外伝 はじめての冒険者物語 ~鍛冶屋とお風呂~
バッカスさんに、村長は今日は忙しいから、もう一度会いにいくなら明日にした方がいいと言われた。そのため、僕たちは宿の部屋を二つ押さえ、村を見て回ることにした。
最近、急成長している村というだけあり、新しい建物が多い気がする。
「ねぇ、ラキアくん、あそこに鍛冶屋さんがあるよ、行ってみようよ」
煙突から煙があがり、金鎚と金床のマークのついた看板がかけられている建物。
村の入り口にあったが、村に来たときは馬車の中だったので気付かなかったようだ。
「鍛冶屋か……いい武器とかあればいいんだけどな」
大きな町では鍛冶屋の横に武器屋、防具屋が併設されているが、僕の住んでいたような小さな町は鍛冶屋が武器屋、防具屋を同時に経営していることが多い。
もちろん、村の中の鍛冶屋なのでそこまで凄い武器を期待するのはどうかとも思ったが、ドラゴンレンジャーズのメンバーの武器を鍛えなおしたりしているかもしれないという思いもある。
「じゃあ、行ってみよぉ! 失礼しまぁぁす!」
「あ、ちょっと、カリナ!」
ノックもせずに、カリナは鍛冶屋の扉を開けた。
扉を開けると、強い熱が屋内から溢れてきた。
そして、聞こえるのは金属を打つ鎚の音。
金属を打っているのは、背の低い女性だった。長い髪の褐色肌の女性だ。おそらく、ドワーフだろう。
「客かい? こっちは工房だよ、店の扉はあっち」
「え、あ、すみません!」
僕たちは慌てて工房の左側にある店側に移動した。
「ちょっと待ってね、今手が離せないから」
そういい、彼女は熱せられ、赤くなった金属へと鎚を振るった。
その光景に僕もカリナもつい見入っていた。
彼女は叩きあがった金属をお湯の中へと入れる。
蒸気が工房中に広がった。
彼女はお湯から、刃を出し、その状態をチェックする。
「ふぅ、まだまだだね。っと、ごめんごめん、あたいはビルキッタ。あんたたちは客かい?」
「あ、いえ、ちょっとどんな武器があるか見に来たんですが」
そうはいったが僕はまだここにどんなものがあるのか見ていなかった。
武器や防具だけでなく、金属細工まである。
「これ、もしかして竜のお守りですか?」
布に包まれたお守りを見て、僕は尋ねた。
「そうだよ、マジルカ名物竜のお守り。どうだい? 1個買うかい? 安くしとくよ」
「あ、いえ、あんまり手持ちがないので……って、え? 100ドルグ? 安すぎませんか?」
僕の知ってる値段だとこの5倍はする。魔法耐性が上がるので、いつか買おうと思っていた。
「飛竜のお守りなら500ドルグだよ」
「飛竜!?」
飛竜といえば、空飛ぶ災害。関われば死ぬことが必定。
そのため、鱗や牙なども高値で取引される。
「この村では飛竜を大量に狩りすぎてね、今は数が増えるまで禁猟中さ」
「飛竜を……保護してるんですか?」
僕は愕然として尋ねた。横でカリナが「あ、この猫の金属細工可愛い……買おうかなぁ」と全く話を聞かずにショッピングを楽しんでいる。
「お、お嬢ちゃん、見る目あるね、それはハヅキちゃん、村長の彼女をモデルにしてるのさ」
「え……村長の……彼女?」
僕はまたも信じられないことを聞いた。猫が彼女って……何、それ、寂しすぎない?
「へぇ、会ってみたいなぁ。ハヅキちゃんは今どこにいるんですか?」
「商会で鑑定の仕事をしているはずだよ」
またもや意味のわからない話だ。
鑑定の仕事? 猫の動物的本能で仕分け作業でもしてるのだろうか?
僕は恐る恐る尋ねることにした。
「あの、村長ってどんな人なんですか?」
「村長? そうだね、いいヒトだよ」
ビルキッタさんは笑顔で答えた。
「あんたたち、ドワーフで女の鍛冶師ってどう思う?」
「……? カッコいいと思いますよ」
カリナが何を聞いているのかわからないという感じで返事する。
だが、僕は違った。
鍛冶師っていうのは力のいる仕事、女性よりも男性のほうが多い。
「そっちの男の子はなんとなくわかったみたいだね。前はこことは別の町で働いていたんだよね。でも、鍛冶の仕事は男社会、あたいは鍛冶師としては若いし、種族の差とかもあって、鎚もマトモに触らせてもらえない。奴らが求めるのはドワーフの技術の提供のみ」
ビルキッタさんは水を飲み、そしてつづけた。
「さすがに嫌気がさしてね、そんな時だよ、ハンゾウ君にぜひこの村で働いてほしいっていわれたのさ」
村に来て、ビルキッタさんは村長にこう言われたそうだ。
『俺は性別補正とかあまり気にするタイプじゃないからな。むしろ、年齢だけ重ねて実力の伴わないやつよりはビルキッタのほうが数十倍いいと思うぞ』
それが本心であることはすぐにわかったと彼女は言った。
すぐに彼女に鍛冶工房が与えられた。なんの実績もない、会ったばかりの相手に対してだ。
「僕と反対だ……どうして村長さんは変わってしまったんでしょうか?」
「変わった?」
ビルキッタさんは少し考え、
「村長は何も変わってないよ。自分にできることを精一杯やってる、最高の村長さ」
「ビルキッタさん、このハヅキちゃんの細工ください!」
カリナはそういって、銀貨3枚、300ドルグを支払って猫の形の金属細工を買っていた。
ビルキッタさんに勧められ、僕とカリナは鍛冶屋の隣にあるという公衆浴場に向かった。
沸かしたお湯の中に入るというお風呂。そういう習慣が一部の貴族や王族といった一部の金持ちの間にあると聞いたことがある。
それがこの村ではわずか20ドルグで入れるという。
この時間ならまだ空いているから、入ってみたらいいと言われた。
当然、男用と女用に分かれており、僕たちは分かれて建物の中へと入っていく。
男と書かれた布をくぐると、お婆さんが男用の脱衣所と女用の脱衣所の間に座っていて、そこで銅貨を2枚渡した。
「ありがとうね。かけ湯を、一度桶でお湯を掬って身体を洗い流してから入るんだよ。貸しタオルはいるかい?」
そう言われたが、タオルは持っているので断った。10ドルグ支払うのがもったいない。
そして、洗い場へと向かう。
『ラキアくん、凄いよ! お風呂だよ! 貴族の遊びだよ!』
「あぁ、凄いな……」
ここのお湯は、隣の鍛冶工房の熱を利用して沸かしているという。
ただ、水を汲むのは重労働だろうなぁ、と思いながら、僕はお婆さんに言われた通り、かけ湯をする。
『うわぁ、ラキアくん、本当にいい気持ちだよ! ラキアくんはもう入った?』
「まだだよ、カリナ、ちゃんとかけ湯したの?」
『うん、したよぉ!』
カリナからの返事に、ちょっとだけ安心し、僕もお風呂に入る。
初めての入浴。
熱が身体の外から中へと伝わっていき、顔から汗が流れ出る。
身体全体が活性化しているようだ。
ただお湯の中に入るという行為がこんなに気持ちのいいものだったなんて。
「お風呂って、本当に凄いんだなぁ」
貴族が求める気持ちもわかる。
こんなにも素晴らしいものだったなんて。
「拙者も同意でござる。お風呂こそ漢の夢でござるな!」
「そうだね、夢みたいだよ」
僕は頷き、驚いて声をした方を見た。
冒険者としての勘はあるのに、その声の主が現れたのに全く気付かなかった。
見るからに怪しい、お風呂の中なので裸なのに、なぜか顔の部分を目元以外黒い布で覆った男。
顔に何か病気があるのだろうか?
それにしても、凄い傷だらけの身体だな、冒険者だろうか?
そう尋ねようとしたら、
「お主も拙者とともに夢を追わぬか?」
「も……もしかしてドラゴンレンジャーズの人ですか?」
「うむ、拙者はドラゴンレンジャーズの一員でござる。名をハンゾウと申す」
ハンゾウ。ビルキッタさんを誘ったという人の名前だ。
「あなたと一緒に夢を追うって、まさか――」
もしかして、僕、ここでドラゴンレンジャーズの一員になれるの?
村長にまだ許可はもらっていないのに?
でも、つかめる夢がここにあるのに手放す理由なんてないよね。
「うむ、拙者と一緒に女湯を覗くという夢を追いかけようではござらんか!」
――やばい、犯罪に巻き込まれた。
ビルキッタの話になりました。
ぱっと終わらせるはずの外伝でしたが、思ったより長くなりそう。
これ、通算50話目になります。
50話目の最後が、覗きの勧誘って、どんな物語なんだろ?




