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33 成果のでないあくなき挑戦

 人間というのは残虐な生き物だ。

 生きるためには平気で他者を傷つける。

 そもそも、生命として生まれた時点で、植物か動物、ほとんどの人はその両方を食べないと生きていくことができない定めだ。

 生きるために何かを犠牲にしていくのは仕方のないこと。

 仕方のないことなのだ。

「ぐぅぅぅ……」

 俺はクナイを片手に唸り声をあげた。


 俺、スグルはゲーマーだ。そして、異世界にやってきた。

 魔物や魔法や竜が存在する異世界だ。しかも、スキルレベルシステムが採用されていて、スキルレベルが上がると強くなる。

 強くなるには、魔物を狩るのが一番だ。

 だが、このあたりの魔物はかなり強く、低レベルの俺のかなう相手ではない。

 今は訳あって村長をやっているが、俺よりも優れていて頼りになる後任ができたら、潔く村長の席を譲ろうと決めていた。

 だが、パスカルは村にいるのが五年限定という期限付き秘書だし、最近村にきたバッカスも所属が冒険者ギルドのためギルド規定により村長の仕事はできないという。

 ギルド員が都市町の仕事をするのは内政干渉になるからだそうだ。

 それでも、いつ村長を辞めてもいいように、鍛錬は必要だ。


 俺は黒豹のような魔物を見つめ、クナイを構える。

 ダークキャットという名前の魔物。マジルカ村周辺にいる魔物だ。冒険者ギルドのCランク以上の冒険者がソロで狩る魔物。

 最初にミコト達が狩ってきたのもこの魔物だった。

 Sランク(19番目の意味)の俺の手におえる相手ではない。通常なら。

 だが、このダークキャットはミコトによって退治され、偶然カード化したものを俺が具現化した。

 そのため人間に従順な状態となっている。

 つまり、俺が死ねと命じたら死ぬ、そういう状態だ。

「これが世界中に伝わるお金で強さを得る方法ですわ」

 パスカルが微妙な表情で言った。

「ですが、こんなことをせずに、ハンゾウさんの金縛りの術で魔物を縛ってもらったほうが楽なのでは?」

「やったさ。三度ほどな」

 一度目は動く鎧相手に。何十回もクナイで切り付けたがダメージを与えることができなかった。奴は硬すぎた。最終的にはハンゾウに倒してもらった。

 二度目は猪の魔物相手に。クナイで倒そうとしたら、鼻息で飛ばされた。金縛りでも呼吸はできるからな。最終的にはマリンが氷漬けにして倒した。

 三度目は昨日。このダークキャット相手に。倒そうと思って近づいたら、木の上に潜んでいたもう一匹のダークキャットに襲われた。ミコトが粘土人形に命じて、大きく跳ねて一匹のダークキャットを倒したが、跳ぶときに踏み台にされたダークキャットがそのまま死んだ。

「本当にひどい……いえ、運がないんですわね」

「悪いな……弱くて……だが、これも今日までだ。ダークキャットは高レベルの魔物だからな、倒せば経験値ざっくざくだ」

 ミコトにパーティーに入れてもらっているから、経験値2倍の恩恵も受けられるはずだしな。

「よし、倒すぞ」

 俺は慎重にクナイをダークキャットの首筋に持っていく。

 目の前にいるダークキャットは潤んだ瞳で俺を見つめて首をかしげていた。自分が死ぬことなど思いもしないという顔だ。

 気にしたらダメだ、こいつは魔物なんだ。魔力の塊にすぎない。殺しても魔力が空気中に四散するだけ。再び魔力が集まって生まれ変われる。

 クナイがしっかりとダークキャットの首筋にあてられた。あとは力を加えたらいいだけだ。

 そう思ったとき――


――ぺろ


 ダークキャットが俺を舐めてきた。それに俺は思わずクナイを落とし、

「殺せるわけないだろぉぉぉがぁぁぁ、俺はネコ派なんだよぉぉぉ」

 思えば好きな相手も普段は黒猫の姿をしている。

「……村長は戦闘技能云々よりも、戦うことに向いていないんだと思いますわ……」

 パスカルがそう言って、白い眼でこちらを見ていた。


 結局、ダークキャットはペットとして俺が飼うことになった。

 名前はゲ○ゲレ一択だろうと提案したが、全員に却下され、結局チョコと名付けられた。

 チョコにするなら、チ○ルでもいいんじゃないか? とか思ったが、ハヅキちゃんの提案なので仕方ないな。


 だが、この出会いが俺に新たな道を生み出した。

 役場の仕事も一段落つき、午後から休みを貰った。

「今日は最高の狩日和だな、チョコ」

 チョコの背に、俺は乗っていた。

 力持ちのチョコは、大人三人くらいなら軽々と運んでくれる。

「本当に、デート日和ですね」

 俺の肩に乗ったハヅキちゃんがそう言った。肯定も否定もしない。

 村を出るとき、ビルキッタが「凄い構図だね」と言っていた。確かに、黒豹の上に人間が乗り、その肩に黒猫が乗る絵は妙かもしれない。

「それにしても、俺、才能あるのかもな」

 俺はほくそ笑んで言った。

 俺のつけてるスキル、それは魔物使いと呼ばれるもので、村ではパスカルが持っている。

 魔物を操るスキルだ。スキルレベルがあがるごとに、従えている魔物の強さも上がっていく。

 俺はそのスキルをわずか三日で覚えた。毎日ごはんをあげた効果があったのだろう。ちなみにのごはんは竜の干し肉をすりつぶしたものを一つまみ程度。

 魔物の餌は魔力のため、飛竜の肉ならそれで十分だそうだ。むしろ、それ以上あげたら体内の魔力が不安定になり、下手をしたら死ぬことになると言われた。

 その姿を見ていたパスカルが「普通の人は、魔物を具現化した段階で覚えるスキルですのよ?」と言っていたが、そんなの知ったこっちゃない。

 とにかく、魔物使いスキルを覚えた時点で、俺には新たな道が生まれた。

 何も自分で魔物と戦うことが全てではない。サ○シやテ○ー、彼らは魔物を仲間にして魔物を戦わせて、勇者みたいなことをしたりチャンピオンになったりしているんだしな。

「そう、目指すはポケ○ンマスター、モンスターマスターだ」

 俺はそう宣言した。ハヅキちゃんは、俺一人だと心配だからとついてきてくれた。

 だが、心配してくれるのはうれしいし、万が一のことを考えたらハヅキちゃんの存在は頼もしい。

 しばらく草原を進むと、「ぐるるぅ」とチョコが牙を出してうなり声をあげた。

 魔物がいるのだ。

「あれは――ビッグジェリーですね」

 その名前の通り、巨大な青色のスライムだ。

 王冠があったらつけてあげたくなる。

 ジェリーには核とよばれるものが体内にあり、そこを傷つけたら楽に倒せるのだが、ビッグジェリーは体がとても巨大のため、核まで傷つけるのに苦労する。

 のしかかり攻撃は強力。雷や氷の魔法が弱点だ。と書物で確認はしていた。

「ミコトは普段、どうやって倒してたの?」

 現在はガルハラン商会で鑑定の仕事をしているハヅキちゃんも、以前はミコトと一緒に冒険者として活動していた。

 何か参考になることが聞けるはずだ。

「ミコトさんはのしかかろうとしてきたビッグジェリーを巴投げしていました」

「巴投げっ!?」

 相手は腕も足もないのにそんなのできるの?

「でも、それだけで倒せるの?」

「えっと、投げられたビッグジェリーは弾丸みたいに飛んで行って、岩にたたきつけられるんです。ビッグジェリーの身体はバラバラになるので核だけを潰していましたね。あ、でも背中が汚れるから今度からは一本背負いにすると」

 なるほど。凄いのはわかったが、全然参考にならない。

「ビッグジェリーは速度は遅いですが、身体を自由に変えて追ってきます。気付かれないうちに逃げたほうがいいと思いますよ?」

「いや、ビッグジェリーの速度とかは大きさとかのデータはしっかりとある。十分倒せる相手だ」

 俺はほくそ笑んだ。

 冒険者ギルドには魔物のデータが大量にある。

 魔物の平均速度、平均体重、弱点、倒し方等。

 ビッグジェリーの冒険者の一般的な倒し方は、火矢などの遠距離攻撃。ビッグジェリーの粘液は可燃性のため、燃やして倒せばいいというわけだ。

 だが、少人数でそれをすると、下手して火事になったあと鎮火できないため、逃げるのが一番だという。

 洞窟などに逃げこんでも粘液を触手のようにゆっくり伸ばしておいかけてくるので、袋小路などに逃げ込んではいけない。

 俺は作戦を小声でチョコに伝える。魔物使いスキルがあればこちらの言葉をある程度理解してくれるため、チョコは理解したという感じで頷いた。

 すると、チョコはビッグジェリーめがけて突進、爪で一撃を喰らわせ、大きな傷跡を残した。

 だが、ビッグジェリーの身体はみるみるうちに修復していく。核を攻撃しないとダメージは一切通らないようだ。チョコが退くと、ビッグジェリーが身体を震わせてチョコに迫っていった。

 押しつぶそうとジャンプするが、チョコまでは距離があり届かない。チョコはその間に高さ五メートルはある大木に登り、一時休憩。

 だが、ビッグジェリーは諦めない。大木の下にいくと、ゆっくりと体の形を変えて上へと伸ばしていった。

 チョコはその様子をじっと凝視する。

 もうすぐ届こうかというところで、チョコは一気に木の上から飛び降りた。そう、俺を襲おうとしていたダークキャットと同じ動きだ。

 そして、チョコは地面に器用に着地する。それだけでもうチェックメイトだ。

 なぜなら、体を上に伸ばしたビッグジェリーは、本体部分を守る粘液が薄くなっている。チョコの爪が届くほどに。

 俺とチョコは勝ち誇った笑みを浮かべた。そして、チョコの爪は見事にビッグジェリーの核を引き裂いた。



「ふふふ、オチを期待していた人間もいるようだが、俺は見事にビッグジェリーを討ち取ったぞ」

 酒場に行って俺がそう言って、カードを4枚掲げた。すると、酒場にいた冒険者から驚きの声があがった。

 俺は笑いながら言った。酒は飲んでいないが自分に酔いそうだ。

 これで、まともな魔物狩りができる。ビッグジェリーが落としたのは、ジェリーゼリーというカード3枚と440ドルグ。

 ジェリーゼリーは少し甘みがあるゼリーだ。一個10ドルグで売っている。

「これで俺も魔物狩りはできるな」

「チョコが倒した……の間違いでしょ」

 マリンが言う。お手柄のチョコは、今は家でお留守番。

 酒場は魔物の出入りが禁止だし、町の中にいたら何も知らない人が驚くからな。

 ハヅキちゃんはガルハラン商会で見てほしいものがあるからと駆り出された。

 後でパスカルと一緒に合流する予定だ。

「スグルは何もしてないじゃない」

「同じことだろ。俺の命令でチョコが倒したんだから。さぁ、マリン、今日は俺のおごりだ。食べてくれ」

 俺はマリンに「食べてもっと大きくなれ」と肉料理を勧めた。

「ただし、合計440ドルグまでな」

 そのあたりはゴメスに先に言ってあるので問題ないのだが、一応言っておく。

 ミコトだけでなく、前のお風呂騒動でハンゾウから女性たちの水着代を借りている。そのため、祝いの席とはいえ臨時収入以上の無駄遣いはできない。

「でもさ、スグルがチョコに命令して魔物を倒すのってさぁ」

 まだマリンが何かを言いたいのだろう。

 いいぞ、なんでも言ってみろ、と俺は余裕で次の言葉を待った。

「いつもと何が違うの?」

「何がって、全然違うだろ。いつもは魔物相手に攻撃しても全然ダメージを与えられないし、鼻息で飛ばされるし、弱ってる魔物を倒そうとしたら伏兵がいたし」

 言っていて、少し悲しくなる。

 だが、そんな日も今日で終わりだ。魔物使いスグルとして、仕事のない日も生きていける。

「じゃなくて、いつもマリンや、ハンゾウやミコトお姉ちゃんに命令して魔物を狩ってもらっているでしょ? それと何が違うの?」

「え? 何がって……そりゃ」

「粘土人形に命令したほうが効率もいい気がするけど、それとも違うの?」

「それは俺が直接指揮を……」

 あれ? じゃあハンゾウたちに直接指揮をだせたら俺は満足なのか?

 粘土人形を借りたらそれで解決なのか?

「あ、ゴメスさん、マリンは果物盛り合わせお願いします」

「あいよ、村長、これでちょうど440ドルグだぜ」

 ゴメスが言ってくるが、あれ?

 俺って、何か間違えていた?

「あ、あとパスカルさんから伝言です。今度のお祭りの計画を立てないといけないから、当分休みなしだって」

 マリンは、フルーツ盛り合わせの中から一つしかないメロンを真っ先に食べてそう言った。

 俺は無言で残ったフルーツ盛り合わせを見つめ、そこにジェリーゼリーを具現化させて落とした。それにマリンが目を輝かせてお礼を言ってきたが、正直、何を言われたのかほとんど覚えていない。酒を飲んでいないのに悪酔いした気分だ。

 ただ、ゴメスが言ったことは何故かはっきりと覚えていた。

「店に食品を持ち込むのはマナー違反だろ」

村長のあくなき挑戦は(いつかまた)続く。

次回より、ちょっと長い話になります。

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