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7 皆が彼氏に興味しんしん

「聞いたよP子さん」


 そう言って石川キョーコはにやり、と笑った。


「何をですか?」

「またあ。男ができたって、専らの噂じゃあないの。水くさいなあ、我々も結構長い仲でしょうに」

「…アナタら、本当にヒマですねえ…」


 ふう、とP子さんは呆れたように大きく息をついた。

 実際、ここ数日で何人からそう言われたことか。まあ「予測」が「本当」の情報に変わったあたりに関しては予測がつく。だが何でそこまで「P子さんの彼氏」に関して皆が気にするのか彼女にはさっぱり判らなかった。


 生理も終わって正気に戻ったファヴがまず、どういう相手か、というあたりをずいぶんしつこく聞いていた気がする。だが答えられることなんて大して無いから、知っていることだけさらっと答えた。ふうん、とファヴは大きな目をぱっちり開けてうなづいた。


 それからマヴォが好奇心一杯、という顔で、ファヴから得た情報にも少し付け加えよう、ばかりに質問してきた。もう少し出会ったくんだりを話して、と言うので、そのあたりを詳しく話したら、呆れたようにこう言った。


「服を踏むなんて信じられなーい」


 別に踏みたくて踏んだ訳ではないのだが。


 そしてリーダーが最後に訊ねた。さすがにリーダーはリーダーらしく、こうまとめた。


「別にどういうひとと、でも構わないけれど、仕事には支障きたさない…できるだけ、ね」


 できるだけ、というあたりに、ヒサカが自分のことを良く知っている、とP子さんは思う。


「だけどいきなりその誰かさんのために、仕事放ってしまうかもしれませんよ」

「でもあなたが放り出す時には、何かしらの理由が存在するでしょ? ただ無意味にだるいから、とか彼氏が行くなと言ったから、なんて馬鹿馬鹿しい理由にはならないでしょ?」

「それはそうですが」

「理由があらかじめ判ってることなら、まあ何とでもしようがあるでしょ。嫌なのは突発事項。私基本的に段取り君だから、予定が突発的に狂うの、嫌いなのよ」


 そう言ってふふふ、とリーダーは笑った。


「まあワタシだって好きではないですがね」


 ただ自分は予定が狂うのが嫌だからそもそも予定を立てない、のに対し、ヒサカは距離も時間も遠くまで見通しを立てる、という違いがある。


「これがファヴだったら、間近な変更だったら、結構それを生かしてしまおう、とか、突発だったらそのまま行ってしまえーっ! って感じもあるんだけどね、あのひとはハプニングに強いし。でも私やあなたはそうもいかないでしょうから」


 確かに、とP子さんはうなづいた。出方は違うが、思うところはこのリーダーは自分と結構近いのだ。


「でもヒサカ、一緒に居て苦にならない相手がいつも近くに居るってのも、そう悪くはないですね」

「あら、そういうひとなんだ」

「まあそういうことになりますかね」

「寝たの?」

「まああれをそういうなら」

「じゃあかなり好きなほうってことよね」

「好き、なのかどうか、は判らないんですけどね」

「あら、それってあんまりじゃあない?」


 ヒサカは目を見張る。


「いや、ワタシ、普通にそういう『好き』って感情が、いまいち良く判らないですからね。だからまあ、そっちがワタシの行動とか、その感じたことからそう思うんだったら、そう思ってくれて構わないんですがね」

「あんがいあなたも面倒な性格よね」


 P子さんは何も言わずに、口元だけを上げた。


「ヒサカがマヴォちゃんを『好き』というなら、たぶんワタシの彼に関する感情も、『好き』に近いんじゃないですか?」


 するとヒサカは軽く首を横に振った。


「私と比べちゃあ駄目よ」

「だってアナタはマヴォちゃん好きなんじゃないですか?」

「好きは、好きよ。うん。一緒に暮らして、生活して、時には寝てもいるから、そういうのを好きというなら、好きよね。ただ、私達の場合、ちょっとそれだけでは済まない事情があるでしょう? 何よりも私達は音楽ってのがあるから」

「ああ」


 先日の歌入れの光景を思い出す。ブースのガラスを挟んだ二人の視線は、恋人とか愛人、というよりは、敵同士のようだった。


「ああいうものが無ければ、まあ単純に幸せなふたり、という奴をやっていられるのかもしれないけれど、私達はそうもいかないから」


 …女同士ということの不利な条件を全く無視しているあたりにヒサカの怖さがあるのだが、あえてそれは口にはしなかった。


「そういう、単純に幸せ、に転向しようとは思わなかったんですか? アナタ達は。別にアナタの財力だったら、二人で特別あくせく働いたりしなくても大丈夫でしょうに」

「音楽が無くちゃ、私は死んでしまうわ。マヴォは歌わなくちゃ、死んでしまうわ」


 さらり、とヒサカは言った。


「あなたのギターもそうでしょう?」

「アナタがた程じゃあないですよ」

「でも無かったら困るでしょう?」

「無かったら無かったで… まあ死にたくはないから生きてくとは思うけれど、でも生きてく気力は大半減るでしょうねえ」

「でしょ?」


 リーダーは満足したような笑顔になる。


「そういうとこが、P子さん私と近い、って思えるのよね。…変な話、ファヴさんやテアからギターやベース取っても、何か他の方法で生きていける、って思わない?」

「それは、思いますねえ」


 特にファヴなぞ、もともと美容師をやっていたのだ。手に職がある。テアは手に職はともかく、あの気性だから、何かしらして、とにかく生きて行こうとするだろう。


「でもテアあたり、そんな、フツーのOLとかは絶対にできそうにないですがね」

「そりゃそうよね。セクハラする上司に一発アッパーカットでも食らわせて、すぐにクビってことになりそう」


 あははははは、と二人は笑った。


「でも、それでも何とかなると思うわ。でも駄目ね。私もマヴォも、そういうのは、できないのよね」


 そうかもしれない、とP子さんは思った。一文無しになってしまった時、このひと達が小さなアパートに住んで、安い賃金であくせく働くなんていう図は浮かばない。似合わない。そもそもできるとも思えない。見たくもない。

 だからこそ、このひとは、この世界で生きていくための術を、その良く回る頭でこれでもかとばかりに考えるのだ。そして実行に移す。時には面の皮を数倍に厚くし、会社のお偉方と堂々と渡り合う。ヒサカはそんな女なのだ。

 根っこが似ていたとしても、自分にはそんなことは絶対できない。そうなりたいとも思わない。ヒサカ自身もこういう。P子さんはそのままでいてね。

 言われなくても、自分はきっと、ずっとこのままだと思う。



「だいたいどーして皆ワタシのそんなことを気にするんでしょうねえ。アナタを含めて」


 運ばれてきたビールにP子さんは口をつける。

 そこは彼女達が良く行く「居酒屋」よりはやや静かな店だった。テーブルの上には、まずはビール、ととりあえずサラダ、が置かれている。そしてその脇に、小さなテレコ。まだ回ってはいない。


「そりゃあ皆興味があるからでしょうが」

「ヒサカならともかく、ワタシですよ?」

「まあそれは確かだけど」


 石川キョーコは苦笑する。この女は、PH7がインディーズで活動しだした頃から、彼女達に目をつけ、何かと行動を一緒にしていた。もっとも当時は、彼女自身が、音楽雑誌「M・M」の新入り記者に過ぎなかったので、本当にただ「くっついている」しかできなかったのだが。

 しかしそんなバンドがメジャーデビューしたり、ブレイクの兆しを見せてくれば。それまでは何を物好きに、と周囲に言われていたことがそのまま「お仕事」に変換できるのだ。そしてまた、見逃してた、とばかりに出遅れていた他社のライターより、一歩先んじることになる。

 だいたい、「はじめまして」から始めるインタビューで、一体どれだけのことを当人達から引き出せるだろう? 無論それで引き出せるのだったら、それはそれで非常に優秀なインタビュア、ということになるだろうが、いかんせん、皆が皆そういう者である訳ではない。

 石川キョーコなぞ、PH7と出会った頃は、OLからの転身組だったのだ。まだ頭の中に、ばりばりに一般企業の垢がこびりついて居た頃だ。

 だからこそ、彼女達に出会ったことで、それがすっきりしゃんと洗い落とされてしまった、とも言えるが。


「ヒサカはでも、何か逆に、『居てもおかしくない』よ」

「それじゃあ何ですか。ワタシは居ること自体、そんなおかしいですか?」

「…だから、単に意外。想像したこともなかった」


 ふーん、とP子さんは半眼開きで相手を見る。


「ああ怒らないでよ。っーか、あんた等の他のメンバーみたいに、女の子が横に居る、ってのも浮かばなかったんだってば」

「はあ」


 そういうものだろうか。P子さんは首を横にひねる。


「女相手は似合いませんかね?」

「そういうことじゃあなくてさ」


 頬をかりかりとひっかく。化粧気の無い顔じゃないとやってはいけないクセだろう、とP子さんは思う。化粧した顔でそんなことをすれば、爪の間にファウンデーションが入って、何やら汚らしいこととなる。


「あんたはさ、P子さん、何か一人で居る姿が似合うなあ、って思ってた訳よ」

「ふーん」

「怒る?」

「怒りませんよ。だいたい自分が一番驚いてるんですから」


 石川キョーコは露骨に顔を歪めた。


「じゃあよっぽど好みだったんだ」

「どうでしょうねえ」


 ジョッキを傾ける。そしてあっという間に空にしてしまう。すいません追加、とP子さんはさりげなく横を通った店員に告げた。


「好みも何も、ねえ」


 何と言ったらいいんでしょうね、とP子さんは苦笑した。


「だいたいアナタ、ワタシにばかり聞きますけれど、アナタにはそういう浮いた噂無いんですか? 石川さん」

「…残念ながら、全くない」

「残念ながら、ですかね」

「そりゃああたしだってね、一応幸せなカップル幻想ってのがある訳よ。ドロップアウトしてしまったけれど、ほら一応企業のOLしていた時代がある訳だし」

「ああいうとこの女の人ってのは、一体どういう話するんです? ワタシにはさっぱり予想ができませんがね」

「そりゃああんたには」


 P子さんはアルバイトは幾つかやってきたが、企業のOLとは無縁な世界に生きてきた。


「ウチは死んだ親父も現役ばりばりの母上も、教師って奴ですから、これはこれで普通の企業と違うでしょう? 妹のユウコは一応OLなんですがね、あのひとはワタシにはあまりそっちの世界の話はしてくれなくて」

「そりゃあまあ… あんたにはまるで馴染みの無い世界だし… これからも絶対馴染めないだろうと思うような… とこだと思うよ」


 石川キョーコは肩をすくめる。


「あたしですら、居られなくなって転職したんだし。あんただったら半日でギブアップするんじゃないかなあ」

「そんなに仕事、厄介ですかね」

「仕事じゃなくて、雰囲気。…まあ、そりゃあ後で考えてみれば、もっともかなあ、と思うこともあるけれど、渦中で『何でこうなるんだ?』なんて考えたら、どんどん針のむしろになってくんだよね。たとえばP子さん、あんたメンバーと普段どんな話してる?」

「…まあそーですねえ… 野球の話とか」

「おい」

「はいはい。そーじゃなかったら、まあ、好きな音楽の話とか、どっかでいいギター見つけたとか、…食い物の話はしますがね」

「食い物の話」

「マヴォちゃんがそういうあたり好きで」


 ああ~、と石川キョーコは頭を抱える。


「マヴォはそーだ。絶対あの子はそうだ」

「あ、でもあの子はOLできないと思いますよ。音に敏感すぎるし」

「ああそれは駄目だね。何つか、あんまり敏感な子はやってくのが厄介だと思うよ。何だっけ、以前の会社で、すごく後ろの気配に敏感な子が居てさ、何ヶ月もしないうちに、神経やられて辞めちゃったりしたしね」

「ああそれじゃあマヴォちゃんには絶対無理ですね。だいたいあの子男、基本的に嫌いですから、まず男が中心のそういうとこにはいられないし、それに加えて、きっとあの子は女の子の中でも浮きますよ」

「あんたも浮きそうだけどね」

「まあでもワタシはあの子程音にも男にも敏感ではないし」

「まあ一応あんたにも男ができた訳だしねえ」


 そうだよな、とP子さんはうなづく。一応あれでも性別は男だ。だがそれ以上のことは口にはしなかった。いくらそれなりに仲がいい存在だとはしても、石川キョーコはライタ それはさほど重要な問題でもなかった。それよりはファヴというひとの今そのとき、そこに居る存在感の方が大事だった。


「うん、あのひとに関してはね。まあ別にいちいち聞こうとも思いませんが」


 そう言いながらP子さんはメニューを見る。


「うーん、何かいまいちそそられないですねえ…」

「何あんた、前ここに来た時結構全部美味しそうにぱくぱく食ってたじゃない。だからわざわざここ予約したのにさ」

「すまんことですね。でも何か最近胃の調子が悪くて」

「あんたが!」


 石川キョーコは目をむいた。


「ワタシだってそういうことくらいありますよ。あ、これならいいかな、梅風味の焼き鳥。それから大根のサラダ」

「目の前にサラダはあるじゃないの」

「だから、ねえ」

「ふうん。まあいいわ。あたしは~」


 はいよ、とP子さんはメニューを反対に向ける。


「…腹減ってたのよねえ。焼きおにぎりも入れよう。レバ串も欲しいなあ」

「レバーですかあ?」

「別にあんたに食えって言ってる訳じゃないしね。あたしゃすぐに鉄欠乏性貧血になりやすいんだ。こまめに摂らないとなあ」

「ああ~そー言えば、エナちゃんもそんなこと言ってましたね」


 うんうん、と思い出したようにP子さんはうなづいた。


「エナちゃんって、あんた等のスタッフの。えーと、何かもう一人と今頭ごっちゃになってるんだけど」

「エナちゃんは割といつも事務所で事務やってて、長いスカートやパンツ履いてるほう。派手なほうがマナミちゃん」

「ああそうそう。あっちの子ね」


 そう、とP子さんはうなづく。話に出た二人は古参のスタッフだった。まだファヴが入るか入らないか、という頃にスタッフに加わった二人はまだ高校生だった。あれから数年経った今は、「マナミちゃん」は事務所の正規社員となっており、「エナちゃん」は大学に通いながらバイトという形をとっている。


「生理で血ががーっと出るから、女には多いんだってさ。面倒だと思うよ」

「そーいえば石川さん、アナタはそれ、きつい方ですかね」

「あ? まあねえ… 何つんだろ。うん、いつもとは限らないけど、いかん時はいかんねー」

「痛み止めとか呑むほうですかね」

「や、どっちかというと、漢方薬」

「かんぽうやく」

「馬鹿にしちゃいかんよー。要は体質改善なんだからね。血行よくするとかさ。そりゃまあ、ちゃんと規則正しい生活とか、運動するとか、そういうこときちんとすれば、良くなるのは判るんだけどさ… でもよ!?」

「この仕事の限りは」

「無理!」


 げらげら、と二人は笑った。


「ファヴなんかほんっとうにひどそうだけど、あれに体質と生活改善しろって言ってもなあ、って感じですしねえ。ウチでひどいのはファヴとマヴォちゃんですね」

「マヴォちゃんは判るなあ。何か。でもヒサカだって生活は滅茶苦茶でしょ」

「マヴォちゃんは生理来る前にものすごく落ち込むらしいんですがね。ただ前に一緒に住んでたひとが、医者だったから、そういう時には気持ちが落ち込まなくなる薬、軽い奴よくもらってたそうですがね」


 こんな小さい薬、と指を丸めてみせる。


「あれもなー… 自分でどうこうできる訳じゃないからなあ。女やってるのがああいう時ホントに嫌になるね。面倒でたまらん。一度男にも経験させてみたいもんだわ。面倒さだの気持ち悪さだのだるさだの頭飛んじゃうとことかね」

「それはもっともですねえ」


 とか何とか言っているうちに、店員が来たので、オーダーを追加する。


「結構いい背中だね、あのおにーちゃん」

「石川さんああいうタイプ、好きですか?」

「背中的には。手が好きなタイプとかもあるよ。うん。形的に男のそれって、面白いなあ、と思うし」


 そう言いながら、くふ、と石川キョーコは笑った。ふうん、とP子さんはうなづく。そして思い返す。…DBは。

 DBは、おそらく石川キョーコの好きなそんなラインとは無縁だろう。着ていた服は確かにラインを隠すようなたっぷりとしたものだったが、あれだけ似合うということは、身体のバランスそのものが、少し一般の男とはずれているに違いない。

 ただそれだから、自分には違和感が無かったのだ、とP子さんは思う。


「…どうしたよ」

「や、やっぱりワタシって男の男みたいなとこって駄目なのかなあ、と思いましてね」

「あれ、じゃああんたの彼氏って、そうじゃないの?」

「まあそうですね」


 さらりと答える。そう言っているうちに、大根のサラダが目の前に置かれる。しゃく、と音をさせて幾度か噛むと、やっぱりこのさっぱり感が良い。酸味と、カイワレの微かな苦み。自分がそういう味を欲しがっていたことに今更のようにP子さんは気付く。


「でもまあ、確かにあんたやテアはそういうとこ、嫌いそうだね。たくましい男とか、仲間ならともかく…」

「アナタは好きなんですか?」

「うーん。ぎゅっと抱きしめられたら、それはそれで気持ちいいのではないか、とか、思いっきり揺さぶられてみたい、とか、そうゆう好奇心めいたものはあるけどねえ」

「そういうもんですかねえ」


 とん、と焼き鳥が一度に盛られて置かれる。


「それに、あれはあれで、気持ちいい時もあるし」

「気持ち良くない時もあるんですか?」

「あんたは無いの?」


 何が、というあたりは丁寧に二人ともぼかした。


「そんな、ねえ。ただでさえあたしはこの性格だから、出会う男も少ない上に、そのうちどれだけの機会があると思う? ベッドインするまでさあ」


 確かに難しいだろう、とP子さんは思う。時々居るのだ。どうしても男が「そういう意味で」敬遠してしまうタイプが。どれだけ友達として仲が良くても、寝たいとは思わない。石川キョーコは、正直そういうタイプだった。


「で、たまたま首尾良くそうなったとして! そいつがあたしのいいとこをいちいち拾い出してくれる程上手い奴だ、とは限らないじゃない。まあ勢い一発ってのもいいけどさ、でもその場合、その勢いに気持ち良くなってるだけで、身体が気持ちよくなってるかって言うと、そうとも限らないよね」

「そういうもんですか」

「何P子さん、あんたそういうことないの?」


 だんだん酔いが回ってきたな、と冷静にP子さんは思う。


「今のとこは仲いいですから。ワタシたち」

「言うねえ」

「ワタシはそうそう経験ないですからねえ。どういうのが普通で、気持ちいいのか判んないですからねえ。ただ落ち着くし、うん、身体的には気持ちいいですよ。向こうも気持ち良さそうだし」

「ふうん? じゃああんたが相手にどうこうすることもあるんだ」


 突っ込んできやがった、とP子さんは思う。


「しないんですか?」

「マグロになってても仕方ないとは思うけど、それが普通と思ってる男は居るようだよ」

「ヒサカは別に男嫌いじゃないんだよね」

「あのひとはどっちもいけますよ。テアは駄目ですねえ。ファヴさんは大丈夫な気がする」

「そう?」

「そう思う、だけですがね」


 確信がある訳ではない。ファヴは自分自身に関しては実に口が堅かった。

 彼女はPH7に最後に加入したメンバーだった。その前までは、同じイベントに一緒に参加したこともある、「FLAT WITH ASPLIN」の花形ギタリストだったのだ。はっきり言えば、PH7がファヴを引き抜いたのだ。そのFWAのメンバーは、彼女以外全部男だった。だが結局、そのバンドでファヴがどういう存在だったのかはP子さんも知らなかった。

 へえ、とP子さんはうなづいた。


「変なもんですねえ」

「そ。変なものなの。だいたい昔の結婚の心得、とか妻の何とやら、って知ってる? 初夜の床でも妻は慎み深くはしたなく声など上げることもなくー」

「…そうなってくると、それはそれで何かの苦行のようですな」

「苦行ね。それはそうかもしれんね。どっちがどっちを好きでもなしにするSEXなんてさー、苦行でしかねーんじゃないの? そーじゃなかったら、ただの子作り」

「ああ、そういえば基本はそれでしたね」

「そうそう。だからしょーもなく、こちとら女にばかり生理っーもんがある。男にもあればいーんだよ。そうすれば絶対世界は変わる!」


 どん、と石川キョーコはテーブルを叩いた。おお、だんだん酔いが回っているぞ、とP子さんは思う。このひとは酔うとだんだん論調が過激になっていくのだ。そのあたりが面白いと言えば面白い。

 しかし確か今日はインタビューだったんではないだろうか。


「…そういえば仕事はいいんですか仕事は」

「ああ、そうだった」


 こほん、と咳払いをややわざとらしくしてから、テレコのスイッチを入れる。


「…じゃ、今日は我々の愛すべき居酒屋から、インタビューというものをしてみましょうか」

「はい」


 それでも仕事と言えばちゃんと酔いがすっと引くあたり、この女は侮れないのだ。

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