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48 竜の谷からの暗殺者 -後編-

 このままではラコと村人達みんなが戦うことになる。

「ラコ、少し待ってくれ」

「すまない、スグル。もう時間がない」

「そうじゃない、俺は南の村から来たと言っただろ、もしかしたら俺を探しに来た村人達かもしれない」

 俺がそう言うと、ラコは首を横に振り、

「昨日も10人の人間がこのあたりをうろついていたから彼らはスグルを探していたのかもしれない」

 そうか、昨日もみんな探してくれていたのか。

 その可能性は考えていたが、ここから動けない以上どうすることもできなかった。

「だが、こちらに向かう人間の数は40人を超えている。スグルが南の村の重要人物でもない限り、それほどの人が来るとは思えない」

「いや、俺は南の村の村長なんだ。南の村で一番偉い人間だから」

「……そう言えば聞いたことがあるな」

 ラコは俺を蔑むような表情でつぶやく。

「人間は非常事態にも冗談を言うことがあると」

「いや、冗談じゃないから」

 そんなに俺が信じられないのか?

 そりゃ、少しだけ人よりは弱いし、まだまだ若いけどさ。

「……仮に彼らがスグルを探しに来た人間だとしよう」

 ラコは俯いて言う。

「その人間の中には、谷を襲った人間も混じっている。つまり、スグルは谷を襲った人間に指示を出した人物ということになる」

 ラコの目の内には、俺が否定することを望む懇願と、そして殺意とが混じっていた。

「その通りだ、俺が仲間に北の谷に竜を狩るように命令した」

 突如、ラコの回し蹴りが、俺の眼前を通過した。

「スグル、今の話が本当なら、我の足はスグルの頭蓋骨を捉えていた。もう一度聞く。冗談ではないのだな」

「あぁ、本当だ」

「そうか」

 ラコは後ろを向き、拳を振り下ろした。

「アースムーブ!」

 ラコの詠唱とともに、俺の立っていた床が急速にせり上がり、このままでは天井に挟まれる。

 そういうところで、天井に穴が開き、気付けば俺は草原の真ん中にいた。

「スグルさぁぁぁぁぁん!」

 ハヅキちゃんが四本足で飛んできて俺の膝にとびかかり、

「うぐぁぁぁぁぁぁっ! ハヅキちゃん、待って、折れた、折れた!」

 ラコのアースムーブの効果が切れたのだ。

 尻もちをついて倒れると、くっつきかけていた俺の骨がバラバラに砕けた。

 痛みでまた失神しそうだ。

「スグルさん、大丈夫ですか!」

 ハヅキちゃんが心配そうに俺の膝をさするが逆効果だ。触らないでくれ。

「大丈夫じゃない、マリン、マリンはいないか!」

「スグル、無事だったの!?」

「無事じゃねぇ、右膝が絶賛粉砕骨折中だ。治療を頼む」

 俺が叫ぶと、マリンは杖を構えて、リカバリーの魔法を唱えてくれた。

 俺とマリン、ハヅキちゃんの声であたりにいた村人たちが近付いてくる。

「スグルくん、無事だったのね。行方不明になったって聞いて一晩中探してたのよ」

 ミコトが言う。巫女装束が土まみれだ。本当に必死に探してくれたんだろう。

「村長、よく無事だったな。一体何があったんだ?」

「ん? あぁ、可愛い妖精に出会っただけさ」

 俺は北にある竜の谷を見て、そう呟いた。

 もちろん、そんな答えでみんなが納得するはずもなかった。

 そして、俺は自分の身に起きた出来事を話すことになった。




  ※※※



 我は一体何をした。

 我の目的は仲間の安全を守ること。そのために南へ向かった。

 人間のリーダーに出会った我は求めることができたはずだ。

 スグルという人間の身の安全を保障する代わりに、竜の谷の安全を保障させるように。

 だが、我は、スグルが我らを脅かした人間の仲間だと知り、彼を拒絶した。

 悲しい。

 そうか、これは悲しいという気持ちだ。

 仲間を失ったときに何度も感じた気持ちだ。

「……仲間と思っていたのか」

 スグルが残していったカード5枚と岩塩の欠片。

 我はそのうちの一枚を具現化する。

 ゆで卵という、あの時はじめて食べたもの。

「……あの時のほうがおいしかったな」

 ぱくりと食べて我は呟く。

 横で我を見ていた幼い仲間が鳴いた。

「食べたいのか? 主には小さいが、待っていろ、口に運んでやろう」

 我はそういい、幼い仲間の身体をのぼり、口の横からゆで卵を入れた。

 おいしそうに食べる仲間を見て、我は少し微笑んだ。

 もうこの谷も長くはもたない。

 せめて、この仲間が空を飛べるようになったら、冬になったら北の大地を目指してもらおうと思ったが。

 この谷の仲間は、同じ仲間を見捨てて逃げることはできない。

 我が仲間の口元から飛び降りると、他の仲間たちもやってきた。

 どうやらゆで卵が気になるらしい。

 我が残りの4枚を具現化し、我が前に出すと、仲間たちはそれらを食べた。

 全員美味しそうに食べている。

「ん? どうした?」

 ゆで卵を食べ終わったところで、仲間が全員谷の上方を見上げた。

「そうか、人間が来たのか」

 我はスグルのことを仲間と思っていたかもしれないが、スグルからしたら、我はスグルの骨を砕いた張本人だ。

「ラコ! いるかぁぁぁっ!」

 谷の上方からスグルの声が聞こえた。やはり、彼が来たのか。

「出てきてほしい!」

 スグルの声に答えるように、我は跳んで谷の上を目指した。

「スグル、それに人間か」

 スグルと一緒にいたのは、銀色の髪の女の人間だった。

「ミコトは護衛だ。うるさくてな」

「そうか、スグルは本当に南の村の村長だったのだな。谷を滅ぼしに来たのか?」

「違う、俺は話し合いに来た」

「話し合い?」

「あぁ、竜と人との共存について話し合おう」

「そんなことができると思うのか?」

「普通は無理だろうな」

 スグルは自嘲するように微笑む。

「だが、ラコがいる。ラコには二つの種族の架け橋になってほしい」

「随分自分勝手とは思わないか? 我等を侵略してきたのは人間だっただろう」

「俺が聞いた話では、竜は人間にとっては天敵だった。空を飛ぶ災害と言われ、多くの人が襲われた」

「それは他の土地の竜の話だ。竜の谷は魔力に満ちているから仲間たちは谷から出る必要がない。人が近付かなければ襲う必要はない」

「通りがかっただけで旅人や冒険者の多くが死んだと聞く」

「我等の土地を守るためだ」

「だから、俺たちは話し合いたい。正しい境界線を設け、折り合いをつける」

「もう一度聞く。できると思うのか?」

 我が尋ねると、スグルは考えるように言った。

「永遠には無理だろうな」

 そう言って、スグルは微笑み、

「だが、俺とラコ、二人が生きている限り可能だ。一緒にゆで卵を分け合った仲だろ?」

 と当然だと言うように答えてきた。

 全く、あれだけ弱い人間なのに、どうしてこうも強く生きられるのか。

「一つ条件がある」

 我はついそう言ってしまった。

「ゆで卵をまたいつか、この谷に持ってきてほしい。仲間もそれを望んでいる」

 スグルは笑顔で頷いた。



 こうして、春から始まった人との戦いは幕を閉じた。

 後日、スグルがゆで卵を大量に持ってきて、仲間に食べさせてくれた。その時、仲間がスグルの指ごと食べてしまったときは、再び戦いが始まると思ったが、そんなことはなく、今でも二つの種族は平和に過ごしている。


 ちなみに、スグルの村人達はランニングドラゴンは今でも狩っているらしいが、我等とは関係ない種族なので全く問題ない。

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