44 インフラ整備される山の中
西大陸における国の定義は、他の大陸における国とは大きく異なる。
西大陸には72の都市がある。
そして、国とは、その都市の中の一つに過ぎない。
複数の都市をまとめて統制下に置く組織、つまり世間一般における日本やアメリカといった国は存在しない。
ジークスが秘密裏に複数の都市の自治を奪い支配下に置いているが、あれも国とは呼べないだろう。
そして、72の都市はその規模等により、国、町、村に分かれる。
村は、ここマジルカ、隣のオセオン、そして西の果てにあるキルシアの三都市しかない。
ただ、村と町というのは、本来違いがない。なら、何故呼び方を変えるのか?
それはつまりは、スキルの違いだった。
村長なら覚えることのできる村経営スキル。
このスキルは、普通に魔物を狩ったら得られる攻撃系スキル等とは違い、村を発展させることで上がっていく。
つまりは、努力しても成果が上がらなかったら成長することのできないスキルだ。
そして、村経営レベルが20になると、自動的に町経営スキルが覚えられる。
都市同盟はそれを知り、町経営スキルの修得を一つの目安とした。
つまりは、村長が町経営スキルを覚えたら、その村を町にする権利を与えようと。
町経営スキルを覚えたということは、つまり、マジルカ村をマジルカ町にするか?
という話だ。
まぁ、あくまでも目安で、領主会議で承認されないと町にはならない。
「といっても、村も町もあまりやることが変わらないし、申請書類を出すのもめんどうだしなぁ。このままでいいか」
俺は雑談は終わりと言わんばかりに、書類をつける。
養鶏所がうまく行った場合を考える。今の状態なら黒字は間違いないが、鶏卵の安定供給が続けば鶏卵の値段は暴落するだろう。
「前村長が聞けば憤慨する発言ですわね」
そう言って、パスカルも書類を手に取った。
国王を夢見た前村長。彼が国王を目指した理由は、村長という役職に嫌気がさしたからだという。
領主会議においてわずか3都市しかない村の長というだけでバカにされることが嫌になったと。
それはほとんど彼の被害妄想だと思うのだが。
「とりあえず、町にするか決めるのは皆の意見を聞いてからでもいいと思いますわよ」
視線を上げず、パスカルがそう言う。
「ああ、俺一人で決める問題じゃない」
どちらにしても、春の領主会議まで半年以上の時間があるしな。
「村長、手紙ですよぉっと」
扉が開かれ、現れたサイケがノックする。手順が逆だろうとか思いながらも、彼から手紙を受け取った。
「オセオン村の村長からです」
「ああ、ありがとうな」
手紙を受け取り、差出人を確認すると封を切った。
乗合馬車を走らせるためにガルハラン商会の力を借りて書面でのやりとりは何度かしたが、直接会ったことはないな。
俺は手紙の内容を読み進めていく。
「新しい村長が就任するため、パーティーをするそうだ。10日後らしいが」
「新しい村長、あぁ、ミラルカ様ですわね」
「ミラルカ? あぁ、向こうの村長の孫娘だっけか?」
「それにしても10日後ってえらい急な話だな。とりあえず、今後のことも話したいし、行ってみるつもりだが」
「異存ありませんわ。私も御一緒したいですが留守番になりそうですわね」
「ああ、その代わり、ガルハラン商会に利となる話があればしっかりと聞いておくよ」
そう言い、俺は立ち上がった。
「あら、時間ですの?」
「ああ、ハンゾウと約束したからな。戸締りよろしく頼むな」
「かしこまりました。気を付けて行っていらっしゃいませ」
パスカルは顔を上げる気配を全く見せずに書類を書き進めて行った。
本当に頼りになる秘書だ。
憩いの山。きれいな湖のある、マジルカ村とオセオン村の間にある山。
ただ、憩いは人間よりも魔物に与えられているようで、魔物の生息数が多いことでも知られている。
この山は火山だ。地質学者によると活火山ではなく、まず噴火の心配はないそうだ。地学には詳しくないが、もしかしたら、山にある湖はカルデラというものなのかもしれない。
俺はチョコの背に乗り、山を登っていた。
それほど荷物を持っていないとはいえ17歳の俺を乗せての山登りだが、チョコはまだまだ余裕そうだ。
「ハンゾウ、ありそうか?」
クナイを地に打ちつけて耳を澄ましているハンゾウに問いかけた。
「うむ、水脈はいくつか感じられるでござるが、目的のものは見つからぬでござる」
「やっぱりないんじゃないか?」
「否、あるに決まっているでござる。拙者は必ず見つけなければならぬ」
ハンゾウはそういい、熱意を持って地質調査を再開する。
「そして、この地に露天風呂を建設するのでござる」
そういい、ハンゾウはクナイを抜くと山の上手へと登り、途中、猪の群が現れたが、瞬殺していった。ハンゾウが探しているのは、火山につきものの温泉の源泉となる湯脈だ。
「はぁ……温泉が見つかったら観光の目玉になると思うが、流石にチートハンゾウでも無理か」
倒れた魔物が落としたカードを拾いながらも湯脈が見つかったときの利用法を考える。
少なくとも山の中に温泉場を作るとしたら、露天風呂は不可能だ。頑丈な建物が必要になる。
猿の入る温泉なら人気がでるだろうが、魔物の入る温泉なんて危険すぎるからな。
となれば、温泉を安全地帯まで運ばなくてはいけなくなる。それを考えると、源泉はできればこの位置にあってほしかったのだが。これ以上山頂に上がれば、さすがに工事費もバカにならない。
地下1000メートルほど掘れば、マジルカ村でも温泉を掘り当てることは可能だろうが、当然、そんな費用もなければ技術もない。
そのため、ハンゾウに探し出すように頼んだ湯脈は、5メートル掘れば温泉が湧きだすものだ。条件にあうものはそう簡単に見つからないらしい。
ハンゾウの姿が見えなくなったところで、湖のほうに行くことにした。
チョコと二人でいるときに魔物に襲われたら危ないからだ。
「ミコト、そっちはどうだ?」
湖で工事監督をしているミコトに俺は声をかけた。
「今のところ問題ないわ。ハンゾウのほうはどうだったの?」
「あっちは難航している。無理かもしれないな」
「それは残念ね」
そう言いながら、ミコトは粘土人形に指示を出していく。
今しているのは、水道管の設置作業だ。
真鍮で作られた水道管を埋め込み、魔物に襲われないように土をかぶせる作業。
まだ始まったばかりで、この水道管が完成するのは数年は先になるだろう。
幸い、今はマリンによって水が運ばれているうえ、井戸水も豊富だが早くできたらいいなと思う。
少なくとも、俺達が村にいる間には完成させたい。
「…………!」
急にミコトが立ち上がり明後日の方向を見上げる。
「どうした?」
「誰かこっちを見ていたわ」
「誰かって……」
俺はミコトが見ている方向を見たが、遠くに木々が生えているだけで何も見えない。
「威圧しておいたけど、かなりの実力の持ち主よ、しかも視線にかなりの邪気がこもっていたわ」
「かなりの実力って……」
ミコトが言っても説得力が全く感じられないよな。
木々のところにいたとしたら、あれだけ離れているのにミコトに勘付かれる程度の相手ということだろう。
「スグル殿! 湯脈が見つかったでござる!」
ハンゾウがそう言ってやってきた。
彼の目には邪な気がかなり篭っているのが俺にもわかった。
「……なぁ、さっきの視線はこいつじゃないよな」
「違うわよ」
ミコトは嘆息を漏らして、粘土人形に次の指示を出した。
結局、ハンゾウが見つけた湯脈の位置を地図で調べたところ、山の頂上の反対側にあり、その付近に建物を作ることはもちろん、マジルカ村に温泉を引くのも無理だとわかった。
利用法がないか考えてみるとは言ったが、どうしたものか。
ハンゾウはさらに湯脈を探すと言って山に残ることになった。
そんなことを話している間に、俺はもう、ミコトが感じたという視線の主の正体については考えなくなっていた。




