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2015年/短編まとめ

北海道の冬は早い

作者: 文崎 美生

「え、もう雪降ったの?」


電話越しの会話に、何となくカーテンを開けてみた。

夜の闇が覆う窓の外の景色だけれど、外に一歩出てみたら凍てつくような寒さに、ツルッツルな道路と白い息なんて、冬真っ盛りと感じるだろう。

しかし今現在十一月後半。

この時期にそんな風に雪が降るのは、北国だから以外の何ものでもない。


「降りましたよ。そりゃあ、もう」


今はもう二十一時を回っているけれど、雪は今朝から降っていてほぼ一日中降っていたような気がする。

そのせいで朝は起きるのが億劫だったし、外は寒いし歩きにくいしで、散々だった。


昼間には暖かくなるから、積もった雪も水っぽくなってぐっちゃぐっちゃになるのだけれど、これがまた歩きにくかったりもする。

ブーツを出しておいて良かった。

友人なんてローファーで学校に来て、滑るわ濡れるわで見ていて可哀想だったし。


「根雪になるかは、分かりませんけどね」


「はあぁ、雪だるまとか作んの?」


カーテンを開けっ放しにして、ベッドに腰を下ろすと、スプリングが僅かに軋む。

それと重なるようにノイズ混じりの彼の声。

ほぼ反射的に眉を寄せたけれど、電話越しの彼が気付くことはないだろう。


だけれど、私は答えを勿体ぶるように、机の上に置いたマグカップを引き寄せる。

彼と色違いで買った白いマグカップは、今日降っていた雪みたいだと思う。

片割れのマグカップは海を渡った先にあって、同じ日本って国なのにちょっと理不尽だなぁ、と感じたり感じなかったり。


「どう考えても、そんなことしてる場合じゃないでしょうに……」


溜息混じりに吐き出した言葉に、楽しそうな笑い声が耳元で響く。

マグカップ片手に、私はそれに息を吹きかける。

ゆらゆらと立ち上っていた湯気は、私の息によって吹きかけた方向へと流れて行く。


十一月後半で、私達は高校三年生。

実はもう直ぐ期末テストがやって来て、それが終わって少ししたら冬休みだったりする。

私と彼では冬休みの期間は全く違うけれど、テストが近かったり冬休みが来たりって言うのは同じだ。

そうして同時に、受験生ってことも同じ。


そんな時期に雪遊びをしている暇があると言うのか。

いや、そもそも高校生にもなって高校生にもなって雪遊びってするんだろうか。

少なくとも生まれも育ちも雪国な私からすると、雪なんて珍しいものじゃない。

今更感が否めない。


「えぇ?俺、アレやりたい。アレ」


「アレ?」


「うん。ほら、韓国ドラマだっけかにあった、お互いの雪だるまにちゅーさせるやつ」


だいぶ古い作品を持ち出して来たけれど、すぐに分かってしまう私も私だろうな。

それでも本気なのか冗談なのか分からない彼の言葉に、乾いた笑い声を漏らしながら、気温が下がったように感じていた。


正直ないなぁ、とは思う。

古いし、乙女過ぎるし、何よりも痛い。

私の引いている空気が感じ取れたのは、彼は電話口でケタケタと笑って、冗談冗談、と言った。

彼の場合、本気と冗談が分からないので困る。


「本気でやりたいなら、考えるけど……」


私の言葉に、電話から聞こえる笑い声が大きくなって、自然と耳から携帯を離す。

ノイズ混じりの笑い声は、電話だから感じる違和感であって、多分会って話していたら心地良く感じるものだろう。


軽くため息を吐き出して、マグカップの中身を飲む。

砂糖を入れ過ぎたらしいホットミルクは、いつもよりも甘くて喉に絡み付く。

白い雪に、白いマグカップ、白い湯気と白い飲み物、冬だなぁ、雪だなぁ。


「それよりも、俺は普通に雪道を手ぇ繋いで歩きてぇなぁ……」


「うわぁ、キザぁぁぁ」


飲んでいたホットミルクを吹き出しそうになる。

小さく噎せながら言えば、ひでぇ、なんて笑い声混じりに返ってきて、そんなこと欠片も思ってないくせに、なんて言ってしまう。


雪がほとんど降らない、積もらない土地で生活し続ける彼にとって、やっぱり雪は物珍しいのだろうか。

四季の中でも、冬が一番動きにくいから、こっちに来るのは億劫だ。

電車も止まるし、事故は増えるし、飛行機も離陸出来ないし。


来るのか自体微妙じゃないか、と考えていると「行くよ」とノイズと一緒に掛けられた言葉。

ふと視線を上げたけれど、私の望む姿はなく、見慣れた自室の風景がある。

自信満々な意地の悪い笑みを浮かべる彼が、すぐ傍にいるような気がしたのだ。


いつだって自信過剰なくらいに、自信を持って自分を持っている彼は、私よりも一枚も二枚も上手。

いつまで経っても勝てない。

歯噛みをする日々だ。


「来るなら、前もって連絡して下さいね」


どうしても勝てないから、可愛くない言葉で応戦してみるけれど、それすらもきっと彼の予測範囲内で、楽しそうに喉を鳴らしながら「了解了解」なんて、適当な返事を返してくる。

ちゃんと聞いてるんですか、という小言を飲み込んでベッドから立ち上がって窓の外を見た。


触れられる距離に彼がいないのが、酷くもどかしい時がある。

例えば、彼が嫌に饒舌な時なんかは、何かあった時だから、傍にいられないことがもどかしい。

友達の惚気を聞いた時も然り。


今も少しもどかしい、なんて。

そんなことをぼんやりと考えながら、カーテンに手を掛けたところで動きが止まる。

彼の「あれ?どうした?」という声に、雪、と単語で返す私。

ほぼ無意識だった。


「え?降ってんの?今?」


「……うん。また降ってきた」


夜の闇の中で小さな粒なのに、やけに目立つ白。

明日は少し早く家を出ないと、学校に着くのが遅くなりそうだ。

冬の道のりは車も人も辛い。

早く出る分、早く起きないと。


しんしんと降る雪を見ながら、あしたも寒いんだろうなぁ、と身構えてしまう。

いくら雪国出身で、雪国で生活しているからと言っても、普通に寒さには弱い。

普通の人間だもの。


「今日も暖かくして寝ろよ?」


シャッ、と音を立ててカーテンを閉めると、電話越しに心配するような声。

私は口元を緩ませながら返事をする。

その返事に満足した彼が、またな、と告げて通話を切った後も、私は携帯片手に瞼の裏に残る雪を感じていた。


瞼の裏に一緒に浮かんだのは、彼と手を繋いで歩く私の姿だったのは、私だけが知っていること。

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