46 竜の谷からの暗殺者 -前編-
暗殺者と書いていますが、3章のメインストーリーではありません。
サブストーリーです。ちょっとだけ毛色の違う話。
竜の谷。
我はそこで生まれた。
多くの竜の生まれる大地で、我だけが他竜とは違う存在であることを認識していた。
他よりも脆く、弱い。爪も翼も持たない。
我が知識を身に付けて行くうちに知ることなのだが、竜は神に知識を奪われた存在であり、我のように話すことができない。
だが、我は彼らから多くのものを学んでいった。
知識のない竜にとっても、仲間意識はある。そうでなければ種として繁栄することはない。
そして、我は竜の仲間として認められた。
そうでなければ、この世に生まれ落ちたその日に死んでいただろう。
我等はこの谷で平和に過ごすことにした。
時折、魔物が迷い込んでくることもあったが、竜たちはそれらを食べ散らかしていった。
竜はこの世界で最も強い種族、ここは世界で最も安全な場所。
そう信じて疑わなかった。あの日までは。
五人の魔物が訪れたのだ。
二本足の見たことのない魔物だった。
仲間が脅すと、一匹は一目散に逃げて行った。
やっぱり仲間は無敵だ。そう確信していた。
だが、それは幻想だった。
四匹の魔物のうちの二匹、さらに最初は気付かなかったがもう一匹小さな黒い魔物が我等の仲間を圧倒していった。
仲間が次々と狩られていくのを、我は他の幼い竜とともに見守ることしかできなかった。
銀色の毛の魔物が何か小さなものを出すと、その小さなものは人形になった。
ゴーレムだ、魔物がゴーレムを生み出した。
その無数のゴーレムは我の大人の仲間を連れて去って行った。
あの魔物が何者なのかわからない。
だが、二本足で立つあの姿は、他の魔物とは何か違う。
まるで――まるで我のようだ。
だからこそ我はあの魔物たちを許すことができない。
あの魔物たちは何度もここに訪れては我等の仲間を連れていった。
ある時は、妙な音で仲間たちが南へと飛び立ち、仲間をさらに失った。
南から逃げ帰った竜も谷を去っていった。
もう9割以上の仲間がいなくなった。
残っているのは年老いた竜と、幼い竜だけだ。
このままでは全滅してしまう。
我は旅立つ決意をすることにした。
これは復讐ではない。
我の仲間が生きるために魔物を狩るように、彼らも生きるために我等を狩ったのだろう。
だから、復讐ではない。
我は生き残るために、彼らの住処へと向かう。
そう決意し、生まれて初めて谷を出て、南へと旅立った。
※※※
マジルカ村の北の平原を俺とチョコ、そしてマリンは歩いていた。
空には雲一つなく、太陽の日差しがひどくまぶしい。
麦わら帽子をかぶっているが、そんなもので防げる日差しではない。
「なんでマリンがスグルの手伝いをしないといけないんですか」
暑さに参っているのはマリンも同じようで、かなり不貞腐れている。
「暇なのがお前しかいなかったんだよ」
「本当にスグルがする必要あるんですか? 魔物の生態調査なんて」
マリンが訝し気な目で俺を見てくる。
実際、俺がする必要なんてないんだけどな。
昨日、カリナと話して、俺がしたいことについて考えた。
魔物狩り、最弱な俺でもチョコの力を借りたらある程度の魔物は倒すことができる。
とりあえず、とどめを俺がさしてスキルポイントを稼ぎたい。
そのために、ビルキッタから格安で剣を借りてきた。アダマンタイト鉱石を使った名剣らしく、切れ味だけでは店でも一番だという。
「おっと、出たなダークキャットだ。マリン、頼む!」
出てきたのはチョコと同種族のダークキャットだ。
「えっと、倒さないように……ですよね。アイスニードル!」
マリンがそう言って下級の氷魔法を放った。
小さな氷の刃がダークキャットに放たれる。
「おいおい、あれはないだろ」
「手加減が難しいんですよ」
氷の刃はひょろひょろと飛んでいき、ダークキャットも脅威はないと爪ではじこうとした。
当たった瞬間、ダークキャットは氷の塊になり、粉々に砕けて消えた。
カードが2枚残る。豹肉とドルグだ。
「あぁ、やっぱり強すぎましたね。もっと弱くするのは苦労しそうです」
「って、強すぎるのかっ! あんなひょろひょろなのに」
「マリンが本気になれば下級魔法でも半径50メートルくらい氷の大地にできますよ」
「おま、マナと契約結んでからさらに強くなったんじゃないか?」
「みたいですね」
これは人選をミスッタかもしれない。
多少待ってもハンゾウに来てもらい、金縛りの術で対処してもらえばよかった。
「…………」
「マリン、どうした?」
「いえ、誰かに見られているような気がして」
「誰かに? 気のせいだろ、こんな広い草原で誰もいるとは思えないぞ」
草が生えているとはいえ、その草の高さも50センチほど。誰かがいたらすぐにわかる。
離れた場所には木もあるが、マリンが視線を感じたという方向とは逆だ。
「気のせいとは思えないのですが」
そういえば、一昨日もミコトが妙な視線を感じるとか言ってたな。
もしかして、俺以外のチート組はその強さのせいで、変に敏感になりすぎているのかもしれないな。
「ちょっとあっちを見てきますね、スグルはそこにいてください」
※※※
「ちょっとあっちを見てきますね、スグルはそこにいてください」
そう言って魔物は魔物狩りを開始しました。
先ほど、小さいほうの魔物が氷のトゲを放ち、黒い四本足の魔物を凍らせたのを見て、我は確信しました。
あれらは、我等の谷を襲った魔物の仲間なのだと。
我と同じ言語を操る魔物。
確か、人間という種族のはずだ。
小さいほうの人間が我の横を通り過ぎて走り去った。
残ったのは一人と一匹。
どちらを先に倒すか。
迷っていた時でした。
「お、チョコ! あそこにまたキングジェリーがいるぞ! 前と同じ戦法でいくぞ!」
大きいほうの人間がそう叫び、四本足の魔物が駆け出しました。
向こうにいる別の魔物を狩りにいかせたようです。
我はチャンスとばかりに、未知数の強さの敵に向かって前進しました。
まずは膝の裏に体当たりして転ばせ、心臓を一刺しです。
相手は我の存在に気付いてもいない。好機と膝裏に突撃しました。
「え?」
ありえないことが起きました。
ボキボキと、何かが折れる音がしました。
転ばすだけの目的だったのですが、今の衝撃、あきらかにこの人間、骨が折れている。
粉砕骨折だ。
しかも、その衝撃と痛みで泡を吹いて気を失っている。
「なんで……あいつらの仲間じゃないのか?」
我はそう呟いて、彼をもう一度見た。
わからない。
わからないが、このままここにいたら戻ってきた人間の仲間に、我の仲間がされたように殺される。
「アースムーブ!」
我は魔法を唱え、地下への入り口を作りました。
そして、倒れた人間を連れて、地下へと入っていき、入口を閉じました。
本当の父と母が残したという土魔法の魔法書。
それにより造り出した地下空間へと我は初めて誰かを連れ込んだ。
※※※
膝裏に何かものすごい衝撃が襲った。
俺はその衝撃で倒れた。
気を失う直前に見たのは、小さな女の子。
子供という意味の小さな女の子ではない。
小人、そう、まるで妖精のような小人の長い髪の女の子がそこにいた。
もしかしたら、痛みで幻覚でも見ているのだろうか?
彼女が何者かもわからないまま、俺は意識を失った。




