3 絶対おかしいスキル確認
この世界の通貨はドルグという。
貨幣、または魔物が落とすカードがそれらしい。
魔物が落とすカードというものはよくわからなかった。
村の男が、見たほうが早いと50ドルグというカードを俺に渡してきた。
そして、「具現化」と唱えたら、カードが銅貨5枚に変わった。
おぉ、凄いな……さすがは異世界。
「魔物がこれを落とすのか。よくインフレとか起きないな……」
「そこは都市が調整しています。魔物討伐費に対する予算として税金で引かれますから」
つまり、魔物を倒して手に入れるカードは税金ということか。
昨日のインフレに対する抑制という言葉がよくわかっていなかったが、ようやく意味がわかった。
「実際、魔物を退治するものは報酬が決まっている兵士を除けばほとんどは冒険者です。それほど多い職業ではないので、過剰なインフレになることは滅多にありません」
そのあと、この村における貨幣の価値についても聞いた。
だいたい一人の収入は年収20万ドルグくらいらしい。
1ドルグ10円~15円くらいの計算でいいのだろうか?
税金として支払うのは、本来は3万ドルグ。だいたい年収の15%程度か。ただし、今回は2倍で6万ドルグ。
大人が23人(男12人、女11人)で138万ドルグか。
おっと、俺たちもこの村に住む以上は税金は納めないといけない(ハヅキちゃんは除く)。
子供は非課税。
とわかった。
つまり合計156万ドルグ、つまり1500万円程度。
「金になりそうなものは?」
「この村の特産品は野菜と果物、岩塩と木綿です。木綿は売れば20万ドルグにはなるかと思われますが、全て売ろうと思えば買いたたかれて10万ドルグになるでしょう。岩塩はこのあたり全域で採れるものなので大した値段にはなりません
野菜と果物は昨年は不作で、村の食糧として消費いたしました。全員の残りの資金を持ち寄っても、こちらも20万ドルグあればいいほうでしょうね」
「つまり、全然ドルグ足りないわけか。それをいつまでに払わないといけないんだ?」
「半年後です」
「まぁ、時間は十分あるな。ちなみに、税金を滞納したら?」
「自治権を一年間奪われます」
「そのデメリットは?」
「よくいえば植民地。他の都市から、品物を安く買われ、高く売られ、そうなれば税金を支払うことが翌年も不可能になり、永遠に自治権を取り戻すことができません」
「うわ、ひどいな……」
すらすらと言えるということは、つまりは前例があるということだ。
そりゃ、逃げ出したくもなる気持ちはわかる。
大きな都市なら、国債のようなものを発行して、他の都市の有力者や金持ちに買ってもらう方法はあるが、こんな小さな村だとそれも厳しい。
そもそも、銀行という施設があるのかどうかもわからない。
「そもそも、どうして俺はゲームの中の世界で帳簿とにらめっこしてるんだ」
机に両肘をついて俺は頭を抱えて机に倒れこんだ。
まぁ、全ての原因は、あの爺さんなんだが。
爺さんが一人で村の運営資金や村人から集めていた金を全部持って逃げやがった。
俺が村の男達側についたことで諦めて逃げたということか。
それにより、村人たちと俺たちはそろって会議を始めた。
まず、現在、村がかかえている問題は四つ。
当面の食糧。これは昨年村の資金で購入した小麦粉がまだ残っているが十分な量ではない。
次に生活資金。村が購入するのは食糧だけではない。生活雑貨や他の都市の情報を得るのにもお金がかかる。
そして、税金。その額156万ドルグ。
最後に、指導者。村長がいないのだから、代わりの村長が必要になる。
ここで、最初の選択肢は二つになった。
村を捨てるか、捨てないか。
一度村を捨てる覚悟を決めた村人達なので、前者を選ぶ人が多いと思った。
だが、意外と村に残りたいという人が多いことを知る。
「俺はこの村が好きなんだ。村長の野郎は嫌いだったけど!」
「俺はこの村に生まれてよかったと思ってる。バカ村長は生まれてこなければよかったのに」
「村には大切な思い出がたくさんあるの! 村長もどきとの思い出は燃やしてしまいたいけど」
えらい言われようの村長だ。最後に至っては村長ですらなくなっている。
まぁ、話によると村長という役職は世襲制であり、前の村長はとても素晴らしい村長だったという。
そのため、その息子の今の村長には強く言えなかったらしい。
二代目の社長が会社を壊すようなものだろう。
最初に村に来たとき、俺を山賊と思って襲い掛かったって言ってたけど、それって村人だと思って襲い掛かったっていうのと同義だもんな。
「村を残す方向で話を進める。まずは村長を決めないといけないんだが――」
「それですが、前の見習い以下村長は子宝に恵まれず、後継者はいません」
まぁ子供がいるのなら一緒に逃げてるだろうな。
「なら、その場合はどうするんだ?」
「村で話し合って決めることになり、シスターが神の名のもと村長への就任を認めます」
「なるほど……じゃあ、シスターは村長にはなれないわけか」
甘すぎるシスターが村長になったら、なんでもかんでも許してしまって村の経営なんてできないだろうな。
「先導力のあるキコリのおっちゃんか、情報力の強そうな酒場のマスターあたりがいいとは思うが」
斧を持って村人を先導していた統率力は村のためになる。
酒場のマスターというのは村人から愚痴を聞く仕事でもある、問題点を速やかに把握できる。
女性陣のほうがしっかりしている気もするが、さすがに異世界の文化だと男尊女卑の思考は残っているだろう。
その証拠に、この会議においても発言力は男性のほうが強い気がする。
「できることなら話し合いで決めたいが、それよりも今後の方針について可及的速やかに話し合わないといけない。推薦によって候補者を決め、過半数の賛成があれば村長に決めるということでどうだ?」
俺の提案に、村人たちは大きくうなずいた。
さて、最初に推薦を言い出すのは誰か――待っていたら
「では、拙者から――」
「なんでお前なんだよ!」
ハンゾウ、俺らは一応は部外者だ。まぁ、でしゃばってる俺が言うのも筋違いだが。
俺が注意しようとしたら、酒場のマスターが待ったをかける。
「村の外の意見を聞くのも大事だ。ぜひ言ってくれ」
なんてことを言ってきた。
やめておけ、こいつのことだ、可愛いお姉ちゃんとかに村長になって欲しいとか、自分が村長になって可愛いお姉ちゃんを秘書にしろとか言うぞ。
「拙者は、ここにいるスグル殿が村長に相応しいと思うでござる」
「なんでだよっ!」
「一応は拙者が仕えるリーダー。それなりの役職についてもらわないと困るでござる」
「それはお前の都合すぎるだろ!」
ったく、こんなのに賛成するやつがいるわけないじゃないか。
「それはいいな。少なくともそこの二人はあんたをリーダーとして認めているようだし、リーダーとしての資質はあるんだろうな」
と酒場のマスター。待ってくれ、人をまとめるって、MMOの中だとギルドメンバー100人を率いるギルドマスターだけど、現実世界だとただのゲーマーだぜ。
「悪くないんじゃないかしら? 私の知らない知識をいろいろ持っているし」
とミコト。いや、ミコトの知らない知識って、あんた記憶喪失だから知識ほとんど消失してるだけだろうが。
「私もいいと思いますよ。未来の旦那さんが村長さんって素敵です」
とハヅキちゃん。いやいや、それはおかしい! 俺、ハヅキちゃんと結婚する約束なんてしてませんから。
貞操観念どんだけ強いんですか! そもそも貞操すら奪っていませんから。
ネコのぬいぐるみのお腹を触っただけですから。
「では、決をとろう。スグル殿が村長になるのに賛成の者!」
山賊もどきの時には斧を持ってた男がそういうと、俺以外の全員が立ち上がり、
「これを持って、スグル殿をこのマジルカ村の村長に決定する」
「まじかよぉぉぉぉぉっ!」
こうして、俺は異世界生活二日目にして村長にジョブチェンジしました。
教会の中にある魔法陣の中で就任魔法は執り行われた。
教会と言っても見た目は普通の一軒家で、中に椅子がいくつか置いてあり、女神像のようなものが置かれているだけだ。
村長の就任はとても簡単なもので――
「就任!」
シスターがそう魔法を唱えると、光が俺を包み込んだ。
システム魔法と呼ばれる魔法の一種で、村長や騎士、王族といった一部の特権階級のほか、奴隷といったものに使われる。
シスターが就任宣言できるのは村長のみ。あと、奴隷への隷属魔法も可能。
村長魔法をかけられると、都市の長のみが使えるシステム魔法を習得できるようになるらしい。
「これでスグルさんが今日からこの村の村長です。村をよろしくお願いしますね」
「と言われてもなぁ、さっき帳簿見てたが、かなりやばいぞ」
爺さんが逃げ出す気持ちも少しだけ理解できる。
期限は半年。
大量の金を稼ぐ必要があるが、元手がない。
RPGでお金を稼ぐ方法は主に4つ。
①魔物を倒す。
②お金の入った宝箱を見つける。
③アイテムを売る。
④クエストを達成する。
ここで②は考えないようにしよう。徳川の埋蔵金を探すようなことはしてはいけない。
宝の地図でもあれば話は別だが。
まずはいろいろとこの目で確かめてみないといけないな。
攻略情報がないのなら、自分で攻略情報を作らないといけない。
インターネットのない時代に生まれたゲーマーたちの苦労を今身に染みて理解したよ。攻略wikiにまずは感謝だ。
「スグルさん、ではこちらをどうぞ」
シスターが俺に渡してきたのは1冊の本だった。
「村長魔法ブック」
と書かれている。やっぱり日本語なんだね。
「これと契約すると、村長が使えるシステム魔法をスグルさんも使うことができます」
「魔法か……ちょっとそそられるものがあるが……」
俺は本を捲った。
村長が使える魔法は以下の通り。
------------------
【隷属】
対象の身分を奴隷にする。また、その時に主人の名前を設定・変更できる。
【サーチ】
対象の名前・身分を確認する。対象が奴隷の場合はその主人の名前を確認できる。
【隷属解放】
奴隷の身分を解消させる。
【スキルサーチ】
対象の持っているスキルを確認できる。ただし、スキルの陣の中に限る。
【スキルチェンジ】
対象の持っているスキルを変更できる。ただし、スキルの陣の中に限る。
------------------
さすがはシステム魔法。攻撃とか回復とか一切できないってわけか。
「スキルの陣って?」
「ここにある魔法陣のことです。魔法を使う対象がここにいないとスキルサーチの魔法は使えません」
制限があるってことか。
シスターは俺に、スキルについて簡単に説明する。
それはゲームをしている俺にとっては本当にわかりやすいものだった。
村長しかスキルを変えることができないのか、村長ってかなり重要な仕事なんだな。
でも、隷属魔法ってかなり危ない魔法な気がするな。あ、でも身分を変えるってだけで束縛できる魔法じゃないって書いてあるな。
「隷属、隷属解放に関しては使い方を間違えた場合は都市同盟の法によって裁かれますから気を付けてくださいね」
「あぁ、わかったよ……試しにシスターに【サーチ】を使ってみてもいいかな?」
「はい、かまいませんよ」
シスターが笑顔で答えてくれたので、俺は【サーチ】と魔法を唱える。
【名前:ミシェル 身分:なし】
頭にメッセージが浮かび上がる。うわ、第二の視覚機能が開花したようだ。
「シスターの名前ってミシェルっていうんだ」
「はい、でもみんなシスターって呼びますから、名前を呼ばれるのは久しぶりな気がしますね」
笑顔でそういうシスター。うん、俺もシスターのほうが呼びやすいな。
どうやら、基本状態だと身分はなしになるようだ。
「身分は奴隷の他は、村長や貴族、王族、国王。悪い身分だと、囚人と要注意人物があります」
「へぇ……そっか、それで検問所とかにサーチ魔法を使える人を置いて、犯罪者とかの国外逃亡を阻止してるわけか」
それはすごいな。
だとしたら、変装とかしても意味がない。名前だけだと同名でごまかせるからな。
「新村長! お仲間が戻られましたよ」
そういって、白い頭巾をかぶったおばちゃんが入ってくる。酒場のマスターの奥さんだ。
俺はそれを聞いて、シスターに頭を下げると村の広場に向かった。
そこにいたのは――
「……すごいな、これが魔物か」
12段に積み重なった粘土人形が四組。二組に分かれ、それぞれ棒の端を持っていて、その棒には魔物がくくられている。
一体はクロヒョウのような魔物。
一体はウロコのあるダチョウのような魔物だ。
「面白いんですよ、スグルさん。ちょっと見ていてくださいね」
そう言ったのは猫のぬいぐるみのハヅキちゃん。
ハヅキちゃんにせかされ、後ろのハンゾウがクナイでクロヒョウのような魔物の首を突き刺す。
すると、クロヒョウのような魔物から血が吹き出し――すぐに血と魔物が消え失せ、カードが2枚落ちた。
俺はそのカードを拾い上げる。
「豹の皮」「260ドルグ」
と書かれていた。260ドルグ、これが貨幣のカードか。
豹の皮はアイテムのようだ。具現化はしないほうがいいだろう。そのほうが持ち運びが便利だし、売るときも楽だ。
これを見ていると、ここはゲームの中なのかなって気分になる。
「便利だけど、食べる部分が少ないのは困るわね。でもこっちは違うのよ。少しおかしいの」
ミコトが言う、何がおかしいのかと思ったが、
「この子、すでに死んでるんです」
「あ……そういえばぴくりとも動いてないな」
死んでいるのにカードにならない。
それはどういうことだ?
「それは、そいつがドラゴンだからさ」
そう言ったのは後からやってきた酒場のマスター。
ハンゾウ、ミコトとともに魔物退治にいってもらった。
「そいつはランニングドラゴンっていう竜種族さ。竜種族は魔物じゃないからカードにはならない。人類種以外、唯一魔物じゃない生物なんだ」
「竜……なるほど、竜種族はカードにならないのか」
「あぁ、それにしてもすごいよな、ランニングドラゴンっていったら騎士様が3人がかりで倒すような怪物だぜ。それをハンゾウの兄ちゃん一人で一瞬で殺してしまうんだからよ」
「……ちなみに、これを金にしようとしたら?」
「肉は日持ちしないが、鱗や牙、それに爪と骨は武器や防具の材料になる。1匹2000ドルグってところか。竜とはいっても最下級のドラゴンだからな」
流石は酒場のマスター、情報をすらすらと教えてくれる。
「なるほど、156万稼ごうと思えば、相場の変更を無視しても800匹くらい倒さないといけないってわけか」
実際はそんなに乱獲して市場に素材を流せば相場が急落する。
消費者にとってはありがたいが、売る側からしたら大損失だ。
大○海時代のゲームあたりでそのあたりは十分に理解している。
「それでも、まぁ初期費用を稼ぐくらいはできそうか……しばらくは竜狩りだな……」
そういえば、村長が北の谷のドラゴンがいるって言ったっけ。
ちょうどいいや。
「じゃあ、今日はとりあえずこのドラゴンの肉を料理してもらっていいかな?」
俺が酒場のおばちゃんに言うと、おばちゃんは「ドラゴンの肉なんて腕がなるねぇ、任せておきな」と笑って、粘土人形からランニングドラゴンを吊られている棒をとりあげて持っていく。
それと、これは金を稼ぐ手段ではなく、俺の知的好奇心。
「みんな、ちょっといいかな? スキルをチェックしたいんだ」
「スキル? なんですか? それは」
ハヅキちゃんは首をかしげる。
ゲーム初心者なら知らないか。
俺は彼女に説明することにした。シスターから聞いたことを説明するだけだが。
スキルというのは、技能とその熟練度だ。
短剣を使っていたら短剣スキル、魔法を使っていたら魔法スキルなど覚える(システム魔法を除く)。
短剣スキルを持っていなくても短剣は使うことができるが、攻撃力がかなり下がる。
さらに、例えば「命中UP」という特殊性能のある短剣があるとき、短剣スキルがないとその特殊性能が発揮されない。
逆に短剣レベルが上がれば、装備の性能を何倍にもあげることができるだけでなく、短剣を装備していない状態でも腕力や俊敏上昇などの恩恵を得られる。
「俺も自分のスキルをまだ見てないから、みんなで一緒に見に行こうか」
まぁ、ハンゾウの短剣レベルとか、ミコトさんの体術レベルとか絶対高いだろうなとは覚悟していたのだが――
ハンゾウ【忍術52・空き・空き・空き・空き】
忍術スキルなんて持ってやがった。しかも、レベルが異様に高い。
どのくらい高いのかというと伝記に登場するようなレベルだ。
スキルチェンジを使って、「短剣1」「竜戦闘1」「獣戦闘1」を空きスロットにつける。
短剣はクナイを使ったときに覚え、竜戦闘はランニングドラゴンを倒したとき、獣戦闘はクロヒョウみたいな魔物を倒したときに覚えたのだろう。
他にスキルは覚えていない。いや、もうこいつに他のスキルはいらないんじゃないか?
気を取り直して、ミコトのスキルを確認。
ミコト【勇者41・空き・空き・空き・空き】
勇者ってなんだよ! それ、スキルじゃなくて職業じゃねぇか。
伝説の職業じゃないか! レベル関係なく伝説じゃないか!
日本では魔王退治でもしてたんじゃないか?
あと、空きスロットに「拳1」「竜戦闘1」「獣戦闘1」があったのでそれぞれつける。
拳は体術のことか。式神使いとかそういうのはないのか。
き……気を取り直してハヅキちゃんだ。大丈夫、彼女はきっと二人ほどチートじゃない。
ハヅキ【物理攻撃無効99・魔法攻撃無効99・空き・空き・空き・空き】
チートすぎるにもほどがあるっ??
それって無敵ってことじゃねぇかっ!
物理と魔法以外に攻撃方法があるっていうのかよ。
特殊攻撃か? 特殊攻撃ならいけるのか?
彼女も「竜戦闘1」と「獣戦闘1」を手に入れていたので装着。
気を取り直して、俺は自分のスキルを確認。
スグル【空き・空き・空き・空き】
……………………………………。
あ、村経営1と身体防御1を覚えてる。
とりあえずつけておこう。
こうして、俺の自尊心を傷つけるだけのスキル確認は終わった。