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2-4

「ど、どうして、わ、わたしが。で、でも私が捕まればみんなが」

「そんなことを言うな御幸実咲。私がどうにかしてやる」


 薄暗い教室で理不尽な遊びに巻き込まれた何の力も持たない親しみやすい雰囲気を纏った美少女が嘆いている。

 それを特殊な力を持っているが満身創痍で立つのもやっとな生徒が励ましている。

 その様子は見ようによっては悲劇のヒロインと王子様に見える。


 もっとも共に既に誰かさんの手籠めになっているのでどうでもいいが。


 輩どもの提案した無粋なお遊びに参加しているのは教師と生徒およそ50人。

 追いかける側には普段御幸と仲良くしていた生徒も含まれている。


 一方、御幸を守ろうとするのは九重唯1人。

 御幸を守ろうとしていた生徒や教師もいたようだが拘束されるか追いかける側に取り込まれている。その結果味方は九重のみ。悪ふざけにしてもバランスが悪すぎる。趣味が悪い。


 それにしてもいくら武装集団に占拠され恐慌状態に陥っているとしても異常である。ハンター側の生徒など御幸を見かけた時の表情など尋常ではない。

 それを平時で見れば反射的に通報してしまうほどに。


「いやはやどうして我が身惜しさにこんな美少女を贄にしようなんて思うのだろうね」

「斎藤潤、貴様はもう少し緊張感を持て。今がどんな状態なのか、だな」

「悠希ちゃんこそ現状を確認した方がいいんじゃないのかな。その状況じゃまともに動けないんじゃないかな」


 隣で息を潜めている九重の肩に軽く触れると「ひゃう」っと悲鳴を上げ身悶えする。その様子を楽しく観察していると睨み返してくるが残念なことに威厳はない。

 朝っぱらから満身創痍なのにそこに鞭打っているのだから酷いの一言である。


 俺はどういう位置なのかといえば一応お姫様を守る一兵卒。

 御幸とは知り合いの知り合い程度の距離感なのであまり関わりは無い。竜泉寺がいない場ではまず関わらない。その為御遊びが始まった時には近くにおらずようやく見つけた時には九重がこんなのになっていた。


 別にサボっていたわけではない。こんなのは俺の役目じゃないとか思ったが、主人公どこに行ったんだよとか思ったが、手を抜いていたわけではない。

 探すのに色々と手こずっただけだ。


「それにしてもうちの生徒ってあんなにアクティブだったっけ? 誰もが普通のアスリート以上の戦闘力を持っているんだけれど、どういう事なんだろうねぇ」

「たしかに、その、お、女の子も、すごく恐かった」

「悠希ちゃんはどう思う?」

「……恐くて気が動転しているのだろう」


 何とも微妙で不適切な言葉を呟く九重。

 御幸は気にしていないようだがこの場でハンター側を庇うのはどうなんだろう。あるいは何か事情を知っているのだろうか。


 しかしその辺は気にしたところで仕方がない。言う気がないのなら放置するしかない。関わらせたくないのなら始めからどうにかしておけよ、と思うが仕方がないので放置する。


「現状は絶望的だけど気張っても仕方がないんじゃない? 相手は違法集団でこちらはただの高校生。出来ることなんてそうそうないわけだし取りあえず出来ることをしよう」


 現状武装集団の思惑通りかなり酷い状態になっている。

 追っ手は人質。援軍も容易に来ない状態での逃避行。唯一の護衛も既に瀕死。


 はっきり言って絶望的なのだがこれでも最悪ではない。

 焦点が全て御幸に集まっているだけマシである。武装集団側が無差別に生徒を混乱に巻き込んでいればどうなったことやら。生徒同士を衝突させ欲望をむき出しにさせられていたらお手上げだった。

 まあそんなところにまで落ち込むのは薄い本の中くらいなのだろうけど。


「でも、私がお前くらいなら守って見せるぞ御幸実咲」

「やっぱり、私が捕まる方が……」

「それはダメだ御幸実咲」


 現実の話をしているというのになんだか雰囲気を作るヒロインども。

満身創痍でも励まし自己犠牲を見せる健気な九重と自分を犠牲にして人を助けようとする御幸。 


 何というか甘ったるい雰囲気だ。

 美談とも受け取れるのかもしれないが個人的には甘ったるく感じてしまう。

 チープで面白味にかける御遊戯に見えてしまう。


 そんな自分の感情を理解してやはり自分は主人公ではないのだなと思う。

 だが元々主人公を気取るつもりもなければ登場人物であることに拘りは無い。

 正直なところ日頃の鬱憤もあったので吐き出すことにした。



「確かに御幸の言う通り捕まるのもひとつの手かもな」

「なっ、何を言ってるんだ斎藤潤!!」


 案の定、正義感使命感の強い九重は身じろぐだけでも苦痛なはずなのに無理に身体を動かし胸ぐら掴んでくる。


「何をって普通のことだろうに。損得勘定で言えば一と数百の比較だ。不埒な輩が言うことが正しいのならこれほどまでない良い条件だろ?」

「貴様は、貴様がそんなことを言うとは思わなかったぞ、斎藤潤!!」


 九重の表情は真剣で迫真で答えを間違えれば今にも絞め殺しそうだ。

 だがそんな態度をあくまで飄々とかわす。



「俺に何を期待しているのか知らないがそれが事実で現実だよ。それともこのまま逃げ隠れするつもりか。その体でこの状況を何とかできるというのか? それとも誰かが何とかしてくれるのを待つのか。待っていれば誰かが何とかしてくれるのか? そのいない誰かに縋るのか? さっきも言った様に大局的な見方をすれば御幸が犠牲となれば多くの人が助かることが出来る。一方で御幸が逃げるのならどれだけ犠牲が出るか分からない。今でこそ遊びに興じているけれどそれもいつまでかわからない。危機に陥っているのは御幸だけではないんだよ。それなのに、そこしか見ず唯の自己満足で、自分の自尊心の為に逃げ続けることに何の意味があるんだ? 一人を助けるために他の誰かが犠牲になるのを許容するのか? 」



 九重の反応も、ポカンとする御幸も無視して捲し立てる。


 その言葉は掴まれた胸ぐらを思いっきり振り飛ばされることで止められる。


「いい加減黙れ!!」


 飛ばされる力には瀕死の少女が残しているとは思えない程のモノがあり飛ばされた勢いのまま机や椅子を巻き込み無駄に音を立てて壁に衝突する。


 かなり大きく音が鳴り周りの憲兵に気付かれたかもしれない。やはり周囲に気を向けられる精神状態なのだろう。残念なことだ。

 それにしても莫迦力過ぎるだろう。いってぇな。


「私一人でも逃がしきって見せるぞ。こんな状況で一人くらい助けられなくてどうする。何も出来ないのにこれくらい……。そのためなら私の命などくれてやる」


 満身創痍で呟く九重には悲壮感しかない。九重の所為で室内は鉄臭さで満たされている。

 それでも無理やり身体を動かし御幸の手を引き逃げ出そうとする。


 やれやれどうして主人公に当てられた人ってこうなんだろうね。人の話を聞かない、状況を理解しようとしない、感情だけで動く。

 全く面倒だ。


 無理しているであろう九重に、重症であろうわき腹に軽く手刀を入れる。

すると案の定わき腹を抱えて動けなくなる。


「き、きさ、ま」


 本来であれば気絶させたいところだがクビチョンは現実的ではないので傷口を抉る。ちょっぴり猟奇的でアブノーマルな映像なのだが仕方がない。

 面倒を引き受けてもらう代償と思えば安いだろう。


 まともに動けなくなったところで身近なもので適当に拘束する。

 落ち着けば数分で解くことが出来るだろう。だが今の状況なら多少は手こずるだろう。その間に熱を覚ましてくれることを祈ろう。


 身動きが取れなくなった九重を無視して御幸に向き直る。

 その御幸は恐さを我慢しているものの何処か覚悟を決めた表情で見返して来る。


「わ、私も、私自身が捕まればいいと、思う」


 そんなことを宣った。

 何故にか。


 強張ったままの御幸にできるだけ軽く飄々とした雰囲気で応える。


「まさかまさか。御幸を相手さんに差し出すなんて下策なんて取らないよ」

「へ?」


 しまりの無い可愛らしい声を漏らす御幸。

 普通に可愛らしいのだが既に手籠めにされてたという現実があるので感情は揺さぶられない。


「で、でもさっきまで九重さんに決断を迫ってて。私が犠牲になればみんなは助かるから。そのために九重さんを」


 確かにその論題で話していたのだが実際にそんなことをする人間に思われていたのなら心外だ。

 いくら主人公じゃないからといってそこまで道を外していない。

 我が身大事だけど。


「いや、なにさ。そこの阿保な子が自分の身を賭してでも守る的な感じを出してたから水を差しただけ。別に御幸を差し出そうとしてた訳じゃないさ」

「だって、斎藤くんいつもとなんだか雰囲気が違ったし、口調もなんだかおかしかったし」


 はてさて何のことやら。


「それに私が捕まった方が多くの人が助かるって斎藤くん自身が言ったし」

「まあそれは確かにそうなんだけれど、それは約束が守られればの話だからね。当たり前だけど占拠した輩が何かを言ったとしてその約束をそのまま守るとは思えない、寧ろ騙して面白可笑しくするだろうね。そんな中で相手の目的である御幸を差し出すなんて下策中の下策だろうよ」


 当たり前だが人が真実を話すとは限らない。

 推理小説のように犯人が答え合わせしてくれるなんてのは御話としての都合だ。犯人がその動機をペラペラしゃべるのも都合だ。言質をとりそれを守るのも都合だ。


 人に他人に何かを尋ねて帰ってきた言葉全てが真実なんてことは無い。

 時に嘘を吐き真実を捻じ曲げ事実を隠す。それが普通だ。

 だから他人の言葉などそうそう信じるものではない。


 そもそもこんな下衆な遊びをする奴が自分の言葉を守るようなまともだと思えない。


 それに相手方の最終的な目的が不明だが現在の標的が御幸である以上こちら側にとってのアドバンテージは御幸自身だ。それを手放すなんて阿呆のすることだ。


 では何故そんなことを言い美談をぶち壊したのかといえば至極簡単。

 そういった美談が嫌いだからだ。



「俺はさ、よくある誰かの為に全てを賭して助けるとかが嫌いなんだよ。相手を大切にしたいという感情は分からないでもないけれどその為に他を犠牲にするのはおかしいだろう? ヒロイン一人を助けるために味方が傷つき犠牲になる。助けたヒロイン以上の犠牲を払ってもその目的さえ果たせばハッピーエンドって言うのは納得いかない。それに巻き込まれ振り回される方の身にもなってもらいたいものだよ」



 別に何かあって至った考えではなく単なる個人の主義主張の話だ。



「それに御幸も九重がボロ雑巾のようになってでも助けられたくはないだろう? ボロ雑巾になる本人は良いかもしれないが助けられた方はたまったものではない。これは俺の持論なんだけど誰かを助けたいのなら助ける側は無事でなければならない。そこに誰かの何かの犠牲があるのならそれは助けとは言えない。それは唯の自己満足でしかない」



 誰かを助ける為に亡くなってしまうというニュースがよくある。その行動は確かに尊いのかもしれない。人を助けようという行動は確かに誇るべき行動なのかもしれない。


 けれど助けた側が無事でなければ助けられた側が堪ったものではない。

 誰かの何かを、もしかしたら命を犠牲にしたのに無邪気に生きていける訳もない。周囲からは誰かからもらった命だからと生き方を矯正され、本人もその事実に縛られる。


 誰かの思いを汲んで生きていくとかそんなのは創作の中だから出来る訳で現実ではそんな重いものは受け止められない。


 だからこそ助ける側は自身も無事でなければならないのだ。


「そうじゃないと助けられた方が迷惑だろ。変なもん勝手に負わされてさ」


 ま、こんな話に意味はない。

 何か伝えたいわけでもないし九重の生き方を変えさせたかったわけでもない。気に食わなかったから自分の意見を言ったまでだ。案の定九重も御幸もポカンとしている。

 こんな話、所詮時間稼ぎだ。



 さて、どうしたものか。

 現実問題としては正直厄介だ。逃げるだけで何とかなる問題ではなく根本の解決もしなくてはいけない。勿論自分自身の事だけを考えればどうとでもなるのだがそういうわけもいかず色々と考えることが多い、多すぎる。


 しかし考えている余裕は与えてもらえなかった。

 先程の物音で気付かれたのか熱狂しだした生徒たちが教室に押し寄せてしまった。手に手に物騒なものを抱えた生徒諸君がマジで御乱心である。目とか完全にいっている。


 そんな若干狂戦士化しているクラスメイトを前に気楽に考える。


「はてさてどうしたものか」


 ヒロインがピンチだぞ。

 主人公は何処に。



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