52 鮮血に染まる村おこし -その2-
馬車の揺れが先ほどよりも大きくなっている気がした。
先ほど、少しの間だが全速力で走らせたため、車輪にどこかズレが出たのかもしれない。
「アンナ殿、こちらをどうぞ」
ハンゾウが座布団を取り出し、アンナに渡す。
どこに持っていたのか? ていうか、持っていたならなんでいままで使っていなかったのか?
そんなことにツッコミを入れず、アンナはその座布団を見て、
「折角のお言葉ですがハンゾウ様のクッションなのですから、ハンゾウ様がお使いください」
「拙者は石の上に三年座っていても平気な故、この程度どうともござらん」
「石の上に三年!? なんという忍耐力、流石はハンゾウ様です」
アンナが褒めるが、何が流石なのかわからない。
石の上に三年も座っていたなんて絶対にウソだ。
ダッチワ〇フの上に三年の間違いだろ。
というかわからないのは、なんでハンゾウがモテるのかわからない。
(……ミコト、これって罠じゃないのか? ハニートラップとか)
俺が囁くようにミコトに尋ねる。
ドラゴンレンジャーズの存在はいまや大陸中に知れ渡っている。
そのトップのハンゾウに対して、殺意を抱いている人間の一人や二人いても不思議ではない。
まぁ、普通の暗殺で殺されるような忍者じゃないが。
(もう、スグルさん、ハンゾウさんは強いですから、好きになる人が、世界に一人や二人はいますよ)
ハヅキちゃんが口を挟む。フォローしているようで実はひどいことを言っているなぁ。
とはいえ、あのハンゾウだぞ?
知らない人が10人見たら、10人が通報するレベルだぞ。110番がこの世界になくてよかったと思える人間だろうが。
(私もそう思ったけど……)
ミコトは嘆息を漏らして囁く。
(彼女の目は本当に恋する乙女のものよ……それにウソはないわ)
(マジデカ)
さすが異世界。何が起こるかわからない。
そもそも俺が異世界に来るきっかけになったのは、株式会社ユートピアンMMOが作り出した新作ゲーム、アナザーキーのテストプレイヤー募集の情報を見て応募したことだ。
その結果、見事にテストプレイヤーに当選し――
(スグルくん、現実逃避で回想モードに入らないでちょうだい)
ミコトに言われ、俺は現実へと戻ってきた。
すでに山は下り終え、平坦な道になっていた。
「小麦畑か……オセオン村の名産品はオレンジだけど、小麦も多いな」
ちなみに、マジルカで消費されている小麦の7割は現在オセオン村産だったりする。
乗合馬車が開通するまでは1割にも満たなかったが、客が少ない時に運んでもらっている。
パスカルも新たな交易路が開拓できそうだと喜んでいた。
そろそろ小麦の収穫の時期らしく、畑一面がまさに黄金色という状態だ。
ハンゾウがいつもの状態なら「小麦畑よりも小麦色の肌を眺めたいでござる」と言うのだろうが、今は色白美人さんと楽しくやっているのでそんなことは言わない。
「綺麗な景色ですね」
「あぁ、綺麗な肌だな」
「え?」
「いや、綺麗な畑だなぁと思って」
ハンゾウがあの調子のせいでつい変なことを口走ってしまった。
「はい、本当に綺麗です」
風に揺れる麦の穂が後方に流れるように過ぎていく。
少しの間、その光景を眺めた。
小麦畑がオレンジの果樹園へと変化した。季節外れなので果実は見えないが、代わりに橙色の花が見え、鳥の鳴き声まで聞こえてきた。
ここに住む鳥は、クチバシバードと呼ばれ、本来はこのあたりに生息する魔物ではない。
170年ほど前にカード状態で連れてきた魔物で、果実を食べさせる。
果実を丸のみにしたクチバシバードは自分の巣に帰る道すがら、消化できなかった種を糞と一緒に出す。この糞というのが魔力となって四散するまで、魔物が嫌がる匂いを発するだけでなく、種の栄養となる。そして、立派なオレンジの樹になるという。
天敵のいないクチバシバードは、その数を減らさずに今日まで生きてきたらしい。
そして、クチバシバードと川の水、肥沃な土のおかげで、このあたりは西大陸を代表するオレンジの産地になった。
今では、最初にあったオレンジの木よりもこちらのほうが立派なオレンジの樹がたくさん生えているという。
村民は現在もクチバシバードに感謝し、オレンジの収穫をするとき、一部をそのまま残すのだという。
クチバシバードはドゥードゥルと同レベルの魔物で人を襲うことなんて滅多にないという話を資料で読んだ。
なんかいいな、こういうの。人と魔物が共生している。
そう思っていたら――
「スグルさん、危ないっ!」
「うおっ!」
ハヅキちゃんの声で俺は思わずその場に伏せた。
先ほどまで俺の顔があった位置を一羽の嘴の長い鳥が通り抜けていき、サイケの横を通過していった。
「あれがクチバシバードね……本当に嘴が長いわ」
ミコトが冷静に言う。
「アンナ殿、大丈夫でござるか?」
「はい、私は……でも、クチバシバードは滅多に人の前に姿を見せないほど臆病な魔物と聞きましたが」
アンナが言うと、ハンゾウ、ミコト、ハヅキちゃん、そして御者のサイケまでもが俺を見てきた。
あぁ、わかってる、俺があまりにも弱すぎるんで餌だと魔物の本能的に襲ってきたんだろうな、チクショー。
ミコトが粘土人形を一体出してくれて、俺がそれを膝に乗せることで護衛代わりにしてくれた。
「スグルさんの膝の上は私の特等席なのに」
ハヅキちゃんが言う。特等席にした覚えはないが。
そして、果樹園の間道を通り抜けると馬車はオセオン村へと到着した。
オセオン村の住居は茅葺屋根の木造住宅で、日本人の俺からしたら少し懐かしい感じがする。
ただ、日本の茅葺屋根とは違い、煙突がある。このあたりは西欧風だ。
馬車から俺達四人が降りると、商人風の男達が代わりに馬車に乗った。
これからマジルカ村へと向かうのだろう。
「ありがとうございました。ハンゾウ様は今夜はどちらにお泊りに?」
ミーシピア港国への馬車はもう出た後なので、アンナも今日はこの村に泊まるのだろう。
「拙者は宿に泊まるでござる」
ハンゾウが答える。流石に忍び装束のまま役場に入れると不審がられるからな。
ハンゾウは宿屋で待機にすることになっていた。
「そうなんですか、私もなんです。まるで運命ですね」
村には宿は一軒しかないからな。
同じ村にいるんだから運命も何もないと思うが。
「じゃあ、ハンゾウ、俺たちは役場に行ってるから」
「うむ、わかりもうしたでござる」
ハンゾウと別れ、俺とミコトは役場へと向かった。
ハヅキちゃんには申し訳ないが、彼女は俺の鞄の中に入ってもらった。
役場は、俺の村の酒場くらいの広さはある建物だった。
高さもあるので、2階建てかもしれない。
一室のみのマジルカ村の役場とは大きな違いだ。
入口の扉の横に紐があり、それが呼び鈴代わりのようだ。
引っ張ると、建物の中から鈴のようなものが鳴る音がした。
足音が近付いてきて、トビラが開かれる。
「スグル村長とミコト様、ようこそおいでくださいました。私はミラルカと申します」
「あ……あぁ」
俺は頷くのがやっとだった。
ミコトも俺と同じようだ。驚きのあまり言葉を失っている。
「……驚かれるのも無理ありません。本人にはかないませんが、よく似ていると自分でも思っております」
そう、彼女はそっくりすぎた。
世の中には似た人間が三人はいるというが、ここまで似るものなのだろうか?
違うのは服装と声だけだろう。
「えっと、似ているというのは嫌じゃない?」
「いえ、私、あの人に憧れていますから」
ミラルカは言った。俺は背筋を震わせる。
憧れてる? あの人に?
それ、マジで言ってるのか?
「本当に憧れているんです、スーちゃんに」
女装した俺――スーちゃんと瓜二つの彼女は恥ずかしそうに微笑んだ。




