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百合師匠の突撃訪問からおよそ2時間後。
予定通り主人公様がやって来た。やってきてしまったというべきだろうか。
朝っぱらにチャイムをバカみたいに連打されドアを開けるとそこには主人公様。
1月の寒い朝の中、Tシャツハーフパンツという場違いな服装乍ら全身に汗を纏っていた。息も絶え絶えながらに走り回っていたという事が容易に分かる。主人公様にとって余程の事が有ったのだろう。
余程の事が起きてしまったことは不幸にと思うけれどそれだけだ。助けてやりたいとか手を貸してやろうという気持ちは起きてこない。本来全く関係のない相手なのだ。
それが当然だろう。
誰かを助けるために自分の命をかけるなんて普通の人間に出来るモノでは無い。ヒロイン一人を助けるために何人も犠牲になるとかふざけている。消耗されるモブの気にもなって欲しいものだ。
それは良いとして。
出来ることならば知らぬ存ぜぬを通したいところ。とはいえそれが出来る力も無い、百合師匠が家の中でスタンバイしているので不本意ではあるのだけれど配役通りの立ち回りをしよう。
出来るだけ軽薄そうな口調と表情を作り玄関で喘いでいる主人公様に声をかける。
「やあ、レオチャン。こんな朝っぱらからどうしたんだい? 随分とご機嫌のようだけれど」
「乙女が、乙女が。俺が、俺の所為で、だから、手を貸してくれ、潤」
「……もうちょっと日本語を話そうか。なあ主人公」
朝っぱらからおしかけて来た主人公様は支離滅裂だった。感情だけで突っ走っているので何を言いたいのか何を伝えたいのか全く分からない。小学生だってもっとまともに話せる。
普通であれば落ち着かせて詳しく説明を聞くところなのだが生憎俺は主人公の相棒でもなければ親友でもない。共犯者でもない。あれには恩を売る必要も無ければ返す義理も無い。ならば特に聞き出すことも掛ける言葉を探し出すことも意味は無いので適当に受け流して追い返すに限る。
何かを喚いている主人公様を遮って適当な言葉を発する。
「分かったよレオチャン。俺の出来ることはしよう」
「恩に着る。潤」
主人公様は俺の様なモブにそれ程興味はないようであっさりと何処かへ駆けていった。自分から関わってきておいてこの対応。相手の言葉もしっかりと考えず、自分の思うようにならないはずがないと信じ込んで勝手迷惑に駆け回る。
なんとも残念な輩だ。
その短慮さゆえに主人公になれるのかもしれない。用心深くて相手の言葉の裏を考えるような人物は受けが悪いだろうしな。
個人的にはダークヒーローの方が好きだけど。
「随分と簡単に引き受けるのですね。やはり君は竜泉寺零王の親友なのだね」
「まさか、冗談でもやめてください。関わるのが面倒なので適当に追い返しただけです」
嵐の様に去っていった主人公様を見送って色々と考えていると喫緊の面倒な御仁がやって来た。そしてふざけたことを宣うのでしっかりと訂正しておく。
そもそも俺は協力するとは言っていない。出来ることをすると言っただけで協力するとも助けるとも、行動を起こすとも言っていない。
あれが勝手に勘違いしただけだ。
それに生憎俺には嘘をつきたくないという感情は薄い。だから言質を取ったと思われたところで意味をなさない。過去の発言との整合性が無かったところでさして問題ではない。
一般人にはそんな小さな拘りはない。
というか主人公様は所詮演出家に動かされる駒でしかない。そしてその演出家が台本を持ち押しかけて来ているのだから役として聞き出す意味は無い。
それに既に台本は渡されていてこの先の展開も聞かされている。
主人公様は突然いなくなった早乙女を探すために可能な限り協力を求めて走り回る。神崎や九重など俺以外は主人公様の影響下なので二つ返事であれの手駒になるだろう。けれど主人公様で集められる手駒では早乙女の居場所には届かない。
早乙女は現在主人公の協力関係にある組織とは別のところ、敵対関係にある組織に身を置いている。その組織だって百合師匠の影響下ではあるのだけれど神崎達には知らされていない。
無駄な情報を入れると主人公様の純度が下がってしまうので秘匿されている。
そこで友人Aの登場。斎藤潤は神崎たちと完全なる仲間ではない。遥か昔、のじゃ子がまだいた頃に主人公の前で敵対していたりする。だから外部からの情報という事で今回のナビゲーターとして使用できる。
という事らしい。
だから俺はこの後主人公様たちの集まる場所へ乱入して知ったかぶりキャラを演じなければならない。
面倒ではあるのだけれど俺の与えられた最低限の仕事は情報提供だけ。早乙女のいる場所へ突入するための先兵になる必要はない。当事者にならないのでそういった意味では随分と出世したものだ。
今の俺では単純な戦闘ではそれなりに何とか出来てしまうので参加するのは物語的にあまりよろしくないらしい。
まあ、物語の醍醐味は主人公が努力して打ち勝つところにあるわけだし。
「さて、主演もしっかりと踊っているようですし私は行きますね。この後はもう接触できませんので斎藤君はご自分の判断で行動してくださいね」
「そうですか。まあ、出来ることをしておきますよ」
面倒な御仁は主人公様が去っていくと去って行った。問い質したいことも引き留める理由もないので素直に見送る。面倒な百合師匠は何故か物欲しそうな顔をしていたけれど無反応を貫いた。
どうしてこうあれこれしたがる御仁は面倒なのだろうか。
まあそれはどうでもいいな。
さて、面倒なことに物語が始まってしまった。
どうしたものかな。
物語に積極的に介入しなくていいというのは実に楽だ。ナビ役をしておけば主人公様の中で俺も適当に都合よく補完されているだろう。別にあれの印象が良かろうと意味は無いけれど。
では何が問題で何を考えているかといえば今後についてだ。
物語が大きく動き加速を始めているようなので俺がすべきことは少ない。物語の終盤はやはり主人公が頑張る様になっている。脇役が必ずしも必要という訳ではない。そういったことは主役方が全て持っていく。
俺が物語を大きく動かすことは出来ない。何かを望んだところで何かをしたところで大勢に影響はない。
だから全てを諦めて流れに身を任せるというのもひとつとしては有りだろう。
けれど、それで良いのかという気持ちもある。
ただ意志も無く感情も無くてそれでいいのかという事だ。
まあ、ぶっちゃけそれはそれでもいいような気もするのだが。
ならば、だ。
当面は物語に身を任せて考えるのも良いのかもしれない。
幸い今回の相手はある種俺と同じ境遇なわけだし。
彼女と真っ当に会話をするのもいいかもしれない。




