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42 今から始まる後の祭り ーその9ー

「…………………………」

 祭りの後の気怠さは、こんなにも長く続く物なのか。

 いや、そもそも仕事がハードすぎる。ここ六日間の平均睡眠時間がとうとう2時間を切ってしまった。

 育ちざかり……は過ぎたけれども、つい3ヶ月ほど前までただの高校生として悠悠自適な一人暮らしを行っていた高校生が耐えられるはずもない。

 なのに、なぜか借金は増えていく……これがブラック企業、これが借金地獄。

 シルヴァーをはめるためにミコトから借金し、女性の水着を買うためにハンゾウから借金し、マリンのミスリルの杖もツケで購入。

 全員、無利子無期限無催促のある時払いでいいと言ってくれているが、とはいえ本当に辛い。

 まぁ、唯一の救いがあるといえば、祭りの効果が今も続いているということか。

 マジルカの木綿がすぐに売り切れてしまったことが逆によかったらしい。

 生産が追い付かないくらいの注文が入っていて、綿花畑の拡大も視野に入れることができた。

 そのための費用も祭りの収益で十分に賄える計算だ。

 あと、竜の丸焼きに魅了された人のおかげで、竜の干し肉の評判もあがり、こちらも注文が増えてきている。

 第二回、第三回を希望する声もあり、毎年の恒例行事になるだろうな。

「…………ふぅ」

 嘆息を漏らし、天井を見上げる。

 パスカルも最近はガルハラン商会の仕事でこっちに来ていない。

 家に帰るとハヅキちゃんが出迎えてくれるし、酒場にいけばゴメスやドラゴンレンジャーズ達がいる。

 ミコト、ハンゾウ、村の人、今ではかけがえのない友人ともいえる多くの人がこの村にいる。

 なのに、ただ一人いなくなっただけで、この胸に開いてしまった穴は現在いまも埋まるどころか広がっている。

 マリンも学園を卒園したら帰ってくると言っていた。

 最後くらい、もっとマリンと接したらよかったと思う。

 結局、最後も、ミスコンの賞金、それとツイストポテトの純利益の半分をマリンへの餞別として持たせただけで、ろくに別れの挨拶もできなかった。

【マリンは天才ですから、すぐに卒園して戻ってきます。だから、別れの言葉はいりません】

 自信満々にそう言う。それに対し【卒園できるのが先か、退学処分になるのが先かは見ものだな】と軽口をたたくことしかできなかった。


 今では俺の選択が、マリンの選択が本当に正しかったものかなんてわからない。

 自分の借金や村の財政ばかり考えていたせいか、金に焦点を置くようになりすぎていた。

 もっとマリンの気持ちを知り、そして自分の気持ちにも素直になるべきだったのではないか? と思ってしまう。

 だが、まぁ、今となっては全てが――。

「後の祭り……か」

 ぽつりとつぶやいた。

 その日は予定通り夕方に仕事を切り上げ、外出中の看板を入口の扉にぶら下げる。


 広場に行っても誰もいない。

 祭りの喧騒がウソみたいに静まり返っている。ミスコンの舞台などもすでに撤去され、いつもの村の風景に戻っていた。

 あまり待たせるわけにもいかないため、俺は酒場へと向かった。

 酒場の前にも、無人の椅子やテーブルが多く並べられている。

 扉に手をかけると、中から男達の声が聞こえてきた。どうやら大勢集まっているようだ。

「待たせたようだな」

 そう言って中に入ると、そこには大勢の人がいた。

 村中の人間が集まっている。

 慰労会の時に比べさらに増えた人数、その数のため、テーブルと椅子は半分、外に運ばれる結果となった。

「村長、俺達もうハラペコだぜ!」

「早く頼みますよ」

 ヤジを飛ばすのはドラゴンレンジャーズの連中。俺はそれに苦笑し、人ごみをかき分けるようにカウンターのほうに向かい、

「皆、前の祭りはご苦労だった!」

 マジルカ祭りは本来は金儲けのものなんかじゃない。

 ただ、村人が集まって、飲んで食って騒ぐだけの祭りだ。

 俺の案で大きく中身が変わってしまい、本質が失われた。

 だが、こちらは今からでも遅くはない。

「今日は盛大に飲んで食って騒いでくれ! マジルカ村の本当の祭りを開催する! 乾杯!」

 俺が宣言すると、村人達は全員が持っていたカップやらなにやらを持ち上げて唱和した。


『乾杯っ!』


 俺も久しぶりにみんなと長いこと話すことができて楽しかったな。

 ただ、話がミスコンの話になると、さすがに腹が立った。あの後、理不尽にも女性陣から散々愚痴を聞かされ、ミコトからは新たな女装案を出されたからな。

 熱心なファンを名乗る男から女装姿の俺の肖像画が贈られてきたのには流石に貞操の危機まで感じた。

 祭りはその後も何時間も続き、多くの大人が酔いつぶれて行った。

 子供たちはすでに母親やシスターにつれられて自分の家へと帰っていく。

 それでも飲み続ける猛者は多い。まぁ、それでも祭りで儲かった収益を考えたら微々たるものか。

 ついつい金銭の勘定を頭で働かせていると、店の外からバッカスが入ってきた。

 そして、ゴメスの耳元で何かを呟く。

 すると、ゴメスは何やら不敵な笑みを浮かべた後、すぐに神妙な顔になり、

「なぁ、村長、すまないが麦酒が切れちまってよ、ガルハラン商会まで取りに行ってくれないか? 話はすでにつけてあるから、店の前に置いてるはずだ」

「なんで俺が。話をつけたのならその時に持ってきたらよかっただろ」

「頼めるのはあんたしかいないんだよ。男達は全員酔っぱらっちまってるし、女房は今、油を使った料理をしている。バッカスも俺も今手が離せないんだよ」

 俺の質問の答えにはなっていないが、まぁ、祭りではゴメスに一番迷惑をかけたからな。

「わかったよ。ひと箱でいいんだな?」

「ああ、向こうには話をつけてあるからよ」

「その代わり、俺の頼んだ竜の干し肉のスープ、他の奴に飲ませるなよ」

 俺はそういい店を出た。

 一体、あいつらは村長をなんだと思っているのだろうか。

 うるさかった酒場を出ると、やっぱり寂しい気持ちになる。

 とりあえず、明るい場所まで早くいきたいとガルハラン商会へ目指すと、その商会から漏れる光の中に、一つの木箱があった。

 あれが酒の箱か? でかいな、一人で運べるか?

 箱には大きな木の板がかけられている。

 そして、その木の板にはこう書かれていた。

『名前はオズ・マリンです。女の子です。かわいがってください』

 あぁ、酒じゃなくて捨て猫か何かかぁ。うちはダークキャットのチョコを飼ってるようなもんだしなぁ。

 木の板の上から、とんがり帽子の先っぽが見えている。

「あぁ、あれは……そうか、幻覚か。うん、俺も酒の匂いにあてられたようだな。一度帰るか」

 反対側を向いて目を閉じて呟く。

 歩く音が聞こえ、木箱を置く音が聞こえ、その木箱に何かが入る音が聞こえた。

 恐る恐る目をあけると、再び木箱があり、そしてその中に――

 小学生高学年から中学生くらいの女の子、つまりはマリンがいた。

『名前はオズ・マリンです。女の子です。かわいがってください』

 そう書かれた板を、俺に見えるように両手で持っている。

 なんだ、このデジャヴ。前にも見たような気がするぞ。あれだ、幻覚だ。

 マリンがこんなところにいるわけがない。あいつは今頃船の中で――

 さらに反対側を向き、考えていると頭に懐かしい衝撃を受けた。

「なんでマリンのことを無視するんですかぁぁぁ!」

「いてぇぇ、夢じゃないってのはわかってたが、なんでお前がそこにいやがる!」

「それはマリンは天才ですから!」

 そういい、マリンは俺の一枚の紙を見せた。

 それは――

「卒園証明書! って、お前、まだあれから六日しか経ってないんだぞ」

『私から説明しましょう!』

 そう言って現れたのは、命の大精霊マナだった。

『そもそも、マリンさんの魔法技能はすでに大陸随一のレベルです。学園に通う必要などありませんし、そんな時間は無駄でしかありません』

「そうなのか?」

 まぁ、そうなんだろうな。

『なので、私が姿を現し、面接官に命じました。すぐにマリンさんを卒園させるようにと』

「あはは、面接官たち土下座して、すぐにマリンの卒園証明書を用意してたね」

 マリンが言う。普段は目に見えない大精霊も、力をこめたら一般人にも見えるようになるのか。

 面接官とはいえ魔法使いだから、大精霊の力はすぐにわかっただろう。

「もちろん、後腐れのないように、記憶はマナが消してたけど、卒園記録は残ってるはずです。つまり、マリンはもう世界が認める大魔法使いになったんです」

 説明を終えると、マナはさっさと姿を消した。

 マリンの中で他の大精霊が集まるのを待っていると言っている。

 大精霊が集まる村か、まるで日本中の神が集まる出雲大社みたいだな。

 なんて思いながらも、麦酒が他に見当たらないことに気付いた。

「そうか……くそっ、マスターとバッカスにまんまとはめられたか……」

 麦酒を取りに行かせるというのは、俺にここに来させる口実だったってわけか。

「マリン、この村にいてくれるのか? 今のお前ならどこの国でも引く手あまただぞ?」

「まぁ、約束しましたからね。卒園したら戻ってくるって」

「そうか……これからもよろしくな、マリン」

「はい、スグル、よろしくです」

 こうして、マリンは再び村に帰ってきた。


 きっと、今日までが祭りだったんだろう。

 祭りが終われば全てが日常に戻る。それは異世界だろうが俺の世界だろうが変わりはない。

 ただ、日常に戻っても祭りは記憶として残り続ける。

 それを改めて感じた一週間だった。


「ところで、マリン、戻ってきたなら餞別の金返せよ」

「あ、あれ全部使っちゃいました」

「何ぃぃぃっ! なんて奴だ! 詐欺だ、お前、ヒャコの仲間の詐欺師だろ!」

「何を言うんですか、マリンは今までウソなんてついたことありませんよ!」

「うるせぇ! 俺の金返せぇぇぇぇぇっ!」


 きっと、この些細な喧嘩も、俺にとっては大切な記憶として残るだろうな。

 金は全く残っていないが。

 本当は同時連載の俺TUEの番外編として書き、あとで合流させる予定だったこの話ですが、独立した話としてはじまって早2ヶ月。

 おかげさまで第二章を終えることができました。

 これもひとえに応援してくださってる皆様のおかげです。

 本当に、本当にありがとうございます。


 次からはショートストーリーと、セミロングストーリーあたりを書いていき、3章に入るのは下手したら6月半ばから、もしかしたら7月になるかもしれません。

 ただ、ショートだろうがセミロングだろうが三章だろうが、やってることは変わりませんが。

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