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37 今から始まる後の祭り ーその4ー

 マジルカ村夏祭りは、明日と明後日行われる。

 つまり、今日はまだ祭りの前日のわけなのだが、村は既にいつも以上の賑わいを見せていた。

「凄いな……凄いな」

「あぁ、これは圧巻だ」

「本当にこれが明日丸焼きにされるのか」

 村の外からの観光客、もしくは商人が村の広場に鎮座する飛竜の亡骸を見て言った。

 家一軒分のサイズはある飛竜。

 現在、ビルキッタが牙、角、翼、鱗を切り裂いている。

 マジルカ村夏祭りの初日である明日の正午。ハンゾウの火遁の術により飛竜を丸焼きにして、村に訪れた人に先着順で振る舞われることになっている。

 高級食材中の高級食材である竜の肉が無料で食べられるとあって、馬車代を工面して訪れる人間は多い。中には70年間町から出たことがなく、生まれてはじめての旅行先がマジルカ村だという老夫婦もいた。

 先着1000名に整理券を配布と書いているが、今日の正午までに約300枚の整理券が配布。

 200名分用意した仮設宿舎および、宿屋もほぼ満室の状態。

 だが、村の外に無断でテントを張るのはやめてもらいたい。まぁ、祭りに備えて周辺の魔物狩りはいつも以上に行ったから、魔物に襲われることはないと思う。

 一番恐れていたのが、整理券を転売するダフ屋の存在だったが、そういう輩はすでにハンゾウが秘密裏に、法に触れない感じで処理してくれている。

 サンドカライの村の乗合馬車ギルドから昨日連絡あり、明日と明後日、臨時で乗合馬車の本数を増やすそうだ。

 ミーシピア港国からの乗合馬車も同様に増やすと連絡があり、多くの観光客が訪れることになる。

 整理券の配布の様子を、俺とパスカルは離れた場所から見ていた。

「順調だな」

「ええ、宣伝費も十二分にかけられましたから」

 乗合馬車内の広告および、周辺都市の宿屋、酒場、町内掲示板など、人目につくところに広告を貼らせてもらった。

 宣伝費だけで70万ドルグ。

 うち、村から出したのが30万ドルグ。

「パスカルのところからもだいぶ出してもらったからな」

 ガルハラン商会が30万ドルグ、ビルキッタも10万ドルグを出してくれた。

 ビルキッタはこの祭りのために竜のお守りだけでなく、各種金属細工の小物を用意したそうだ。

 ドワーフの金属細工は西大陸にはあまり出回っていないらしく、高く売れるのだという。

 もちろん、村の名産にもなっている竜のお守りの数もいつもより多い。

 これは、マジルカ名産として、村の女性達が役場前でマジルカ木綿とともに販売することになっている。

 パスカルも祭りに備えて多くの土産アイテムを仕入れているという。

 祭りは財布の紐が緩む絶好の機会だと張り切っている。

「元は十分に取れると読んでますわよ」

「そうか……ならいいんだが、村の貯蓄の大半をつぎ込んだからな」

「不安なのはそれだけですか?」

 パスカルが見透かしたように尋ねてくる。

 俺は頭をぽりぽりとかき、尋ねようか尋ねまいか考えたが、ばれているのなら仕方ないと聞くことにした。

「マリン……元気か?」

「元気ですわよ」

 パスカルが即答した。

 それに、俺はほっと胸をなでおろした。

 マリンとはあの日からほとんど会っていない。会ったとしても話をすることがない。

「迷惑をかけていないか?」

「それも心配ありません。ガルハラン商会用にパイクリートの作成をしてますから役に立ってます」

「夜は一人で眠れてるか?」

「私の部屋にベッドをもう一つ用意しています」

「好き嫌いはどうだ? あいつ、野菜食べないだろ」

「食べないと追い出すと申したら涙を浮かべて食べてます」

「そうか……」

 厳しくも優しく接してくれている。まるで本当の姉のようだ。

 これなら、パスカルに預けていても問題はないだろう。むしろ、家にいるよりもマリンの成長に繋がるな。

「村長、郵便だそうですよ」

 サイケが来て、俺に封筒を渡す。

 白い封筒。中に手紙が入っている。

「この紋章は……リューラ魔法学園のものですわね?」

「封筒はいままでとは違うが、紋章は確かに一緒だな」

 俺はそう言って、パスカルが普段から持ち歩いているというペーパーナイフを借り、開封する。

 一枚の紙が入っていた。

 俺はその場で手紙を読み――

「村長、どうなさいましたの? 顔色が悪いようですが」

「いや、あぁ、なんだ。マリンの試験なんだが、明後日、この村でするそうだ。合格したらその場でリューラ魔法学園に行くことになるらしい」

「明後日ですか……祭りの最中ですわね」

「マリンが販売するのは冷凍フルーツだけだから、マリンがいなくても問題にはならないと思うが」

 急すぎる。

 いや、どっちにしろ明後日には別れると決まっていた。それが一日早くなっただけだ。

「悪い、パスカルから連絡してくれ」

「本当によろしいですの?」

「俺はまだ仕事が残ってるからな」

 俺は役場に向かった。

 仕事は山のように残っている。

 それはウソではない。

 だが、役場の村長の椅子に座っても、全く仕事をする気にならなかった。



 その日の夜、前夜祭としてすでに露店を出すドラゴンレンジャーズの皆に挨拶をし、晩飯用に串焼き肉を二本購入した。

 ハヅキちゃんは祭り用に入荷した商品に不良がないかどうかを鑑定スキルを使って確認しているので、まだ家に帰っていない。

 一人で待つのもつまらないし、祭りの喧騒の中で食事をするのも悪くないと、俺は仮設の長椅子に座った。

 酒場からはいつも以上ににぎわった声が聞こえる。観光客が入っているのだろう。

 露店でも多くの商品がすでに売れている。

「隣いいですか?」

「あぁ、空いてるぞ」

 俺はそう言い、横に座ったマリンを見た。

「串焼き、一本食うか?」

 乾燥させた葉の上にのせられた串をマリンに見せる

「いただきます」

 マリンは串焼きを一本とり口に運び、先の一つを食べた。

 マリンはそれをゆっくりと咀嚼し、

「ソースが濃いです」

「そのほうが飲み物が売れていいんだよ」

「飲み物は買わないんですか?」

「井戸がそこにあるからな。祭り期間中は蓋をして鍵をかけるが」

「ケチですね」

「貧乏だからな」

 俺がそういうと、マリンは立ち上がり、露店に向かう。

 そして、カップに入った飲み物を両手にそれぞれ持って帰ってきた。

「一つどうぞ。マリンは貧乏じゃないですから」

「ありがたくいただくよ」

 カップに入った茶を飲む。トウモロコシの髭で作ったお茶。

 原価が安いのが特徴。

 ほのかに甘みがありおいしいのだが、原価を知っているとどうしても買う気にならない。

「パスカルから聞きました。明後日、試験があるそうですね」

「あぁ……マリン、一つ聞いていいか?」

「一つだけなら許可します。はぐっ」

 マリンは串肉を食べる。

「いや、やっぱいいわ。試験、頑張れよな」

「頑張らなくてもマリンの腕なら奨学生になって入学できるのは間違いないですよ」

 マリンが立ち上がり、小さな胸を張る。

 そして、俺を見て、

「あと、スグル。杖、ありがとうございました」

「安物で悪いな」

「ありがとうございました」

 そう言って、彼女はゆっくりと歩いていく。

 俺は彼女の背中が見えなくなるまで目で追い続けた。

 そして――自分の串肉を食べようとして手を伸ばしたら――そこには串だけが二本残っていた。

 あいつ、串焼き肉二本とも食べていきやがった。

 俺は心の中でマリンを罵りながら、なぜだろう、口元が緩み、まるで笑っているみたいだった。

 仕方ないので串焼き肉をもう一本買おうと思ったが、財布代わりに使っている布袋の中に入っていたのは、銅貨2枚、つまり20ドルグだけだった。

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