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メインヒロイン、早乙女乙女の異変はキャロル救出編直後に遡るという。
主人公様が暴走したキャロルを抑え込み彼女を救ったという偽りの物語。
暴走し力を振りまく少女を主人公がすべて受け入れて、全ての力を吸収して唯の少女と変えることで守り切った。俺が途中で拒絶した物語はそうやって帰結したらしい。
そうして日常に戻った頃から早乙女は行動が怪しかった。
それまでは主人公様にべったりだったのが別行動をすることが多くなった。キャロルや九重とも関わろうとしない。今まで疎遠だった学校の他の生徒と積極的に会話をする。
とはいえヒロイン間で何かあったわけではない。主人公様と喧嘩したわけでもない。
話しかければ今まで通りの受け答えがもらえる。
だからその当時は特に気にしていなかった。
早乙女は主人公様の能力覚醒に立ち会い、その力で救われた少女。
主人公様と出会うまでは表社会はおろか、文字通り日の当たる場所に出たことが無かった。
そんな特殊な環境で育った早乙女は主人公様にしか興味が無かった。彼女にとっての世界は主人公様だけで出来ているといっても良い。
だから普通の思考をしている彼女たちは早乙女の変化を良いモノだと思い込んだ。
明確な変化が有ったのは一昨日。
いつもの様にやって来た異能者集団を撃退した時だという。
その集団はこれまでの敵とは違い積極的な襲撃は少なく訝しんでいた。攻撃も適当で双方でまともな被害が出る前に撤退していった。
結果からして彼らの狙いは早乙女だった。
それも殺すのではなく欺瞞情報を吹き込んで離反させることが目的だった。早乙女は敵からの情報を昨日、一日考え込んだ末に行方をくらました。律儀に置手紙を残して。
早乙女と敵異能者集団とのやり取りはあくまで憶測。あるいは主人公様の妄想。
一応神崎たち裏方からの状況証拠はあるらしいが詳しいことまでは分からない。アニメやマンガのように一方その頃としてすべてが分かるわけではないので仕方がないだろう。
その手紙を偶然明け方起きた主人公様が見つけたという。
そして大騒ぎした主人公様によって皆さんがたたき起こされたという訳だ。
「それで、その手紙の中には何て書いてあったんだ」
「探さないで、と。それと、さようなら、と」
「定番といえば定番か」
主人公様に見せてもらった置手紙は唯の置手紙だった。特に超常的な力が付与されていることも無く、綺麗な文字で『さようなら 探さないで』と書かれていた。
定番中の定番なモノについ口が勝手に動く。
「探さないで、というのであれば探さないのもありなんじゃないのか。早乙女も子どもという訳では無いんだ。無理に関わり過ぎるのも良くないと思うが」
「いや、乙女が何も言わずに出ていくなんておかしいんだ。何か、何か理由が」
「だが、理由が有るにしても言わないのであれば言う必要が無いんじゃないのか。それこそレオチャンに知られたくないとかさ」
「それでも、俺は、俺には乙女が必要なんだ!」
ああ、何とも物語的な会話なのだろうか。
そこには書いた本人の名前も無ければ宛名も無い。それでも主人公様はその手紙が早乙女のモノであると確信していてそれが自分に宛てられたものだと理解している。
そしてそこに書かれている言葉は本心ではないのだと妄信していた。
彼を囲むモノもまた物語的だ。
誰が為に必死になっている姿を見てヒロインである九重やキャロルが面白くなさそうでそれでいてうっとりとしている。配下の連中もなんだかんだで主人公様の事を気に入っている様子。
我が儘で身勝手な1人の願いの為に何人もの命が消費されていくという現実。
誰もそれを気にしていないこの現状。
これが主人公様の力なのだろう。
精神ががりがりと削られるのだけれど気にしても仕方がないので諦めるとしよう。
幸い一応毒牙にかかっていないらしい神崎が俺に不快感を露わにして詰め寄ってくる。
「それで、あなたは早乙女さんの居場所を知っているというの? 私たちですら全く手掛かりがつかめていないのに」
「それは情報の出所、所属が違うからじゃないかな」
「そんな繋がりがあなたにはあるというの?」
「ま、信じられないというのであれば信じなくとも構わないけれどな。俺としては部外者を決め込めるのであればそれでも構わないしな」
こうしてみると神崎だけ立ち位置が違う事が分かる。
九重やキャロルは完全に主人公様至上主義。あれがそうだといえばそうであると信じ込める人種だ。何せ片方はその為に造られた人形なのだし。
対して神崎は物語に積極的に参加しているものの冷めた立場にいる。物語を進めるために、それこそ世界を救うために努力しているように思える。
とはいえ彼女も所詮は役者。百合師匠に見出された駒でしかない。はずだ。
彼女がもし単なる駒でなかったらそれは別口からの介入者という事なのだろう。
正直なところ、今の百合師匠って最後の最後で成果を奪われる残念な苦労人立場なんだよな。世界のためにと長い年月をかけて計画を遂行して、それでもポッと出の悪人とも呼べない自分勝手の唯のニンゲンに全てを攫われる。
そんな残念な香りがしてならない。
まあ、仮にそうだとしても俺が心配することでもないのだけれど。
「取り敢えず、早乙女は今アラスカにいる」
「乙女が、アラスカに?」
「どうやら昨日の夜にとある組織と接触してそのまま彼らについていったらしい。ああ、一応言っておくが攫われたわけではないぞ。彼女本人が考えて選んだ行動だ」
「その情報をどうしてあなたが? 竜泉寺くんの話しではあなたは朝の時点でまだ家にいたのでしょう?」
「そこは企業秘密、という事かな、委員長。キミらに事情がある様に俺にも色々とあるのだよ。そういう事で、後は任せるよ」
百合師匠からもらった情報を一部隠蔽して渡す。隠蔽したのは少し時間を作るため。
その小細工もどれほど効果があるかは分からないけれど。
一先ず最低限の仕事をこなした俺は引き留められる前に物語から離脱した。




