39 今から始まる後の祭り ーその6ー
祭り一日目は大盛況のうちに幕を閉じた。
夜になっても酒場は大騒ぎだし、露店も賑わっている。
俺のツイストポテトは300本、さらに明日用に用意していた分を100本追加して合計400本完売。
ガルハラン商会とビルキッタの鍛冶屋のも皆が帰る時間になると急に売り上げが伸びたらしい。
竜の肉目当てで訪れ、宿を確保できなかったか、もともと日帰りを計画していたものかのどちらか。
だが、それも予想のうち。
帰った客から口コミで話が広がれば、明日も、今日ほどまでとはいかないがそこそこの観光客が訪れるだろう。
結局、その日もマリンは家には帰ってこなかった。
ハヅキちゃんが用意していたマリンの分の食事は、俺の明日の朝ごはんになることが決定した。
「悪いな、マスター。無理言ってもらって」
昼から一時間ほど、マリンの試験のために酒場を貸してもらうことになった。
「いいっていいって。ここだけの話、俺もミスコンに興味あるからよ、店を空けるいい言い訳ができた」
「そんなに楽しみなのか?」
「あぁ、せっかくの祭りだっていうのに、仕事ばかりだからな。少しは骨休めしないと」
ゴメスがため息をついて言った。
「儲かってるようだな」
「あぁ、普段の10倍の売り上げだ。まぁ、20倍疲れた感じだがな」
「お疲れ様……にはまだ早すぎるが、皆には本当に感謝してるよ」
俺はそう言って、ゴメスの空いたグラスにジュースを注いだ。
酒場のマスターだが、夜まではいつもジュースしか飲まないことを知っているからだ。
「俺達も同じさ。俺達は一度村を捨てる覚悟をしていた。それがここまで大きな祭りをできるようになったのは、村長のおかげさ」
「俺は何もしてないぞ。魔物や竜を狩ってるのも、建物を建ててるのも。最近は取引に関してもパスカル任せだしな」
「何もしてないと思ってるのは村長だけさ。村長が一番前に立ってくれているおかげで、俺達は頑張れている」
そういえば、ハヅキちゃんやミコトにも言われたな。
『一番頑張ってるのはスグルさんじゃないですか、私はちゃんと見てるんですからね』
『あなたの存在は私たちにとっての道標だったから』
でも、俺はちゃんと皆のことを見ているのだろうか?
俺は道標になれているのだろうか?
マリンの……マリンのための道標になれているのだろうか?
「それに、ミスコンを開催してくれたんだろ? 年甲斐もなくわくわくできるな」
「いいのか? 奥さんがいるのに」
「いいんだって、あんな古女房。30年近く一緒にいると今更興奮することもないし」
「いや、俺が言いたいのは、マスターの後ろに奥さんがいるのにそんなこと言っていいのか? ってことで」
俺が言うと、ゴメスは脂汗を流して振り返る。
そこに、ゴメスの奥さんが、満面の笑みで、本当に一片の曇りのない笑みで立っていた。
「村長、そろそろ仕事にいったほうがいいんじゃないかい?」
その笑顔のまま、奥さんは俺にそう言った。まだ時間はあるんだが、言い返せない覇気がそこにあり――
「あ、そうだ。俺も仕事の時間だ。じゃあ、マスター。また――」
「あぁ、俺も仕入れにいかないと、留守頼んだぞ」
ゴメスも俺と一緒に出て行こうとするが、首根っこを掴まれ、
「あんたはここにいな」
「はい」
店を出た後に怒声が聞こえてきたが、俺は耳をふさいで歩き去った。
どうか、安らかに眠ってくれ。
ミスコンは昼前から。
俺の開会宣言とともに開始。
正午からマリンの試験があり、それが終わるころにはミスコンの投票。
ミコトが神に歌を奉納することになっていた。
粘土人形によって昨晩、一夜にして作られた会場と控室の前に俺はいた。
……いや……本当に嫌なんだが。
俺は控室をノックした。
と同時に、トビラが開かれ、俺は中に引きずり込まれた。
中にいたのは、天使のような美女たちだった。
褐色肌の姉御肌。見た目は幼いが、胸の大きさは随一、ドワーフの鍛冶屋ビルキッタ。
神に身を捧げ、普段は修道服しか着ていないためギャップが大きい、苦労人のシスターミシェル。
狐耳の金髪縦巻きロールの少女。小さな胸は一部の人間には需要が高い、ガルハラン商会マジルカ支部長パスカル。
普段の巫女装束からがらりと姿を変えた、銀髪の妖艶な美女。ミスコン優勝候補筆頭のミコト。
天使のドレスと言ってもいいような、白い生地にピンクのラインの入った、アイドルが着ているような衣装。
スカートの下には黒色のスパッツを履いているはずだが、それは今は見えない。
そう、天使の姿なのだ。
だが、俺には4人が悪魔のように見える。
いや、ミシェルだけは遠慮がちに俺を見ているだけなのだが、止める気配はない。
「村長、覚悟はいいかい?」
ビルキッタがドワーフ細工のアクセサリーを両手に持ち言う。
「これも村のためですから」
パスカルが持つのは化粧道具一式。あぁ、いつもより皆が美人に見えたのは化粧をしているからか。
「ふふふ、本当に楽しみね」
ミコトが持っているのは、黒いカツラと胸パッド。
「やっぱりおかしくないか? 司会だけなんだし、俺がそんな恰好をしなくても」
「あたい達がミスコンに出る条件、忘れたのかい?」
「ぐっ、でも、バッカスも女装するって」
「昨日試したのですが、なんといいますか、女性の尊厳が崩れそうで却下にいたしました」
「どれだけ似合ってたんだよ! いや、似合ってるのはわかってたが」
「さて、スグルくん……ううん、スーさん! お着替えしましょうね」
やばい、ミコト、目がいってる。
趣味なのか? ミコトの趣味なのか?
てか、スーさんって誰だよ。釣りバカの社長か?
「ビルキッタ、スーさんを押さえてね」
「あいよ」
ビルキッタが俺を後ろから掴む。
密着していて胸が……おっぱいが背中に当たっている、というか押しつけられている状態なのだが、それに興奮する余裕すらない。
「では、村長、まずはズボンから下しますね」
「いや、自分で着替えられるから。お願いします」
「村長、私の裸を見たこと、まだ許してないんですよ」
「あれはマリンがやったことで俺は何も――あ、あぁ――」
こうして、俺は男としての大事な何かを失った。
結果、最悪の意味で客からは大うけだった。
「というわけでお見苦しい姿をお見せしてすみません。村長のスグルです」
女装する経緯を語った後、俺は自己紹介をした。
爆笑の渦……なんて起こらず、どよめきが会場中に広がった。
「おい、あれ、男なのか?」
「だろ? 声は男だし。だけど、めっちゃかわいいよな」
「マジだよ。本当に性別取り替えろや」
「わかってないな。あんなかわいい子が逆に女の子なわけないだろ」
「お前、どこの世界から来たんだよ。いや、確かに普通の女の子よりかわいいけどさ」
と男達の声がはっきりとここまで聞こえてくる。身震いがして鳥肌が立った。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
いや、確かに、鏡で見ても本当にかわいい女の子で、自分で見ても見惚れてしまいそうだったけどさ。
でも、ついてるものはしっかりついてるんだぞ。
「ぐっ、これより、第一回、ミス・マジルカコンテストの開催を宣言します!」
俺は檀上から降りて、司会をベル・マークに交代する。
ベル・マークはすれ違いざまに、
「村長、本当に、本当によくお似合いでしたよ」
「うるせぇ」
俺が悪態をついたとき、教会のほうから鐘が鳴った。
正午を知らせる鐘。
やばい、マリンの試験が始まる時間だ。
俺はそれに焦り、駆け出した。
スカートでとても走りにくいが、着替えてる暇がない。
てか、着替えはミコトに隠された。
閉会の挨拶まではこのままでいろと言われたから。
「マリンに笑われるな」
こんな姿で本当に道標になれるのか?




