4 サルにはできないドラゴン退治
村人全員に用意されたのはランニングドラゴンのステーキだった。
さて、ここから俺はランニングドラゴンのステーキについて熱く語らないといけなくなるはめになる。
一言で言えば「うまい」なのだが、それはドラゴンステーキについて失礼だ。
ドラゴンは魔力を蓄える生き物だといわれ、魔力の力によって凝縮されたその肉は、質量と同時にうまみを凝縮している。
高品質の脂肪の粒子が凝縮された肉にうまみとやわらかさを錬金魔法のように生み出してくれる。
まるで鉄の塊のような重量感を持つ肉に歯をいれたとき、その重量感は重厚感へと姿を変える。
味のビッグバン、そう表現した人がいると言った。
そうだ、味が爆発したんだ。あふれる肉汁、豊潤で、それでいて清澄な肉のうまみ。
まるで溶けるように喉の奥へと入っていくそれは、俺の全身をかけめぐり、脳に緊急信号を告げさせる。
つまり、「もっと食わせろ」と。
これは危険な薬物と同じだと危機感すら覚える。
それを証拠に、誰もが無言でドラゴンステーキにむさぼりついていた。
一頭分のランニングドラゴンの肉が半分、無くなるのに時間はかからなかった。
誰もが満足。誰もが満悦。
ハヅキちゃんを除いては。
「うぅ、私も食べたいです」
お預けをくらった黒猫のような仕草のハヅキちゃんを見て、この時は素直に「かわいそうだな」と思った。
そして、もう一つ。
俺は気付いた。
これを使えば絶対にいける。
翌朝、俺はさっそく実験にとりかかった。
この村の特産品は岩塩である。
それを利用し、俺はランニングドラゴンの肉をスライスしてもらい、塩漬けにすることにした。
酒場のマスターの奥さんは手伝ってはくれていたが非常に残念そうな顔をしている。
「干し肉、冒険者の非常食だね。ただし、固くて人気のない非常食にすぎないものを、わざわざドラゴンの肉で作るのかい?」
「日持ちさせるためには絶対に必要だろ? まぁ、これは実験だから実際に売るわけじゃない。できあがったら村のみんなで食べるさ。
たぶんだが、ドラゴンステーキに負けず劣らずの最高の味になるぜ」
「村長さんがそういうのなら、楽しみにしてるよ」
今日は塩漬けだけなので大した仕事の量ではなかった。
そのあとは奥さんと村の貯蔵庫へ。貯蔵庫は酒場から少し離れた場所の地下に作られていた。
入口の鍵をあけてもらい、そこに塩漬けの入った樽を置く。
あとは2日置いて、天日干しをしたら完成だ。
貯蔵庫には初めてはいるが、最初に目についたのは、トイレットペーパーのような構造で、木製の芯に巻かれた木綿だった。
薄暗いためよく見えないが、かなりの量がある。
「だいたい、1本で10着の服が作れるくらいかね」
と奥さんが説明してくれた。
「奥さんの着ている服も木綿製か?」
「そうさ、この大陸だとまだまだ麻の服を着ているところが多いからね、うちの村の特権みたいなもんだよ」
なるほど、木綿はまだあまり浸透していないのか。
「うちの村の木綿は私の生まれたころはマジルカ木綿っていやぁ、木綿の代名詞みたいなもんだったのにさ。今では安く買いたたかれるだけの特産品になっちまったよ」
「他の場所の木綿とは違うのか?」
「このあたりの綿花は大きくて、しかも丈夫で肌触りがいいからね。綿花は春に種を植え秋に収穫。冬の間に女たちが木綿にするのさ」
と奥さんが説明してくれた。
つまり、品質には自信があるが、独自のマーケティングを確保していないためにいいように買いたたかれているってわけか。
攻め方さえ考えたら、もしかしたらいい商売になるかもしれない。
「絹ならもっとよかったんだけどな」
「村長さん、無茶いっちゃいけないよ……絹っていったらヘブンインセクトのドロップアイテムじゃないか。そんなの滅多に出ないよ」
「ドロップアイテム……?」
「そうさ、ヘブンインセクトは大陸のいたるところにいる虫の魔物でね、倒すと『絹糸』か『絹』のカードを落とすのさ。数は少ないがね」
ヘブンインセクト……天国虫……天虫、あぁ、蚕のことか。
これがゲームならもっと名前を考えろ、と言いたいが、
「絹ってヘブンインセクトが口から吐く糸を使うんじゃないのか?」
「魔物はその身体だけじゃなくて、出すもの全てが魔力の塊のようなものだからね。時間がたてば消えちまうよ」
「そうか……」
どうりで、農村なのに鶏小屋とかの家畜小屋がないと思った。
この様子だと鶏卵とか、牛乳とかも普通の方法では入手できないのだろう。
牧○物語みたいなほのぼのライフは無理ということだ。
その代わり、カードの中だと腐敗とかはなさそうなので、日持ちはしそうだ。
「条件はそろっている。あとはあいつらしだいか」
今朝出ていった6人の姿を思い浮かべる。昨日、村の周辺の魔物退治に行ったメンバーだ。
忍者、巫女、猫のぬいぐるみ、木こり、酒場のマスター、村の二十歳の男。
なんとも異様なメンバーだ。
6人パーティーで北にあるという竜の谷へと向かった。
昔はあのあたりも街道があったのだが、百数十年前に竜が住みつき、近づくものを殺してきたため、村人は今では誰も近づかない。村を経由して竜の谷に向かった冒険者もまた誰も村に帰ってくることはなかったという。
まぎれもない竜の巣だろう。
二十歳の男――サイケは同行することに渋っていたが、ミコトが横目で睨み付けると素直に従い、同行することになった。
本来は村人を連れていく必要はないのだが、最終目標としては俺たちがいなくてもランニングドラゴンを倒せる戦力を手に入れること。
昨日から6人には「繋がりの指輪」というパーティー結成用の指輪を装備してもらっている。
6人全員、昨日のうちに「竜戦闘」というスキルを獲得していため、今日はそのスキルのレベル上げをしてもらうための同行だ。
ゲーム開始前のミコトのボーナス特典、経験値2倍。
ここがゲームの中なのか異世界なのかはわからないが、きっと俺は反映されていると思う。竜戦闘20とか30とかになったら、きっと、あの素でチートな3人がいなくてもランニングドラゴン退治くらいできるようになるはずだ。
完全な寄生プレイによるレベリング作業は、MMOをしていたときに見るといやな気分になったものだが、この場合は仕方がない。
そうだな、これは「ド○クエ5」の嫁だと思ったら可愛いんじゃないか? もしくは「ポケ○ン」で使う「がく○ゅうマシン」だ。
本当は俺もレベリングしたいがなぁ……
酒場よりにさらに奥にある役場。
役場といっても秘書用の机と村長用の机、書類用の棚があるだけの部屋だ。
村長になるにはシスターから「就任」の魔法を使ってもらうだけだが、書類上はほかにもある。
村長就任したという知らせを都市同盟の連合本部に送らないといけないし、これから関わっていくであろう交易所や商会、各都市の権力者などの重要人物に手紙を送っておかないといけない。
2代前の村長の残した、就任時用のテンプレ書類をコピペすることにして、俺は手紙を書き進める。
「リアル村経営ゲームは雑務多すぎるぞ」
スキップ機能が欲しいと心から思う。クソゲーにもほどがある。絶対にこんなゲームはやりたくないし、物語になっても読みたくない。
だが、オフラインゲームと違い自分以外の大勢の生活を握っているというのだから、手を抜くことができない。
村長就任報告の書類を書き終えたときには、すでに太陽はてっぺんを超えて傾きだしていた。
そろそろあいつらも帰ってくるころだろう。
本当なら汗を流すためのお風呂をわかしてやりたいところだが、風呂に入る習慣はこの村にはないらしい。
俺は役場に鍵をかけて出ると、酒場に出向いて、お湯を用意してもらうことにした。
「まぁ、汗をぬぐうくらいのおしぼりは、日本人からしたらありがたいもんな」
木綿の手拭い5枚をお湯につけてしぼる。ハヅキちゃんの身体はどうしたらいいんだろう?
ぬいぐるみって下手に洗ったら色落ちしそうだしなぁ。
おしぼりを用意しながら考えていると、
「村長! 大変だ!」
そう言って男の子が酒場に入ってきた。
何かあったに違いない、俺はそのままに酒場を飛び出した。
村の北側の入り口に行くと、一緒にランニングドラゴンを退治しにいっていたはずのサイケがいた。
全力でここまで走ってきたのだろう、息も絶え絶えという様子だ。
他の村人が彼に水を飲ませている。
「何があった!」
俺が尋ねると、水を一気に飲み干した男がすごい形相で叫んだ。
「で……でやがった! ドラゴンが!」
「それは……ドラゴンを退治にいったんだからドラゴンは出るだろ」
まさかランニングドラゴンを倒しに行って、ランニングドラゴンにびびって逃げてきたのか?
別に戦えって言ってるわけじゃない、あいつらが戦っているところを見ているだけでいいっていうのに。
「そうじゃない! ランニングドラゴンなんかじゃないんだ! 出てきたのは、飛竜なんだよ!」
サイケがそう叫ぶと、村中の人が驚愕した。
飛竜? 翼竜の類か?
F○5なら乗り物になりそうだが――
「あいつらならなんとかできるんじゃないか?」
「バカいえ、飛竜ってのはな、その鱗は鉄よりも固く、魔法耐性があって普通の魔法攻撃は効かない。その爪は全てを引き裂く。
三度の人生に一度会うかどうか、会えば逃げられるか死んでしまうかっていう死神のような怪物なんだぞ!」
「そ……そんなにやばいのか?」
「あぁ……言っちゃ悪いが、もう助からないと思う。誰かを囮にして逃げない限りは――」
「まさか、お前はみんなを囮に…………いや、すまない。休んでいてくれ」
このサイケを怒る資格は俺にはない。
あいつらに頼りすぎた俺の失策だ。寄生レベリングに嫌悪感をもっていたが、あいつらに寄生したのはむしろ俺のほうだ。
ハヅキちゃんは大丈夫だろうが、それでも――
俺は気が付けば駆け出していた。
北へ、北へと走る。
足が悲鳴をあげようとも気にすることを停止させ走っていく。
だが、そんな無茶をして長く続くわけがない。
俺の足が空回りしたと思ったら、倒れてしまった。
「くそっ、くそっ、くそっ」
大地を殴る。
何が村長だ。
村民の一人も守れずに何が村の長だっていうんだよ。
左を見ると、太陽はもう沈みかけていた。
夜が来る。
夜になればこのあたりにもクロヒョウの魔物が出るという。
帰らなくてはいけない……仲間の後をおって死ぬことはたやすい。
だが、俺には俺の役割がある……いっそ誰かに押し付けて楽になりたいと思うが、これは罰だ。
立ち上がり、村に帰ろうとした俺だったが――
「おや、スグル殿ではござらんか!」
ハンゾウの声が聞こえた。
振り向くと、丘の向こうから、
「あ、本当です、スグルさんです!」
「あら、スグルくん、お迎えに来てくれたの?」
「村長、無事に帰りやしたぜ!」
「あぁ、生きてるのが不思議なくらいだ」
ハンゾウを先頭に、ハヅキちゃん、ミコト、木こりの男、酒場のマスターが丘の向こうから現れる。
無事に逃げてこれたんだ……と思ったら――
その後ろを――飛竜の死体を運ぶ粘土人形が現れた。
あいつら、飛竜を倒したのか、ったく、かなわないよな。
自分の心配が杞憂に過ぎなかったことと仲間を信じられなかったことで少し恥ずかしくなる。
「他の飛竜には逃げられちゃったのよ。だからこれだけで勘弁してね」
他の飛竜? え? 飛竜って一匹だけじゃなかったの?
そう思ったが――後ろからさらに飛竜が一匹、二匹と現れ、合計4匹の飛竜の死体を粘土人形が運んでいた。
「まったく、素早いやつらでござった。ハヅキどのが気を失った飛竜にとりついて他の飛竜を倒してくれなければ、あと2体は逃げられていたでござる」
「いえ、やっぱりすごいのはミコトさんの投げ技ですよ。飛竜を一本背負いしたんですから」
「あら? ハンゾウも火遁の術でいい感じに飛竜の逃げる場所を防いでくれたじゃない。最初のあの火柱で逃げ場をうしなったからこうして4体も倒せたのよ」
「うむ。最初から飛竜たちは逃げ腰でござったからな。でも、やはりミコト殿のカラクリ人形がいなければこうして飛竜を運ぶことすらできず――」
まるで……まるでウサギ狩りを楽しんできた子供のようなやりとりをする三人を見て、俺は思った。
きっと、残りの村人二人は俺以上にそう思ったことだろう。
お前ら、どんだけチート設定なんだよ、と。