75 海の底からの使者 -その4-
「ぬぉぉぉっ! スグル殿よ! そのお方はまさに海の女神、マーメイドではござらんか!」
「お兄様を誑かす魚類め、三枚に下ろして刺身盛り合わせにしてくれる」
アンナがマレイナに攻撃をしようとし、ハンゾウがアンナを羽交い絞めにしてそれを防ぐ。まぁ、ハンゾウはわかっていないかもしれないが、アンナはハンゾウに羽交い絞めされようとして攻撃しようとしたな。かなり幸せそうな顔をしている。でも、ハンゾウがアンナを羽交い絞めしなければ、本気でマレイナを攻撃していたかもしれない。
「じゃ、人魚島に行くか」
「はい……じゃなくてあの、今のは見なかったことになさるおつもりですか?」
マレイナが心配そうに尋ねると、
「ん? いや、いつものことだから、いちいちツッコンでいたら疲れるだけだし。マレイナは海から行くんだよな? 俺達は歩いて行くから、向こうで合流でいいか?」
「あ、いえ、今は潮が満ちていますから、人魚島へ行くことができません。定期船もありませんから、明日のお昼に人魚島に渡る海岸へいらしてください」
「いやいや、移動手段は何種類か用意しているから大丈夫だ。人魚島に向かってくれ」
その移動手段が何かは伝えずにおく。
「わかりました。それでは、先に人魚島に渡っています」
マレイナはそう言うと、器用に尾っぽで跳ねながら前に進んでいった。そのまま港から海に飛び込んで人魚島へ行くのだろう。
「ねぇ、スグル! どんな船を用意してるの?」
マリンが目を輝かせて俺にそう尋ねた。
「ん? なんのことだ?」
「言ったじゃない、移動手段は用意してるって。船で行くんでしょ?」
「私も船に乗るのははじめてなので楽しみです」
ハヅキちゃんも楽しみといった感じで言った。
「あぁ、そのことか。とりあえず、行こうぜ。海岸までの馬車はピアンに用意してもらったから」
まだ開発前に人魚島には乗合馬車が運航していない。
だが、ピアンは周辺の視察の際には従者の者を必ず連れて出歩くので、必然と馬車での移動になり、自前のものを持っている。
とりあえず、今から人魚島に向かい、三日後に迎えに来てもらうことになっていた。
乗合馬車の発着駅に行き、ピアンから預かった書状を見せると、すぐに馬車を手配してくれた。
それに乗り、海岸沿いの道を南下すること三時間。
「あれが人魚島か」
一キロメートルほど離れた場所に見える島がそうなのだろう。
小さな島で、一番の高台には大きな建物が見える。おそらく、あそこが宿舎に使う予定の建物なのだろう。あのくらいの高さがあれば、大きな津波が来ても平気そうだな。
「ねぇ、スグル、船は? 見当たらないけど、まだ来てないの?」
「船なんてないって。歩いて行くんだよ、歩いて」
「歩いて!? 無理に決まってるじゃない! 道は海の底よ!」
「だから、考えはあるって。三つくらい。一番楽で、一番実現ができそうにない手段として、マリンが契約したウィンディーの力で海を真っ二つに割るとかできないか?」
ウィンディーは、マリンが契約している水の大精霊だ。海といえば水、水といえば水の大精霊と、まぁ、誰でも思い浮かぶ考えだった。
「無理よ。ウィンディーは疲れてるから、あまり力を使えないの。下手に使っちゃったらまた暴走するし」
「だよな。ならば、マリンの氷魔法で海を凍らせて、その上を歩くっていう手段がある」
「あぁ、それなら可能ね」
マリンは納得するように言った。
本来、海の水は湖の水よりも凍りにくいそうなのだが、魔術に関しては天才のマリンなら余裕だろう。
「じゃあ、それは三つ目の案が断られた時の方法で、三つ目は――俺をハンゾウが、マリンをアンナが負ぶって、海の上を走ってもらうっていうのが一番手っ取り早いと思うんだ」
普通なら、何言ってるんだ、こいつ? って思うだろうが、
「あぁ、それなら簡単ね」
とマリン。
「簡単ですね」
とハヅキちゃん。
「余裕でござるな」
とハンゾウ。
「お兄様以外を背負うのは嫌よ」
とアンナ……アンナは相変わらず俺の言うことを聞いてくれない。
「そっか。アンナが無理なら、今日は四人でここで野宿か。マレイナが言うには、俺達が泊まる部屋は二人部屋が二つ。本来なら男女で別れるところだが、まぁ、俺とマリンとハヅキちゃんは同じ家で住んでいるし、ふたりも兄妹だから問題ないだろ。はじめてのホテルだからといって何か問題が起きる可能性はゼロじゃないけど」
「マリン、私の背に乗って! 行くわよ!」
はい、アンナ篭絡完了。
ということで、ハンゾウとアンナは俺達を背負い、「右足が沈む前に左足を前に出せば海の上を走られるんじゃね?」という理論をその身で体現してくれた。




