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外伝 はじめての冒険者物語 ~合格と初恋~

「楽しいね」

 スグルはそういって、笑顔でジュースを飲みながら、ダークキャットのチョコに乗っていました。

 チョコも匂いからスグルを飼い主と判断したようで、嫌がることなくスグルを背に乗せています。

 現在、マリンは、ミコト、スグルと一緒に北西の谷の底にあるという遺跡に向かっていました。

「はぁ……疲れました」

 マリンはミスリルの杖を本当に杖代わりにして歩いていました。

「マリンお姉ちゃん、大丈夫? 変わろうか?」

「だ、大丈夫です、スキヤキくんはチョコに乗っていてください」

「本当に?」

「はい、マリンは元気百倍ですから」

 そう言い、足を前に出します。

「ふふ、マリンも今は立派なお姉ちゃんね」

 ミコトさんが微笑ましげな顔でマリンを見てきました。

 そんなのではありません、ただスグルに対する罪悪感があるだけです。

 そして、マリンたちは5時間ほど歩き、目的地の教会にたどり着きました。

 太陽はすっかりてっぺんまで登っています。

「スキヤキくん、着きました……あ」

 見ると、スグルは寝ていました。

 こうして見ると、本当にかわいい子供です。

 教会の中はだいぶと汚く、床が抜けそうで怖いのですが頑張るしかありません。

「木彫りの女神像、あれね」

 ミコトさんはそう言うと、服のたもとから一枚の紙きれを出しました。

 紙切れは床に落ちると、粘土人形へと姿を変えます。

「あそこの女神像を回してきて」

 ミコトさんがそう言うと、粘土人形はトコトコと歩いて、女神像をくるりと回しました。

 すると、床が急に震え、スライドしていきます。

 そして、そこに本当に存在しました。隠し階段です。

 しかも――その階段から大量の大きなネズミが出てきました。

「ダ……ダイヤモンドダスト!」

 魔法を唱えると、無数の氷の粒子がネズミへと突き刺さり、出てきた魔物を絶命させていきました。

 ですが、それでも数は一向に減る気配がありません。

「数が多いわね」

 ミコトさんはそう言うと、一歩前に出て――


 空気が、いえ、世界が変わりました。


 何をしたのか全く分かりません。

 ただ、先ほどまでいたネズミが全滅していました。

「じゃあ行きましょうか」

 ミコトさんがそういい、私はようやく口を開くことができました。

「ミ……ミコトさん、今、何をしたんですか?」

「ちょっと本気で睨み付けただけよ」

「に、睨み付けただけ……って」

 ミコトさんは袂からさらに粘土人形を30体出して落ちたカードを集めさせます。

 迷宮の奥に行くと、明らかにミコトさんの視線の届かない場所にいる場所にまでカードが落ちていました。

 どうやら、入口付近のネズミは全滅しているようです。

 スグルはまだ熟睡しています。チョコも平然としているところを見ると、効果の範囲をかなり限定したのではないでしょうか?

 ミコトさん、怖すぎます。

 マリンたちはその後迷宮を進みましたが、未踏迷宮とは思えないほど一体も魔物を見かけることなく迷宮を進みました。

「ふぁぁぁ」

 暫くして、スグルが大きな欠伸をして起きました。

「スキヤキくん、もう起きたんですか?」

「うん、おはよう、マリンお姉ちゃん」

 また胸がドキっとしました。

 ですが、もうお姉ちゃんと呼ばれる時間も終わりのようです。

『マリン、解呪の泉の力を感じました。もう少しです』

 頭の中でマナが囁いたからです。

 迷宮の最奥に小さな泉がありました。

「破邪の力を感じるわね。これが解呪の泉かしら」

「はい、マナが間違いないって言っています」

 頷き、スグルにチョコから降りるように言います。

 マナが力を使い、スグルにこの教会の隠し階段の秘密を埋め込ませます。

 本来、ここで見たり聞いたりした記憶は忘れてしまうそうなのですが、マナの時間を操る力により、見てもいない階段の記憶を覚えさせました。

 こうしないと、時間軸の流れがおかしくなるとか。

「スキヤキくん、この泉に入ると、スキヤキくんは元の世界に戻れます。記憶も元に戻ります」

「お姉ちゃんも一緒に行くの?」

 スグルに聞かれ、マリンもできることなら一緒に行きたいという気持ちにかられます。

 ですが、それはできないことです。

「いいえ、マリンは一緒にはいけません。ですが、必ずまた会えます」

「本当に?」

「はい。スキヤキくんが大人になって、立派な村長になればきっとです」

「村長? 市長じゃないの?」

「えっと、似たようなものです」

「うん、わかった。僕、きっと立派な村長になるよ」

 そういい、スグルは泉に入ろうとしました。

「スキヤキくんっ!」

 マリンは思わずスグルを呼び止めていました。

「どうしたの? お姉ちゃん?」

「い、いいえ。マリンはスキヤキくんと一緒にいれてとても楽しかったですよ」

「うん、僕も楽しかった」

「それと、スキヤキくん」

 そういい、幼いスグルは泉の中へと消えていきました。



   ※※※



「で……俺がここにいるわけか」

 なぜ、知らない場所で裸でいたのか、という疑問がようやく理解できた。

「うぅ、痛いですぅ」

 事情を聴き終えた俺はとりあえずマリンのコメカミをぐりぐりして、嘆息をついた。

 先ほどまで着ていたらしい子供服は全て裂けてバラバラになっている。

 唯一パンツだけはかなりきついが無事だった。

「この格好のまま帰るのか」

「あら、予備の服ならあるわよ」

「本当か? さすがミコト。気が利……って、おい、それ」

 ミコトが取り出したのは、巫女装束だった。

 足袋まである。

「それ、お前の予備の服じゃないか」

「嫌なら着なくてもいいのよ?」

「……ぐっ、貸してもらう」

 流石に裸で移動するわけにもいかず、俺はその服を受け取ることにした。

 俺にはくびれがないので、帯をきつく結ばないと袴が落ちそうになる。

「良く似合ってるわよ」

「ミコト、絶対わざとだろ」

 恍惚の表情を浮かべるミコトに、俺はげんなりした口調でつぶやく。

「スーちゃ……スグルくん、今度は浴衣も着てみない?」

「確信犯だな! ミコト、こうなることを想定していて巫女装束を用意しただろ!」

 俺が叫んだとき。

 ミコトの表情が変わった。

「誰か戦っているわ」

「そういえばゲンガー達にこの遺跡の調査を頼んだんだった。やばいな、会ったらあいつらに絶対笑われる」

「え? ゲンガーさん達は腐臭地帯の調査に行ったはずですよ?」

「は? 腐臭地帯はあの新米冒険者の最終試験で……」

 俺はそういい気付いた。

 どういうわけか、依頼が入れ替わっている。

 どちらの依頼書もテーブルの上に置いたままだったが、俺が子供になっていたせいで、どういうわけか入れ替わったのか。

「やばい、あいつらじゃ未踏迷宮の探索はまだ早い、ミコト、行くぞ」

「スグルくん、マリンちゃん、先に行って」

「は?」

「私達はこの子たちの相手をしないといけないみたい」

 ミコトが言う。その視線の先には、白いワニが30匹。

 確か、シロコダイルという魔物だ。そして、その中でも巨大なワニが一匹。

 ボス魔物だろう。

 全員敵意丸出しでこちらを見ている。

「スグルくん、これを持っていきなさい!」

「助かる……ってカツラじゃないかっ!」

「さすがに新人くんたちの前でその格好でいくわけにはいかないでしょ」

「カツラをしたほうが致命的な気もするが……チクショウ」

 こうして、俺はカツラをかぶり、新人冒険者二人を助けに向かった。

 結果、ギリギリ二人を助けることができた。

 カリナという女の子のほうは、MPが尽きて気を失っていたので、チョコの背中に乗せる。

「あの、スーちゃ……スーさんですよね?」

 スーさんって、どこかの建設会社の社長みたいだからやめてほしい。

 釣りバカの師匠なんていない。

 と文句を言いたいが、俺は無言で貫き通した。

「助けてくれてありがとうございました」

 俺は無言で頷く。

 はぁ、はやく迷宮から出たい。

「スーちゃん、マリンちゃん、こっちは片付いたわよ」

 ミコトはとてもうれしそうにやってきた。

 魔物を倒したことよりも、俺がカツラをかぶり、女装姿をしていることがうれしいのだろう。

「あ、彼女はミコトさんです。とても強い人ですよ」

「強いって、マリンちゃんよりも?」

「はい、私なんて足元にも及びません」

「え……そんなに……はじめまして、僕はラキアといいます。よろしくお願いします」

「よろしくね」

 ミコトは微笑を浮かべた。それに、ラキアはドキッとして顔を赤らめる。

 あ、これは完全にハートを射抜かれたな。

 そして、迷宮を出たとき、カリナが目を覚ました。

「……ん? ここは」

「カリナ、危ないところを三人が助けてくれたんだよ」

「そうだったんですか、ありがとうございます、マリンちゃん、お姉さん、村長さん」

「「えっ」」

 俺とラキアが二人声を合わせて驚きの声を上げる。

 それが失敗だとわかったのはすぐだった。

「今の声、本当に村長なんですか? なんでそんな恰好で……」

「あぁ、隠れてお前たちの様子を見るためだ。全く、危ないことをして」

「そうだったんですか……すみません」

 俺が適当についたウソにラキアは謝罪する。

 相変わらずクソ真面目なやつだ。

「冒険者は安全を確保して行動しなくてはいけない。基本だぞ」

「ですよね。カリナも危険な目に合わせてしまって、冒険者失格です」

「まぁ、反省したならいい。今度からドラゴンレンジャーズと一緒にそこらへんは学んでいけ」

 俺がそう言うと、ラキアは驚いた表情をし、

「それって、もしかして」

「ああ、見習いからだが、ドラゴンレンジャーズへの入団を認めてやる」

「あ、ありがとうございます!」

 ラキアは顔を輝かせ、俺に何度もお辞儀をした。


 三顧の礼というほど大層なものでもないが、ドラゴンレンジャーズへの入隊条件は三つある。

 一つ目は断られてもあきらめない信念。

 これは、俺が無下に断ることで試す。

 二つ目は自分の実力の把握をし、それでもドラゴンレンジャーズに入りたいという情熱。

 これは、マリンやハンゾウ、ミコトなどと一緒に行動させ、実力差をはっきりと認識させることで試す。

 最後に、きつい仕事を与えてみる。

 腐臭地帯の調査。この最後の試練に挑戦するのは二人が最初になるはずだったのだが、どういうわけか依頼が入れ替わってしまった。

 まぁ、この未踏迷宮の調査も無理難題といえるからな。

 二人は見事にクリアしたわけだ。断る理由はもうない。


「お前たちはまだスタート地点に立っただけだ。冒険者として何を成すか、これからみさせてもらうからな」

「「はい」」

 ラキア、カリナ、二人が声をそろえて頷いた。

「女装してなかったらかっこいいんですけどねぇ」

「うるせぇ」

 俺はそういい、マリンの頭をぐりぐりした。



 こうして、冒険者二人が村に加わった。

 なんだかんだいってハッピーエンドの物語のはずだった。

 村に帰って、俺に隠し子がいるという噂話が広まっていて、俺を見つけたハヅキちゃんに長時間尋問されるハメになる終わりさえなければ。


 余談ではあるが、子供の時、俺がこの村にいたという記憶はほとんど残っていない。ただ、ハヅキちゃんが幽霊だと最初に知ってそれほど怖いと思わなかったことや、チョコを殺すことができなかったこと、他にも俺がすんなり村長になることを了承してしまったことなどは、もしかしたらこの時の出来事が影響したのかもしれない。


「スグル、怒ってます?」

「怒ってる」

 その日の晩、マリンに尋ねられた俺は間髪いれずにそう答えた。

「ただ、子供のころなんとなくお世話になったお姉ちゃんってのがいた気がして、どうもそれはお前らしいということがわかった」

「え?」

「子供のころの俺が世話になったな……」

 俺はそういい、マリンの頭をぽんと叩いた。

 全く、知りたくなかったな。

 子供のころのほとんど覚えていない初恋の相手が、まさかマリンだったなんて。

「ま、今はお前のことを好きでもなんでもないがな」

 そういい、俺は手をグーにすると、そのままマリンの頭をぐりぐりした。

ラキアとカリナの物語のはずが、スグルの初恋物語で終わりました。

短編を入れる予定でしたが、思ったより長くなったので、次回より三章に突入します。

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