10 DBの逃げ出したかったもの
「おはよーございますー」
「おはよ、彦野ちゃん。何か今日は遅かったね」
夢路ママはほんの少しの嫌み混じりで言う。無論悪意は無い。
「うーん、ママ、何か妙な人が、最近うろうろしてるって言うんだものお。何か怖くて、あたしあちこち見回しながら来ちゃった」
「変な人?」
ママはグラスを磨く手を止め、眉を寄せた。DBもまた、床にかけていたモップを止める。
「彦野さん見たの? その変な人って」
「うーん… あれを言うのかなあ?」
ちょん、と彦野さんは人差し指を頬に当て、首を傾げる。非常に可愛らしいポーズではある。
「別に何処がどうって言う訳じゃあないんだけど、…あるじゃない、こいつは何かただものじゃない、っての」
「ああそういうのは、感じるものだねえ」
テーブルをがたがたと動かしていたお葉さんもうなづく。
「格好は普通でも、何か態度に出るじゃないか。そういう感じだろ? 彦野ちゃん」
「そうそうそんな感じ」
「変な人…」
「何、DBちゃん、心当たりあるの?」
「…う、ううん、僕にある訳ないでしょ。ねえママ」
「ねえって言われてもねえ」
夢路ママは広い肩をほんの少しだけすくめた。
「…ああ、でもねえ、最近何か、あのひと来ないじゃない? 埴科さん」
「ああ… ごめんなさい」
お葉さんと彦野さんは顔を見合わせた。
「お客を減らしてしまうつもりは無かったんだけど…」
だけど、嫌だった。どうしても。DBはその言葉をかみ殺す。
「まあ仕方がないさね。どーしても嫌なタイプってのは誰にだってあるものさあ。だけどDBちゃん、あのひとそんなに嫌なタイプだったの?」
「おーや、たまきさんはタイプでした?」
「うるさいわねっ! だってねえ。結構金離れも良かったし、だいたいあれは絶対エリートサラリーマンの部類よ! そうそうきっと、そんな普段の生活の憂さを晴らしに来てるのよ、きっと家には上司の勧めで結婚した五つ六つ年下の奥さんと、可愛い盛りの子供が居てさあ」
「…やだあたまきさん、それって出来過ぎい」
あはははは、と彦野さんは笑った。つられてDBも笑う。確かに客としては上等の部類だ。ただそれは、「それ以上」を彼に望まなければ、だが。
「ま、仕方ないね。でもまあ今度は掴んだお客を離さなければいいさ」
「って言うより、DBちゃんは基本的に向いてないと思うけどな、あたしは」
お葉さんはぴし、っと言う。
「向いてないかなあ?」
DBはモップにもたれながら、やや苦笑混じりにお葉さんを見返す。
「向いてないね」
「あんたもまた、きっぱりと言うわねえ」
呆れたようにたまきさんは腰に手をやる。
「まあ確かにあたしから見てもそうは思うけどさ。確かにあんたは可愛いし、あんたを好きになる客もあるだろうけどさ。でもあんた自身が、客を好きになれないんじゃあね」
「いいじゃないの、ビジネスビジネス」
彦野さんは両手を広げる。
「でも彦野ちゃんあんたは基本的に男好きでしょ」
「まあね」
「この子は基本的にはそういうのが好きじゃないもの」
どき、と心臓が跳ねる。
「ふうん、あんた等にもそう見えてたかね」
夢路ママは目を大きく広げた。
「やーだー、ママ、あたし達をそう見くびってはいけないわあ」
「そうそう。あたし達だって伊達に何年も客商売してるんじゃないよ」
それはそうだ、と言われている本人も思う。確かに自分はそういう部分は好きではないのだ。だから自分が女装することに関しては抵抗が無いが、客の男が無理矢理その「男」的な部分を押しつけてくることには、どうにも嫌気が差すのだ。
「だからねえ、あんたはこういうとこに長居しない方がいいわよ」
「でもねえ、たまきちゃん、あたしももう何度も言ってるんだよ。だけど今は駄目、って言うばかりだからねえ」
「今は、か」
ふうん、と三人は納得したようにうなづいた。
「まあ人には人の事情ってものがあるからねえ」
たまきさんは軽く目を伏せ、ため息をついた。
「ごめんなさい」
「謝るようなことじゃないんだよ、DB。ただあんたが逃げてここに居るんだったら、逃げ続けるのか、そうはしないのか、いつかは決めなくちゃいけないってことだよ」
「逃げ続けて…」
逃げ続けて、逃げ続けることができるなら、それはそれで構わないとは思うが。
「ママは、ここでも必ず袋小路に入ると思う?」
「それはあんたが何から逃げているか、によるけどね。借金取りから、とかだったら、まあある程度は逃げおおせるかもね。まさかあんたみたいに普通の男の子が、いきなりこういう所に逃げ込むとは思わないだろうし」
「そうだね、それにあんた確か、出身は九州じゃないか?」
え、とDBはお葉さんの方を見る。
「これでもねえ、あたしは昔は各地から学生が集まるような大学で学んだんだよ。あんたの言葉の端々に、そっちの人間のアクセントが聞こえる」
ぱっ、と彼は口を押さえる。くくく、とそれを見てお葉さんは笑った。ママもくす、と笑う。
「…まあさすがに、九州からわざわざ借金取りは来ないだろうが… 家族とか、そういうものから逃げた場合は、そうもいかないかもね。あれ程しつこいものは無いとあたしも思うよ」
「ああそう言えばママ、最近トキちゃんどうしたの?」
思い出したように彦野さんは言う。
「…ああそう言えば最近静かだと思ったら。まああいつもいい加減受験生なんだから、勉強しろって言うんだよ」
「ママ口調!」
思わず低い声になってしまったママにたまきさんが突っ込む。おっと、と今度はママが口を押さえた。
あははは、とたまきさんは笑った。つられてDBも笑う。だが内心はそう平静ではなかった。
家族ほど、しつこいものはない。
その言葉が彼の中には重く響いた。
いい加減、追わないでくれ。
彼は内心つぶやく。
僕は何も要らないと言ったじゃないか。どうしてそれだけじゃいけないんだ。
全部あんた等にやる、と。何も要らない、と。
なのに。
「DBちゃん、そう言えば、今日の服可愛いじゃない」
はっ、と彼は顔を上げる。彦野さんがまじまじ、とこの間P子さんから買ってもらった服を見つめている。
「あ、似合う?」
「似合う似合う」
ぱちぱち、と彦野さんは大きな手を可愛らしく叩いた。
「うん、確かにあんたはシンプルな方が似合うね」
お葉さんは煙草に火をつけながら言う。DBはそれに対しては黙って笑っただけだった。
時間が来て、店が開く。できるだけにこやかな笑みをたたえながら、その反面、彼の中では、幾つもの考えが渦巻いていた。
まさかね。
彦野さんが言った「妙な人」が、自分に関係あるとは限らないのに。
それでいて、その可能性も否定できないのだ。
あのひとなら、そのくらいやってもおかしくはない。
*
生まれてからしばらく、自分には父親というものが無かった。
何年も、何年も、家という小さな空間には、自分と母親、そして母親の母親。その三人しか居なかった。
だけどいつの間にか、そのうち二人が消えてしまった。
まだ小さかった彼には、その理由は判らなかった。ただある朝気付いたら、誰もその部屋にはいなかったのだ。
記憶をたどれば、その部屋が、二間に台所しかない小さなアパートであることは判る。母親とその母親は、二人して働きながら自分を育ててくれたのだろう。
だがその二人がいきなり居なくなった。
本当に、いきなりだったのだ。
五月の、良い天気の朝だった。扉が開いていた。風が吹き込んだので、目を覚ました。
置き手紙も無い。小さな白い座卓の上は空っぽだった。横にポットがあった。流しに、洗ったばかりのコップがあった。彼は冷蔵庫を開けて、牛乳のパックを自分で開けた。勢いが良すぎて、座卓の上にこぼれてしまった。どうしたらいいのかすぐには判らなくて、彼は泣いた。誰もそこにはいないことを思い出して、泣いた。
泣いていたら、隣のおばさんがやってきて、どうしたのと声を掛けた。わからないと言ったら、困った顔をして、とにかく座卓を拭いてくれた。彼女にもどうすることもできなかったらしい。警察に連絡しておく、と言っただけで、彼女はその後まるで顔を見せなかった。
そして三日ほど、彼はその部屋の中でただ待っていた。外に出てるうちに二人が戻ってきたらどうしよう、と思ったので出られなかった。
誰も食事を出してくれる訳じゃない。冷蔵庫の中にあったものに手当たり次第に食いついた。冷凍してあったパンばしゃりしゃりとしてあまり美味しくなかった。
TVをつけると、大人達が訳の分からない言葉を延々ぶつけあっていた。聞いているうちに眠くなったので、眠った。
扉を開けたまま、広げたままの布団に潜り込んで、寝た。
そんな日々が三日ばかり続いた。冷蔵庫の中身は、どうしても青臭くて食べられないきゅうりや、そのまま食べるのは無理な漬け物や、母親が時々呑んでいたビールと言ったものしか無くなった。
だからと言ってどうすることもできない。ぼんやりと、困ったなあ、と思い出した頃だった。
不思議と、母親やその母親を思って悲しくなることはなくなった。彼女達は居なくなったのだ、ということは、彼の中でひどく当然のことのように思われたのだ。
そんな時に、一人の男がやってきた。
男、というよりは、まだ学生だったかもしれない。
何やらメモを持って、扉を開けた男は、「ふうん」と彼を見て声を立てた。
そして彼に言った。
来いよ。お前は捨てられたんだ。
彼はうなづいた。捨てられた、という言葉の意味は上手く理解できなかったけど、相手が来い、というから手を出した。
連れて行かれたのは、それまで住んでいた部屋の何十倍の広さもある家だった。ここには沢山の人が住んでいるのだろう、と彼は思った。
だがそうではなかった。
そこに住んでいたのは、彼の「父親」だった。そしてその「父親」の家族だった。
彼を連れてきたのは、どうやら「兄」らしかった。
連れに来た時、自分で車を運転していたから既に大学生だったのだろう。背が高く、神経質そうな目は、いつもやや細められていた。
彼はそこで、暮らすことになった。
「父親」と名乗る人は、どちらかというと、母親よりは母親の母親に近い歳に見えた。実際そうだったのだろう。
「父親」の家族はそう多くはなかった。
妻は既に亡くなったのか別れたのか、そこには居なかった。代わりに家を仕切っていたのは、「父親」の姉だというひとだった。既にずいぶんな年齢だった「父親」よりさらに年上のそのひとは、最初に自分の前に座った彼を見た時、ああそう、とひとこと、軽く言っただけだった。
彼には、その家の敷地内の、小さな離れが与えられ、そこで全ての生活を送った。
小さいとは言っても、小振りな一戸建てくらいはある。無論風呂や台所といった設備も整っていた。子供が一人で住むには広すぎる程だった。
食事や身の回りの世話をする通いの女性が一応つけられたが、小学校を卒業するあたりから来なくなった。もう大きいのだから必要ないだろう、というのが「兄」の言葉だった。「父親の姉」は何も言わなかった。
既にその頃には自分で何でもする習慣がついていたので困らなくはなっていた。目覚ましで一人で起き、身支度を整え、食事も、気が付いたら、自分で何かと作るようになっていた。
一度、中学のクラスメートに、買い物をして帰る所を見つかったことがある。彼女は言った。お金持ちのくせに、変なの。
悪気は無かったのだろう。確かに客観的に見れば、彼の家は「お金持ち」だった。
その家の持つ敷地面積も、何台も待機している車も、何か行事があると集められる人の数も、それは「お金持ち」のものだった。
ただ彼にはその意識はなかった。彼はあくまで、もらった生活費で自分を生かすことだけを考えていただけなのだ。くれるというものならもろおう、と思った。それ以外にどうやって生きていけばいいのか、中学時代の彼には想像がつかなかった。一応向こうが「父親」と言い、「兄」を名乗るなら。
ただ「父親」はその離れに時々来た。それが二週間に一回、程度のことであっても、「時々」だった。
大柄のそのひとが、「父親」と言われても、ぴんと来なかった。「兄」とも似ていない、と思った。
そのひとは、来ると必ずこの二つのことは言った。勉強はしているか。生活費は足りてるか。
大丈夫、とどちらにともつかない答えを返すと、そうか、と短く答えてそのひとは笑った。
勉強はしておいた方がいい、というのがそのひとの口癖だった。
だけどしすぎても仕方がない、というのもそうだった。
何故そう言うのか判らなかった。いずれにせよ、強烈に勉強が好きという訳でもなかった彼は、上の学校に進学できる程度にふわふわと勉強はこなしていた。
世話してくれるひとが必要ではないか、と聞かれた時には少し困った。外してしまったのはこのひとではないか、と思っていたからだった。
だがそうではないらしい。その時彼はぴんと来た。だがそれをそのまま「父親」に言うのはためらわれた。代わりにお茶を入れて出した。すると「父親」は言った。お前はあれと一緒でそういうことは上手だな。
そしてくしゃ、と髪に指を差し入れてかき回した。
だがそれ以来、彼は自分の周囲を警戒するようになった。「父親」の知らない所で自分のことは決められている。
誰に。
「父親の姉」か「兄」のどちらかしかない。
…だが「父親の姉」が自分に向けるのは、あくまで「無関心」だ。彼女は彼に対し、その存在を時々認めたくないかのように無視する。彼もまた、彼女はそういうものだ、ということでいつの間にか治まりがついてしまった。
では。
「兄」は、彼がこの家に来た時、既に大学生だった。車に乗って彼を迎えに来た。
お前は捨てられたんだ。
そういうことを、平気で言うひとだった。
彼が中学生になった時には、当の昔に「兄」は社会人だった。それも、おそらくはエリートコースの。
「兄」も時々彼の離れにやってきた。ただ、それは「父親」の訪れのように、ぶっきらぼうだが何処か暖かさがあるものとは違っていた。
趣味の良さを少しばかり自分で抑えたようなスーツをまとい、薄い眼鏡の下の目が自分の部屋を、台所を一瞥する時の視線は、まるで何かの検査官のようだった。
彼はその視線が嫌いだった。だがそれを口に出したことは無い。
嫌い、というより、怖かったのかもしれない。
別段「兄」は彼の部屋にあるものが何であれ、口出ししたことはない。ただそれが気に入らないものであった場合、微かに目が細められ、口の端が下がる。
はじめはただのクセかと思っていたが、「兄」が見てその様な表情をするものには傾向があった。
たとえば机の上に広げられた風景の写真集、たとえば窓の桟に無造作に置かれたガラス細工。彼が好きな「綺麗なもの」に「兄」が目を留める時、必ずと言っていいほど、その視線があった。
「兄」の評判は、彼の通う中学校の教師達からもよく耳にした。誰のことだろう、と他人事のように彼は聞き流した。そこに現れるのは、何処の誰だろう、と思われるほど良く出来た生徒の姿だった。文武両道、という言葉が良く似合う。なるほど自分はそれには当てはまらない。彼はそのたび、くす、と後で笑うのだ。
「兄」が彼に口出しするのはほんの時折だった。たとえば、彼の高校受験の時。行こうとしていた県立の共学校ではなく、私立の男子校を「兄」は強く勧めた。
結果として、彼の成績がその「兄」の希望する――― 実は「兄」の通った学校だった――― に届かない、ということで、彼は自分の意志の通りに進学した訳だが。
だが。
嫌な感じ、は受けていた。
普段、会話らしい会話はない。だがそんな要所要所で口を出してくる。そしてその方向が、何となく、彼にも読めはじめていたのだ。
意図は読めない。それでも、「兄」が、自分と同じコースを彼に歩ませようとしていたのは確実だった。
何か、嫌だった。
何が、と口に出してはっきりと抵抗できるほど、形のあるものではない。ただ何となく、「嫌」だったのだ。
そしてその「何となく」「嫌」は、理屈づけてひっくり返すことができるものではないだけに、彼の中では強烈だった。
理由は何処かにあるのかもしれない。ただ彼の中ではまだ、それは言葉にできないだけで。
端から見れば、それは良いコースなのかもしれない。エリートコース。「兄」はおそらく「父親」の会社で、次代を担う優秀な人材、として働いているのだろう。
「父親」が何をしているのか、当初は曖昧だった。ただ「お金持ち」というイメージだけがあったのだが、その意味は歳を追うごとに理解できるようになっていった。
彼の住むそのあたりで、幾つもの企業を抱える社主。その割りにはこぢんまりとしている、とある客のつぶやきをたまたま庭を歩いていた彼は聞いたことがある。これで小さいのか、と彼は驚いた。
彼の離れと本宅の間には結構な距離がある。だから彼は本宅の雰囲気とは無縁に一人、せいせいした気持ちでのびのびと暮らすことができたのだ。
高校生になった彼はそこが、その家の昔の当主が妾に住まわせていた場所ということに気付いた。彼は「なるほど」と思った。
その頃には既に自分がどういう立場なのか、彼も良く知っていた。母親は、時代が時代なら、そこに住まわされる者だったのだ。
おそらく、「兄」は「兄」なりに、血のつながった弟を自分の配下として生かそう、と思ったのかもしれない。それは好悪の情とは別の次元なのかもしれない。
しれないしれないしれない… 憶測だ。
ただ。
その「兄」の行動を感じるにつけ、彼は自分の手足に枷がはまって行くように ―――感じられたのだ。
見えない鎖が、絡み付くような気がしたのだ。
確かにここに連れて来られたことで、生きてこられた。
だがそれは、誰の意志だ?
彼は時々自分に問いかける。「父親」だろうか。「兄」だろうか。
そしてその問いの答えを聞かぬままに、「父親」が亡くなってしまった。
世界はいきなり慌ただしく、めまぐるしくなった。
ただ彼自身は、その渦の中心で、どうすることもできず、ただじっとうずくまっていた、という印象があった。
実際、どうしていいのか、判らなかった。まだその時彼は高校も卒業前だったし、その学校でも、決して優等生ではなかったのだ。
何か一つ秀でたものがあればともかく、多数の生徒の中に、それこそ埋没してしまう、そんな一人の目立たない生徒に過ぎなかった。成績も、クラブ活動も、容姿も、人気も。
ただ、学園祭では、時々奇妙に人気があった。「男」として目立つことのない彼だったが、そんなお祭りの時には担ぎ出されて、「女生徒」として人気が出るのだ。
そして無論、そのことを知った「兄」は目を細め、その時には露骨に口を歪めた。そしてこう付け加えた。
「…下らん!」
何も好きでやっていた訳ではないので、彼はそれに反論する言葉も持たなかった。
無い無い無い無い… 無いづくめだった。
そして「父親」の跡を継ぐことを正式に発表した「兄」は、その片腕として、「弟」の自分をやがて引っぱり出すことを一族の前で約束した。
ちょっと待って、と彼は思わず身体を乗り出した。決定だ、と「兄」は目で彼を制した。
反論はできなかった。反論するだけの理由も彼には見つからなかった。
ただ、「嫌」だった。
その理由がやはり見つからない。周囲も渋りながらも、妾腹の子がその位置につくことは良くあることだ、と認めようとしていた。
それでもその感情は、何よりも強烈だった。
強烈で、抑えようが無かった。




