を出すがチヤは笑みを浮かべて観察するだけで何もしてくれない。
思考は現実に追いつけなくとも体の反応は、現実は止まってくれない。
遂に体が拒絶し胃の中のモノを吐き出してしまう。足にも力が入らずへたり込んでしまう。
不愉快で生暖かい赤の上に。
「そうだね、それが結界みたいなのをごく小さな規模で完璧に作り上げていたからボクも気付かなかったんだろうね。偶然にも、本当に偶然にもキミが規模の中に踏み込んでしまった。だからそれに気付いた、というのが今の状態だね」
チヤが何かを言っているが頭に入ってこない。脳が理解を拒絶している。それでも理解しようと言葉がこぼれる。
「これ、ってな、に?」
「何ってまた微妙な聞き方をするね。確かにその状態でまだ死んでいない以上生物ではあるんだけれどその状態で生きてしまっている以上普通とは言えないんだろうけれど。でも受ける感じとしてはボクら側の感じを受けないんだよね」
なにも理解できない。したくない。
いつにもなく説明してくるチヤが今は鬱陶しい。
今見たことを忘れたい。見なかったことにしたい。知らなかったことにしたい。関わらなかったことにしたい。気付いてないことにしたい。
知らない知らない知らない。
どうしようもなく脳が、心が拒絶する。
それでも、脳が心が拒絶してもチヤの声は容赦なく入ってくる。
「それでキミは、斎藤潤という人間はどうするのさ」
耳を塞いでも目を閉じても叫んでも否応なく考えさせられる。
「このまま素通りするのか、最後まで看取ってあげるのか、助けてあげるのか。いずれにせよ知ってしまったんだからどうにかしないといけないよね。勿論だけどキミが何かをしなきゃいけない義理も義務もない。そしてキミ自身にはここにいる『人間』に対して何かをしてあげられる力はない。何かを望んだところでキミにはできることは無い。そしておそらくこれもキミに何かを求めていない」
「……」
言葉が出ない。考えが浮かばない。何を考えても、何かを考えようとしても上手く出来ない。何もしたくない。考えたくもない。
だが中性的で不気味でとらえきれないそれは俺を逃がしてくれない。
嬉々として決断を迫ってくる。
「それでもボクはキミに問いかけよう。キミはどうしたいんだい?」
真っ直ぐ見据えてくる不気味なそれに促されて俺は体から力が抜けていくのを感じながらするりと言葉を吐き出した。
「み、、て、、は、、、や。ど、、、、し、て」
自分でも何を言ったのか分からない。そもそも言葉を発したのかさえ不明だ。
それでも声を出せたことが満足で、そこで意識が途絶えた。




