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59 鮮血に染まる村おこし -その9-

「貸し出す?」

 その言葉の意味を、ミラルカは慎重に、吟味するように尋ねた。

 そもそも、そんな大金を、ジークス一人の一存で提供できるものではない。

 彼は、確約はできないと言っているからな、訝しむ気持ちもわかる。

「読んでいただけたようですね、俺の計画書」

「あぁ、あのバカげた計画書は読ませてもらった。実にくだらない」

「三日徹夜で考えたんだぞ」

「それで細部が荒いのか。くだらないが、私が直せばまともなものになるだろう」

 ジークスは書類を俺に投げつける。

 だが、その書類には、万年筆でいろいろと書かれていた。

 俺はそれをパラパラと見て、話の内容がわかっていないミラルカに渡した。

「この、大陸銀行案とやらは」

 銀行。金の貸し借りをする施設。

 俺にとっては馴染みのある施設だが、意外なことに、この世界には銀行は存在しない。

 ましてや、世界銀行のような国に金を貸し出すような組織などない。

 そこで、国債ならぬ都市債を発行させる。

 そして、それを金の有り余っている商人達に買わせる。

 投資ビジネスの始まりだ。

 必要なのは都市債を発行してから、それを商人に買わせるまでの間の資金のみ。

(もしもそういう組織が存在したら便利だと思うことが多々あったからな)

 大陸銀行を作る側のメリットは主に三つ。

 一つは、手数料などの収入。だが、そんなのは微々たるものだ。

 とはいえ、試算しただけでも、マジルカ村の去年度の予算くらいはあるんだけどな。

「しかし、この格付け案は面白い」

 ジークスは笑いながら言った。

 格付け。

 つまりは、都市を評価し、都市債の利息を決める。

 都市の価値が高いほど利息は低くなり、都市の価値が低いほど利息が高くなる。

 当たり前だ、都市がもしも借金返済能力が無くなれば、都市債はただの紙屑になってしまう。

 ただ、この格付けに明確な基準はない。

 つまり、全ては大陸銀行のトップ……総帥のさじ加減で決まる。

 ならば、格付けされる側の都市はどうするか?

 決まっている、自分たちを高く評価してもらうために、すり寄っていく。

 大陸銀行に嫌われたら、格付けは低く評価されるからだ。

 そうなれば、大陸銀行を設置することになるであろうジークスの国の、都市同盟における発言権は大きくなる。

 領主会議でも大きな顔ができる。

 最終的に、大陸銀行そのものは都市同盟の共同管理になるとしても、審査機関はもち続けることになるだろう。

「でも、あんたの目的はそっちじゃないだろ?」

「その通りだ。スグル村長、よくわかっているじゃないか」

 もしも借金の返済が不可能だと判断した場合、どうするか?

 都市を破産させようものなら、都市債全体の信用は大きく下がる。

 そうなる前に、大陸銀行が再生計画をしなければいけない。

 自治権を奪っても。

 そして、この都市債による借金で困るのは、小さな都市だけではない。

 むしろ、信用が高く、多額を融資してもらえる大都市のほうが、最終的には借金まみれになる。

 そして、借金無しでは稼働できなくなる。

 大陸は借金まみれになり、大陸銀行が全てを牛耳るようになるかもしれない。

 それこそ、ジークスの理想のように、大陸が一つになる。借金で一つになる。

「ま、そうなったらそうなった時だ」

 少なくとも、俺が生きているうちには実現しないだろうがな。

「そういうわけだ。さっそく祖国に帰って王に進言しよう。約束はできないが、2ヶ月以内に戻ってこよう」

「早めに頼む」

 ジークスは宿に戻り、馬に乗って去って行った。



「スグルくん、本当によかったのかしら?」

 ミコトが俺の横で尋ねた。

「何がだ?」

「今の話を聞いたら、あの人がだいぶ得するみたいな話だけど」

「少なくとも、歴史の教科書には載ることになるだろうな。下手すりゃ、初代総帥になるかもしれん」

 とはいえ、マジルカ村に大陸銀行を設置することなどできるわけない。

 資金以前の問題で信用がないからな。

 本来は冒険者ギルドのような外部の互助組織に協力を求めたいのだが、冒険者ギルドの本部は南大陸にあるため、フットワークが悪すぎる。

 他の都市に作ってもらおうにもコネがないからな。

「まぁ、利用できる相手なのは確かだしな」

「でも、借金でオセオン村の自治権が奪われたらどうなるの?」

「そうなるのなら、それはこの村の責任だからな」

 俺は苦笑していった。

 ミラルカもガイードもいい人なのは確かなのだろうが、俺を監禁、もしくは殺そうとしたという事実は消えはしないからな。

 そこまでして町にしたいというのなら、町になるだけの努力をしてもらわないとわりに合わない。

「ところで、スグルくん、ハンゾウを襲った犯人だけど、本当にガイードさんたちじゃないのね?」

「あぁ、流石に暗殺者を雇ってまで俺を殺そうとしているのなら、ガイードさんは全て打ち明けたりしないだろうしな。二人とも知らないってさ」

「……そう」

 まぁ、暗殺者の正体はわからないままだけど。

「っと、ラコにもお礼いわないとな。ゆで卵300個も用意しないと」

 ラコへの報酬はゆで卵と決まっているからな。

 馬車で移動する途中でハンゾウとラコも拾っていかないとな。

「スグルさん……」

 乗合馬車に向かおうとする俺を呼び止めたのは、ミラルカさんだった。

「……さようならですね」

 あぁ、そういえば、彼女には一緒に住まないか? 的な話をされたんだったな。

 なんか、別れ話みたいだな。

 でも、ごめん、やっぱり俺にはハヅキちゃんが。

 何かを言うとしたミラルカを――

「待った! ミラルカ、待ってくれ!」

 そう言って制したのは、俺を宿屋に案内してくれた、ミラルカのストーカーみたいな男。

「キース、どうしたの、そんなに慌てて」

「ミラルカ、君がスグル村長を特別な気持ちで見ていることはわかっている。だが、俺には君しかいない、どうか村を去らないでくれ!」

 おぉ、ストーカーが告白した。

「……何言ってるの、キース。そんなことするわけないじゃない! 私もあなたのことを心から愛しているわ」

 え?

「ミラルカさん、こちらは?」

「あ、紹介してませんでしたね。彼はキース、私の婚約者です」

 ミラルカはそう言うと、キースの腕をぎゅっと握りしめた。

「でも、ミラルカ、君は彼にこの村に住んでほしいと」

「それは、彼がこの村に住んでくれたら、監禁とかそういうことをする必要がなくなるからよ」

「それに、君は前からスグル村長のことが憧れの人だって」

「もう、キース。私が好きなのはスグル村長じゃなくて、スーちゃんよ。同じ女性として目標にしているだけ。好きな男性はあなただけよ」

 ……あの、同じ女性として見るのだけはやめてもらえませんか?

「あ、スグルさん、これ、約束していたオレンジです。どうぞ、馬車の中で召し上がってください」

「ありがとうございます」

 オレンジの詰まった籠を見つめ、

(なんじゃそりゃぁぁぁぁぁっ!)

 俺は心の中で絶叫した。

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