外伝 はじめての冒険者物語 ~迷宮と窮鼠~
人のいない迷宮の中、僕たちの声が響き渡る。
「中級っ!」「19秒!」
短い言葉のやり取り。
『火炎中級魔法を使ってくれ』『クールタイムがあと19秒ある』
そういう意味のある言葉。
僕とカリナ、二人で決めたやりとり。
本当ならもっと余裕を持って言いたかったのに、なのにこんなことになるなんて。
場所は迷宮の袋小路。
前にいるのは、五歳くらいの子供の大きさがある鼠の魔物、ダンジョンラットの群。
ダンジョンラットは強い魔物ではない、西大陸では弱い種類にはいる魔物で、僕たちも何度か倒したことがあった。
だけれど、数が問題だった。
「なんで全然減らないんだよ!」
魔剣を振るい、ダンジョンラットを三匹倒す。
焦げた臭いがしたとおもったら、ダンジョンラットは魔力へと拡散し、カードへと変わった。
だけれども、そのカードを埋め尽くすように、新たにダンジョンラットが現れる。
「ゼロっ!」
カリナが言った。
クールタイムが終わったのだ。
「ファイヤーウォール!」
カリナがそう叫ぶと、炎の壁が現れ、前にいるダンジョンラットの群を飲み込んだ。
今ので50匹は倒せた。
だというのに、その50匹がすぐに補充される。
「くっ、まだだ」
剣を構え直した。魔剣の効果もそろそろ切れる。
これが、未踏の迷宮。
僕たちはそれを甘く見ていた。
「カリナ、クールタイムが終わったら……」
と言ったとき、後ろで何かが倒れる音が聞こえた。
それが何か……すぐに察した。
「カリナっ!」
振り向く余裕はない。
ただ、返事がないことが答えだ。
カリナのMPが切れたのだ。
MP0による意識障害が起きた。
「くっ、僕が無理させたから」
僕たちは甘く見ていた。
これが……未踏迷宮なのか。
※※※
未踏迷宮。
一度も誰も入ったことのない、もしくは百年以上誰も入ることのなかった迷宮。
そういう迷宮は魔物と魔力に溢れている。
魔物を倒しても次々に現出すると言われていた。
なので、未踏迷宮に行く時は入口付近で魔物を倒していき、数か月かけて駆逐していくのがセオリーだと資料には書いてあった。
マジルカ村から歩いて移動すること5時間。
北西の谷底に、古い教会のような建物があった。
壁や床の一部が朽ち果てていた。
そこにある木彫りの女神像を一周回したら隠し階段が現れるかもしれないという不確かな依頼。
なのに、なぜか教会の中に入ったら、すでに地下へと続く階段があった。
朽ちた屋根の隙間から光が降り注いでいる。さらに奥にはステンドグラスがあったのだろう、今は砕け散り、窓枠だけが残っていた。
そして、その階段の奥からは魔力鉱の光が漏れ出ていた。
「どういうことなのかな?」
聞かれてもわからない。
「もしかしたら、未踏迷宮じゃないのかもしれない」
少なくとも資料ではこんな隠し階段は報告にはなかった。
ということは、誰かが僕たちよりも先に迷宮に訪れて階段を出したということだ。
「……とりあえず、中に入ってみよう。魔物の気配も今のところないし」
物音一つしない迷宮の奥を見つめ、僕はゴクリと生唾を飲み込んだ。
「カリナ、例の決め事覚えてる?」
「戦闘中、二人で戦うときは名前は言わず、ってやつだよね」
「うん、戦闘は一秒を争う勝負になるから、気を引き締めていこう」
僕たちはそう言って迷宮の中へと入ってしまった。
迷宮の中は魔力鉱から溢れる淡い光のおかげで松明なども必要としない。
しばらくすると、魔物が現れた。
ダンジョンラットだった。低級の魔物で、余裕で倒せる。
実際、剣を振るうだけで簡単に倒すことができた。
死んだダンジョンラットは三枚のカードに変わる。
【ネズミ肉】【ネズミ毛綿】【10ドルグ】
ネズミ肉はあまり美味しいお肉じゃなく、量も少ないため安く買いたたかれるアイテム。
ネズミ毛綿は水でぬらしてトイレでお尻を拭くときに使われるアイテムだ。こっちも安い。
10ドルグ、銅貨一枚。
まぁ、ダンジョンラット一匹ならこんな程度か。
その後もダンジョンラットだけが現れ、僕はそれらを倒していく。
「そうだね。じゃあ報告に戻る?」
「そうだね、もうちょっと奥に行ってみようか。迷宮には数種類の魔物がいるはずだから、もっと強い魔物もいるかもしれない」
「危なくない?」
「大丈夫、あの程度なら余裕だよ」
そう言って迷宮の奥へと進む。
その後も何度かダンジョンラットを倒し、そろそろ戻ろうかとしたときだった。
ティー字路を曲がって見つけたのは、ダンジョンラットが50匹ほどいた。
そのダンジョンラットが、白いワニの魔物――シロコダイルと戦っていた。
シロコダイルの尻尾による攻撃でダンジョンラットが一度に3匹殺される。
だが、その間も他の47匹がシロコダイルにかみついていた。
シロコダイルは決して弱い魔物ではない。そのシロコダイルがダンジョンラットに倒されていたのだ。
ダンジョンラットにとどめを刺され、シロコダイルは魔力へと変わり果てた。
僕はその時、ようやく気付いた。
この迷宮はダンジョンラットが一番弱い魔物なのだろう。だが、同時にダンジョンラットが君臨している迷宮なのだと。
「か、帰ろう、カリナ、ここはやばい」
「う、うん」
僕たちは逃げ出そうと思い後ろを向いた――そこで見たものは100匹を超えるダンジョンラットの群れだった。
「キャァァァァァァっ!」
カリナの悲鳴が引き金となり、ダンジョンラットが僕たちめがけて走り出した。
「ここにいたら挟まれる、こっちだ!」
僕はカリナの手を引き、迷宮の奥へと走った。
間違いない、あの魔物の数、ここは未踏遺跡だ!
カリナが逃げる途中にファイヤーウォールを放つが、先頭を走るダンジョンラットを倒すだけで、目に見える数は減っている気がしない。
何度かある曲がり角を曲がったところが行き止まりだった。
結果、僕たちは袋小路に追い込まれ、カリナはMPが無くなり倒れた。
窮鼠猫を噛むというけれど、追い詰められた僕に残された手は何も残っていない。
もうダメか、そう思ったとき。
ダンジョンラットの群を飛び越え僕の前に黒い影が降り立った。
ダークキャット、マジルカ村の周辺に生息する黒い大きな猫の魔物。
その強さはランニングドラゴンにも匹敵すると言われ、力の尽きかけた今の僕にはかなう相手ではない。
全てを諦めようとしたときだ。
そのダークキャットが、ダンジョンラットに攻撃をはじめた。
爪で切り裂き、牙で噛み、そして、倒れたダンジョンラットはカードへと変わった。
魔物同士の戦いだと魔物はカード化しない。なら、このダークキャットは一体?
そう思ったときだ。
「ダイヤモンドダスト!」
この声は――マリンちゃん!?
声とともに現れた無数の氷の破片がダンジョンラットに降り注ぎ、目に見えるそれら全てを凍らせる。
凍り付いた魔物がガラスの破片のように砕け散る中を歩いてくる二人の人影を見て、僕は驚愕した。
一人は当然、マリンちゃん。
そして、もう一人。
実際にこうして会うのは初めてだけど、その名前は何度も村で聞いた。
長い髪の美人な女性。
白い服と赤いスカート……独特な衣装を着た女性。
そう――
「……スーちゃんさん!」
肖像画に描かれた女性とうりふたつの黒髪美人さんが、僕たちの前にいた。
ダークキャットはスーちゃんさんに向かって走って行くと、彼女はダークキャットの頭を優しく撫でた。
そうか、ダークキャットはあの人の従魔なのか。
でも、二人はなんでここにいるんだろう?
そして、スーちゃんさんはなんでそんなに不機嫌そうな顔をしているんだろう?
ヒロインは遅れてやってくる!
次回で外伝終わりです。




