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49 竜の谷からの暗殺者 -ハヅキ視点-

竜の谷からの暗殺者で、スグル行方不明~発見の間における、ハヅキちゃん視点の物語です。

 水を温めていると、お鍋の蓋がことこと音を立てている。

 その音を打ち消すほどの陶器が割れる音に、私は背筋を震わせた。

 テーブルに飛び乗ったときの振動でテーブルの端に置いていたお皿が落ちたようだ。

「やっちゃった……」

 今日盛りつけにつかうはずだったお皿だったので困っちゃうな。

 私はテーブルから飛び降りて、ホウキとチリトリを持ってくるために、玄関のノブに飛び乗った。

 スグルさんは今日は調査だって張り切って、マリンちゃんと一緒に出て行ったから、私もごちそうを作ろうと張り切っていた。でも、出だしがこれだと嫌になる。

 鉄の甲冑でも買って、それに乗り移ったほうが便利そうな気がしたけど、スグルさんにそのことを離したら苦笑いしかしていなかったからなぁ。

「お皿が割れるのって不吉の象徴なのかなぁ」

「幽霊のあなたが言うと冗談じゃなくなるわよ」

「え? あ、ミコトさん。もう帰ったんですか?」

 巫女装束という衣装に身を包んだ美人のミコトさん。

 一時期はスグルさんに気があるんじゃないかと思ったけど、男としてよりむしろスーちゃんのほうに興味があるらしく、安心して接することができます。

 まぁ、私は幽霊ですから、もしもスグルさんとミコトさんが結びついちゃうようなことがあったら心から祝福しようと思っていたのに、安心しちゃう自分がちょっと情けないです。

「最近は竜の谷も飛竜の数が減ってるから、山で魔物狩りしてきたのよ。嫌な予感もしていたし」

「前言っていた視線ですか?」

「うん、なかなかの手練れだったと思うから再調査に行ったんだけどね、今日は気配がまるで感じられなかったわ。スグルくんはまだ帰ってないの?」

「今日は平原の調査に行ってますから。もうすぐ帰ると思いますが」

「そうなの? とりあえず、そういうことだからあまり遠くには行かないように言っておいてね」

「わかりました」

 ミコトさんはそれだけを言うと帰っていきました。

 私はその後、割れたお皿を片付けて料理を再開しました。



 夕闇が徐々に夜の暗さへと変わっていき、長く伸びた影が大地と同化しても、スグルさんは帰ってきませんでした。

 部屋の中のランプに火を入れます。

 寂しい。

 この世界で目覚めて、最初は、夜は私の味方だった。

 夜は力が溢れてくる。

 幽霊だから? と聞かれたら私自身どうしてかはわからない。

 ただ、ぬいぐるみという戒めから解放され、自由に動き回っても疲れない時間だった。

 なのに今は違う。

 スグルさんと一緒に暮らして、ガルハラン商会で仕事をして、みんなで酒場で騒いで、マリンちゃんとたわいのない雑談をして。

 私はいつの間にか夜が怖くなっていた。

 全員が眠り、一人になる夜が。

 私は眠らない。眠る動作はしても本当の意味で眠ったことはない。

 少なくともこの世界で目覚めてからは。

 私は夢を見ない。

 口ではいつかスグルさんと結婚するといいながらも、本当に結ばれるわけがないと思っている私が心の中にいる。

 甘い夢をみない。

 マリンちゃんと、スグルさんと一緒にいると家族のようなものだと思っていても、「ようなもの」が抜けることはない。

 私は、常に臆病で、一人だと震えている。

 でも、スグルさんにはそれを絶対に見せない。

 だから、寂しくても、私はスグルさんを待ち続けることができた。

 逃げているからこそ逃げないでいることができた。

 いつか、本当にスグルさんの死に水をとったとき、私はその後どうするのだろうか?

 それでもまだ逃げ続け、この世界に留まり続けるのだろうか?

 その答えはまだ先だと思っていた。


 マリンちゃんがチョコとともに目を真っ赤にして帰ってくるのを聞いたときまでは。



 スグルさんが行方不明。

 日常が永遠に続くと思っていた――逃げていた私にとっては青天の霹靂のできごとに、私は新たに用意したお皿をまた落としてしまった。

「スグル……さんが?」

「…………うん」

 マリンちゃんが頷くと、私はテーブルから飛び降り、開いていたドアから駆け出しました。

「マリンちゃんも来てください! この時間なら酒場にみんないるはずです!」

「わかった!」

 私がそう言うと、マリンちゃんが走って付いて来ました。

 彼女の足には草と土、そして生傷だらけです。

 回復魔法をかける暇もないくらいスグルさんを探し回ったのでしょう。

 本当に、一生懸命、探してくれたんだろう。

 酒場から喧騒が聞こえてきました。

 酒場に入ると、私は誰が中にいるのかも確かめずに叫んだ。


「スグルさんを助けてくださいっ!」


 それだけでした。

 喧騒が止まり、全員が立ち上がりました。

 全員の目が語っていました。

【助けるに決まっている! だから状況を話せ】

 ドラゴンレンジャーズの皆さんも、ゴメスさんも、バッカスさんも、ミコトさんも、ハンゾウさんも。

 そして、十分もしないうちに、村中の人が集まっていました。

 もう寝ていたはずの人もいるのに、全員です。

(スグルさん、見ていますか?これだけの人があなたのことを探しているんです)

 私はこの光景を見て、どこかにいるスグルさんに問いかけます。

「とりあえず、今酔っぱらってる連中は待機だ。そっちの連中は今帰ってきたばかりだからすぐに動けるだろう」

 ゴメスさんが指示を出していきます。

「村長のことだ! 魔物一匹でも出くわしたら即死だ! 時間がない!」

 それに呼応するように、皆が店を出て行きます。

(これだけの人があなたを思ってるんです)

 ハンゾウさんが消えました。ミコトさんも気付いたら店から出ていました。

 二人ともスグルさんを探しに行ったのでしょう。

 私はマリンちゃんには明日出ることになった捜索隊と一緒に来るようにいいました。マリンちゃんは一緒に行くといいましたが、彼女も疲労が溜まっているのがまるわかりです。

「大丈夫です、スグルさんは生きています。私は幽霊ですから、それくらいわかります」

 本当はわかりません。でも、生きていてもらわないとダメなんです。

(死に水をとるのは私なんです。もしも死んでいたら――幽霊になっても許しませんよ)

 かならずスグルさんが生きていると信じて、私は村を出ました。

 それは、甘い夢ではないと信じて。

 だって、スグルさんは夢ではなく、そこにある希望なのだから。


   ※※※



 私があなたを好きになったのは、この世界で目を覚まし、途方に暮れていた私達に指示を出してくれた時でしょうか。

 あなたも不安でいっぱいのはずなのに、前に進むその姿が羨ましかったから。

 村長になって、強くなろうと努力して、多くの人に慕われていくあなたが眩しかったから。

 好きになった理由は身体を触られたとかいっちゃっいましたけど、あの時あなたが触ったのはただのおへそなんですよ。

 絶対言ってあげませんけどね。


 お願いです。

 私をもう少し逃げ続けさせてください。

 この平穏に匿ってください。


 突如現れ、マリンちゃんに治療されているスグルさんを見て、私は微笑みました。

次回は記念すべき50話。

ということで、スグルの弱さの秘密が明らかに!?


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