41 今から始まる後の祭り ーその8ー
瞬殺。まさに瞬殺だったな。
薄れゆく意識の中で見たのは、黒猫ぬいぐるみ姿のハヅキちゃんがヒャコをノックアウトする姿だった。
いや、違うな。ヒャコのやつ、混乱しててハヅキちゃんの体当たりを受けてこけて倒れただけなんだが。
「スグルっ!」「スグルさんっ!」
薄れゆく意識の中、俺の顔を覗き込むマリンとハヅキちゃん。
「すぐに回復魔法を」
ハヅキちゃんが言う。それに応えるように、マリンが俺にリカバリーをかけようとするが、
『それでは彼は直せません』
女の声が、聞いたことのない女性の声がそれを遮った。
そうだ、リカバリーは自己治癒能力を増進させる魔法だ。腕が焦げて細胞が死んでしまった俺の腕を再生させる力はそれにはない。
それに、無くなった血も戻すことはできない。
あれ? 誰だ?
空を見上げると、まるで天女のような美しい青髪の女性が浮かんでいた。
『私は命の大精霊マナ。マリン、あなたのことは常に見ていました』
「……マナ」
「マリンちゃん、どうしたんですか? はやく回復魔法を」
マナを見上げるマリンに、ハヅキちゃんが声を上げる。
そうか、ハヅキちゃんにもマナは見えていないのか。
「ハヅキ! 命の大精霊がいるの!」
「命の大精霊?」
「教えて、マナ! どうやったらスグルを治せるの?」
『回復魔法は時の魔法。時間を早め、自己治癒能力を促進させるリカバリー。過去に失ったものを取り戻すリザレクション』
聞いたことないぞ、回復魔法が時の魔法?
ぐっ、俺とマリンはそろって幻聴でも聞いているのか?
『人間の魔力ではリザレクションを使っても失った体力くらいしか取り戻せません。ですが、マリン、あなたの魔力なら――』
「スグルを治せるのね」
『はい。この者の意識は私がかろうじて繋ぎとめていますが時間がありません。私も力を貸します』
そういうと、命の大精霊の姿が消えた。マリンの中に入ったのか。
そうか、俺の意識が保たれていたのは大精霊のおかげだったのか、道理で意識だけははっきりしていると思った。
そして、マリンがミスリルの杖を構え、
「リザレクション!」
そう叫んだ。
と同時に、世界が――聖なる力に満ちた気がした。
痛みがウソのようにひいていき、永久に失うと思っていた腕の感覚がよみがえっていく。
見ると、腕が、左腕がもとに戻っていた。
これではまるで本当に復活魔法じゃないか。
魔法が消えたときには、俺の服までもが完全に元通りになっていた。
「マリン……ハヅキちゃん……」
俺はようやく二人の名前を呼ぶことができた。
「スグル、スグルぅぅぅぅ」
俺の胸にマリンが飛び込む。
「スグル、胸大きすぎるよ」
「ミコトの仕業だ」
「スグル、化粧濃いよ」
「それはパスカルのせいだ」
「スグル……無事でよかったよ」
「あぁ、マリンのおかげだ。ありがとう」
泣き続けるマリンの頭を撫でて、俺はそう言った。
「まるで本当に姉妹みたいですね」
ハヅキちゃんの言葉に、せめて「兄妹」にしてくれと言いたかったが、この姿なら無理だよな。
しばらくして、強大な聖なる力を感じ取ったというミコトが酒場に訪れた。
ミコトは力づくでマリンの腕輪を解除し、倒れていたヒャコを縛り、猿ぐつわを噛ませる。
「なるほど、あなたが命の大精霊ですか」
『あなたにも私が見えるのですね。すさまじい力を感じられます』
普通の人には見えないという大精霊らしいが、ミコトにも見えているのか。
「ん? 俺も大精霊様を見ることができるってことは、俺も何か隠された力が……」
『いえ、あなたが私のことを見えるのは、私があなたの魂を繋ぎとめていたからです。本来ならあなたは即死でしたから』
「あ……ありがとうございます」
恐ろしい話を聞かされた。隠された力とかよりも、今は生きていることに感謝だ。
『マリン、あなたの潜在能力はおそらく私達、大精霊に匹敵します。ミコトさんの力はそれ以上ですが』
マナはミコトを見て冷や汗を流した。
精霊も汗をかくんだな。
『マリン、あなたにお願いがあります。これから全ての大精霊があなたのもとに集います。あなたは私達をまとめ、世界を平和に導いてください』
「えっと、イヤです」
『はい、よろしくお願いしま――え?』
マナが聞き返す。
『どうしてですか? 世界の危機なんですよ』
「そういわれても、マリンは忙しいんです。明日から学校に行かないといけないし」
『学校と世界とどっちが大事なんですか?』
「といっても、世界が本当に危機になったら、ミコトさんとハンゾウがなんとかできそうだし」
マリンがそう言うと、俺とマナはミコトを見て、納得した。
確かに、ミコトやハンゾウなら、魔王が束になってやってきても問題なさそうだな。
なんて思っていたら、
「おい、村長! 大変だ!」
やってきたのはゴメスだった。顔の傷は奥さんにやられたものか?
「どうしたんだ、マスター」
「いいから早く来てくれ!」
ゴメスは俺の腕を引くと、強引にある場所に案内する。
案内された場所――それは――ミスコン会場だった。
世界の危機だとか、大精霊だとかそういう話をしていたのに、マスターのいう大変な事態はミスコンの話だった。
「おっと、登場しました!」
俺が到達するやいなや、盛大な拍手とブーイングと嘲笑と爆笑で迎えられた。
「第一回マジルカ村ミスコンテスト優勝、スグル村長です!」
「は?」
思わず聞き返した。
「投票終了後、ミコトさんが棄権を宣言して飛び出してしまいまして。全体の投票の9割がミコトさんに集中していました。本来なら彼女が圧倒的な優勝だったんですが」
「あぁ、それはそうだろうが、なんで俺?」
「残った票は1割のため、全員が団子状態。その中、女性票と冗談票と一部の熱狂的なファンの投票により、なぜか参加登録されていたスグル村長がミス・マジルカに選ばれました!」
その結果を聞いて、俺は後ろを見ると、女性陣がなんとも言えない表情で俺を睨みつけていた。
いや、お前らが招いた結果だろうが。
参加登録もした覚えもないぞ。
というか、ミコトがいても俺、準ミスマジルカに選ばれていたのかよ。お前ら「ミス」って言葉理解してるか? あと、熱狂的なファンって誰だよ、怖すぎるよ!
俺の声にもならない心のツッコミをよそに、表彰とトロフィー、そして賞金が贈られた。
本来なら俺が渡す予定だったのだが、貰う側になるなど誰が予想した?
ただ……賞金か……これで借金を少しでも返せば楽なんだがな。
バッカスに事情を説明し、ヒャコは冒険者ギルドが引き取ることになった。
賞金首だったため、賞金はハヅキとマリンと俺の三人で山分けすることになった。
幸い、左手が焦げたときに持っていた魔力測定の球は魔法の衝撃で飛んだだけでカウンターの裏に落ちていて無事だった。
弁償することになったら大変だったな。
ゴメスにも事情を説明し、とりあえず残った血の跡とマジックで書いた魔法陣は拭いて消すことになった。
祭りはその後も続き、ミコトは神へ歌と舞いを捧げた。いつもの巫女姿だが、日本舞踊を思わせる舞いの姿は艶めかしく、それでいて神秘的だ。
そして、舞いが終わると同時に、波乱もあったマジルカ祭りは幕を閉じた。
次の日。マリンは馬車にのり、ミーシピア港国へ向かった。
これではまるで本当に復活魔法じゃないか
の設定は俺TUEから考えていて使わなかったものです。
使う機会があってよかった。
次回で第二章も終わり、短編、中編が続きます。
第三章はどんな話にするのかは不明ですが、ハンゾウかミコト、どっちかに焦点をあてた話にしたいです。




