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2 呑み会散会後、P子さん、男の娘を拾う

 三ヶ月前のことだ。


「ねえねえP子さん今日ひま?」


 ぽんぽんぽんぽん、とファヴがボンゴボンゴの要領で肩を両手ではたいた。何ですかアナタ、と振り向くと、大きな目が何かたくらんでいる様な色をたたえていた。


「ヒマはヒマですがね」

「じゃあ呑みに行こうよ。今日はさあ、ラクシャリの連中とかも来るとか言ったし、ついでにラッキイスタアの連中にも声掛けたらさあ、行く行くって言ってたし」


 と言うことは、そいつら後輩バンドにその周辺を加えて… P子さんは無意識に計算する。また大所帯である。


「アナタねえ、そんな大所帯だったら、別にワタシを誘うこたないでしょうに」

「何よ、あたしの酒は飲めないって訳?」

「そんなことは言ってないじゃないですか」

「だったら決まり。行こう行こう」


 ひょい、と顔を上げると、向こう側のテーブルの方でテアがぱさぱさとファンレターを眺めていた。何やらずいぶん長そうな手紙に目を通している。

 だがそのスピードが妙に早い。はあん、とP子さんは内心うなづく。またかいな。

 この二人には時々そんなことがある。一緒に暮らしているせいもあるのかもしれない、とP子さんは思う。普段は見ていられない程に仲が良かったりするのに、それでも時々こんなことが起こるのだ。

 大概はファヴの方が一方的に怒って、それを後でテアがなだめに行く、という構図で終わる。テアはファヴより二つ三つ年下のはずなのだが、こういったことが起きた時には、落ち着いているのはいつも彼女の方だった。

 何かしらあったのだろう。ただそれが犬も食わない類のものだったら、自分の口を出すべき領域ではない。

 ただ、苛立っているファヴを余計に苛立たせるのはやはりメンバーとしてはよろしくない。はいはい、とP子さんはほとんど自分を引きずりかねない細い手に、はいはい、と付いていった。


 途中の道で後輩バンドのラクシャリやラッキイスタアの連中が合流していく。行き先は安上がりに呑めて食える居酒屋だった。まだ皆大した収入がある訳ではない。

 それでも一応「事務所」に所属していて、メジャーデビュー間近で、「月給」が出るファヴやP子さんはいい。後輩バンドなぞ、バイトバイトでしのいでいる状況だ。できるだけ出費は控えたい、というのは誰の中にもあるだろう。

 だがそれでもやってきてしまうあたりが、このギタリストの人望ということか。


 ステージの上のファヴは「魔女」と呼ばれることが多い。

 プラチナブロンドの長い髪を、毎度毎度好きな様に立てたり編んだり結ったりする。その上そこに、これでもかとばかりに布を巻き、ビーズを散らす。きらきらきらきらとそれは彼女が跳ねるたび回るたびにステージライトを反射してきらめいた。

 顔には大きな目を強調するようなメイク。実際写真など撮られる時にも、カメラを見据える彼女の視線は強烈だった。

 カラフルでエスニックな衣装を何の法則も無しに着こなしてステージを飛び跳ねる彼女は、他の誰にも真似できない様な雰囲気が漂っていた。


 だけどこーやって見てると、ただのロックねーちゃんかもなあ。


 ワインカラーの色の髪の、ラクシャリのカヤと肩を組んで歩いている相方ギタリストの背中を見ながら、P子さんは内心つぶやいた。

 プラチナブロンドは大人しく後ろで一つに編まれているし、その上にはちょこんと帽子が乗っかっている。メイクもほとんどしていないから、言われなければ「PH7」のファヴだ、なんてそうそう気付かれないだろう。

 もっとも、強烈なファン、という奴は別だ、と彼女も判っている。「追っかけ」を自称するようなファンは、「オフ版」のファヴの姿もリサーチ済みだったりするのだ。

 実際、大柄で、そんな格好の女が十人以上集団で闊歩していれば、結局は目立つのだ。

 そしてその目立つ集団は居酒屋でしばらく呑んでいたのだが。


「…はれ、ファヴさんどうしました?」


 彼女を敬愛するラクシャリのKTが不意にその低い声で問いかけた。何だろ、と思ってラッキイスタアのヴォーカルの桜野とP子さんは同時に振り向いた。おんや、と声が出た。


「どうしたんですかアナタ」


 同僚ギタリストは、KTの膝にごろん、と横になっていた。


「ど、どうしたものでしょうかP子さん~」


 テアと同じくらいの大柄なKTは、明らかにこの事態に動揺していた。

 はあん、とP子さんはファヴの様子を観察する。右手で額と目を押さえ、左手で下腹部を押さえている。そう言えば何で今日はテアとぶつかってたんだっけ?

 一つ一つの物事がようやくそこで結びつく。


「KTアナタ、バファリン持ってますか?」

「ば、バファリン? …や、あたしは」

「あ、あたし持ってますよー」


 カヤがひょい、と手を挙げる。やっぱり、とP子さんは苦笑いをする。持っていそうな奴は持っているし、持ってなさそうな奴はやっぱり持っていないのだ。


「ってことは」

「ですね」


 露骨な言葉は使わない。ローディの中には男も居るのだ。別にそのくらい気心知れてるしいいじゃないか、と言う者もあるかもしれないが、それはP子さんの口には出さないポリシイだった。

 だいたいファヴという人は、生理に何かと体調も気分も左右されるほうだった。それはもう気の毒としか言いようが無いものである。

 予定はくるくる狂うし、月によっては無い時もあるし、なのにある時には、やって来る気配があると神経がとんがるし、来てしまうと、動けなくなるほどのダメージがあるのだ。周囲に居るだけのP子さんがこれだけ把握できるくらいなのだから、一緒に住んでるテアなぞ、ずいぶんとその弊害は被っているはずである。慣れている、と言えばそれまでだが。


「噂には聞いてましたけど、ほんっとうにひどいんですねえ」


 ファヴに負けず劣らずの大きな目と、何処か外国の血が混じってるんじゃないか、と思わせる程の派手な顔立ちをしたカヤは感心したように言う。


「アナタは見たことなかったんだ」

「そりゃあまあ。あたしはただの後輩ですので」

「ワタシだってただの同僚ですよ。でもアナタも鎮痛剤持ってるってことは、ひどいほうですかね?」

「まあ結構。ただ『前』のイライラとかは無いですけど…そっちはどっちかというと、あれですね。うちのイマちゃんのほうがひどいですかね。ああもう、そういう時になるとウチは大変で」

「へえ」

「で、嫌んなることに、ウチの残りの三人はそういうのが丸っきり無いんですよ!! 腹立つと思いませんー?」


 どん。ジョッキの中身が大きく揺れて跳ねた。


「…まあ確かにあの三人じゃなあ」


 超マイペースのヴォーカリストと、豪快なドラマーと、頼りになりそうなベーシストの姿が一気にP子さんの脳裏を駆けめぐった。

 なかなか戻って来ないなあ、と思いながらオーダーしたレバ串をかじっていると、ぴろぴろ、と軽い音が響いた。


「あれ、ファヴさんのじゃないですか?」

「ホントだ。…出ていいですかねえ」

「だって番号知ってるの、身内くらいなものでしょ?」


 はい、とカヤはファヴの上着のポケットから携帯を取り出して、P子さんに渡した。


「何でワタシなんですか」

「あたしが出るよりいいですよぉ。メンバーでしょ?」


 へいへい、としぶしぶP子さんは着信ボタンを押す。


「…もしもし? ファヴでしたらちと今出てますよー」

『あーP子さんだな。わはははははは』


 アルトの声が響いた。その大きさに思わずP子さんは耳を離す。何ですか一体、とカヤはギョーザを取りかけた手を止める。


「…アナタですかテア。何ですか一体」

『あんたが出るってことは、わははははは、やっぱりあの人、ぶっ倒れたか何かだな』

「アナタねえ…」


 P子さんは思わずため息をついた。同居人は予想はしていたのだろう。


『…や、今何処? ファヴさん迎えに行くよ。あ、さっきカヤの声がしたな。ラクシャリ全員居るの?』

「や、カヤとKTとシーナの三人」

『ふーん。それだけ?』

「や、ラッキイスタアのメンツも居ますよ」

『なるほど。じゃああそこだな』


 携帯の向こう側から、この店の名前が聞こえてくる。お見事、とP子さんは思わずにはいられない。


「アナタ今何処なんですか」

『や、今駅だよ。どっちに向かおうかな、と思ってさ』


 そういえば、相手の声の大きさに気を取られていて気付かなかったが、周囲のざわめきと、駅特有のアナウンスが時々聞こえてくる。よく考えてみれば、電波状態も良くないではないか。


『ま、もう少しよろしくねー。あ、そっち行きが来た』


 一方的に電話は切れる。切ったのを見て、カヤは身を乗り出す。


「テアさんだったんですかあ?」

「そ。迎えに来ますとさ」

「へええ。まめですねえ」

「そうですね」


 音楽とファヴさんにに関してだけですがね。


 さすがにP子さんもその言葉はビールと一緒に飲み込んだ。


 やがてKTに支えられてファヴが戻ってきた。P子さんは座敷席の一部を彼女が寝ころべるように空けてやる。


「大丈夫そうですかね?」

「うーん…」


 KTは細い目を更に眇めて細くする。


「何つか、あたしには判らんですからねー。おかげでウチのいまーじゅにもぼかすか言われてるくらいだし」

「まあ仕方ないよなあ」


 やや離れて呑んでいたラクシャリのシーナものそのそと様子を見に来る。


「判らんもの判らん。そりゃー仕方ないって」

「仕方ないで終われば世界は平和なんだよっ!」


 カヤは長いつきあいの友人に歯をむき出す。



 三十分程して、派手な女が店に入ってきた。いらっしゃいませー、という声で扉の方を向くと、そこには濃い顔立ちに胸ぼん腰ぼん、の背の高い女が居た。お一人で? と聞く店員に、何やら聞いている。ああ、と店員はうなづくと、集団で呑んでいる方まで案内をした。


「よ、お姫さんを迎えに来たよ」

「遅いですよ~テアさん」


 いつの間にかまた脚の上に乗っかられているKTは泣きまねをする。


「へいへい。もしもしファヴさん生きてる?」


 ぽんぽん、とテアは同居人の背を軽く叩く。


「死んでる~」

「はいはい、じゃあ帰ろ」

「帰る~」


 素直なことはいいことだ、とP子さんは奇妙に感心する。この同僚ギタリストがこんなに素直に言うことを聞くことは滅多にない。特にこのベーシストに対しては。

 よ、と後輩の膝から同居人を引き剥がすと、軽々と立たせて肩を貸す。もしかしたら背負ったり抱きかかえたりも可能なのではないか、とP子さんは思ったが、あえてここで口には出さない。


「明日払うからさ、立替といてくれね?」

「ファヴさんの分だけで良ければ。皆さんちゃんと自分の分は自分で出しましょう~」


 さりげなくP子さんは女達に牽制球を投げた。

 牽制球は非常に良く効いた。二人を見送ったら、いつの間にか、お開きが目の前にやってきていた。

 やはり主賓が居ないことには呑み会も面白くはない。「呑む口実」として主賓は使われることも多いが、ファヴに関しては、「口実」ではなくあくまで「主賓」だったのだ。ファヴさん居ないとつまらないねー。じゃあ帰ろうっかー。そんな声がいつの間にか飛ぶのである。


「今日は悪かったね」


 P子さんは駅で別れ際、神奈川方面へ戻るラクシャリ組に言った。


「や、いーですよ」

「ねえ。仕方ないっすよ。不可抗力不可抗力」

「しかしホント、人によりますよねえ」


 三人してうなづき合う。普段どれだけ音楽で闘い合っているバンドメンバーでも、この点に関しては意見の一致を見るようだった。


 さて。


 何となく飲み足りない様な感じもしたのだが、一人でまた何処かの店に入り浸るというのも趣味ではない。ラクシャリ組とは逆方向の線に乗ると、駅前のコンビニエンスで何本かのビールを買った。やや重い袋を手に引っかけ、もう片方の手はジーンズのポケットに突っ込んだままで歩き出した。

 ひんやりとした空気が、頬をかすめる。夜の空気。

 P子さんは夜の街が結構好きだった。昔からそれはなじみ深いものだった。

 もともと昼型の人間ではない。中学生の頃に病気を持ってたせいか、学校にもあまり行かずに昼間は眠っていることが多かった。

 そして夜の静かな時に起き出しては、手に入れたばかりのギターを鳴らす日々。退屈な日々を、ギターはずいぶんと慰めてくれた。

 外へあまり出られなかった頃、両親は女の子らしい趣味に興味を全く持たなかった娘に、それなら、と暇つぶし用に楽器を与えた。あくまで暇つぶし、である。

 なのに今、それが飯の種になっている。


 変なものですねえ。


 P子さんは思う。中学の出席日数はぎりぎりだった。だから高校もぎりぎりの所にしか入れなかった。そしてそれも結局は体質に合わず、リタイヤしている。

 何になりたい、というものもなかった。何をしたい、ということもなかった。

 無気力、と言ってしまえばおしまいだ。夢を見る程の気力も体力も、その頃の自分にはなかった。

 ただ、それでもギターを手放しはしなかった。

 そのギターのおかげで、それでも今こうやって一人暮らししてごはんも食べられる程度になっている。

 ある種の人々に、と限られるが、全国的に名を知られても居る。不思議なものだ。


 病気しなかったら?

 普通の学生をしていたら?


 不意にそんな疑問が自分の中に湧くこともあった。

 無意味な仮定だと判ってはいる。だがもしそうだとしたら―――

 少なくとも、今ほど自由に気楽に生きていることはないだろう、とP子さんは思うのだった。

 そんなことをつらつらと考えていたら―――


 ぐにゃり。


 足元が、揺れる。慌てて足を上げる。


 何ですか一体。


 まさか野良猫の死体でも踏んだのか、とおそるおそる足元を見る。

 街灯の青緑の光の下、足跡がしっかりとプリントされた白い服があった。

 PINKHOUSEだとかKETTYだとか金子功だとか、そんなブランドの名前が頭をよぎる。

 同僚ヴォーカリストが大好きな、そんなブランド達だった。ステージの上の同僚を見る限りでは想像もできないのだが、普段着で事務所に来る時には、必ずと言っていい程、その類のブランド品を身につけている。似合わない、と思うのだが、口に出したことはない。

 一見違いが判らなさそうなブランドだが、P子さんはマヴォのおかげで悲しいかな、見分けができていた。ブランドの本物ではない。まがいものだ。ただ、まがいものにしては、バランスはいいな、と思った。

 彼女はかがむと、その服の中身をつん、と指でつついた。柔らかい。暖かい。


「もしもし?」


 そう訊ねるのが果たして正解なのか判らない。だがかと言って、適切な言葉、というのはそういう時にとっさに浮かぶものではない。


「…こんなとこで寝てると、風邪ひきますよ」


 そうなのだ。確かにこの類の服は、重ね着が常套手段とは言え、まだこの時期は道で寝れば明け方には冷え込むだろう。

 いや、それ以前に、こんな所で女の子が寝ているなんて、危険にも程がある…

 しかし。

 ん? とP子さんはふと首を傾ける。何処とは言わない。何処とは言えないのだが、何か、奇妙な感じを覚えた。


 何だろう? 


 おかしいと言えばおかしい。こんな服の子が、道ばたに転がっていること自体、まずおかしい。P子さんは、返事の無い相手の背後に立つと、よ、と両脇に手を入れた。


「…あ~」


 低い声が、耳に入る。ん?

 まさか、と思いつつ、作業は続行される。よ、と声を掛けて、彼女は相手の体を背後から一気に引き起こした。


「…んー…」


 やはり低い声が、耳に入ってきた。まさか。

 がくん、と首が後ろに倒れる。P子さんの視線は、ちょうど目の下にある、その突起に吸い寄せられた。


「男!?」


 確かに低い声だとは、思ったが。確かに同僚のアルトの声とは質が違うとは思ったが。

 だがしかし。

 彫りの深いまぶた。紅を引いた唇、…化粧しているとはいえ、…可愛すぎる。


「ん…」


 まぶたが半分開く。中から、黒目勝ちの瞳がのぞく。ぴょん、と心臓が跳ねるのをP子さんは感じた。こんなのってありですかい。


「…水…」


 唇が、動く。


「水… ちょうだい…」


 ああ、とようやく自分の理解できる範疇のことだ、とP子さんは安心する。呑みすぎたのだろう。ふといつもの呑み仲間達のことを思い出して、彼女は苦笑した。


「…立てますか?」


 面白く、なっていた。

 P子さんは答えを聞くともなく、そのままその「男」の体勢を変えさせた。がくん、と首が後ろから前に倒れ、その拍子に「彼」の目は開いた。


「え」


 さすがに驚いたのだろうか。それまでぼうっとさせていた目を倍の大きさに広げた。

 一体何が起こったのか、すぐには理解できない様だった。


「ほら肩貸して」


 言われるままに「彼」は腕を上げた。大きくふくらんだ、レースやフリルをこれでもかとつけられた袖にくるまれた腕がP子さんの肩に掛けられた。

 片手にビール、片手にまがいものだけど美少女。何となく楽しくなって、P子さんは、新曲の自分のフレーズを口ずさんでいることに気付いた。

 別に可愛らしい女のもどきが好き、という訳ではないのだが。

 そのはずなのだが。

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