表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/89

38 今から始まる後の祭り ーその5ー

 人、人、人。人の海。マジルカ村にこれだけの人が集まったのは初めてのことだという。

 その人の海に向かって、俺は用意した原稿を読み続けていた。

「マジルカ村の歴史は、この付近に自生していたマジルカ綿と一人の商人の出会いからはじまりました――」

 おそらく観光客のほとんどが俺の話を「早く終われ、とっとと終われ」と思っているんだろうなぁと思うと心苦しくなる。

 朝礼で長話をして、熱中症や貧血で数人の生徒を病院(保健室)送りにする校長先生とか、どんだけ心臓に毛がはえてるのか。

 嘆息を漏らしたい気持ちもあるが、俺は原稿を読み続け、最後に、

「これより、マジルカ村祭りを始めます!」

 そう叫んだ瞬間、広場の中央から巨大な火柱があがった。

 ハンゾウの火遁の術に、村に訪れた多くの群集から驚きの声があがる。

「なんだ? 魔法かっ!」

「魔法ってあんなに凄いのか?」

「俺、昔中級火炎魔法ファイヤーウォールを見たことあるけど、あんなに凄い魔法じゃなかったぞ」

「じゃあ上級の魔法なのか?」

 火力が強すぎるとも思うが、あれくらいでないと中まで火が通らないらしい。

 表面が焦げそうだが、ハンゾウがいうには、手加減をしているうえ、内臓部分を取り除いて、それによって生じた空洞からも火遁の術を使っているため、中からもしっかりと焼いているらしい。

 チート過ぎる能力だ。

 だが、その威力に驚くのは一部にすぎない。

 なぜなら、食欲をそそる香ばしい匂いが広場全体に広がったから。

「な、なんて匂いだ! 匂いだけで身体が活性化していく」

「この煙に包まれて空を飛んでしまいたいわ」

「俺はおそらく、飛竜の肉を食べるために今まで生きていたんだ」

 会場中から腹の虫が演奏会を始めた。

 もちろん、俺も例外ではないのだが、残念ながら、整理券はすでに配り終え、待ち人も百人単位で待ち受けている。

 俺達には回ってこないだろう。

 準備もしなくてはいけない。

 昨夜と今朝のうちにジャガイモを300個、皮をのこしたまま螺旋状に切っておいた。

 それを串にさして伸ばす。

 あとはこれをオリーブオイルの油で揚げ、塩を振ったらポテトチップスみたいな味になる。

 これを販売する予定だ。

 ジャガイモの原価は10ドルグ払えば15個買えるくらい。

 1個0.6ドルグ。これを1本10ドルグで販売する予定だ。

 オリーブオイルは100ドルグかかった。

 だが、それでも全部完売できたら、2700ドルグの儲けになる。

 俺の村長の給料3日分近い収入だ。儲けの2割は村に納めないといけないと決めたのだが、それでも十分な利益だ。

 俺が準備していると、遠くから声が聞こえてきた。

 列を整理させているドラゴンレンジャーズ達だ。

「列を守ってください」「横入りしないでください」など、想定内のアクシデントが起こっているようだ。

 ただ、店の前を通り過ぎる客が串にささったドラゴン肉を食べている表情を見ると、この祭りの第一段階は成功のようだ。

 ごみ箱を作ってあるのにゴミを捨てていく客が多いのが問題だが、床に落ちた串を察知した粘土人形が串を拾って掃除していく。

 ごみを拾ったり掃除をしたりしている粘土人形を見て、若い女性の客が、

「わぁ、かわいい、ねぇ、あれ売ってるんですか?」

「いえ、あれは村の中でしか動けない魔法道具で売り物じゃないんですよ。はい、ツイストポテト3本、30ドルグです」

 粘土人形は全て魔法道具で通している。

「わぁ、これもおいしそぉ」

 女性の両手にはすでにたこ焼きも持たれていた。

 どれだけ食べるのか? とも思ったが、どれも珍しい料理なのだろう。

 来る客は来る客は、他の人が食べている様子を見てから注文をしていく。

 そして、その評価はどれも好評。

 この世界での定番らしい、カルドラ焼きや、カンデアートも順調に売り上げている。

 途中で届けられた中間報告では、食べ物系の屋台はどれも好評。

 ドラゴンの肉は食欲増進させるからなぁ。

 食べ物以外だと、ドワーフ細工の売り上げが好評。だが、竜のお守りはあまり売れていない。

 それぞれ、予想売上の130%、90%といったところか。

 ガルハラン商会は予想通りの売り上げだった。ただ、あっちは予想売上を俺達よりも高めに設定していたから好評とみていい。

 そして、一番意外なのは、木綿の販売。

 すでに完売したとサイケから報告がきた。

「凄いな、完売か」

「マジルカ木綿の評判は他の都市にも広がってるってことですよ。じゃあ、俺は次行きますんで」

 そう言って、サイケは走って行った。

 さて、俺も頑張るか。

 すでにツイストポテトは7割完売。あと100本も残っていない。

 熱に汗を流しながらも、一本一本作り上げていく。

「こういう地道な作業、もしかしたら嫌いじゃないのかもなぁ」

 独りごちていると、

「一本ください」

「あいよ――って、マリンか。どうした? お前もフローズンフルーツの店あるんだろ?」

 俺はマリンにツイストポテトを渡しながら尋ねた。

「ふん、マリンの店はすでに満員御礼です」

「完売御礼な? 満員御礼だとこんなところに来ている場合じゃないだろ」

「満員御礼のあとに完売御礼だったんです!」

 まぁ、陽気だからな。冷凍フルーツの売り上げもいいんだろう。

「ビルキッタのカキ氷のほうは手伝わなくていいのか?」

「大丈夫だって言ってました。あっちももうすぐ蜜が無くなるそうです」

「スグルさん! ジャガイモの追加分持ってきました。あ、マリンちゃん!」

 背中にジャガイモを乗せた黒猫のぬいぐるみ――ハヅキちゃんがやってきて、マリンを見て喜びの声をあげた。

「久しぶり、ハヅキ」

「いなくなって寂しかったんですよ。今夜は家に帰ってきませんか?」

「そうだな、帰ってこいよ。これだけ忙しいと、パスカルは商会の帳簿管理で帰ってくるのも遅くなるぞ」

 俺がそう言った時だった。

「あの、マジルカ村の村長さんとマリンさんでいらっしゃいますか?」

「はい。そうで――」

 俺が答えた相手は、やけに色っぽい長い金髪のお姉さんだった。

 少し化粧が厚いが、かなり美人なハスキー声のお姉さん。あ、もちろんミコトほどではないし、俺の好みのタイプはハヅキちゃんだが。

 そして、巨乳。

――あれ?

 ふと、違和感が二つ。

 一つ目は、こんなに美人な人間がいるのに、いるはずの人物がいないこと。

「あの、目元以外黒い布で覆った男と会いました?」

「いえ、会っていませんが?」

 女性がどうしてそれを? という表情で尋ねた。

 やはり、ハンゾウがいないのか。どうしたんだ? どこかでこの色っぽい姉ちゃん以上の美人がいるのか、どっきりスケベハプニングが起きているのか?

 それともう一つ気になるのは、俺がこの女性とどこかで会ったことがある気がするということだ。

 もちろん、こんな目立つ相手、一度見たら忘れるとは思わないんだが。

「私、リューラ魔法学園西大陸受付係のアメリアと申します」

 そう言って、アメリアは俺にリューラ魔法学園の紋章を見せた。

「あぁ、これはどうも。試験は明日のはずでは?」

「はい。今日はすでに宿を予約させていただいております。昨日から村には滞在させていただいておりました。あと、竜のお肉も、とてもおいしかったです」

 アメリアはそう言って、柔和な笑みを浮かべた。

「それで、先ほど、フローズンフルーツを作っているマリンさんの様子を見させていただきました」

 俺はマリンを見た。マリンは全く気付かなかったという感じで意外な表情を浮かべた。

「試験は明日ですが、マリンさんの実力なら奨学生として迎えることになると思います」

「そうですか――それはありがとうございます」

「それで、明日の正午どこか広い室内で試験を行いたいのですが」

「室内? 魔法を使うのに室内なんですか?」

「一応、試験内容は機密事項ですから。マリンさんの属性は氷魔法ですから、建物が傷つくことはありませんわ」

「なら、酒場しかないか。昼ならミスコンの時間だから、なんとかなるか」

 その時間はマスターもミスコン会場で出店を開く予定にしているはずだ。

 休憩所として開けておきたかったが、仕方ないか。

「後で、酒場のマスターに伺ってみて、使いに知らせに行きます。宿屋の部屋番を教えてもらってもいいですか?」

「はい、部屋は――」

 その後、途中に来た客への接客をこなしながらもマリンを交えて明日の試験について話した。

 そして、アメリアが帰ったあと、

「スグル殿。明日のミスコンのことでお話が――」

「おぉ、来たな。さっき、かなり美人な女がいたんだが、残念だったな、今帰ったぞ」

「うむ、拙者の趣味ではないゆえ」

「ん? お前のストライクゾーンはゆりかごから墓場までだと思ってたが」

「流石に屍姦はしないでござる」

 ハンゾウの応えにマリンが「しかん?」と首を傾げた。

 良い子も悪い子も知らなくていい言葉だ。

 ただ、確かに、あの女性の色っぽさは、村の美人美少女軍団とは正反対の色っぽさだからな。

「趣味は人それぞれでござるからな、拙者があえて口を出す問題ではござらん。それより、ミスコンのことでござるが」

「どうした?」

「拙者の提案した水着審査をぜひ今すぐ許可を――」

「あぁ、却下だ。その代わり、全員で歌って踊るコンサートは採用しただろ?」

「スカートの下にスパッツを履くのは反則でござる」

「それは女性全員からの要望だった。さすがにお前のデザインしたスカートは丈が短すぎたな」

「ぐぅ……」

 ハンゾウが血涙を流す。

 お前の血涙はいつものことだが安売りしすぎだ。

 そこで、一人会話に参加しなかったハヅキちゃんは、俺に対して、

「スグルさんのストライクゾーンは墓場から墓場まででお願いします」

 そんなことを言ってきた。

 俺のストライクゾーンはどうやら敬遠球コースどころか、一塁手への牽制球くらい外れていることになりそうだ。

「…………」

「ん? マリン、どうした?」

「やっぱり、マリンは今夜は一人で寝ます」

「おい、待てよ。せめて今夜くらいはハヅキちゃんと」

「みんなと楽しく話していたら、決心が揺らぎそうです」

 そう言って、マリンは走り去った。

 マリンとの別れの時は、一刻と近づいてきている。

次回と次々回が今章のメインかな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ