外伝 はじめての冒険者物語 ~子供と子供~
目を開けて視界に映りこんだのは、自分の小さな手と石の天井だった。
横を見ると、テーブルがあり、書類の束がある。一枚の紙を手に取り、それを見てみる。
《迷宮探索の依頼:北西の谷底の遺跡探索》
読めない漢字がまざっているが、難しい内容だということはわかった。
そして、再びあたりを見回す。
ここは……どこ?
初めて見る場所だ。
「気付きましたか?」
そう声をかけてきたのは、僕より年上のお姉ちゃんだった。
ベッドに横になったまま足元の方向を見る。
とんがり帽子、おかっぱ髪の見たこともないお姉ちゃんだ。
「魔法使いみたい……」
「え?」
僕がなんとなく呟くと、笑っていたお姉ちゃんの顔がひきつる。
「あれ……ここは……どこ?」
「えっと、何も覚えていないんですか?」
「……うん……僕は……一体誰なの?」
あぁ、わかった。
記憶喪失というやつだ。
お姉ちゃんは僕がそう言うと、手に持っていた本を捲り、さらに顔を青ざめさせる。
「あぁ……実は……実はマリンも記憶喪失で、この村にお世話になっていたんですよ。ス……スキヤキくんと一緒ですね」
「スキヤキ? それが僕の名前なの?」
「そうです! スキヤキくん、いい名前です!」
そうか、いい名前なのか。
記憶が曖昧だけど、一瞬、なにかの料理の名前かと思った。
僕は起き上がり、ベッドに座ることにした。
「えっと、マリンお姉ちゃん……でいいのかな」
「……お姉ちゃん!?」
僕がそう言うと、マリンお姉ちゃんは驚いて、顔を赤くしてぷるぷる震えた。
「マリンお姉ちゃん、どうかしたの?」
「はうっ」
お姉ちゃんは再びぷるぷる震え、「……にときめくなんてありえないです」と小声でぶつぶつ言っている。
そして、お姉ちゃんは息を整え、
「スグ……村長に聞きました。ここはアナザーキーと呼ばれるス……スキヤキくんがいた世界とは違う異世界なんです。マリンたちの記憶がないのは、世界を越えた影響だそうです」
「世界を越えた……?」
そんなこと、本当にあるの?
でも、記憶がないのは本当だしなぁ。
よくわからないよ。
「ただいまぁ」
僕が悩んでいると、誰かが帰ってきたようだ。
女の人の声だ。
「スグルさんが帰ったって聞いたんですが、あれ? その子は?」
「うわ、猫がしゃべってる!」
部屋に入ってきたのは黒猫だった。
ううん、違う、よく見ると黒猫じゃない、黒猫のぬいぐるみだ。
「あぁ、すみません、驚かせましたね」
黒猫のぬいぐるみはそう言うと、そこから半透明のお姉さんが現れた。
「うわ、お化けっ!」
「お化けじゃありません! 幽霊です!」
セーラー服、ポニーテールの、高校生くらいのお姉さんの幽霊だ。
怖い……僕、どうなっちゃうんだろ。
「大丈夫ですよ、ハヅキは悪い人じゃありませんから」
「大丈夫……なの?」
「はい。あれ? この子……」
ハヅキさんは猫のぬいぐるみに戻った。
そして、僕の前のテーブルに飛び乗り、
「あれ、この子……」
僕の顔をじっと見ると、
「マリンちゃん、スグルさんはどこですか?」
「えっと、村長は、今はいないデス。ええと、急用がデキテ馬車でドコカニ」
「そうですか、一応あたりを見てきます!」
そう言うと、ハヅキさんは開いていた窓から飛び出していった。その姿は本当の猫のようだ。
マリンお姉ちゃんはというと、真剣な表情で本を読み続けていた。
僕はとりあえず立ち上がろうとして……自分の服が妙なことになっていることに気付いた。
服がぶかぶかなのだ。
ベッドの横に置いてある革靴も僕の足のサイズと比べたら大きすぎる。
「あぁ、そうでした。スキヤキくんはこれに着替えてください」
「え?」
「子供服です。一応用意しておきました」
「あ、ありがとうございます」
僕は服を受け取り、マリンお姉ちゃんを見て、
「あの、着替えるので出て行ってもらえませんか?」
「あ、そうでしたね。あはは」
そう言ってマリンお姉ちゃんが部屋から出て行く。
ちょっと変な人だけど、いい人に会えたな。
そう思いながら、僕は服を脱ぎながら、さっきお姉ちゃんが読んでいた本を見た。
そこには魔法の名前が書かれていた。
やっぱりあのお姉ちゃんは魔法使いだったみたいだ。
「凄いなぁ」と呟いて僕は新品と思われる衣服に袖を通した。
その時だった。
扉がノックされ、誰かが入ってきた。
「悪いな、息子に頼まれてな。俺はゴメス、酒場のマスターだ」
ゴメスさんは身体の大きな男だった。
「は、はい。僕はスキヤキです」
「スキヤキか。変わった名前だな」
男はテーブルの上の書類を一枚とり、
「これしかないな」
そう言ってゴメスさんは僕の顔をちらりと見て、
「ん? 他人の空似……か。坊主、何歳だ?」
「えっと、ちょっとわかりません」
「そうか……なぁ、嬢ちゃん、村長って今何歳だっけか?」
「え、ええと、もうすぐ17になるって言ってました」
ゴメスさんが尋ねると、マリンお姉ちゃんが部屋の外から答えた。
「なぁ、坊主、兄ちゃんとかいるか?」
お兄ちゃん? えっと、この世界が異世界だというのなら、
「いないはずです」
「そうか、いや、変なことを聞いて悪かったな」
僕がそう言うと、ゴメスさんは出て行った。
今度は別の人が家に入ってきたようだ。
「スキヤキくん、もう着替え終わった?」
「うん、着替え終わりました」
そう答えると、部屋に入ってきたのはマリンお姉ちゃんだけじゃなかった。
マリンお姉ちゃんより少し年上のお姉ちゃん。
金髪縦ロールで、普通の耳の代わりに頭の上に狐耳が生えている。
「ガルハラン商会のパスカルといいます。村長はいらっしゃらないんですね」
「だから、いったじゃない。村長は急用ができて馬車にのってどこか行ったって」
「困りましたね、明日のための依頼書を取りに来たんですが」
「依頼書ってこれですか?」
僕は持っていた紙を渡す。
「えぇ、これのようですわね。ありがとうございます……あの、ぶしつけで失礼ですがスキヤキさんはいま何歳ですか?」
「ごめん、パスカル、この子記憶喪失で年齢とか覚えてないから。今日は帰ってもらっていい?」
「……そうですか。失礼しました」
そういって、パスカルさんも家から出て行った。
一体、なんでみんな年齢を聞くんだろう?
「ねぇ、マリンお姉ちゃん」
「なんですか? スキヤキくん」
「さっき、本で見たいんだけど」
僕は興味津々で尋ねた。
「年齢逆行魔法って使えるの?」
その時、マリンお姉ちゃんはこれでもかというほど顔をひきつらせた。
※※※
「ねぇ、ラキアくん、晩御飯何食べる?」
「昨日飲んだスープおいしかったからなぁ」
僕たちは今夜の晩御飯について話しながら酒場に戻った。
酒場の中ではドラゴンレンジャーズの皆がそろっていた。
今夜は武勇伝を聞かせてもらおう、そう思っていると、
「おう、昨日の坊主達じゃないか! 面白い話があるんだが、お前も聞いていかないか?」
「え? 面白いって何?」
カリナがはやくもくいつき、皆がいるテーブルに行った。僕も武勇伝が聞けると思った。
そして、ゲンガーさんが話題を切り出す。
「実はよ、今日何人かが見たんだが、どうにもこの村にいるらしいんだよ」
ゲンガーが一拍間をおき、意外な事実を告げた。
「村長の隠し子がよ」
え?
「しかも、村長は実は16歳じゃなくて、20歳を超えているって話だぜ」
えぇぇぇぇぇぇっ!
意外すぎる展開に、僕は驚愕した。
そして、思い出した。
あのスキヤキくん。
村長と瓜二つだったことに。
村人全員から信頼されていて、ミスコン優勝者の賞金を持ち逃げして、借金まみれで猫と子供に養われて隠し子もいるて4歳以上鯖をよんでいる。
凄いな……ただものじゃない。
スキヤキくんは本当にスグルの隠し子なのか?
謎は深まるばかりだ。
スキヤキくん視点の話はラキア視点の話を全部終わらせてから始める予定だったけど、なんか前の話でバレバレ祭りだったので、同時進行でいきます。
あと、前の話で20万文字突破していました。
ここまで長い文章を読んでくれてありがとうございます。




