32 プランのない完全犯罪 ー後編ー
五人が一緒にずっといたら怪しまれるということで、俺達は一度解散した。
一度家に帰って、仕事をするか。乗合馬車のマジルカ村、オセオン村間が村営事業のため、俺の仕事がまた増えていた。
早いところ採算をとれるようにして、民営化したいものだ。
「あ、スグルさん、お帰りなさい」
家に帰ると、猫のぬいぐるみに入ったハヅキちゃんが出迎えてくれた。
「ただいま。あれ、マリンは?」
俺は椅子に座って、やけに家の中が静かなことに気付いた。
「お風呂の時間まで、ファナちゃんと遊んでくるって言ってましたよ」
ということは、今は教会か。
ハヅキちゃんは鼻歌を唄いながら、料理の下ごしらえをしている。
ぬいぐるみなのに器用に玉葱の皮をむいていた。
「……なんか楽しそうだね」
「はい、みんなでお風呂なんて初めてですから。……あ、記憶がないから当然なんでしょうが、楽しみなんです」
「ぬいぐるみ用の洗剤、忘れないようにね」
「いえ、今日はぬいぐるみから出ようと思ってるんですよ。雰囲気を楽しむならそのほうがいいかなって」
「……出るの? ぬいぐるみから?」
「はい」
「そうか……」
俺は徐に立ち上がると玄関に向かった。
「あれ? スグルさん、お出かけですか?」
「あぁ、ちょっとそこまで……」
そう言い残し、俺は家を出た。
そして、ハンゾウの家へと走っていく。
ハンゾウの家にたどり着くと、俺は扉をノックし、返事を待たずに入った。
「スグル殿、どうなさった? 時間はまだでござるよ」
「ハンゾウ! お前に一つ聞きたい!」
俺はそう叫んだ。
そして、いよいよ入浴の時間となった。太陽はすでに落ち、夜となっている。
俺はハヅキちゃんとともに銭湯に向かった。
入口から中に入ると、靴置場があり、男女に分かれた、黒と赤の二色の暖簾がかかっている。
銭湯に不慣れな人のために、「靴を脱いでロッカーに入れてください」と文字が書かれていた。
俺が靴を脱いでロッカーに入れると、ハヅキちゃんも俺の肩から降りた。
「スグルさん、一緒に出ましょうね」
「あぁ、中から声を掛け合おうか」
そう言って、暖簾をくぐって、中に入る。
トメさんに挨拶をして脱衣所に行くと、実行メンバーはすでに揃っていた。
「って、ハンゾウ、風呂の中でもそれは外さないのか?」
ハンゾウは筋肉質だが引き締まった身体をさらけ出しているが、顔だけは黒い布で覆われている。
「いや、これはタオル生地で、入浴仕様でござるよ」
「まぁ……いまさらツッコむつもりはなかったんだが――」
よく見ると、ハンゾウの肩や胸、足のあたりに大きな古傷がある。
こっちの世界に来てからついたものではないだろう、おそらく日本で受けた傷だ。
『ハヅキさん、こんばんは』
壁の向こうからパスカルの声が聞こえた。
『こんばんは、みなさんももう来ていたんですね』
『まぁね。本当は一番風呂に入りたかったんだけど、抽選だから仕方ないよね』
これはビルキッタの声だ。
『妙に懐かしい雰囲気ね。失われた記憶と関係あるのかしら』
『とても楽しみです』
ミコト、マリンの声も聞こえ、
『女性同士とはいえ、肌を見せ合うのは恥ずかしいですね』
最後にシスターの声が聞こえた。
向こうも全員揃っているようだ。
そして、俺達は黙って聞き耳を立てていた。
『シスターはスタイルいいし、気にすることないと思いますわ』
『パスカルだってお肌とてもすべすべよ。マリンといい、若いっていいわね』
『そんな、ミコトさんだってまだ若いじゃないですか。それに胸だって』
『おっぱいならビルキッタお姉ちゃんが一番ですね。えい』
『あ、マリン……胸を揉むな、これ以上大きくなったら仕事に差し支える』
俺は黙って聞いていた。
すると、一人が動いた。
サイケだ。
サイケはあろうことか、脱衣所の壁に猛ダッシュしたのだ。
(ハンゾウ! 止めろ!)
(わかったでござる)
向こうに聞こえない小声で言うと、ハンゾウも理解したようで、サイケの腕を掴んだ。
(はなしてください、俺はもう逃げないと決めたんだ)
(任務に支障をきたす行為をするものは、たとえ仲間であろうとも容赦せぬでござる)
(だが、壁の向こうに理想郷が――)
(警告はしたでござる)
そういうと、ハンゾウはサイケの首筋に手刀をくらわせた。
サイケ、戦闘不能。銭湯だけに、とか言ってみる。心の中の発言とはいえ、少し恥ずかしいな。
『スグルさん、そっちから何か音がしましたけど、どうかしたんですか?』
「いや、ちょっとサイケがのぼせただけだよ、ハヅキちゃん」
『え? もうのぼせたんですか?』
あぁ、女にのぼせて倒れた。
一人の尊い犠牲のもと、俺たちは浴場に入っていく。
鏡も蛇口もシャワーもない、あるのは椅子と桶だけ。
それと、先客、バッカスの姿もあった。
俺は桶でお湯をすくい、かけ湯をすませて、バッカスの横に入った。
すでにベル・マークが鉤爪を振り回し、天窓に狙いを定めている。
「いやぁ、いい湯ですねぇ」
我関知せずといった様子でバッカスが呟く。
(ちなみに、このミッションは冒険者ギルドの依頼だとしたらランクはどのくらいだ?)
俺は女湯に聞こえないようにバッカスに尋ねた。バッカスも俺にあわせて小声で答える。
(ランクA+ですね。ミコトさん相手ですから)
「ところで、村長、仕事の話で申し訳ないのですが、何か村から冒険者ギルドへの依頼はありませんか?」
「依頼?」
「ええ、この村、冒険者は多いのですが、仕事が少なくて、まぁ魔物狩りで稼げているから問題はないんですが、ギルドの運営側からしたらもう少し依頼があったほうがいいんですよ」
「そうは言われてもなぁ、困ってるといえば飛竜くらいだ」
「飛竜退治ですか? それもAランクの依頼ですね」
「いや、退治じゃなくて、なんとか増やしてもらえないかと思ってさ。最近数が減ってるらしいんだよな」
「あの、それって人類にとっては最高の朗報なんですが」
そうは言われても、飛竜は大事な財産だ。絶滅されたら困る。
そんな話をしているうちに、ベル・マークのなげた鍵縄がみごと天窓に到達した。
『ハヅキ、今日はセーラー服は着てないの?』
『はい、ミコトさん。せっかくのお風呂なんで、皆さんに合わせてみました』
『そう……背中を流してあげられないのが残念なほどきれいな肌ね。でも、育てがいでいったら、あの子たちかしら』
『パスカルは耳を隠して洗うの?』
『ええ、耳をタオルで巻かないと、耳の中にお湯が入っちゃうのよ。ほら、マリン、背中洗ってあげますからこっちに来て』
『はぁい、あ、次はマリンが洗ってあげるからね』
『ハヅキさんとマリンさんもそうですけど、パスカルさんとマリンさんも姉妹みたいで仲よさそうですね』
『シスターの言う通り、見ていて優しい気分になれるね。どうだい、あたいたちも背中の流しっこしようか』
『ぜひお願いします』
壁の向こうから微笑ましい声が聞こえてくる。
仲良くやっているようだ。
そんな中、ベル・マークは縄をよじ登り、天窓へと到達。さっそくもう一本の縄の固定を始めた。
さて、目的の壁は――と壁を見て、俺は首を傾げた。
壁の上の部分が妙に白い。
木製の壁なのであんなに白いはずはないんだが。
まさか――
(マーク、待て! あれは――)
俺が声を潜めて言ったが、ベル・マークはそれに気付かず、縄を投げた。
すると――壁が動いた。
壁から手が生えて、鉤爪を叩き落とした。
やはり、ミコトの粘土人形が擬態していた。やっかいな罠を用意されていたようだ。近づく物を攻撃しろといったところか。
落とされた鉤爪が浴槽に音を立てて落ちた。
『スグルくん、そっちで何か落ちる音がしたんだけど、どうかしたのかしら?』
気付かれたか。いや、粘土人形はミコトの言うことは聞くが、粘土人形の見たものが全部ミコトに伝わるわけではない。
「いや、ハンゾウが風呂に持ち込んだエロ本を叩き落としただけだ。気にするな」
俺がそう言うと、
『あぁ、それだけなのね。わかったわ』とミコト。
『ハンゾウさんなら仕方ないですね』とハヅキちゃん。
『エッチなのもいいけどさ、お風呂に本なんて持って入っちゃだめだよ』とビルキッタ。
『うちの商会では扱ってないのにどこから手に入れたのかしら』とパスカル。
『神はエッチな人でもお救いになられますよ』とシスター。
『皆の反応もどうかと思いますが』とマリン。
どうやら、全員疑っていないようだ。
(よかったな、ハンゾウ、ごまかせて)
(スグル殿、ひどいでござる。春画はきっちりと脱衣場の棚に置いてあるでござるよ)
(本当に持ってきていたのかよ。とはいえ、どうするよ、このままだと――)
(……拙者に考えがあるでござる)
ハンゾウはそういうと、一度身体を流してお湯の中にはいった。
(忍法、水遁の術!)
小声でそう言うと、湯船のお湯が徐々に壁に集まり、上がっていく。
粘土人形はそのお湯を敵とみなしたらしく、壁から離れて、一斉に攻撃をはじめた。だが――
(忍法、水竜変化)
お湯が三本の首を持つ竜の形になったとおもったら、粘土人形を一気に飲み込んだ。
お湯に飲み込まれた粘土人形はその力を失い、紙切れへと戻った。
凄い、これならお湯を泳いで上がればいい。
俺、ハンゾウ、天窓から降りてきたベル・マークがそれぞれお湯に入っていく。その時だった。
『スグルさん、聞こえますか?』
「あ、ハヅキちゃん、どうかしたの?」
『こっちのお湯がなくなったんですが――そっちで何かしたんですか?』
「あ……」
しまった、浴槽内のお湯は男湯と女湯が後ろの水路で繋がっている。もちろん、人間が通れる大きさではないので計画には組み込んでいなかった。
「あぁ……ちょっと喉がかわいて、飲んじゃったんだ」
『そうなんですかぁ、それは仕方ないですね』
「あぁ、そうなんだよ、仕方ないよな」
俺がそう言った瞬間、
「アイスニードル!」
マリンの氷魔法が壁に衝突、壁沿いのお湯が瞬時に氷となり、俺たちは閉じ込められた。
真っ先に危機を感じたハンゾウが脱出に成功し、俺達を氷の中から救出。少なくなったお湯に戻り身体を暖めた。
お湯が足され、元の水位に戻ったころに、俺達の体はようやく感覚を取り戻した。
『ふぅ、温まったし、そろそろ上がろうかしら。スグルくん、私達の勝ちのようね。でも、ご褒美はあげるわよ』
そういうと、先ほどとは別の粘土人形が壁に集まってきて、梯子を作った。
「おい、ミコト、これ」
『見たいんでしょ、見ていいわよ』
まさかのお誘い。
『いろいろ頑張ってたみたいだしね』とビルキッタ。
『私は少し恥ずかしいですが』とハヅキちゃん。
『神も皆様の頑張りを祝福しています』とシスター。
『村長もいつも頑張っていらっしゃいますから』とパスカル。
『いいよぉ、見ても減るもんじゃないですから』とマリン。
その言葉に感動し、俺達は梯子を登る。
壁の境まできて、女湯を見た。
そこには美女六人が勢ぞろいしていた。
全員普段見せない部分まで素肌を露出させた……とてもきれいな水着姿だ。
「水着! どういうことっすか!」
ベル・マークが不服顔で叫んだ。
まぁ、一番頑張ってたのがベル・マークだもんな。
「あら、ベルくんは聞いてなかったの? これは女風呂の覗き対策訓練なのよ」
「はぁ?」
「あぁ、俺とハンゾウの提案でな……って、ハンゾウ、なんで泣いてるんだよ」
「姫の水着姿、感無量でござる」
どうやら、ドスケベの称号を持つハンゾウの喜びのハードルは、かなり低いようだった。
この計画が始まる前、俺は覗きをそのまま対策訓練に変更することをハンゾウに提案。
最初は断ったハンゾウだったが、俺の一言によりそれを承諾。ハンゾウに金を借りて、パスカルに相談を持ち掛けた。
結果、五人分の水着代を支払うことを条件に、犯罪抑止のための訓練をすることになった。
ベル・マークとサイケには悪いことをしたと思っているが、まぁ、覗きは犯罪だしな。いや、俺も危なかったが。
こうして、俺たちは最後に村を代表する美女たちの水着姿を堪能した。
その日の夜中。
俺はマリンを寝かしつけたあとのハヅキちゃんに呼び出された
「すみません、スグルさん、ちょっと付き合ってほしいところがあるんです」
彼女に言われ、俺がついた場所は公衆浴場だった。
今は時間外のため、誰も入っていないし、鍵がかかっているはずだが。
「トメさんに言って、この時間だけ開けてもらったんです」
ハヅキちゃんはそう言って、男湯のほうに入っていく。
俺が追いかけて脱衣所に行くと……そこに、バスタオル姿のハヅキちゃんがいた。いつものポニーテールではなく、髪を下している。
バスタオル以外、何もつけていないのだろう。とても恥ずかしそうな顔をしていた。
「……ハヅキちゃん、その格好」
「あの、私、聞いてたんです。ハンゾウさんの家で話していたことを」
「え?」
「ミコトさんに頼まれて。ハンゾウさんはきっとよからぬことを企んでいるからって」
全然気付かなかった。
そうか、最初からばれていたのか。訓練に変更しなかったら大惨事になっていたところだ。
「それで……聞いちゃったんです。スグルさんが……私に触れないから……その……」
「ぐっ、そこは忘れてほしい」
「それで、これが今の私の精一杯ですが、一緒にお風呂に入りませんか?」
「え?」
「ほら、スグルさん、さっきはほとんど凍っていてお風呂にゆっくり入れなかったでしょ?」
「う……うん」
バスタオル姿のハヅキちゃんの横で、俺も大事な部分だけをタオルで隠して、お湯の中に入る。少しぬるくなっているが、それでも気持ちいい。
だが、気持ちいい以上に緊張していて疲れがとれる気配がない。
「……あの、スグルさん、一つ教えてほしいんです。ミコトさんも不思議に思ってたんですが」
「何?」
「どうやってハンゾウさんを説得できたんですか?」
「あぁ……それか……まぁ、あいつも俺と一緒だったってことだな」
俺はそれだけ言うと、「内緒」と笑って言った。
ハヅキちゃんがバスタオルを押さえながら「教えてくださいよ」と頬を膨らませる。
だって、恥ずかしくて言えるわけないじゃないか。
好きな女の子の裸姿を、他の男に見られるのは死んでも嫌だ、なんて。




