64 最強にして最弱にして最強の魔物狩り -その1 -
最強にして最弱。
最弱にして最強。
そう言われる魔物がいたそうだ。
かつて一つの国の中に現れたそれは、瞬く間にすべての人類を食らいつくし、一晩でその都市は消滅したという。
その都市は、軍事国家だった。多くの傭兵が在籍し、多くの兵もいて、多くの武器もあったはずなのに。
さて、その魔物がどうして最強にして最弱というのか?
古い伝承にそう記されているが、その理由は誰にもわからない。
ただ、一説によると、魔物は人間を食べると300年もの間眠るのだという。
国が滅びたというのは300年も前のことだという。
つまり、今年、伝承が事実なら、その魔物は生き返る。
※※※
「へぇ……そんな魔物がいたのか」
仕事中……といっても、今日は珍しく仕事があまりなかった。
雑談しながらこなせる分量だ。
そのため、パスカルに何か面白い話がないかと尋ねたところ、さっきの話を教えてもらった。
それにしても凄いな、国を亡ぼす魔物って。
「国家が滅んだことは確かです。ですが、300年眠る、300年後の今年生き返る、というのはデマではないかと言われています」
まぁ、そうだよな。
俺が生まれる前にはノストラダムスの予言などで世界が騒がれたらしいし、そういう滅亡説というのは誰もが求めるものなのかもしれない。
「ちなみに、その国があった場所というのが実は村長の見つけた教会の場所らしいんです」
「……あの迷宮のある教会か」
ラキアと
古い建物だとは思っていたが、300年前の教会だったのか。
むしろよく残っていた、というべきか。
「でも、そんな魔物が来ても、うちの村なら――」
頭の中には、エロ忍者、兄信者のくノ一、勇者巫女の三人の姿が浮かんだ。
ついでに、自称最強の大魔法使いに大精霊、ドラゴンレンジャーズの冒険者もいる。
北の谷の飛竜も頼めばすぐに来てくれるし、レプラコーンのラコの戦力もバカにならない。
正直、世界を敵に回しても生きていけるんじゃないか? という感じだ。
「大丈夫ですわね」
「ああ、エロ忍者一人でも平気な――」
首筋に冷たいものが当たり、俺は続きを言えない。
ゆっくりと視線を下ろすと、そこには黒光りしているクナイが――
「お兄様の悪口を言うなら殺すぞ」
ア、アンナさん、あんた何してるんですか!
てかさっきから俺の首の皮切れてるんですけど。
「違う違う、エロ忍者ってのは悪口じゃなくハンゾウ……さんのニックネームみたいなもんなんだよ。彼もそう呼ぶように仰って」
「急に役場に入って何をしているでござるか」
おぉ、助かった。ハンゾウが入ってきた。さすがにハンゾウの前で殺すなんてことは――
「お兄様、ただいま害虫を駆除しているところです。しばらくお待ちください」
全然助かってねぇぇっ! 駆除されるの? 害虫みたいに叩き潰されるの?
「アンナ、前にも言ったが、スグル殿は村にはなくてはならぬ存在。殺してはならぬ」
「は、お兄様の命令とあらば」
ようやく俺の首元から危ない物が消え失せた。
本当に死ぬかと思った。
ていうか、アンナがこの村に来てから、俺、何度死にそうになったんだっけ?
確か、手首を切り落とされたことがあったな。
女湯を覗こうとしているハンゾウの頭を叩いたときだ。
覗かれる側のアンナが怒って、俺の手首を切り落としやがった。
マリンに治療してもらって大事には至らなかったけど。
ていうか、アンナ、絶対マリンがいることを知って手首を切ったよな。
前に、俺の焼け落ちた腕をマリンに治療してもらったことを話したら、あいつ、「それはいいことを聞いた」って言ってたし。
本来なら犯罪者として村から追放したいんだけど、復讐が怖いんだもん。
あの事件のせいで、返り血の清掃のため一週間公衆浴場が使えなくなったのも困ったもんだ。
「そうだ、アンナに村からの依頼がある。受けてくれ」
「依頼ですか」
俺の渡した依頼書を見て、アンナはため息をつく。
依頼内容は魔物の探索及び討伐、ドロップアイテムの調達。
はぐれタートルが落とす、隠れた甲羅。それが薬の材料になるらしい。
「他の人にまわせば?」
「そう言わないでくれ。お前が一番適任だ」
はぐれタートルは生息数が少ないうえ、保護色になり見つけるのが難しい。
なにより、とても固くて普通の攻撃が通じない。
そのため、魔物を発見する索敵能力と甲羅の固さなんて気にしないほどの攻撃力のある人間。
そんな人物は限られる。
「やってくれ」
「……わかったわ。じゃあ行ってくる」
アンナはそう言って消えるように去った。
ハンゾウも「では拙者はこれで」と言って去り、再び俺とパスカルが残された。
「村長、よく普通にアンナさんと話せますね」
「ん? あぁ、まぁ、兄好きが度を越してるが、悪いやつじゃないしな」
「手首を切り落とされたり、首にナイフを突きつけられた相手を悪い人じゃないと言えるのは村長くらいですわよ」
パスカルが嘆息を漏らした。
そんなこと言ったら、俺はマリンと何回決闘しないといけないか。
あいつのせいで俺も何度も(過労で)死にそうな目に遭っている。
それと同じだけ、マリンには助けられているが。
「まぁ、アンナが本気で俺を殺そうとするのなら、俺は何をしても死んでるよ」
「ですわね」
パスカルが納得して頷いた。
いやいや、パスカルさん、そこは少しはフォローしてくださらないかね。
「それにしても、ラキアもカリナも強くなったし、そろそろ見習いの称号を解除してもいいかもな」
「ですわね。ラキアくんの卵には当商会も助かっております」
「オセオン村のほうでも温泉卵はいい具合にできているようだしな。まだまだ温泉街は建設中だけど、それでもどこからか聞きつけた観光客であっちもにぎわってるみたいだ」
「それはよかったですわね」
ああ、おかげで、マジルカ村も乗り継ぎの間だけとはいえ訪れる人間が増えている。
このペースだと、本当にオセオン村がオセオン町になるかもしれないな。
「ん? パスカル、この計算間違えてないか?」
「え? どれですか?」
そんなことを話しながら、一日が過ぎていく。
本当に平和な日。
仕事も少なめで定時には帰れる平和な日。
そのはずだった。
その日の夕方、瀕死の大怪我を負ったラキアを含めたドラゴンレンジャーズが帰ってきたことでその平和は露と消えた。
しかも……その中には軽いながらも怪我を負ったミコトの姿があった。




