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竜泉寺零王。
県立文殊高校1年の16歳。
兄が1人、姉が1人の3人兄弟の末っ子。父親は公務員、母親はパートという何処にでもある様な家庭で育った高校生。
容姿は誰もが振り向く様なカッコ良さはなく、とは言え崩れているわけでもなく可もなく不可もなくでパッとしない印象。おそらく人ごみに紛れれば見つけるのは簡単ではない。
性格はニブちんで天然。そこから生み出される不意な言葉で周囲の女子をひきつける。
また行動力は特殊で誰が為に身を賭すことが出来る。クラスメイトの女子の為に、友人の友人の女子の為に、初対面の女性の為に、見知らぬ女性の為に駆け回ることのできる少年だ。
成績は真面目に勉強すれば平均程。
但し勉強をしない、街のあちこちを駆けまわっているので出来ないという方が正しい、ので赤点ギリギリが常。
本人の弁によると普通の高校生。
だがそれはあくまでも自己申告であり自称である。
当然の事だが本人の考える自分の像と周囲が感じる印象が同じなんてことは無い。
故に竜泉寺本人は「自分は普通の高校生」と言ってはいるが周囲は誰も普通の高校生などと思っていない。
竜泉寺零王。
その人となりを知っていれば大体の人はこう評するだろう。
主人公の様な人間。と。
竜泉寺を知らなければ、そんな馬鹿な、と思うだろう。正直俺もそう思う。だがしかし、竜泉寺はどうしようもなく主人公なのだ。
どのくらいの主人公度かといえば。
「レオ様、私、今日お弁当を作って来たんですの。食べてくださいますか?」
「れお、わたしと、ごはん、いく」
「きょ、今日ちょっとお弁当作るの失敗しちゃって余っちゃったから、その竜泉寺くん食べるの手伝ってくれない?」
「竜泉寺、き、貴様にこのちょ、チョココロネをやろう。特別だぞ!」
「いや、俺は、ほら。というかなんでみんなそんなに真剣なんだよ。ちょっと怖いぞ」
4人の少女から直接的に言い寄られていたとしても好意に気付かない。精々元気だなと思うだけで言い寄ってくることを気にもかけない。そのことを特別だと思わず自分の事を『普通』の高校生と宣うくらいだ。
この昼食戦争は毎日のように繰り広げられている。悟り世代だと言われるこのご時世に1軍のファンタジスタであっても毎日がお祭り騒ぎになるようなんてことはないだろう。
勿論昼休み以外にも乙女たちの戦争は繰り広げられている。
そして主人公というのだから当然4人はそれぞれが周囲から羨望と劣情と嫉妬を集めるような見目麗しい美少女だ。
テンプレートな同級生タイプ女子、御幸美咲
亜麻色の短髪。服装の着崩しはなく人当たりは良く真摯で真面目。勉強は苦手で少し天然の嫌いがある。派手さはないものの安定した可愛らしさを持つ。
中学生の時から竜泉寺に気がある癖になかなか伝えられず、うじうじしているのでじれったく思うがそこらへんの初々しさも高評価。スポーツ万能のイケメン先輩モブに何度か告白されたようだったがすべて断っていたところも高評価だ。
マイナス要素は少ないのだが基本がどこに出もいる同級生という立場なのでプラス要素もあまり多くない。言ってしまえばポッとでのヒロインに掻っ攫われる準ヒロインっぽい。
普通に可愛いのだけれど。可愛いけど。
金髪碧眼巨乳のお嬢様タイプ、ローズマリー・キャロル。通称マリー。
曰く欧州に本社を置く多国籍企業の社長令嬢だとか。その肩書に恥じることのない高慢ちきで不遜な性格。だが中を開けてみると色々と人間臭い。
勿論料理は壊滅的。
その他色々と高スペックだがメンタルは弱く色々とポンコツ気味。その他色々と属性はあるがやはり特徴的で分かりやすいのがやはり金髪碧眼巨乳という事だ。
良くも悪くも感情を偽らないので好き嫌いが分かれる。基本的に女子からは嫉妬を男子からは劣情を向けられる。一時期は陰湿ないじめを受けたり狂信的な親衛隊が出来たりと派手派手しい。
何というか噛ませ犬感が強い。普通に美人だけど。美人なんだけど。
アルビノ系美幼女、早乙女乙女
白髪赤眼色白と色素が薄い少女というか幼女。身長は130センチ程。顔つきも小学生のように幼い。その癖知識は下手な大人より蓄えられており時々醸し出す雰囲気には背筋を凍らせるほどのモノがある。
だがやはりというべきか常識など一般的なところは脆い。
不思議ちゃんとも違い異質という言葉がしっくりきてしまう美幼女だが性根は良いのでマスコットとして扱われている。
魅力的とは思うのだがゲテモ……風変り感が強い。魅力的だけど。
男装系乙女、九重悠希。
170センチを超える日本人女性としては高い身長とスレンダーな体型。キリッとした眼から美男子にも見える。その格好いい姿から女性からの羨望が圧倒的に強く噂には女子生徒限定のファンクラブがあるという。
ここもテンプレ通り少女趣味を兼ね備えている。身に着けているモノは大抵自分で作ったもので可愛らしいピンクのモノばかりだ。
そしてメンタルは弱く個人の趣向などを指摘されると直ぐにボロが出る。そして照れ隠しですぐ手が出る。
一見暴力系メインヒロインなのだが自己主張が弱いため幸が薄い。
とまあ物語として見てしまうと色々と思うところがあるのだがしっかりと各方面のヒロインが集まっている。流石主人公というところだろうか。
なんせ御幸は中学から一緒だからいいとして、早乙女は5月、マリーが6月、九重が7月に転校してきた。
当然だが文殊高校は一クラスではない。
6クラスあるのに何故か転校生は全て竜泉寺の居るクラスへ編入した。
ホント何故か、である。
美少女たちが1クラスに独占されているので生徒から、特に男子から不平不満が起きそうなものだが表立っては事件になっていない。それどころかこの異常な事態を誰も気にしていない。
これも竜泉寺が主人公である所以だろうか。
ではそんな中で私、斎藤潤の立ち位置はといえば。
「潤と食べるからさ。な、なあ潤」
「ん? そうだっけな」
友人Aとかクラスメイトとかそんなところだ。
主人公とヒロインたちの輪に加わっているが断じて親友などではない。
そもそも竜泉寺とは別に友達でも何でもない。小学生から知ってはいるが、中学からずっと同じクラスだが、学校ではいつも行動しているが親友などではない。
確かに立ち位置的には主人公の友人あるいは親友または相棒的な立ち位置だが断じて違う。
断じて違う。
たまたま主人公の近くにいただけで配役を得てしまっただけの存在だ。
俺には何か力があるわけでもないし何らかの組織に属してもいない。勿論科学と魔術に二重スパイをしていなければ祓魔師と秘密結社で二重スパイもしていない。生徒会長とつながって主人公のあれこれをもみ消してもいない。
というか正直縁を切りたいとさえ思っている。関わり合いたくないのだがどうしてか繋がってしまうのだ。
絶望的だと言われた文殊高校の入試も何故か合格するわ、今年も同じクラスになるわで迷惑している。
主人公様は性格が宜しくて知人としては申し分ないお方なのだが如何せん面倒事が多い。
休日に出くわせば必ず何か事件に巻き込まれる。遠足に行った先で何故か自分たちのバスだけジャックされる。そしてその巻き込まれた面倒では色々と走り回らされて何とか解決出来てしまうのだが美味しいところを彼が全て持っていく。
別に何が欲しいわけでもないのだが善人ではないので損ばかりするとやるせない。
褒美は無いけど頑張ったねとみんなで損をすれば納得できるのだがそんな中で一人だけハッピーエンドを迎えられてはやっていられない。
バスジャックでも何故か主人公様だけ英雄扱いをされている。
これが主人公補正か。
故に自分の幸福も理解せず面倒事だと言い切るような主人公様の助けなどしてやれない。
「悪いな竜泉寺。今日は入り様なんでな、ありがたく頂戴しとけ。それとも人が作ってくれたものを無下にしようってのか、そりゃ御大層な身分だな」
「無下にするって。そんなつもりは」
とは言えこれは普段面倒を押し付けられているからという八つ当たり的なものではない。
出来れば縁を切りたいと思ってはいるが別に嫌いではない。
好きになれないのは彼の運命というべきか性質というべきか補正というべきか、そういった類のものだ。本人のどうにもならないものを本人の責任としてしまうのは幼稚で低俗だ。
故に嫌いになるつもりは無いし敵対するつもりは無い。
ただちょっと距離を取りたいだけだ。
そんな事だからいつまでたっても友人Aを卒業できないのだろう。
それは良いとして。
主人公様が困難に直面しているのに何故手を差し伸べないかといえばここは主人公が逃げるべきところではないからだ。
というか正直ヒロイン方からの圧が強いので助けたくないのだ。
主人公にはニコニコと笑みを浮かべているが脇役にはそんなものは無い。寧ろ、あるものは邪魔するなと威圧し、あるものはお願いします笑顔で睨み、あるものは無機物でも見るように窺っている。
正直怖い。
普通に怖い。
女子怖い。
ヒロイン怖い。
恋する女の邪魔をするのは本意ではないのでさっさと退場しよう。
「それにお前さんが食べないんならこのクラスにはおなかが空いた野獣がぎょうさんいるからなぁ、食べてもらえるんじゃないか?」
「じゃ、じゃあ」
ガタガタッ
「「「「ダメ!」」」」
この短いやり取りにもしっかり反応するクラスメイトは凄いと思う。主人公の「じゃあ」という言葉で腰を浮かしヒロインに即効で否定されて大人しく座り何事もなかったようにしている。
いや大半が呪詛を吐いているので内心は荒れているのだろう。
「だ、そうだ。というわけで大人しく食べさせてもらえ」
何とか逃げ出そうとするヘタレ紳士、あるいは無害系主人公だが残念ながら優柔不断のままでは修羅場エンドしかつかみ取れない。
項垂れているようだが自業自得なので仕方がない。
別にザマぁなどと思っていない。
これ以上巻き込まれるのも面倒なので哀れ呆れの主人公様を放置して教室を出ていく。
廊下に出たところで少しばかりの悪戯心と虚しい男子高校生の僻み根性が顔を出す。
顔だけ教室に戻して混乱の渦中にいる主人公くんに更に灯油をぶちまける。
「あ、それと竜泉寺。自分の言った言葉はしっかりと守れよ。俺は大人しく食べさせてもらえといったよな。食べろ、ではなくな。だからちゃーんと作ってくれた人に食べさせてもらうんだぞ」
それだけ言うと今度こそ廊下を歩きだす。
後にした教室からは悲鳴と歓声と怨嗟の声が聞こえてくる。
俺がいなくともいつものように騒がしく賑やかで、異常で普通な日常は続いていく。