5 信用できない取引相手
村に客が押し寄せたのは飛竜退治から一週間後のことだった。
全員が荷馬車を馬のような魔物に引かせてやってきている。
魔物を退治すると、時折、その魔物の名前の記されたカードを落とすという。
そのカードを具現化させると、その魔物が姿を現し、人の命令に従う従順なものになるとか。
もちろん、その状態でも魔物であることには代わりなく、通常の家畜のように使うことはできないが、荷車を挽くくらいは朝飯前らしい。
村に押し寄せた彼らは、仮の交易所になっている酒場に一列に並んでいて、その整理だけでも村人が総出となって事に当たっている。
うれしい悲鳴とはまさにこのことだ。
「凄いわね」
巫女装束を着た銀髪の長い髪の美女、ミコトが俺の横に立ち、窓の外を眺めていた。
その光景を見て、普段は驚くことなどないミコトも感心している様子だ。
「あぁ、ハンゾウのやつに感謝だな。まさかここまで広まるとは、流石は諜報のプロだ」
宣伝は全てハンゾウに任せた。情報の流布は忍者の十八番だと聞いていたが、予想以上の効果だ。
「いいえ、私が言ってるのはスグルくんのことよ。正直、戦うだけの私や命令をされるハンゾウと違って、あなたには重責を担ってもらっているもの」
ミコトは俺を見つめ、
「本当に感謝してるわ」
伝説の勇者様にそこまで言っていただけるとは光栄な話だ。
俺だって、こんななんのとりえもない俺のことをリーダーとして村長に押し上げてくれたみんなに感謝してる。
こっちは持ってるものといったらゲームで得た知識くらいなものだけど、それが役に立てるのだとしたらそれほどうれしいことはない。
本音でいったら、やっぱりミコトみたいに戦って魔物を倒して経験値をためてレベルアップするような王道RPGストーリーの道を歩みたいと思っていたが、たまには村経営シミュレーションも悪くないよな。
「さて……」
俺はもう一度窓の外の様子を見る。ここまではいい方向に誤算があったとはいえ想定通り。
彼らの目当てはただ一つ。
飛竜の干し肉(ただし、まだ塩漬け状態)。
伝説の怪物で作られた肉を買い求めるように大勢の旅人が現れた。
――まぁ、それだけが目的なら困るんだけどな。
村を真の意味で活性化するためには、もう二、三のステップが必要になる。
そのためには、飛竜の干し肉だけを買い求めるような商人は必要ない。
飛竜退治の二日後に塩漬けしたランニングドラゴンを塩抜きし、一日天日干しにした。
簡易的に作った干し肉なので、保存能力はまだまだだし、胡椒すら使っていないシンプルなものだった。だが、それをスープに入れた瞬間の感動はすごかった。
ただでさえ肉の旨みが凝縮されているドラゴンの肉、その旨みがさらに凝縮され、スープに入れることでその味がスープ全体に広がる。
まさにドラゴンスープの名を与えたい一品にしあがっていた。
酒を飲む男達にも好評で、ビーフジャーキーみたいに食べては涙を流して喜んでくれた。
すでに飛龍の肉も一部は塩漬けをしている。
「ハンゾウ、西にある大きい町までどのくらいでいけると思う?」
「70キロはあるでござるから、拙者の足だと1時間30分は必要かと」
俺は馬を使って移動することを想定したんだが。
お前はフルマラソンの世界記録はいまだに2時間付近で止まっていることを知らないのか?
でも、それなら十分に可能か。
「お前に頼みたいことがあるんだ」
「ふむ、どのような?」
「そうだな、事と次第によっては、村にハンゾウ好みの美少女が加わることになる!」
「拙者、これより町に向かう。忠義のために!」
うん、最高にわかりやすい性格で、使いやすい。
俺はハンゾウに説明をすると、ハンゾウは納得したように頷き、俺の用意した荷物を持って一瞬のうちに消え失せた。
ハンゾウに頼んだ内容は、俺の干し肉を持って町の酒場や料理屋に行き、ランニングドラゴンの干し肉の味を伝えること。そして、このマジルカの村で、これ以上においしい飛竜の干し肉を作っていること。最後に、マジルカ村は財政的に厳しい状況にあり、安く買いたたくことができるということ。
それとは別に、条件にあう人探しを頼んである。
そのかいもあって、一昨日に数組の行商人が、そこから噂が広まり大勢の商人が村へと押し寄せてきていた。
俺は帳面と睨めっこしながら、村長の業務をしていた。
「ハヅキちゃん、ちょっとそこの木材と石材の相場変動表持ってきてくれないかな?」
頼むとハヅキちゃんは後ろの本棚に飛び乗り、後ろ足で立ち上がると、器用にファイルを両前足で挟み込んで運んできてくれた。
俺は礼を言うと、それらの数値を頭に叩き込む。
「何見てるんですか?」
「ん? 村を大きくするために建物の建築資材を整えたいんだけど、予算をしっかりしておかないと。さすがにどんぶり勘定だとね」
「それもゲーム……というもので?」
「うん、たいていのゲームの場合はどんぶり勘定でもクリアはできるんだけどさ、ハイスコアを目指す場合は必要になるからね」
相場の変動に関しては、MMOによるアイテムの取引などで培った。平均的なプレイヤーのレベルだけでなく、これから行われるアップデートによるシステムの変更により、相場が一変するのがMMOのアイテム相場だ。
情報がなければ対応できない。
「村長、ちょっといいか?」
入ってきたのは酒場のマスターだ。
この村には交易所がないので、臨時で交易所の代わりの仕事をしてもらっている。
「今日来た行商人が、1樽につき三倍の値段を出すから2樽売ってほしいって言ってきてるんだが」
「その商人に、その値段が妥当だと思うのなら、塩漬け肉を買った他の商人と取引するよう伝えてほしい。基本は一人につき一樽だ。それでも納得いかないなら、帰ってもらってくれ」
「わかったよ、そう伝えておく」
出ていこうとするマスターに、俺は大切な質問をした。
「……あぁ、それと、木綿は売れてるか?」
「全くだよ。本当に売れるのかい? だってそれこそ相場の3倍の値段じゃないか」
「売れなければ困るんだよな」
俺が何を言いたいのかわからないという顔で、マスターは役場を後にした。
飛竜は1匹につき3000キロ強、3匹で約10トンの肉が取れた。
それを20キロずつ樽にわけて保存。ただ、それだけでタルが500必要になり、村にある分はすぐに使い切り、樽を他の町から買う始末だ。
本当なら塩漬けを売るのではなく、天日干しして干し肉として完成させたかったのだが、商人たちは待ってくれなかった。
「いい話だと思うんですが……本当なら一樽1万ドルグを二樽6万ドルグで買ってくれるなんて」
「あぁ……でもさ、最初から3倍の値段で買いたいと言うってことは、3倍の値段で俺たちが売れることを教えてるようなものさ。それって商人としてどうかと思うよな」
「あ、言われてみればそうですね。あれ? でもそれならなんで高く売らないんですか?」
ハヅキちゃんが当然の疑問をぶつけてくる。
むしろ、ここまで誰も聞いてこなかったのが不思議なくらいだ。
「臨時収入ってのはな、少なくていいんだよ」
「え?」
ハヅキちゃんが首を傾げた。
ま、高校生の浅はかな考えだが、大丈夫だ、あれだけ商人がいたら、一人くらいはわかってくれる奴がいる。
「村長、すまない、またいいか?」
「どうした?」
「また二樽買いたいって奴がいてな。なんでも別大陸から来る知り合いの商人に土産として持たせたいとか」
「マスターがわざわざ来たってことは他に何かあるのか? 値段を10倍出すとか」
「いや、値段はそのままで買いたいっていうんだが、木綿を12本、先に買っていったんだ。村長は木綿の売り上げを気にしてたから一応な」
「…………その商人のところに連れて行ってくれ。俺が直接話す」
俺は書類を棚に戻すと、ハヅキちゃんを肩に乗せて歩き出した。
おそらくだが、目的の商人が来た。
俺は焦る気持ちを抑え、前に進みだす。
酒場の休憩所でその商人は待っていた。
年はもう65を超しているだろう、だが、貫録のある爺さんだ。前の村長とはえらい違いだ。
「村長のスグルです。まずは木綿を買っていただいたこと、感謝します」
「いえいえ、これはいい木綿だと一目でわかりましてな。ちょうど北と南の大陸から知り合いの行商人がうちに遊びに来ますので、売りつけてやろうと思ったわけですよ」
「それはそれは、ということは塩漬け肉もその知り合いに?」
「そうですな、ほとんどはそうするつもりですが、樽から2、3枚引っこ抜いて晩酌の当てにでもさせていただきます」
「ははは、あれは酒にあうからちょうどいいと酒場のマスターも言ってましたよ。ちなみに、樽を二ついれても馬車に空きはあるのですか?」
「そうですな、まだ余裕はありますが」
「じゃあ、お友達の方と三人分ということで、特別に三樽お譲りしましょう。当然ですが、他の方には御内密に」
「おぉ、それはありがたい。よい商売ができました」
「いえいえ、こちらこそ。今度、石材や木材を新たに買いたいのですが」
「そうですか、私が元いた商会がありますから、そこを利用してはどうでしょう? 一応、今の主人には伝えておきますから、いい商売になると思いますよ」
「それはありがたい」
俺は老商人と握手を組み合した。そして、少し待ってもらい、マスターに、彼に3樽融通を効かせるように頼む。
全てが終わり、部屋を去ろうとするその老商人は、背を向けたまま質問を投げかけてきた。
「ところで、これは商売とは関係のない個人的な質問ですが、私のことを信用なさっているので?」
「商売抜きなら率直に言わせてもらうよ。信用のできる商人ほど信用できるもんじゃない。その点あんたは大丈夫だ」
「それは……若いのに素晴らしい、ぜひともうちの商会といい付き合いをしてもらいたいもんじゃ……孫娘を今度紹介させてもらえんかの?」
これは、最後にとんでもない隠し玉を用意された。まぁ、社交辞令なのは間違いないが。俺は苦笑しながら、自分の肩にのったぬいぐるみをみて、
「悪いが、俺には結婚をせまってくる可愛い女の子がいるんで、今は勘弁です」
と笑いながら言った。
老商人が出ていくのを待って、俺は流れ出る脂汗をぬぐった。
最初から最後まで食えない爺さんだった。
一気に出た疲れから、俺はさっきまで爺さんの座っていた椅子に座り込む。
「スグルさん、どうして今回は樽を3つも売ったんですか?」
「あ? あの爺さんが俺の考えを全部読んでたからだよ」
俺は自分の考えを語った。
商人っていうのは品物を買うときに必ず荷車で来て、大量にものを買っていく。
車もない時代、遠く離れた町に行くというのはそれなりのリスクとコストが伴うからだ。
だから、できるだけ荷車に空きを作りたくない。なのに塩漬けの肉は1樽しか売ってくれない。
ならば、別のものを買っていくしかない。
「なのに、あるのは値段の高い木綿。こんな高い木綿を買ったら赤字だ。普通はそう思うよな?」
「ですね。マスターさんも言ってましたけど、3倍の値段ですもんね」
「ま、値段設定は俺のせいじゃなくて初期設定がまずいんだよなぁ」
とぼやいた。
飛竜の干し肉はいわば水物。いつ手に入らなくなるかわからないものだ。それを売り続けるよりかは、常にあるであろう木綿の価値を高めることを優先的に考えなくてはいけない。
臨時収入は少なくていい。必要なのは安定した収入だ。
「店を経営するゲームでさ、あ、経営メインのゲームじゃないんだけど、とりあえず、そこでアイテムの値段を安く売るか、通常で売るか、高く売るかって選択できるんだよ。安く売ったら、それだけいっぱい売れて客からの評判もあがるが、アイテムの価値は下がってしまうんだ」
実際、一度値段を下げて低価格を売りに販売をしていた商品など値段が元に戻っただけで大打撃をこうむった、なんてのは現実世界ではよくある話だ。
「そういうものなんですか?」
「そもそも、あの値段設定はハヅキちゃんに教えてもらったんだぞ?」
「え、ああ、そうなんですが……」
ハヅキちゃんのボーナス特典「鑑定」。
筆跡鑑定や年代鑑定、真偽鑑定のほか、その時代にあったものの値段がわかるチートスキルだ。それによって、木綿の今までの値段が安すぎたことを知った。
小売価格だけでなく、卸値としての適正な金額までわかるんだから商売人にとってはチートスキルだ。
「でも、あれが合ってるかどうかなんてわかりませんよ」
「あの爺さんの口ぶりだと問題ないだろ。本当にぼったくりの値段なら買わないタイプの爺さんだよ。しかも、別大陸の商人に売りつけるってことは、それだけ宣伝してやるって言ってるのも同じだ。塩漬け肉はその対価と思えばいい」
つまり、俺は干し肉を代価にして木綿の宣伝を行っていたというわけだ。
その後も、木綿の価値をきっちり把握してくれるベテランの商人が2、3人訪れ、いい商売ができたと思っている。
塩漬け肉や干し肉に頼らなくてもいいくらいに木綿の価値が高まるまでは時間がかかるだろう。
だけれども、まぁ、本当にいいものを作ってくれている村人達がいる限り、それはかなうはずだ。
後日談ではあるが、あの老商人の爺さんから紹介状が届いた。
そこで、あの爺さんは実は都市同盟の三割の町に拠点を構えるガルハラン商会を一代で築き上げた元商会長で、今は息子にその席を譲って悠悠自適の行商生活をしている爺さんだったことがわかった。
只者ではないと思ったが、とんでもない爺さんらしい。
「逆玉の輿に乗り損ねたな」
出会うことのかなわなかった爺さんの孫の姿を想像しながら、俺は帳簿に向き合う。村人の税金全額支払いまでもう少しだ。