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エピローグ ゆっくりゆっくり行こう

「お久しぶりです」


 入り口で、彼は「父親の姉」に向かって言った。


「お久しぶり。それで、何の用でしょうか?」


 相変わらずだ、と彼は思う。静かで、圧倒的な、このひとの雰囲気は健在だった。

 本宅の、広い玄関。滅多に自分から足を運ぶことのなかったその場に、彼は立っていた。


「それはあなたがよくご存じではないでしょうか?」


 なるほど、と彼女はうなづく。


「お上がりなさい」


 それでは、と彼は靴を脱いだ。



 そう時間はたっぷりある。

 それだけに、一番大本の部分のケリはつけておかないといけない、と彼は思った。

 だからまず、この家に来る前に、鳥留氏のオフィスへと先に足を運んだ。

 このひとが本当に親身であったのか、ポーズだったのか、は再会した時の一声で判った。何年かぶりの自分のスーツ姿。少し違和感があるから、ぎくしゃくして見えるかもしれないけれど。

 OK、このひとは大丈夫。


「こんにちは、お久しぶりです」

「…やあ… 本当に、ずいぶんと君、変わったんじゃないか?」

「まあ、色々ありましたから…」


 その「色々」について説明する気は無かった。飛び出した状況を考えれば、何処で何をしていたとしても、苦労していたことは、想像に難くないはずだ。


「だが君、やっぱりずいぶんといい表情になっているから」


 応接で出されたコーヒーは、いい味だった。


「まあ、色々あったんですよ」


 そう答えておくしか、ない。


「で、どうしたんだい? ご実家の方には」

「それでちょっと、鳥留さんのお力をお借りしたくて」

「私の、かい」

「昔僕が言ったこと、覚えてますか?」

「君が言ったこと?」


 彼は少しの間考える。そしてああ、と手を打った。


「権利放棄がどうの、という…」

「ええ。三年すこし… ですか。僕も考えました。それで、本気です。放棄、してしまって下さい」

「しかし君が相続できた分は結構な」

「三年少し、僕は身一つで生きてきました。それこそ色々してきましたけど。何とかなりましたよ。いろんなひとのおかげもありますが」

「…君」

「ここで生かしてもらったことは、感謝してます。兄にも。ただ、向こうで僕は、やることが見つかったから」

「ああ」


 鳥留氏は大きくうなづいた。


「だったら、いいんだ。君がそれで大丈夫なら」

「それで、結婚するので」

「は」


 さすがにそれには、驚いたらしい。数秒、表情が止まった。DBはにやり、と笑う。


「戸籍の移動のこともあって。そのあたりも一緒に、お力になってもらえませんか?」



「そんな訳で、既に、そのための手続きに関しては、鳥留さんにお願いしてあります」

「お前は」


 「兄」は絶句した。

 唐突に現れた「弟」は彼にとって衝撃だったようだが、それ以上に、「弟」が勝手にそんな手続きを先回りしてとってしまったことが大きかったらしい。


「…何故だ」


 「兄」は問いかけた。DBは、それに対し、表情一つ変えずに、切り返す。


「先手必勝は、あなたが教えてくれたんですよ、兄さん」


 う、と「兄」は喉の奥から声を出す。


「僕はあなた程頭が良くない。だから、僕があなたと闘おうとしたら、ゲリラになるしかないじゃないですか」

「…ここはお前の実家で、」

「それに」


 言いかけた「兄」に、彼は更に追い打ちをかける。


「最初に血のつながりなんて、大したものじゃあない、って教えてくれたのは、あなたですよ」

「私がいったい…」

「僕はまだ覚えてますよ。『お前は捨てられたんだ』」


 ぴしゃり、と彼は言い放つ。


「血のつながった母親に、捨てられたんだ、それはそれだけのものなんだ、と言ったのは、あなたですよ」

「…」

「育ててもらった恩は、この家にはあります。ありがとうございました」


 その言葉は「兄」に向けてではない。何処を向くでもない。その家そのものに、亡くなった「父親」に彼は向けたのだ。


「それに兄さん、あいにく僕は、あなたよりずっと、執念深いんだ」


 DBはここに来るまでに、企業グループの現在の状態をある程度リサーチしていた。

 ヒサカの事務所のひとから、情報の集め方をある程度教わった、ということもある。

 さすがのあのひとも驚いていたな、と彼は苦笑する。

 だがここ三年少しで、グループ全体が下降線を描いていることも事実だった。なるほど、とまとまった資料を手に、彼は納得したようにうなづいた。


「僕は僕が独立できる年齢を待ってた。向こうには僕を待ってるひとも居る。あなたはここで、あなたを必要としてるひと達のために、一人でやって下さい」

「…大介!」

「さよなら。僕はもう行きます」


 彼はそう言うと、あっさりと立ち上がった。



「あれ」


 新幹線のホームに降り立った時、懐かしい顔がそこにはあった。


「どうしたの。僕この時間に戻ってくるって言ったっけ」

「や、昨日電話くれたでしょう? 明日帰るって。時間はそろそろかなあ、って思いまして」


 P子さんはのっそりと立ち上がる。


「何か、別の人みたいですね」

「でも昔は、こーんな服ばっか、着せられてたんだよ。似合わない?」


 P子さんは黙って笑った。


「ワタシのドレス姿なんて、アナタだいたい見たいと思いますか?」

「うーん、どうだろう」

「だからそういう感じですよ」

「でしょうねえ」


 くすくす、と彼らは階段を下り始めた。


「気を付けてよ。転んだら」

「大丈夫。そんな気を使わなくても」

「でも」

「じゃあ、ゆっくり行きましょうか」


 P子さんは、言った。


 ―――ゆっくり、ゆっくり行こう。

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