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55 鮮血に染まる村おこし -その5-

 一晩、ドクドクガエルのせいで苦しんだハンゾウだが、朝には容態も落ち着き、昼前には目を覚ましていた。

 アンナの持っていた薬のおかげで助かったというと、ハンゾウは驚き、「アンナ殿とお話がしたいのでござるが」と言った。だが、彼女は今朝、すでに村を立ち去っていた。

「ハンゾウ様によろしくお伝えください」

 と言っていたことをハンゾウに伝えると、「そうでござるか」と少し寂しそうに言っていた。

 とりあえず、大事をとってハヅキちゃんが看病をすることになった。


 そして、昼になり、俺とミコトはミラルカの村長就任パーティーへと出席した。

 パーティーは村の広場で立食形式で執り行われ、村人以外にも、マジルカ村にもたまに訪れる行商人の姿もあった。

 まずはガイードが挨拶をし、ミラルカを紹介。

 そしてミラルカが挨拶をし、引継ぎの書面を交わす。

 最後に、村人全員の合意のもと、ミラルカが正式に村長として認められた。


 それからはただのパーティーだ。

 多くの人は思い思いに料理を食べている。ミラルカは今は行商人と何やら話をしていた。

 ミコトは村人に囲まれて質問攻めにあっている。さすがの人気だ。いつもの巫女装束でなく、ドレスを着ているから猶更だろうな。

 まぁ、質問攻めにあったのは俺も同じだが。


「ほう、オレンジ酒ですか」

「はい、俺は酒にはあまり詳しくないんですが、ドライオレンジを入れることで風味がでるとか」

 俺はオレンジを取り扱う男から、オレンジの在庫が余って困っているという相談を受けていた。

 オレンジ果樹園で働く村民のリーダーの男らしい。

「なるほど、ドライオレンジですか……村でも昔作ってたことはあったみたいですが、水分が抜け切らないため保存性もあまりよくなかったと聞いています」

「天日干しにしてからオーブンで焼けばいいんですよ。あと、乾燥した瓶に詰めたら日持ちはすると思いますよ」

「オーブンで焼く……? 焦げはしませんか?」

「そこは挑戦してみないとなんともいえませんが、できるだけ低温のオーブンにしないといけませんね」

「低温……わかりました、早速技師と相談して試作してみよう」

 低温のオーブンというのは難しいか? と思ったが、心当たりがあるらしく、あれこれと考え始めた。

「頑張ってください、あ、もしもオレンジ酒ができたら一本売ってください、うちの村の酒場で取扱いができないか聞いてみますから」

「おぉ、それはありがたい、できしだい一本、いや、ひと箱送りますよ。代金は結構です」

 男はそう言うと、後ろにいる、部下と思われる男達に

「おい、野郎ども、今の話は聞いたな、早速今からドライオレンジの作成を始めるぞ!」

 と命令すると、男達は「えぇ?? せっかくのパーティーなんだから明日でもいいじゃないですか、親方」と文句たらたらと言った感じだ。

 だが、最終的には親方に押し切られ、全員村の貯蔵庫へと向かった。

「流石は村おこしの達人といわれるスグル村長、もう糸口を見出すとは」

「村おこしの達人はやめてくださいよ。俺はただ、うちの酒場のマスターが、酒の種類を増やしたいとぼやいていたのを聞いていただけなんですよ」

「ですが、発想が人とは違う。マジルカ村も今は大いににぎわい、もう町になるとか」

 どこで聞いたんだろうか、マジルカが町になるなどと。

 そう思ったら、男は「実は私、先月まで行商人として世界を周っておりまして、今でも噂はいろいろ入ってくるんですよ」と自慢げに言う。

 町経営スキルを覚えたことは、パスカルとハヅキちゃん以外、誰にも話していないと思ったが。

「まだ悩んでる段階ですよ。正直、書類とか面倒そうですし、このままでもいいかなぁと」

 そう語った直後だった、周りの空気が変わった――気がした。

 音が消えた気がした。

 だが、すぐに歓談が始まり、賑やなパーティー会場へと戻った。

 さっきの静寂は気のせいだろうか? そういえば、学校でクラスメート全員が騒いでいたときも、何の予兆もなく一瞬の静寂が生み出されることがあったな。

 確か、フランスかどこかの表現で「天使が通る」と言われる現象だ。気にすることもないだろう。

 そこに、ガイード村長がやってきた。いや、先ほど彼は「元・村長」となったばかりか。

「町にするのが面倒ですか、いやはや、流石はスグル村長、言うことのスケールも我々とは違いますな」

「えぇ、町でも村でも治める税金も義務も権利も、何も変わらないって聞きましたからね。名前だけの違いなら、変更の作業に忙殺されるよりもおいしいオレンジを食べていた方が幸せです」

「ははは、おいしいオレンジをお求めなら、収穫したものがまだまだ残っております。ぜひお持ち帰りください」

「では、遠慮なくいただきます。村に土産を持って帰らないと噛みついてくる子供がいるんでね」

 自称天才魔法使いの少女の姿を思い浮かべながら俺は笑って答えた。

「あぁ、でもそれならドライオレンジについて話さなかったらよかったかもしれませんね。持って帰れる量が減りそうだ」

 俺が冗談めかしていうと、周囲にいた男達が大笑いした。

 その後も、俺は日本の知識やゲームの知識を使い、出来る限りのアドバイスをしていく。

 解放されたのは、夕方になったころだった。

「うぅ……酒臭かった」

 最初こそ素面での真剣な話し合いだったが、太陽が傾きだしたころには酔っ払いたちが俺に絡んできたからな。

 匂いだけで酔っ払うんじゃないかと思うほど酒臭かった。実際、少し酔ってるんじゃないだろうか? 水がとても美味しく感じる。

「大丈夫ですか、スグル村長」

「……ミラルカさんこそ、こんなところに来ていいんですか? 今日の主役なのに」

「これは村長同士の対談です。邪魔する人は誰もいませんわ」

 そういい、彼女は冷たいおしぼりを俺に渡してくれた。

「これで顔を拭いてください」

「あ……ありがとうございま……あれ?」

 ミラルカの後ろ、少し離れたところに男の姿が見えた。

 宿屋の場所を教えてくれた男だが、俺を睨みつけている……気がする。

 俺と目が合うと、男は気まずそうに去って行った。

 もしかして――ミラルカのストーカーか?

「あの、ミラルカさん、最近誰かの視線を感じるとか、物がなくなるとかそういう不思議なことはありませんか?」

「いえ、特にそういうことはありませんが、どうしてです?」

 男について話したほうがいいのだろうか?

 でも、俺の勘違いかもしれないし、ミラルカを呼びに来た村人が、俺達の話を邪魔したら悪いと思って去っただけかもしれないし。

「そうですか……あ、気にしないでください」

「あの……スグル村長、一つお願いがあるんですが」

「なんですか?」

「二人きりの時は、普通に話しません? 敬語抜きで」

「敬語抜き?」

「はい、年も近いですし、私もそのほうが楽ですから」

「……楽……そうだな、確かに俺もこっちのほうが楽だ」

 俺が笑って言うと、ミラルカも笑い、

「うれしい。男の人とこうして話すのも随分久しぶりなの」

「そうなのか?」

「うん、特に私が村長になると決まってからは」

 指導者の孤独ってやつか。そういうのは俺にはなかったな。というか、俺より凄いやつが多すぎるから。

 強さだけなら、子供のキーラやファナですら俺より強いし。

「村長って……俺の村だとただの雑用係みたいなもんだぞ?」

「そうなの? いいなぁ、私もそんな村の村長になりたかったな」

「変わってるな……俺はこの村も好きだよ」

 空を見上げて言う。

「スグルさん……もしよかったらこの村に住みませんか?」

「え?」

 それって、どういう意味だ?

 この村に住む? 俺が?

「ダメ……ですよね」

「まぁな、流石に村長を放り出すのは無責任だからな」

 俺は笑って言う。

「そうですよね。すみません、変なこと言って……」

 ミラルカの声はそのまま消え入りそうなほど小さくなっていき、再び笑顔になり、

「忘れてください。それより、そろそろ、宿屋の女将さん特製のオレンジケーキが会場に出てくるんですよ、一緒に食べましょ」

「あ、ああ」

 彼女に手をひかれ、俺はパーティー会場へと向かった。

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