14 とりあえず名古屋、そして流れてここまで
身の回りの荷物、というのは、極端に言えば、当座使える資金だけでいいのだ。それを身の回りのあちこちに分割してしまい込む。何かあった時に、一度に手放してしまわないように。
離れから、門をくぐらずに外に出る方法を、彼は幾つか調べてあった。それは小さな頃、外からやってきた子猫の道だったり、転がりこんできたボールが通ってきた場所だったりする。
この時彼が使ったのは、そのどちらでもなかった。
何度か花を探した時に、その穴を彼は見つけていた。決して大きな穴ではなかったが、うっそうと茂る木々に隠され、その存在は内側からは判らなかった。木々の枝と、垂れた蔓のせいで、外側も隠されている。見つけたのは、たまたま彼がその蔓の花が綺麗だ、と思って近づいた時、風が吹いたからだった。
そして彼はその蔓のカーテンをそっと開けた。
季節は秋。初夏に咲いた花は、既に実を付けつつあった。もう少し遅れたら、枯れてしまって、穴の存在を知らせたかもしれない。
「兄」がそんな些細なことにまで目が届かない性格であることを、彼は感謝した。
穴をくぐり抜ける。辺りを見回す。大丈夫、誰もいない。
住宅街からも、繁華街からも離れた彼の住んでいた大きな家は、夜の夜中には、誰も近づきはしないのだ。
近づくとしたら、それこそ警備の者くらいだろう。ただ警備の者も、近寄る時間というものがある。それに関しては、見計らっていた訳ではないから、賭だった。
何かを起こそうとするのは、格別に明確な理由がある訳ではない。小さな理由が積もり積もって、そしてある時爆発するのだ。
彼にとっては、それがその昼間の「兄」の態度だった。
それまでは、まだ我慢しよう、と思っていたのかもしれない。鳥留氏の言う通り、もう少し自分の可能性と向き合ってみよう、と思っていたのかもしれない。
しかし。
「兄」の態度は、彼がそれまで漠然と考えていた不安に形を与えてしまったのだ。
ここに居ると、窒息する。
今だったら、まだ、学校帰りは自由時間だ。何とか離れの家でも、鳥留氏と会える程度の自由はあった。
だがそれは自由ではなかったのだ、と彼は気付かされてしまった。それは「兄」の不注意だったと言えよう。「兄」が思う程、彼は利口ではなかったかもしれないが、馬鹿ではないのだ。
そして彼は行動を起こした。今しかない、と思ったのだ。
本宅に移ってしまえば、一日中「兄」の監視の元に置かれるだろう。それが「兄」本人でなくとも。無論今だって、監視はされていた。それでも「離れ」自体が彼の良く知っている場所だったのだ。死角はそれなりにあった。
この時間は死角だった。少なくとも、その日のうちに彼がそんな唐突な行動を起こすとは、さすがに「兄」は思わなかったのだろう。彼が荷物をまとめている姿は、「兄」に報告されていたかもしれない。しかしそのまとめた荷物を全て捨てて彼が飛び出すとは、誰が予測しただろうか?
彼は一応、置き手紙をした。ありがちな文句だ。いつも使うボールペンで、ノートを開いて一言、「探さないで下さい」。短い言葉だったが、それは本心だった。
彼はまずその足で、市中の繁華街へ行き、その片隅で朝を待った。下手に繁華街で、誰かと顔を合わせたり、ネギしょったカモにされるのは避けたかった。何軒かあるオールナイトのコンピニエンスを眠気と戦いながら梯子し、始発を待った。
朝まだ暗い時刻、駅の自動切符販売機が点灯した時、彼は切符を買った。行き先は、東だった。
とりあえずは何処まででもいい。とにかく東。紛れることができる、大きな都市を、彼は目指そうと思っていた。できるだけ、遠くへ、遠くへ。
そして新幹線の出る駅まで行くと、始発に乗った。
時間が経てば、捜索願が出る可能性が高くなる。貫徹の眠気はまだ出て来なかった。頭も身体も緊張の連続で、それどころではない。
通勤時刻あたりになったら、新幹線から降りた。既に始発から二時間は経っていた。在来線のラッシュに紛れてしまえ、と彼は思った。
そして後は、在来線を延々乗り継いで、大阪まで出た。既に夕方近かった。
そこからは私鉄を乗り継いだ。適当だった。緊張した頭は、それまでにない程にめまぐるしく回転していた。
ここは何処だ。じゃあ東に行くにはどう行けばいい? 改札は? 切符売り場は?
人々のけたたましい声。違うイントネーション。足も速い。ぼやぼやしていると、突き飛ばされてしまう勢い。このくらいの人々の中だったら紛れられるだろうか。彼は思う。
だが駄目だ、と顔を上げる。もっと、出身が判らないくらいの方がいい。彼は更に東に向かうことにした。私鉄は近鉄で、奈良を通り三重を通り、名古屋に着く頃にはとっぷりと夜も更けていた。
さすがにその頃には彼も疲労と眠気に襲われていた。
だがどこで夜を明かそう?
想像がつかなかった。如何にも疲れた若い少年が、一人でビジネスホテルに飛び込むのは、何となく気が引けた。ただでさえ「家出」なのだ。金ももったいないし、不審がられる可能性もある。
どうしようか、とふらふらと駅前の地下を歩いて、とりあえず長居できそうなコーヒーショップに飛び込んだ。足が重かった。眠くて仕方がなかった。
ただ、何とかここまで来た、という気持ちはあった。
一番大きなサイズのカップでコーヒーを頼む。疲れすぎで食欲は少なかったが、それでも何か腹に入れておきたかった。大きなソーセージを挟み込んだサンドと、かぶりつける三角のスコーンを彼は選んだ。
そして実際口にしてみると、実はひどく腹が減っていたことに彼は気付いた。がつがつと、彼は口にしたサンドを、ソーセージを、レタスを、かみ砕いていた。ミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーで流し込む。すぐに足りなくなって、スコーンを口にする時には、紅茶を追加した。
食べ終わると、急に眠気が復活してきた。どうしよう、と彼は改めて思った。何処で眠ろう。
ふう、と辺りを見渡す。できれば移動は人に紛れられる昼間にしたい。夜行列車で捕まったら、それまでだ。彼は別段旅行の経験は多くはない。特に、こんな鈍行列車や私鉄を乗り継ぐような移動は初めてだった。
非常事態でなかったら、こんなことまずしないだろう。「兄」が彼を新幹線に乗せた時には、まず一番速いものを使った。場所的にそれが止まらない所へ行く時でも、必ずグリーン車に乗せた。
本当に、どうしよう。
駆け出してしまったものは、止まらない。そして後悔はしない。問題は、今夜の宿だけなのだ。
やがてそのコーヒーショップも閉店時間が来た。彼は仕方なく立ち上がった。
駅前の地下街は既に閉店しつつあった。彼は地上に出た。まだ地上の店は、開いている所も多そうだった。
結局、彼がその日の宿として選んだのは、オールナイトのカラオケ屋だった。
通りかかった高校生の集団が、酔っていたのか、歩いていた彼をいきなり仲間に引き込んでしまった。勢いだ、と彼はそのまま彼らについて行き、そのまま朝までつきあった。
大声で歌う者、こっそりと持ち込んだ缶ものを次々と開ける者、大騒ぎの中で熟睡する者。なるほどこれもありか、と彼は初めて思った。
その日一緒に居た高校生達は、彼に幾つかの情報を置いていった。この街では、何処が夜遅くまで開いているか。どんな場所に彼らくらいの連中が集まるか。
そしてどういう連中だと、何処の誰とも判らなくともだらだらと紛れ込んでしまえるか。
「いろんなとこがあるけどさあ」
短く刈った髪を金赤に染めた高校生は言った。
「結構さあ、うちの学校の女達、今池とか大須とか伏見とかのライヴハウスの、小さい方? あそこに長居してると、バンドの連中の打ち上げにつきあえるとか何とか言ってたぜ?」
「バンド?」
あまり縁の無い世界だった。「兄」は彼が好きな音楽もやはり目を細めたものだ。それは少なくとも、激しいものではなかった。
けど、紛れこめるなら、と彼はその高校生にうなづいた。
「…でもさあお前、結構小柄で可愛いしー、気ぃつけろよ?」
高校生は笑いながらそう言った。どういうことだろう、と彼は思ったが、まあいい、とすぐにその疑問をうち消した。
もし「何か」あったにせよ、極端な話、死ななければいいのだ。
とても極端な話だが。
そして彼はしばらく名古屋に留まった。
その音楽には興味はなかった。
興味があったのは、そこに居る連中の中で、誰が一番偉くて、そしてその次は誰か、ということだった。
「兄」に近づく大人達の姿が自分にだぶる。「兄」は果たしてどこまで彼らの動きを、言葉を信じていただろう。あのとってもお偉いひとは。
次の日、タウン誌で位置を把握した最寄りのライヴハウスにたまたま居たバンドは、キャベジ・グリンとタイトスロープ・ダウンと言った。
名前では、何か大人しそうなバンドに彼には感じられた。ところがそうではなかった。
会場に入ったら轟音だった。格好は「普通のラフな格好の兄ちゃん」達なのだが、これでもかとばかりにアンプの音量を上げていた。入り口でもらったドリンク・チケットを引き替えて、後ろの方でぼうっと彼はステージを見ていた。やっぱりあまり興味はない。
フロアの下の方では、男女入り乱れて、拳を振り上げ声を張り上げ、お祭り騒ぎに彼には見えた。でもやはり興味はなかった。
ただ、この轟音は、妙に眠気を誘った。彼はやがて、カウンタ席に座ったまま、突っ伏せて眠ってしまった。
気が付いた時には、終演時間だった。それも、客がほとんど出て行き、スタッフが彼の背中を叩いたのだ。すみません、と彼は素直に出て行った。
何はともあれ、良く眠れたのでここに来た甲斐はあった、と彼は思った。
そしてしばらくその近くでうろうろしていたら、どうやらバンドのメンバーを待っているらしい少女達が居た。彼はできるだけ気さくに声をかけてみた。自分も今日ファンになったんだ、教えてくれない、と口が勝手に喋るのを聞きながら。
出てきたのは「タイトスロープ・ダウン」の方のメンバーだった。少女達に彼らは、メシ食いに行こうぜ、と声をかけた。
どうやらそこで出待ちしている女の子達を「お持ち帰り」するのは彼らの常のことらしかった。
親切な少女達は、ファン見習いの彼も連れていっていいか、と問いかけた。すると不思議そうな顔をしたが、その中の一人がいいぜ、とにやりと笑った。
結局、「彼自身」も、「お持ち帰り」されてしまったのだ。
無論それも、彼の予想の範疇だったのだが。
そして彼は、そのまま一年半ほど、その街に紛れた。
*
あの頃は、もうとにかく目先のことで精一杯だった。DBは思う。今の自分の方がよっぽど気弱で善良になってしまっているような気がする。
偶然がその時には手伝った。たまたまその日やっていたバンドのメンバーの一人が、男女問わず食える奴であったとか、それが彼にとって、そう不愉快ではない印象であったとか、その男はフリーターで一人暮らしであったとか、紛れるにはいい条件が揃っていたのだ。
女装は、その時の「タイトスロープ・ダウン」のベーシストが時々彼にさせたものだった。何で、と彼が問いかけると、男は言った。
「だって面白いし。燃えるで」
思いっきり女装して可愛らしくしたところをまた一つ一つ剥いでいくところがいいのだ、と男は言った。変態、と彼は肩をすくめながらも、されるままにしていた。
盛り上がる相手を脇に、彼はなるほど、と思っていた。こういう方法もありか、と。
情が移らなかった訳ではない。悪い男ではなかった。だがやはり、それはあくまで彼の観察対象でしかなかった。
そうして一年半が過ぎた時、男の居たバンドが解散した。男は実家に帰る、と名古屋を引き払った。彼はそれを機に、男の所を出た。いい奴だったなあ、としみじみ思ったが、今顔を思い出せ、と言われても、上手くそれができない自分を彼は知っていた。それに比べれば、P子さんとの生活はずっとまともだ、と彼は思う。
理由は簡単だ。彼は名古屋の男を別に好きではなかった。
そしてP子さんのことは、とても好きなのだ
*
「スタッフ?」
さすがにその言葉はにわかに信じられなかったらしく、DBは二度P子さんに問い返した。
「そう。ウチのリーダーが、アナタにその気があるなら、って」
「スタッフって言うと、どういうことするのかなあ」
「…ワタシも良くは判らないんですがねえ… ただ別に事務処理をしろ、ってことじゃあないらしいですよ。あのひとは何か、あまり外部から人は入れたくないみたいで」
「ああそうか」
ぽん、と彼は手を叩いた。
「つまり、P子さんのためのスタッフが欲しいってことなんだ」
「ワタシの?」
思わず彼女は自分自身を指さす。うん、と彼はうなづいた。
「たぶんそうだと思うよ。今あなた、誰か専門でマネージャーとかいるの?」
「いや、居ませんけど」
「でもこれから売れるんだとしたら、バンドの、というよりあなたのマネージャーが欲しくなるんじゃないかなあ?」
「そんな、必要ですかねえ。ワタシはしばらく」
そう言いかけて、P子さんははた、と止まる。未だに彼女はあのことを言えずにいるのだ。
「…なるほど、まあ、売れれば、必要になるのかもしれませんねえ」
「あなたのとこのリーダーって、売れれば、じゃなくて、売ろう、ってひとでしょ?」
「そうですね」
確かにヒサカはそうだ。
「すごい人だね。それでいて、あなたのことをちゃんと考えてるんだ」
「うん、それは判りますよ。他のメンバーのことも、ちゃんと考えてる。一体どれだけの才能があいつの中には詰まってるかって思いますよ、ワタシは」
「でも一番基本は、音楽なんでしょ?」
「もちろん。だからワタシみたいな奴とでも、まっすぐ対等に話をしようとしてるんですよね。本当に、ありがたい人だと思いますよ」
そうだね、とDBはうなづいた。そして少しの間、あごに手を置いて考える。
「…うん、その話は、僕にとってもいいものだと思う。あなたのためのスタッフだったら、僕は確かに有効な人材だと思うよ」
そう言って彼はくす、と笑った。つられてP子さんも口元をほころばせた。
「言いますね」
「それに、僕は基本的に甘いひとだから、尊敬できないようなひとの下じゃ、働けないんだ」
尊敬できない、嫌いなタイプの相手は、とことん利用してやろうと思ってしまう。P子さんにはあまり言いたくない、それは自分の一つの特性だった。
もしかしたら、それはある意味自分の「兄」と似た部分なのかもしれない、と彼は思う。自分は「兄」に自由に動かされることを嫌ったが、そもそも「兄」自体、そういう性質なのだろう。ただ「兄」は、そもそも人の下につく、ということは考えていなかったのだろう。生まれた時から跡継ぎだったのだから。
自分は、「兄」と違って妥協は効く。「兄」のような系統だった知識や才能は無いかもしれないが、もし一文無しで裏通りに放り出されたなら、生き残るのは自分だろう、と思っていた。
「それじゃあアナタ、ヒサカのとこだったら大丈夫な訳ですね?」
「あなたから聞く限りでは、ヒサカさんってひとは、僕かなり尊敬できるタイプだと思うよ。それに、あなたのバンドのひと達にも興味があるし」
「なら良かった。ヒサカにそう伝えておきましょう。決まったら、お店の方を辞めるってことでいいんですか?」
「やだなあ、P子さん知ってるでしょ、僕が別に、本当にそっち側の人間じゃあないってことは」
「それはそうですがね」
そうでなかったら、自分とそういうことにはならなかっただろう。P子さんは髪をかきあげる。
「でもいいひとばかりだった。あそこに居られたことはかなり感謝してるんだ」
「今まで、どんなところで働いて来たんですか?」
「あれ、言ったことなかった?」
「無かったですよ。ワタシも聞かなかったですが」
「いろいろ。でも僕、身元しっかりしてないから、やっぱり何かアルバイト程度にしかできなかったけど。名古屋にしばらく居た時には、うん、レストランの皿洗いから、オールナイトのコーヒーショップのウェイターもしたし、ちょっとだけホストクラブってのもあったけど」
「ホスト!」
似合わない、とP子さんは目を広げた。
「そう実際僕にもそれは合わなかったみたいで。何か駄目なんだよね」
「でも今は結構何かしてるじゃないですか」
「男性相手と女性相手じゃ違うでしょ」
「そういうもんですか?」
「そういうもん」
だいたい懐の量が違う。そんなクラブにやって来る女性達を見てると、半分までは確かに利用してやろう、という気にもなれるのだが、あと半分に対しては駄目なのだ。何か痛々しくて、見ていられなくなる。
男が女(もしくはそれに準じるもの)に貢ぐのと、女が男に貢ぐのは、似ているようで違う、と彼は思う。女性の方がリスクが多いのに、と。
何処かに女性を利用できる「客」として扱うことへの罪悪感があった。それに加え、彼の容姿は通う女性達の好みのタイプではなかったらしい。早々に彼は辞めていた。
「それで女装ですか?」
「うん。これだったらまあ、そんなに僕自身、罪悪感ないし」
そう、もしかしたら。
あまり考えたことはなかったが、母親の「父親」に対する位置をつい考えてしまっていたのかもしれない。「父親」は別に母親がどういう人だったか、彼に言ったことはなかった。だがそういう立場の女性だった可能性は高いのだ。
「まあ確かにアナタはその方が似合ってますがね」
「そうでしょ」
にっ、と彼は笑った。
「昔、つきあってた奴が、変な奴だったの」
「わざわざ女装させて?」
「そ。混乱しそうだよね。男だって判ってるのに、わざわざまた女装させて、それを脱がすとまた男だっていうあたりが興奮するんだってさ」
「確かに」
くす、とP子さんも笑った。
「でもあなたも、そういう僕の話聞いて、嫌じゃあない?」
「何でですか?」
不思議そうな顔で、彼女は問いかける。
「だってそんなことする相手って、男だよ、結局。僕別にどっちでもできるけど、別に好きかどうかっていうとそうでもなかったし」
「だってその時にはそれが必要だったんでしょう? だったら今のワタシがどうこう口を出すことでもなし。それを言うんだったら、ワタシだって結局、『女装した』アナタだから拾ったんであって、別にのべつまくなし親切心をまき散らしている訳ではなし」
「なーんだ。じゃあ結構心配して損した」
「心配してました?」
「多少」
DBは苦笑する。
「結構さ、僕を店なんかで見た目で判断するひと多いじゃない。そりゃあさ、店ではもちろんある程度、僕自身そう見せてる部分ってあるんだけど」
「そりゃあワタシだって、全くそういうところ無い訳じゃあないですしねえ。ステージのワタシと今ここに居るワタシではやっぱり違う訳だし」
「うん。で、僕は今ここに居るあなたがいい訳だし」
「まあそれは、ワタシも同じですねえ」
ふふ、とP子さんは笑った。
「僕には僕で、ここにやってくるまでに、色々あってさ。だからやっぱりそれなりに染まってきた部分ってあるじゃない。そういう部分があなたに知られたら嫌われるかなあ、って思ったりもしたんだけど。でもあなたにはその心配しなくていいんだよね」
「だってどういうことしてきたからって、してきたことは、アナタの言動に出てるんじゃないですか? ワタシはそれをひっくるめてアナタと一緒に居ると楽しいし気楽だし気持ちいいから」
「うん。あなたはそうだよね」
しかしそれでもまだ言えない自分がP子さんは不思議だった。




