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先日主人公様はとある科学組織を壊滅に追いやった。
組織では最先端の科学と超常的な能力を混ぜ非合法非人道的な研究が行われていた。その組織でモルモットとして扱われていた少女と偶然出会った主人公はその理不尽に立ち向かうため立ち上がった。
そして当然のように主人公は組織に勝ち少女を救いだした。
その救われた少女が最近転校してきた神居とのこと。
主人公的にはヒロインを助け敵を倒して日常に戻ってハッピーエンドというところだろうが周囲としては終わっていない。首魁は討てたとしても付随していた諸々は健在。今は掃討作戦に移っているとのこと。
そして今回の事件は色々と厄介になっているらしい。
組織の壊滅にあたってヒロインたちや処理班系登場人物があれこれしようとしたのだが主人公様が先走って突貫したものだから組織は散り散り。
捉えておきたい人物、処理してしまいたい書類、隠ぺいしたい事実などなども散り散りになってしまった。主人公様は呑気に終わった気分でいるが周りとしてはこれからが本番らしい。
一応主人公様も無意味に突貫したのではなくヒロインたちの準備を待っていると神居が廃棄されてしまうということだったらしい。流石主人公様、息を吐くように面倒をばら撒いていらっしゃる。
その散り散りになった組織の中で捉えておきたい幹部らしき人物の目撃情報が有った。その人物の索敵が神崎の用事。
神崎の異能者としての特性は索敵と隠密らしい。
本来は主人公の近くに潜み不審なものを探し出すのが仕事だという。要するに監視役である。同じクラスで委員長をやっているのもその為だとか。
では何故主人公の近くにいるべき神崎が出張って来たのかといえば人手不足なんだと。
元々非日常には人材が少ない。その上主人公様は終わった気でいてまた他のところに首を突っ込みそう。優先順位からすると幹部の捕縛よりはそちらの調整。
とはいえ放置するわけにもいかず猫の手も借りたい状況。監視とは言え余らせていられない。
そんな訳で借り出された神崎だが戦闘力はほぼない。隠れて見守ることなら問題ないらしいが索敵時にはその存在が露見してしまう。こちらが相手を見つければ高確率で敵もこちらに気付く。
当たり前の事だ。見つかったことすら気付かない相手ならここまで逃げ切ることが出来るはずもない。
そして索敵対象も一応世界の裏側、非常識な力の存在を知っている。追われていることも理解しているだろうからその手の護衛がいる可能性がある。
故に本来であれば神崎にも護衛役が派遣されるらしいのだが、その許可が下りなかったという。
なんでも俺の事を現地協力者として申告しているらしくそちらを頼れと言われたらしい。
勿論俺は現地協力者なぞではない。
一応敵対するつもりもない。が、協力するつもりは無い。出来て精々共存。共通の敵が現れれば手を取り合うかもしれない。それも絶対ではない。その程度だ。
故に自分に関係ないところで起きている事件に協力してやる義理も義務もない。
滅多にない女性からの俺への依頼だ。ちょっとは頑張ってみるとしよう。
などと思うはずもない。
だが逃げてばかりはいられないのも確かだ。
敵対するつもりは無いが敵性認識され攻撃されてしまってはその限りではない。そうなればかなり面倒である。チヤに守ってもらえるかもしれないが見捨てられる可能性もある。
俺には何の力もなく、どうしようもなく平凡なのだから。
だからここはギブアンドテイクと割り切ろう。主人公様の尻拭いではあるもののいつもの損するだけ疲れるだけの立ち回りではないので心持ちとしてもいつもと違う。という事にしておこう。
そんな訳で温いお家を出た俺だったが普段とそれほど変わらず地方の本屋でぶらぶらしていた。普通に本を眺め物色する。特別なことはしない。
何故本屋にいるのかといえば単に俺が時間を潰せるのが本屋くらいだからだ。
索敵をするといっても街中を歩き回るわけではない。異能があるのだから態々足を使う必要はない。適当に拠点を決めて落ち着いて能力を使えばいい。
問題はそれに付き合う方。
異能があるから足を使う必要はなくなったがそこに費やす時間もなくなるわけではない。その為護衛はいつ終わるか分からない状態で何時間も警戒しなければならない。
しかしそんな鍛え方をしていない俺にできることは少なく何かがあった時に対応するしかない。ただじっと待っていても集中力が続くはずもない。
そういう理屈で普段とさほど変わらない休日を送ることになった。
「私としては護衛してもらえるなら文句を言うつもりは無いけれどこんなところで何時間も時間を潰せるものなのね」
個人的には見慣れたローカル書店で本を物色していると神崎が尋ねてきた。
「委員長としては共感できそうなものだと思うんだけど? 普段本を読んでいるようだったし」
「あれは役作りの一環だからそこまで詳しいわけじゃないのよ。読んでいるのだって人気なものや話題になりそうと評判なものをネットで頼んでいるだけだから。本屋になんて滅多に来ないわ」
一応委員長キャラなので理解できると思うのだがそうではないらしい。その辺は主義主張の違いだろう。
あるいは所詮キャラはキャラなのだろうか。なんだか女子の嫌な側面を見た気がする。ま、どうでもいいけど。
確かに興味のない人からすればつまらないだろう。だがある程度の文化人からすればアトラクションのような場所だ。
探検! 発見! アトラクション! というやつだ。
「それにここは本当に本屋なの? 駄菓子とか売っていたけど」
「ああそれね。一応は書店だね。他にも飲み物やアイスも売ってるけど何か買っていく?」
そうこのローカル書店さんは色々と色々な書店さんだ。
普通に雑誌やマンガも扱っているが駄菓子や飲み物、アイスや玩具まで扱っている。
色々と扱っているお店はあるので取り立てて奇抜ということは無いだろうが本屋らしくない。地方でも知らない人も多いので一見さんは大体お菓子やアイスがあることに驚く。
それはいいとして。
「それで索敵の方は上手くいきそうなのか?」
「さあ、こればっかりはやり続けてみないと。いるとも限らないのだから」
「だよな。主人公様なら一発で引き当てるんだろうけど。引き当てられても困るけど」
「私としては一度で終わらせたいけど」
御都合主義というべきか設定というべきか主人公様は簡単に敵を引き当てる。だが現実は良くも悪くも上手くいかない。空回り無駄足なんてのは日常だ。気長に気楽に行くとしよう。
ここには主人公などいないのだから。
店内探索が始まり二時間。
めぼしいものの購入と開拓を終えいよいよ暇になったころ神崎から話題を振って来た。
「そう言えば斎藤は竜泉寺の事を主人公と呼んでいるのね。嫌いなの? 仲悪いの?」
神崎も暇なのだろう。索敵はしているようだが神崎自身の興味はこのお店にない。加えてその索敵も上手くいっていないようで気分転換でもしたいのだろう。
別に無言の空間が気まずいなんてことは無いのだが手持無沙汰なのは事実なので会話に乗る。
「別に嫌いじゃないさ。ま、好きでもないけどな。仲の良さは知らん。少なくとも友達ではないんじゃないか。精々友人Aくらいだと思う。役名もない感じで」
「そうなの? 周りからは親友や相棒のように見えるのだけれど」
「あんたの委員長キャラと同じだよ。単なる立ち位置がそれなだけで中身がそうだというわけではない。本音を言えば距離を置きたいね。面倒に巻き込まれて色々と尻拭いするのも疲れたし」
「……斎藤も大変なのね」
共感と憐みの視線を頂き恐悦至極である。
竜泉寺の監視役というのだから俺の巻き込まれた面倒事を知っているのだろう。あるいはその面倒事に神崎も関わっていたのかもしれない。裏で調整していたのかもしれない。
「それじゃあ暇ついでにこちらも聞くけど神崎はいつから監視役に? 中学は別だったと認識しているが」
「あら、そう言う色々は興味なかったんじゃなかった?」
「言ったろ、暇ついでって。単なる世間話だよ。言いたくないならなんか話題をくれ。話題がなければ無言のままでいい」
生憎俺にはコミュニケーションは上手くない。物事を処理する目的有りきの何かをするのは大丈夫なのだがどうでもいい事は苦手だ。だって雑談とか相手の事とか興味ないし。
基本は誰か、主役について回るだけだし。
面倒な切り返しをしてきた神崎だが意外にもあっさりと答えた。
「そうね、いつからと言われれば私が能力を発症した時、小学生の頃かしら。私の特性からすれば街全体を見ていたという方が正しいけど。その頃はまだ竜泉寺が異能者予備軍でしかなかったからそこまで監視は必要なかったし」
「主人公様の異能は生まれつきではないわけだ」
「一応生まれや素質はあるらしいんだけどね。誰もが開花するとは限らない。寧ろ開花してしまう方が稀有。それに誰もが開花するならその力がもっと公になっていると思うのだけれど」
それもそうだ。遺伝や素質だけで決まるわけでは無ければ個人の環境や努力だけでもどうにもならない。状況が上手くいかなければ何事も上手くいかない。
それにしてもそんな偶然が俺の近くで起きるとか不運だ。
「不運だ、ということについては同意するわ」
やはり神崎も色々と大変なのだろう。悲壮感というか哀愁が漂っている。
「次は私が聞くわね」
雑談の流れとして普通なのだが表情を引き締めた神崎を見て雑談に乗ったことを少し後悔する。
「あなたは何故一人暮らしをしているの? それも家族の記憶を弄ってまで。それをするくらいなら家族と距離を置くかいっそ排除してしまった方が楽だと思うのだけれど」
やはり処理班系登場人物の勘は当たるものでやはり面倒なところを聞いてくる。もっとも勘なんて単なる思い込みの産物でしかないんだろうけど。
面倒な案件に対してどう処理するか悩んだがうまい方法が浮かばなかったので素直に答えることにする。別に必死に隠したいことでもないし。
「その疑問は確かだろうけれど正直分からない」
「それは衝動的にしたことだからという意味かしら?」
「そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。生憎そこらへんの記憶はさっぱり消したんだよ。何をしたのか、思って行動したのかそういうのすべてね」
私斎藤潤は現在一人暮らしをしている。それも高校生が普通にするような一人暮らしではない。そもそも高校生が一人暮らしなど普通はしないのだが。
その一人暮らしの理由だが、現在の俺には分からない。
両親が海外へ転勤したなんてことは無い。借金から逃げるために夜逃げしたなんてこともない。今でもなお昔と変わらず同じ家で過ごし同じような日々を過ごしている。俺がいないことを除いて。
原因は至極簡単。超常的な力を手に入れた俺自身がそうした。
妖気を使い両親と姉弟から俺に対する感情や思い出を消した。そして同居していないことに不思議に思わないように意識と認識を変えた。
残ったのは斎藤潤という子どもがいたという事実でそれに対する感情はない。愛着も嫌悪もない。顔を合わせても何も思うことは無い。ただ血縁者という事実があるだけの他人。
そういった関係になっている。
それは俺自身も同じこと。
両親がいて姉がいる。顔や名前は知っているがそれに対する思い入れや感情、思い出すら無い。家族に対する記憶は歴史年表に近い。それに意識を向けると不思議と感情が消えていく。
そしてどうしてそんなことをしたのかも、今となっては分からない。それをした時の感情も記憶も消えている。残っているのはそれをしたという記憶だけ。
推測は出来なくもないけれど真実は分からない。知るつもりもないけど。
「だから正直何故こうして暮らしているのか分からない。現状の記憶感情では問題がないからとどまり続けているしかない。周りに誰もいなくとも住む場所と資金さえあれば生きていけるからな。別に躍起になって理由を探す必要性を感じない」
それに家族に対して行ったという事はそれ以外にも出来るという事。それ以外にも行っていないとは限らないという事。
そして記憶が書き換えられる以上自分がしたと思っていることさえ書き換えられているという可能性もある。
その事実は自分自身というモノを見失いそうなものなのだけれど生憎俺にはそこまでの感情は無い。過去の事情がどうであれ今の感情で記憶で生きるしかない。
そう割り切るしかない。
「不運なのね」
そんな俺を神崎はそう評した。
確かにそうかもしれないとも思ったが考えても仕方のないことなので気にしないことにした。
「さあ? それすらもよくわからないさ。あまり興味もないしね」
そんなもの誰にでも言えることだし言ってしまえばキリのないことだから。
こうしてどうでもいい会話することで時間を潰した。
結局神崎の索敵に幹部は引っかかることなく、また襲撃を受けることもなく終えた。
やはり友人Aの日常などこんなものだ。
こんなものでいいけど。