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53 鮮血に染まる村おこし -その3-

 まるで鏡を見ているよう……というのもおかしいだろう。

 俺は自分が女装した姿を鏡で見たことはないから。

 俺が見たのは、肖像画として描かれた自分だけだ。

 それでも、彼女の姿はやはりその肖像画にそっくりで……とても美人で……気分が優れない。

「スグル村長、大丈夫ですか?」

 軽く立ちくらみを起こしそうになった俺を、スーちゃんそっくりのミラルカが支えてくれた。

 なんだ、この絵は。

 何も知らない人が見たらわからないだろうが、知っている人が見たらシュールすぎるだろ。

 などと思っていたら、入口から右に伸びた廊下の奥にある扉が開き、小太りの初老の男が出てきた。

「遠路はるばるようこそおいでくださいました、スグル村長」

 大仰に両腕を広げて近づいてくる男は、「ワシがオセオン村、村長のガイードです」と名乗った。

「いやぁ、話には聞いていたが、お若いですなぁ」

 最初に年齢のことを言う決まりがあるのだろうか? と思うほど毎回言われるセリフだが、相手に悪気はないことはわかっているので笑顔で答えた。

「はい、まだまだ若輩者ですが、周りの支えのおかげでなんとかやっていけています」

 本心で俺は言った。俺が村長でやっていけてるのは周りの支えがあるからこそだ。

「ははは、御謙遜を。実はこっそり、先日あったマジルカ村の祭りに行かせてもらったのですよ。大盛況でなによりで。二日目に行ったので竜の丸焼きが食べられなかったのが残念でした」

「来年も同じ催しをする予定で?」とガイードが笑いながら尋ねてきた。

「あぁ、偶然手に入ったんですよ。来年はさすがに無理だと思います」

 竜の谷と和平を結んだから、なんて理由は流石に言わない。

「そうなのですか? それは残念だ」

「でもランニングドラゴンの干し肉ならまだまだいっぱいありますから、今度贈らせますよ」

「それはありがたい。あれは晩酌に合うので、楽しみだ」

「もう、お爺様。お医者様にお酒は止められているのに」

 大袈裟と思えるほど喜ぶガイードに、ミラルカが口を挟む。

 怒っているというよりは、ガイードの身体を心配しているようだ。

「安心しろ、自分の身体のことは自分がよくわかっている」

 ガイードはそう言い、ミラルカの頭を撫でた。優しい笑顔で。

 それで、俺はいらない勘を働かせてしまった。

 このガイード村長、あまり病気がよくないのだろう。

 そうでなければ、俺とあまり年齢の変わらないミラルカに村長を継がせようなどと思わない。

 ミラルカは、それについては聞かされていないのだろうな。

 ただ、俺の年齢を引き合いに出し、自分がサポートするからとミラルカに村長になるように言った、そんな感じだ。

「スグル村長、ミラルカの村長就任式は明日執り行うことになっておる。今夜泊まるところは決まっているかね?」

「いえ。宿に泊まろうと思っていました」

「そうか、もしよければ二階が客室になっておる。そこで泊まればどうかね? 夕食もここで済ませよう」

「よろしいのですか?」

「ああ、ミラルカもそのほうがいいだろう……ワシもそちらの美人秘書さんと一緒に食事をしたいしな」

 ガイードは豪快に笑っていった。セクハラとも取れる発言だが、このくらいの村長なら、そういうことを言わないとかえって失礼に思われると思っていそうな年代だ。

 ミコトも気にしている様子はないので、とりあえず間違いだけ訂正することにした。

「ガイード村長、実は彼女は冒険者で、今日は道中の護衛をお願いしてるんです。下手に手をだしたら大変なあぁぁぁぁっ!」

 ミコトに足を踏まれて叫んでしまった後、

「秘書ではないんですよ」

 とだけ訂正しておいた。

 大丈夫かな、足の骨折れてないか?

 まぁ、だいぶ手加減してくれただろうな、本気で踏まれていたら立っていられないだろ。

「ほう、それはそれは。見れば彼女もミラルカと年齢も変わらないというのに」

 ガイードはミコトを値踏みするように見て、

「マジルカ村にはかなわないかもしれませんが、うちの村の特産品は味の良いものが多いです。ぜひ召し上がって行ってください。ミラルカ、スグル村長達を部屋に案内しなさい」

「はい、お爺様。スグル村長、こちらです」

 お荷物をお持ちします、と言われたが、女性に荷物を持たせるわけにもいかないし、何よりハヅキちゃんが中に入っているので、それは断った。

 入口真正面の階段を登っていき、2階の部屋に案内される。

「こちらがスグル様、こちらがミコト様のお部屋になります」

「あぁ、ありがとう、ミラルカさん」

 俺は礼を言うと、ミラルカは「夕食の準備ができましたら呼びに参りますね」と言って降りて行った。

 俺は部屋には入らず、荷物をミコトに差し出し、

「ミコト、ちょっと荷物持ってもらっていいか? ハヅキちゃんも部屋の中で出ていいから」

「どこかに行くんですか?」

 鞄の中からハヅキちゃんの声が聞こえる。

「一応、ハンゾウのところにな」

 宿屋で一人待機させたが、今思えば、宿屋で不審者扱いされていたら困るしな。

 アンナとよろしくやっている……という可能性も捨てきれないが、あのハンゾウだ。どうせそろそろボロが出て、距離を置かれているだろう。

「ミラルカさんが来たら、村を見て回ってるからすぐに戻るって言っておいてくれ」

「わかったわ。気を付けてね」

「おう」と手を振り、俺は役場を出た。

 オセオン村の雰囲気は、よくも悪くも、これといって特色のない村だった。

 ただ、家の脇に置かれた藁の山とか、干された野菜とか。

 祖父母の家を思い出すなぁ。

 俺が小さい頃に二人とも死んでしまってからは行くことはなかったし、ゲームもファミコンしか置いてなかったけど楽しかったなぁ。

 一番最初のドラ〇エをやったけどさ、話すときに東西南北を選択しないといけないのは逆に新しかった。セーブ機能もないし。

「懐かしいなぁ」

 おっと、ゲームの話になってしまった。

 ただ、ゲーム以外にも釣りとか虫取りとか普通にしたからな。そういう田舎の雰囲気はやはり懐かしい。

 井戸の周りに集まってる奥様方の横で子供が水を汲んでいるのを見ながら、俺は宿屋へと向かった

 さて、宿屋に向かおうと思ったが……そういえば宿ってどこにあるんだ?

 と思ったら、ちょうど薪を大量に持っている20歳くらいの筋肉質の男がいたので尋ねることにした。

 日本にいたころは怖くて尋ねることもできなかっただろうが、今はドラゴンレンジャーズとかゴメスやバランといったごつい男達に囲まれているからなぁ。

「宿か……あっちの白い煙突の家だ」

 男が指さす。あぁ、屋根の色は一緒だが、煙突の色が確かに他と違うな。

 他の煙突は茶色い煉瓦でできた煙突だが、あの大きな建物だけは白い煉瓦の煙突だ。

「ありがとう、助かったよ」

「なぁ、あんた……もしかしてマジルカ村の長か?」

「ん? あぁ、そうだが」

「そうか……」

 男はそう言うと、薪を持って去って行った。

 なんなんだ? サインが欲しかったわけじゃなさそうだ。

 宿の場所を教えてもらったのは助かった。

 宿に着き、建物に入ると、受付には誰もいなかった。

 馬車が去ってからだいぶ時間がたつからな、客の来る時間じゃないのだろう。

 ハンゾウなら、俺が近付いたら気配でわかるだろうというチート任せで、階段を上がる。

 階段を上がり、廊下の角を曲がろうとしたとき、アンナの声が聞こえてきた。ハンゾウも一緒だろうと思い、チート能力に頼るまでもなかったなと安心。

 声をかけようと思ったが――

「一夜の過ちでも構いません!」

 そんなアンナの声に俺は思わず廊下に隠れた。

「ア……アンナ殿、それは」

 ハンゾウの驚いた声が聞こえてくる。

「重い女になるつもりもありません」

 アンナはさらに続ける。

「どうか、一夜、一夜だけでもどうかお情けを」

 こ……これって、あれか?

 夜のお誘いってやつなのか?

 やばい現場に出くわした。

(…………結果は聞くまでもないか)

 据え膳食わぬは男の恥とハンゾウは言うだろう。

 女視点だとどうかは知らないし、倫理的には間違っているかもしれない。

 俺は、仮にお誘いがあったらハヅキちゃんがいるから断るだろう。

 だが、男の友情だ。ビルキッタには黙っておいてやろう。

(頑張れよ、ハンゾウ……うらやましいな)

 俺はゆっくりと階段を下りていった。



 その後、役場に戻ったら、ちょうど夕食ができたところだった。

 オレンジソースがかかった焼き魚はフランス料理を思わせる高級な味で、とても美味しかった。

 だが、意識の半分はハンゾウとアンナのことでいっぱいだった。

 夕食後、風に当たってくるとハヅキちゃんを連れて外に出た。

 夏だというのに太陽はすっかり身を潜めた時刻。もう夜の八時頃だろうか?

 誰もいないのを確認し、ハヅキちゃんにマジルカ村の様子を聞く。

 ハヅキちゃんはこの世界に来たとき、「人形二体まで使用可能」というボーナス特典を貰っている。

 その能力と幽霊の憑依能力のおかげで、離れた位置にある人形と意識を共有することができる。

 その一体をマジルカ村に置いてきて、情報のやりとりをしていた。

「パスカルさんが言うには、特に問題ないそうですよ」

「そうか……マリンは?」

「えっと、一人で寝るのが嫌らしく、パスカルさんの家に泊まったそうです」

「やっぱりな」

 俺は苦笑した。どうせそうなることになるだろうとは思っていたから驚きはしない。

「…………!? ハヅキちゃん、すまない、先に役場に帰っていてくれ」

「え? どうしたんですか?」

「急用を思い出した」

 俺はハヅキちゃんにそう言うと、駆けだした。

 見間違いじゃない、あれは……あれは……

「ハンゾウ!」

 俺はハンゾウに声をかけた。なんでお前がここに!?

「ス……スグル殿、拙者……拙者……」

 ハンゾウは震える声で言った。

「アンナ殿に誘われ、一緒に〇〇〇することになったのでござるが」

「少しは言葉をぼかせよ」

 全部伏字になるだろ。

「に……」

「に?」

「に……」

 忍者? 忍法?

「逃げ出したのでござる」

「え?」

 俺は思わずつぶやき、

「えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええっ!」

 ハンゾウのことを好きな女の子が現れたことよりも、スーちゃんそっくりの女の子がいたことよりも驚いた。

 まさに今日一番、いや、今世紀一番の珍事件に、俺は驚き叫んだ。

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