58 鮮血に染まる村おこし -その8-
ミラルカの村長就任パーティーの日があった日の夜。
俺は、ガイードに呼ばれ、村の広場にいた。
先ほどまでの騒ぎとは打って変わって、静まり返った夜。
テーブルや料理などの会場設備は全て撤去されていた。
「お疲れ様でした、ガイードさん」
「ありがとうございます、スグル殿」
とりあえず、挨拶をしてみたが、気まずい。
ガイードは何か大切な話をしようとしていることは雰囲気ですぐにわかったため、ハンゾウには遅くなるかもしれないと言ってきたが、なかなか話を切り出してくれない。
まさか――ミラルカの婿に、とか話が出るのだろうか?
だいぶ気に入られているからなぁ……でも、俺にはハヅキちゃんという心に決めた幽霊の彼女候補が!
「スグル村長、実はあなたに謝罪しないといけないことがあるのです」
「いえ、謝りたいのは俺のほうで……じゃない、えっと、一体何を?」
「実は、ワシ等はあなたを監禁しようと、いえ、あわよくば亡き者にしようとしていたのだ」
「…………は?」
青天の霹靂、寝耳に水の話に、俺は眉をひそめた。
事情を聞くと、まぁ、つまらない。町にするとか、町にならないとか。そんなことで監禁されたりしたらたまらない。
とはいえ、ミラルカの父が自殺した話を聞くと、そこまで追い詰められる気持ちはわからないでもない。
「でも、どうしてこの話を俺に? 正直、未遂で終わったのなら黙っておけばいいと思うんですが」
「お願い申し上げたいのです。ぜひ、マジルカ村を町にするのをやめていただきたい」
「いや、最初からするつもりはありませんが」
「もしも応じてくださるなら可能な限りの謝礼を――」
「いや、本当に、町にするつもりはないんですって。面倒なんで……」
あぁ、どうやったら信じてくれるかなぁ。
「そもそも、マジルカ村に都市同盟のお偉方が視察にくるなんて、俺はなんの連絡も受けてないんですから」
「明後日に都市同盟執政官のジークス殿がいらっしゃるという話を聞いてないのか?」
「……ジークス?」
奴が動いている?
大陸を一つにするために、全ての国、町、村を一つにしようともくろむあの男。
一体、何の目的で?
普通に執政官としての仕事をしているのか。それとも――
「ガイードさん、教えてくれ! 俺を監禁するか殺すかするように言いだしたのは、あんたなのか?」
「……いえ」
ガイードは言いにくそうに口を噤んだ。
村民を売る行為だと思ったのだろう、決意したのは自分だから、村民の責任はない、そう言いたいんだろう。
だが、そうじゃない。
「これはあくまで俺の予想だが、そう言いだしたのは、あんたのところの村民、しかも最近村に引っ越してきた人間じゃないか?」
「な、どうしてそれを」
「それと、マジルカ村に明後日査察に訪れるっていう話をしたのもそいつじゃないか?」
「…………ああ、確かにその通りだ! まさか……」
ガイードもようやく俺が何を言おうとしているのか、気付いたようだ。
ガイードは最後は全て自分の責任で事を収めようとしていると言った。
だが、村民の中に裏切り者がいたら、俺の監禁事件は村人全員でかかわっていることがばれてしまう。
その場合、村民は全員罪人、罪人は村長にはなれない。
その間は執政官の、ジークスの息のかかった村長が村を収めることになる。自治権を奪うのと同義だ。
「ジークス殿の噂は聞いてたが、まさかそこまでのことを」
「する可能性は高いな。実際、マジルカ村も酷い目にあった」
「ワシ達はまんまと……すぐに、奴を問い詰めて真相を――」
奴とは、俺を監禁するように言いだした村民のことだろう。
とはいえ、簡単に白状するとは思えないが、とりあえずはジークスの作戦は失敗に終わった。
ただ、ジークスと敵対することになると、オセオン村が町になるのは難しくなるかもしれないな。
マジルカは本当に村のままで構わないから、オセオンには町になってもらいたい。
周囲の都市が栄えたら、相乗効果でマジルカも活性化するからなぁ。
オセオン村の観光資源はない。みかんと小麦だけだしな。
となれば、何か作るか。
できれば、オセオン村の活性化にもつながる何か……。
「待ってくれ! いい考えがある!」
「いい考え?」
「あぁ、この村を確実に町にするためのいい案だ!」
そして、俺は不敵な笑みを浮かべて言った。
「俺を今すぐ監禁してくれ! あと、書類と紙、ペンと机を用意してくれ……あ……あと……」
必要か?
本当に必要か?
もっとも効果的にジークスを騙すのには、絶対に必要だ。
それに、最も効果的に騙すには、俺がいますぐ監禁される必要がある。
ミコト達に真相を伝えるには――
だが――
「どうした?」
「ミラルカさんを呼んで、俺の女装道具一式を用意してもらってくれ」
まさか、自ら進んで女装することになるとは、この時まで思っていなかった。
翌日、ミラルカに女装道具一式を用意してもらい、ミラルカそっくりの姿で、ミコトに俺の生存を伝え、指示を手紙で渡した。
ハンゾウにはマジルカ村経由であの場所にいってもらった。ハズキちゃんは、ジークスが来ると思われる日に来てもらい、俺の胸の中に隠れてもらって喋るセリフを覚えてもらった。
そして、予想通りジークスが来たわけだが。
「これはなんの茶番だ!」
ジークスが怒りを露わにするが、
「それはこちらのセリフですよ、ジークスさん。一体、誰なんです? オセオン村のみなさんが俺を監禁したなどという誤情報を流した人は。流石にそんな根も葉もないうわさを流されたとしては、俺も、ミラルカさんも黙っていられませんよ」
「……彼にはこちらから処分を下す。君たちに言うべきことじゃない」
「言うべきことですよ、少なくとも調査はしていただかないと」
そう言い、俺は書類の束をジークスに渡した。
「ただし、これを読んで検討してくださるというのでしたら、俺も、あとミラルカさんもこの問題を公にするつもりはありません」
「なんだこれは。読むだけでいいだと?」
ジークスは書類の束を見て眉をひそめる。
「読んでもらえればわかります。宿に部屋を用意しております。ミコト、案内してさしあげて」
「わかったわ。ジークスさん、こちらよ」
ミコトが返事し、ジークスを案内する。
「これから忙しくなりますよ、ガイードさん」
「はぁ……あの、スグル村長」
「なんですか?」
「そろそろ、孫の服を脱いでもらえないか?」
「……すぐに着替えます」
くそっ、女装だと全く格好つかないな、わかっていたけど。
役場に戻り、着替え終わり、俺とガイードは村の外――川にいた。
川といっても、今は枯れて使われていない川だけど。
「どうしてこの場所に?」
ミラルカにも村おこしの秘密兵器については語っていないので、怪訝な顔で尋ねた。
「待っていてください、村おこしの秘密兵器がやってきます」
俺はそう言い、川の上流を見つめる。
あいつは絶対にうまくやってくれる。そのための方法も教えた。
待つこと1時間。
来た! 流れてきた!
「川に水が……この水が町にする秘密兵器ですか?」
ミラルカが訊ねる。
「はい、これが秘密兵器です」
俺は笑っていった。
「ただし、これは水ではありません、お湯です!」
天然温泉が枯れた川を使って流れてきた。
上流でハンゾウが温泉の湯脈の位置を確認し、そして土魔法の使い手のラコが土を掘って温泉を枯れた川へと引いたのだ。
湯量も十分にあり、ハンゾウの調査では最低30年は枯れないという。
「オセオン村はこれから、温泉街として成長してもらいます! そのための計画書を用意しました!」
俺は大仰に天を仰ぎ、計画書をミラルカに渡す。
「これは……僅か三日でここまでの?」
「温泉による町の活性化案。幸い、うちの村には温泉の専門家がいるんでな」
温泉宿、足湯、温泉を使った料理、露天風呂、混浴風呂。
ハンゾウが以前作って俺にプレゼンした内容をそのまま使わせてもらった。
「……ですが、スグル村長、これだけの設備を造るにも、村には資産が」
「足りないか?」
「はい、全然足りません」
そうだよな。ぶっちゃけ、うちの村の資産の10倍は必要になるだろう。
「大丈夫、用意してくれる人に心当たりがある」
「用意してくれる? それは誰が?」
「誰が用意してくれると思う?」
「それを訊いて――」
ミラルカの言葉を遮り、俺の前にそいつは現れた。
「書類は読んだか?」
「あぁ、読ませてもらったよ。オセオン村の温泉街建設費用、我々が用意しよう。確約はできないがな」
ジークスはそう言いきった。




