74 海の底からの使者 -その3-
人魚と言えば、上着は貝殻ビキニだけというイメージだが、彼女はきっちりシャツとスーツを纏っていた。
「人魚族!? はじめて見た! うわぁ、本当に魚なんだ。綺麗ね」
桃色の魚の尾を持つ二十歳手前の女性の出現に最も興奮したのはマリンだった。俺はそのマリンの頭を大きくひっ叩く。
「もう、何するのよ、スグル! 全然痛くないけど」
それは痛くないだろう。俺の攻撃がマリンに通じるのなら、頭を殴るなんてことはしない。バカでもマリンは一応は女の子だからな。その代わり、俺の手はじんじんして痛いけど。
「お前、お客様に対して失礼なことを言うな。申し訳ありません、マレイナさん。うちのバカが失礼なことを」
「いえ、お構いなく。彼女は我々人魚族に好意を持っているのでむしろ嬉しいくらいです」
「そうよ。私は昔から人魚に憧れていたのよ」
お前、昔の記憶はないだろ。とか普段なら揚げ足を取るのだが、マレイナの機嫌がいいのでわざわざツッコムことはしない。
「それで、俺に頼みたいこととは? 村おこしと聞きましたが」
「はい、私達人魚族は日々、魚や貝などを獲ってそれをこの町に卸し、代わりに野菜や果物などを買って生活しています」
「野菜や果物を?」
「はい。野菜や果物を食べないと病気になるというのは長年の経験で明らかになっていますから。海草だけだと料理のレパートリーが偏りますので」
……あぁ、そうか。
そうだよね、人魚だって見た目はほとんど人間なんだ。料理はするし果物だって食べたいよな。
むしろ、生魚を頭から食べたり、海草にしゃぶりついている姿を見るほうが幻滅か。
「ですが、近年、人族の方々の漁の技術の発展により、魚の値段が下がり、人魚族の収入が激減してしまったのです。そのため、私達人魚族の島のひとつ、人魚島を観光地化しようと思ったのですが私達にはそのようなノウハウが何もなく、村おこしのスペシャリストであるスグル様の力をお借りしようと思った次第であります」
「ちなみに、彼女の人魚島は未だに知っている者は少ないです。西大陸の加盟都市ではありませんが、今後は加盟を検討しています。もっとも文化の違いなどもありますから納税などは猶予期間を設けるつもりです」
「ちなみに、人魚島の場所はどこにあるんですか?」
あまり遠いと俺も行っていられないからな。ここでアドバイスを言って終わりになる。
「人魚島はこの国から馬で三時間の海岸沿いに、干潮の時のみ現れる砂の道を十分歩いたところにあります。広さ的にはこの国と同じ広さの島になります」
意外と近かった。
「ふたつほど条件があるんだが、いいか?」
「なんでしょうか?」
「観光地化が成功した場合、オセオン村とコラボで宣伝させてほしい。あっちの村とも深い付き合いだからな。例えば、人魚島から馬車でミーシピア港国に戻った場合、そこからオセオン村方面に行く人には馬車代を値引きするなどをしてほしい」
オセオン村も今は借金まみれだ。ここで見離すことなんてできるはずはない。
「それは乗合馬車ギルドに言ってみないと」
「可能なはずですよね? 例えばミーシピア港国の役所から補助金を出すと言ったら、向こうも頷くだろ。人魚島の観光地化で喜ぶのはピアンさん、貴方もですよね? 人魚島が観光地化してもそこに訪れる全てのひとを受け入れる容量があるとは思えません。島の面積とこの国の面積が同じと聞きましたが、島の開発具合に関しては触れてませんよね? 宿の数もそれほどないんじゃないですか? それなら、人魚島で遊んだ観光客が宿泊先に選ぶのはこの国になりますよね。そうなったらこの国の飲食店も儲けが出るでしょう。なにもその宿泊客を奪おうとは思っていません。日中人魚島で遊んでからなら、その日の夜にオセオン村に戻るのは不可能ですからね。ただ、ミーシピア港国からオセオン村に向かってもらえたら、そのままマジルカ村を通る人も多くなるので俺としては助かるんですよ。逆にオセオン村で遊んだ人がそのまま人魚島に行くときも割引きしてもらえたらいいじゃないですか。噂によると、観光地化を計画しているのは人魚島だけじゃないんですよね? どこかの誰かが銀行なる機関を立ち上げ、土地開発が進んでいるそうで。その波に乗り遅れたらいろいろとマズイですよね」
「……わかりました。乗合馬車の方はなんとかしてみましょう。ただし、人魚島の観光地化の方はお任せしてよろしいでしょうか?」
「任せてください。幸い、アイデアはいろいろとありますから」
そう。俺は幸か不幸か、村を発展させるためのアイデアを一日中考えている。その中には、ここが海ならできるのに、というアイデアもあったのでそれらを使わせてもらおう。
名付けて、人魚島マリンスポーツの聖地化大作戦だ!




